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前編

 エルフィーネは海賊である。

 いつからこう(・・)なっていたのかは定かではないけれど、恐ろしく発育――主に頭脳面――が良かったエルフィーネは物心ついた時からずっと海上で海賊の一員として過ごしている。

 エルフィーネにとって海賊とは単なる稼業に留まらず、人生そのものでもある。難しい事はよく分からない。けれどエルフィーネがエルフィーネである事と同じように、エルフィーネが海賊である事は最早エルフィーネという人間を構成する上で必要不可欠な事なのだ。

 事実、エルフィーネは自分が海賊以外の何者かになる姿なぞ想像もつかないでいるのだ。


 ――そしてそれは、エルフィーネの夫であるリアネスと結婚していなかった未来も。


「どうかしましたか、エルフィーネ?」

「何でも無いよ、リアネス」

「そう? 今日は風が強いから何か気になる事でもあったのかと思ったよ」


 太いマストを見上げたリアネスの横顔は見惚れる程に美しい。太陽の光を浴びてきらきらと煌めく金色の髪に抜けるような白い肌。浅瀬の海と同じマリンブルーの瞳は優しく繊細な印象を受ける。

 本来ならば“陸”の貴族のような格好がお似合いなのだろうけど、今は武骨な綿の半袖シャツに色鮮やかなブルーのズボンを纏い、膝下まで長い長靴を履いている。耳元には三日月模様の金のピアス、腰に巻いた皮製のベルトには長さの違うナイフが何本も下がっている。そのナイフが飾りでは無い事は、使い込まれた木製のハンドル部分とそれを納めた革袋をみれば一目瞭然だ。

 陸の人間からは<蛮族>と蔑まれる海賊達が持たない明るい色彩をその身に纏うリアネスは、正真正銘“陸”出身の人間だった。それも、正統な人間だけが所属する、海賊を討伐する海上騎士団の団員。

 今は私と同じ船に乗り、乗組員である海賊と同じように働くリアネスだけれど、ふとした時に海賊には持ち得ない『色』が滲み出る。

 それはまるで、リアネス自身が陸へ帰る事を待ち焦がれているかのようで、エルフィーネはいつも居た堪まれなくなる。エルフィーネにとって陸とは、生涯踏み入る事の無い未知の場所だから。


「確かに、良い風だ」


 強く吹く風に髪が遊び、背中に流した茶色の髪が肩から零れ落ちる。

 長年潮風に当たっていたエルフィーネの髪は、リアネスの美しい髪とは違い、強い日差しを受けても輝く事は無い。日焼けして色が抜けた毛先は赤茶色に染まっている。昔から癖が強いエルフィーネの髪は根本からうねり、どうしたって上手く纏まらない。視界の端でカラフルな帯紐を手にしたリアネスが笑う。

 この帯紐はかつてエルフィーネが襲った荷船で捕らわれていた女児から貰ったもので、エルフィーネの苦い過去の記憶を否応なく呼び起こす。と同時に、エルフィーネの胸中に広がるのは、共に過ごした仲間達を守り抜いた喜びと自身の誇りのみ。

 恐らく私は、良い死に方はしないだろう。流した血の量だけ、私はその罪を贖わなければならないのだから。


「エルフィーネ、後ろを向いてくれますか?」

「ああ、ありがとう」


 扱いに困るこの髪を厭いはすれ、好きになった事など一度として無いというのに、リアネスと出会ってからはこの髪で良かったと心底思うのだ。くるりとリアネスに背を向け、結び易いように僅に首を前に傾ける。リアネスと結婚してから、リアネスはいつもその繊細な指先でエルフィーネの髪を上手に纏めて結んでくれ、時には様々な飾りを付けて複雑に結い上げてくれる。


「上手いな」

「そうでしょうか?」

「ああ、とても上手だ」


 何処でそんな技術を学んだのかは知らないが、リアネスに触れられると、私の髪は生き生きと輝き出す。首筋からうなじを擽るリアネスの指が心地良く、思わずうっとりと目を伏せた。エルフィーネにとってこれは、とても神聖で大切な時間だった。エルフィーネが女海賊エルフィーネとして仲間達を統率する船長ではなく、ただのエルフィーネとしてリアネスと過ごしていられる貴重な時間。

 ふと、一陣の風にたなびいて、スカートの裾が揺れた。エルフィーネが着用している衣服は、女海賊としては珍しい露出の少ない長袖の綿のシャツに深くスリットの入った黒のロングスカート。その上から紫のベストコートを身に付け、足元にはショートブーツを履いている。

 見た目だけで言えば少々暑苦しい恰好かもしれないが、薄手の衣服は海上に吹く風を丁度良い塩梅で通してくれる。

 エルフィーネ以外の女達は皆、大抵が肌を露出して涼やかな格好を好んで着用している。特に多いのは、胸元を大胆に開き、お腹から臍部分を出したスタイルだ。その着こなし方は様々で、シャツにショートパンツを合わせる者や、シャツの裾を引き絞って腹の前で結び、エスニックなロングスカートを合わせる者など多種多様なスタイルを見る事が出来る。


「エルフィーネ、出来たよ」

「ありがとう。リアネス。流石リアネスだな。綺麗だ」


 結び目が解けないようにそっと髪に触れれば、リアネスの優しい声が降って来る。その声のなんと心地好い事か。澄んだマリンブルーの瞳が柔らかく弧を描いた。


「エルフィーネの髪が美しいからだよ。綺麗な赤い髪だ」

「そう言ってくれるのはお前だけだよ、リアネス」

「そんな事は無いよ。皆、そう思っているよ。口に出さないだけさ」


 エルフィーネの髪を掬い上げてそっと唇を落としたリアネスは、「そろそろ時間だね」と声を落とした。見上げた空はすっかりと晴れ渡り、明るい太陽に照らされた波がきらきらと輝いている。日が昇って久しいが、本来はまだ朝と呼べる時間帯だ。この広い海に居ると、時間はただ単なる目安でしかない。そろそろ、他の船員達が起きてくる頃だろう。


「そうだな。今日も頼むぞ、リアネス」

「ええ、勿論。我らが船長殿?」


 海賊式の慇懃な礼を取ったリアネスに微笑み返し、エルフィーネはリアネスを伴って船尾に設けられた船長室へと向かった。

 エルフィーネが船長を務めるこの船は、海賊の中でも特に珍しい、船員の九割が女で構成された女海賊達の海賊船だ。別に男子禁制という訳では無いが、様々な事情で他の海賊船から渡ってきた――或いは逃げてきた――女達から構成するこの船は、男を敵視する女達も多く、この船に乗っている男は、小さな頃からこの船に乗っているヤンドゥ少年と、船医のマガロ爺さん、そして私が拾い上げて世話をし、私と結婚したリアネスのみ。大分老体のマガロ爺さんは兎も角、ヤンドゥとリアネスという若い男がいると女達のいさかいが起きそうなものだけれど、今の所そういった事は起こっていない。

 前者は皆の弟という認識から、後者は私の夫だという事から分を弁え、距離を持って接している事がその大きな要因となっているのだろう。


「おはようございます、船長」

「ああ、おはよう。ラフタ」

「おっはよーございます、エル船長!」

「おはよう、シャリイ」


 次々と階下の寝室から上がって来る船員に挨拶をし、私は海図室へ、リアネスは奥の医務室へと向かった。この船が今向かっているのは、私が懇意にしている、ある海賊が所有する島だ。そこでは物々交換が行われており、ほんの二、三日だけだけれど、島に降りる事も出来る。目的地が決まっている為、問題が起きない限りはのんびりと航海が続く。

 ペン先をインク壺に浸し、さらさらとエルフィーネは広げられた海図の横にある羊皮紙に必要な情報を書き留めていく。エルフィーネは海賊だ。教養もなく、粗野で粗暴。血も涙もない蛮族の娘。両親の顔など知らない。物心ついた時には既に船の上だったのだから。

 けれども養父と呼べる人ならば居る。既に海賊業を廃業して久しく、この海域から離れた場所に存在する小さな島に住んでいる元海賊の男だ。

 養父はエルフィーネを娘として可愛がってくれた。勿論それはただの愛情などではなく、言うなれば、ペットに向けるような愛情だ。女だからという理由で嬲り者にされたり、或いは娼婦の真似事をさせられていた船員達とは違い、エルフィーネは養父から、読み書きや計算、海図の見方や地図の書き方等様々な事を気まぐれに、時に遊びを使って教えられてきた。それは海賊にとって知識という宝でもあるというのに、惜しげもなく経験した全ての事をエルフィーネに教えてくれた。


 それは万金にも勝る、エルフィーネの宝となった。

 この為エルフィーネはこの船の誰よりも海の事を知り、また本を読み、文字を書く事が出来る。それは本来、海賊が当たり前に持っているようなものではないというのに。

 海賊は実力主義だ。剣捌きや体術、船の操舵もその内に入っているけれど、エルフィーネのように文字を読み書き出来、それらを理解する力が在る事も実力の一つである。故にエルフィーネは女海賊でありながら、船長という大役をこなすことが出来ている。勿論、それには責任が大きく伴っている訳だけれど。


 ふうっと知らぬ内に声が落ちた。流石に書き物に集中していたせいか、目の奥が痛む。こめかみと目元を揉んでその痛みを和らげるが、鈍痛はさざ波の如く襲ってくる。ぐっと背伸びをすれば、同じ姿勢で仕事をしていたせいか、凝り固まった筋肉がパキパキと音を立てるように痛んだ。

 少し、休憩するか。部屋を出て昇降口を昇ると、甲板から金属がぶつかり合う澄んだ音が聞こえてくる。その音と重なり合うように、周囲に居る船員達が囃し立てる声が聞こえてきた。どうやら剣の稽古をしているらしい。覇気を帯びた声の主から察するにリアネスと副船長であるルーランドが剣を交えているようだ。

 甲板に出ると明るい太陽の日差しが降り注いでくる。薄暗い船室で仕事をしていたからか、その眩しさに一瞬目の奥でちかちかと光が明滅した。


「うっらぁ!」


 声と共に恐ろしい程の速さでダガーが飛んでいく。それらを躱し、すぐさまサーベルで距離を詰めるリアネスは驚く程身軽である。けれどリアネスよりも更に身軽なルーランドは甲板の木箱を利用してリアネスの背後へ飛んだ。猫のような柔軟な体は何なく着地し間髪入れずリアネスに飛び掛かっていく。

 背後を取られているにも関わらずリアネスは大きな動きもなく右足を軸に身を翻し、ルーランドの手にいつの間にか握られていた弓なりの短剣と切り結ぶ。

 腕力で言えば圧倒的に有利なのはリアネスだが、まるで曲芸師か何かのように両手に短剣を持って間髪入れずに襲い掛かって来るルーランドの動きには、大分手を焼かされているようだ。しっぽのように長いルーランドの灰色の髪が踊るように空を舞う。ひらりと長いロングコートから覗く華麗な足裁きは、まるで小刻みにステップを踏んでいるかのように美しい。

 しかしやはり体力面と純粋な戦闘技術で劣るルーランドの動きが徐々に鈍くなっていくのを待って、リアネスがルーランドの剣を弾き、その首元にサーベルを突き付けた。


「止め!」


 高らかな制止の声と重なるように、一際強い歓声が上がった。船員達の騒々しくも軽やかな声は、ぴんと張り詰めていた空気を霧散させるような温かさに満ちている。


「くそっ、やっぱり強いな、リアネス」

「本当に後もうちょっとだったのになぁ。惜しかったねぇ、ルーランド」

「流石は元海上騎士団員って所だね」


 口々にそう言う船員達にひょいと肩を竦め、剣を収めたリアネスがその輪に入っていく。それはとても自然な動作だった。リアネスがこの船に馴染んでいる証しのようにも思えて、無意識に笑みを浮かべていた。


「お疲れ様、リアネス」

「お疲れ様でした、副船長」

「リアネス凄いねぇ。やっぱり経験の差なのかしらぁ?」

「いえ、私はそれ程でも、」

「あんまり卑下されちゃあこっちの立場が無くなっちまうよ、リアネス」


 くっくと喉の奥でルーランドが笑う。

 白皙の美貌を持つリアネスと対照的に、ルーランドは褐色の肌に琥珀色の目、そして特徴的な灰色の長い髪を持っている。常にその身に纏っているロングコートは胸元を大胆に開いて腰のベルトで固定され、その下には“陸”の女達が身に纏うコルセットを着用し、動きやすさを重視した短いショートパンツ、ヒールの無いショートブーツを履いている。

 副船長という肩書からも分かるように、ルーランドは私の副官であり、この船でも最古参の一人である。私の年齢が未だ二十代であるにも関わらず、ルーランドは若々しい容姿を裏切って、私よりも年上であり、船員の中では年長者でもある。


「いやあ、負けちまったね」

「いえ、もう少し早く決着がついて居れば、私は負けていましたよ」

「そうかい?」

「ええ、副船長は強い。女性でその強さは反則ではありませんか?」

「それこそ経験の差ってやつなのかもしれないね。あたしは二十年以上、海賊ってやつをやってるんだからさ」


 誇らしげな表情でぽんぽんとリアネスの頭を叩くルーランド瞳に宿るのは、弟に向けるような親愛の情だ。


「この船の戦力も、あんたが来てから格段に上がっているよ。あんたが稽古してくれているお陰さ」

「いえ、私はそれ位しか出来ませんから。ですが、お役に立てて光栄です」

「ははは、リアネスは謙虚に過ぎるねぇ。さて、いつものように感想を聞かせてくれるかい?」

「ええ、勿論。副船長の動きに付いていける人間は、恐らくこの船のみならず、この海域には居ないかもしれませんね。ですが攻撃が単調になり過ぎる嫌いがありますから、そこを意識していけば、より攻撃に特化した戦い方が出来ると思います」

「リアネスが言うなら確かなんだろうね。まあ私ももう少し技術ってやつを磨く必要があるのかもね」


 くるくるとダガーを弄びながらふうっと溜息を吐いたルーランドは昇降口の近くで腕を組んでいた私に気が付いたのか、にこやかな笑みを浮かべて私に近付いて来る。


「船長、いつから見てたんですか?」

「途中からだよ。ルーランド、腕を上げたな」

「ふふっ、そうでしょう? 鍛えてますからねぇ、毎日」

「ああ、知っている。良い物を見せて貰ったな」


 でしょう、と楽し気に笑うルーランドの頭を撫でると、ルーランドが誇らしげに胸を反らした。


「船長もどうです? 紙とばかり睨みあって、少し体が鈍っているんじゃないですか?」

「どうだろうな」


 確かにここ最近は海図等と睨み合っていて、稽古には参加出来ていなかった気がする。だが、少しばかり考えた後に首を横に振った。


「いや、やはり今日は止めておこう。もう直ぐ島も近い事だしな。それよりも皆に稽古を付けてやってくれ。ルーランドとリアネスの指導ならば、皆身も入る事だろう。ルーランド、リアネス、頼めるか?」

「あいよ、船長」

「畏まりました。船長」


 ルーランドはダガーを納めて短剣を手にしながら、リアネスは丁寧に一礼して返事をし、皆の輪の中へと戻って行く。一度、リアネスが振り返り、視線が絡み合った。その強い視線を見返しながら、私は手を振って再び昇降口へと歩き出す。さて、もうひと頑張りしておくかな。そう決意しつつ、私は海図室のドアを開いた。

 その日の夜、嵌め込み窓から見える夜空に一羽の海鳥が飛び立つのを見た。確かそれは、通信用の海鳥であったと思うのだけれど、微睡みの中に居た私には、それが現実であった事なのか、それとも夢の中の出来事であったのかは分からなかった。





 ―――それから三日後、船縁から茫洋とした海を眺めていた船員の一人が歓声を上げた。確かエリアだったか。小柄で可愛らしい十代の少女だ。何処か退屈そうに海を眺めていた船員達がその歓声を聞いた瞬間、驚くほどの機敏さで一斉に目を輝かせ、船縁に駆け寄った。何処までも広がる青い海の中、ポツンと小さな黒点が見える。

 太陽の眩しさに僅かに目を細めれば、少しずつ黒点が大きくなり、その姿が私にも見えるようになってくる。


「船長、見えてきました! アポカリプス島です!」

「ああ、見えてきたな」


 視界の端に居たエルフィーネが胸元の単眼鏡を取り出して島の方向を覗き込む。ふわりとエルフィーネの美しい髪が揺れた。きりりと引き締まった眉が柔らかく下がる。単眼鏡で何かを確認したエルフィーネは、女性としては若干低めの艶やかな声で船員に号令を掛けた。


「さあ皆、入港の準備をしな。手早くやるんだよ!」


 アイという応の声と共に、船員達が動き出す。

 視線の先に見えるのは、小高い山が二つ連なったひょうたん形の島だった。遠望に見えるその島は港が整備され、幾つかの船が錨を下ろしている。恐らくは海賊御用達の商船と、海賊船だろう。


「リアネス、」

「エルフィーネ、何か?」

「あの島が、私達の目的地、アポカリプス島だよ」


 島を指さしたエルフィーネは愛しさが溢れ出したかのような温かな声音で、「ここが皆の楽園だよ」と囁いた。


「楽園、ですか」

「ああ、そうだよ。この島では海賊といえども喧嘩はご法度だ。一度諍いを起こせば、どんな人間であれ、海賊であれ、もうこの島に足を踏み入れる事は許されない」

「何とも厳しいルールが敷かれているのですね」

「そうさ。だからこそ、ここでは皆が平等に扱われる。誰も彼もが、ここではただの人間でしかない」


 寂しさと切なさ、しかしそれ以上の敬意を込めた眼差しでエルフィーネは島をじっと見つめた。


「蛮族である私達も、この島でだけはただの女に戻れるっていう寸法さ」

 

 その横顔に手を伸ばしそうになって、ぐっと拳を握りしめた。エルフィーネが打算や何かの思惑があってこのような事を言っている訳ではないと分かっている。同情など糞喰らえ等と船員達であれば言うのだろう。然しそれでも、何もかもを諦めたかのような表情をエルフィーネにはして欲しくは無い。

 高々その程度(・・・・・・)の事に想いを傾けて欲しくは無いのだ。


「嫌な話をしてしまったな。さて、リアネスから見てもこのアポカリプス島は大きいだろう?」

「ええ、とても大きな島ですね」

「そうだろう。この島は元々、海底火山が噴火して出来た島らしいからね。今もじわじわと大きくなっているらしいから、珍しい物が見えるかもしれないぞ」

「楽しそうですね、エルフィーネ」

「まあね、この島には、私の養父が住んでいるから」


 ざあっと吹いた風に目を細めながら、エルフィーネは僅かに口元を緩めて優し気な笑みを浮かべる。それが私に向けたものでは無く、まだ見ぬ養父へ向けたものだと分かっていながらも私の胸の内に沸き起こる嫉妬の感情にただ苦笑する事しか出来ない。

 出来る事ならばその養父に向ける感情全てを私にだけ向けてくれれば良いのに。エルフィーネのすべてを私の手の内へ納める。それは極上の未来を予想させてくれる甘やかな願望だ。

 けれどそれは同時に猛毒をも孕んでいて、甘く蜜が滴る願望は、漸く(・・)手に入れたエルフィーネを失う恐怖を同時に突き付けてくる。


「さて、上陸の準備だ。リアネス、皆を手伝ってやってくれ」

「分かりました、船長」


 従順な夫を演じるのは、その恐怖を忘れない為だ。

 エルフィーネが蛮族の人間? それがどうした。エルフィーネがどのような出自でも構わない。

 あの日私と出会った――出会ってしまった(・・・・・・・・)事がエルフィーネと私の運命を決定付けたのだから。


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