ペーターと母親
「失礼だぞ、ペーター。」
われに返った村長が男の子に向かって言う。男の子はペーターという名前らしい。
しかし助けてくれって、病気か何かなのか。
『君の母親は具合が悪いのかな。』
男の子にたずねると、心話で話したせいなのかびくっとした感じになる。
「そうなんです。少し前から熱が出て、でも急に苦しそうになって。」
やはり病気か。癒し手の力はケガだけでなく病気にも使えるはずだけど、どのくらいの効果があるんだろう。今までは自分のネンザや筋肉痛くらいにしか使ったことが無いけど、大丈夫なんだろうか。でもヘルパーもなるべく多くの人を助けるように希望していたな。僕も助けられたわけだし。
僕がそんなことを考えている間も、男の子は不安そうにこちらを見ている。
「ペーター、少し落ち着きなさい。」
「でもおばあちゃん。」
あれ、巫女さんはペーターの祖母なのかな。だとすると病気なのは巫女さんの娘、にしては落ち着いているけど。
「神の使いとのお話が終わったら、私も行きます。」
やはり気にしてはいるのか。しかし神の使いではないと何度言ったらわかってもらえるのか。
『私は神の使いではありません。』
そう巫女さんに言ってからペーターの方を見るとがっかりした顔をしている。ちょっと待て、がっかりするのは早い。
『しかし困っている人を助ける為ならば、持てる力を使いましょう。』
そう言って立ち上がり、ペーターにうなずく。助かるか保証はできないけどやってみるよ。
『お母さんのところに案内してくれ。』
男の子は神殿の階段を駆け下りだした。僕は巫女さんと村長に一礼してから男の子のあとを追った。走ってる
途中で靴紐がからまるアクシデントはあったが、ペーターは疲れているのかあまり早く走っていなかったので追いつくことができた。なんかよたよたしてるけど大丈夫かペーター。
「ここです。」
ぜえぜえしながらペーターが家の入り口でへたりこむ。
家に入ると手前が土間のようになっていて、奥が靴を脱いで上がるようになっていた。その奥の部屋の布団にペーターの母親らしき人が寝ていた。顔が赤く息が荒くぜえぜえいっていた。さっきのペーターみたいに。
「ペーター?」
母親らしき人というかペーターの母親は人が来たのに気がついたのかこちらを見る。
『あやしい者ではありません。ペーターに頼まれてきました。』
そう言うと少し安心したようであった。さっそく治療にかかろうとしたが、病気の場合はどこに手をあてたらいいんだろう。とりあえず右手を額にのせて、左手は上半身の少し上に浮かせるようにした。
『治れ、治れ、治れ。』
そう言って治るようなイメージを頭に浮かべる。
今回は病気だからなのか自分のじゃないからなのか手のひらから何かが流れ出していくようなのが感じられる。生命エネルギー的なものを送り出しているのか。でも自分の疲労回復が出来るのだから単純に生命エネルギーを流し込んでいるというのとも違うのかなあ。しかしあまりやりすぎると疲れるというかしんどい感じになるのも確かだ。ちょっと苦しくなってきたけど、大丈夫か。
自分のケガの時よりは時間がかかったけど、なんとかなったようだ。回復してくるとエネルギー的なもののが流れにくくなっていくみたいで、やはり水の多いほうから少ないほうに流すみたいな現象が起きているのかなあ。しかし疲れた。しばらくゆっくり休みたい。
『もう大丈夫。』
手のひらの感覚を裏づけるように、ペーターの母親は熱も引いて楽そうな感じになっている。
「ペーターは?」
そういえばペーターは何してるんだろう。と周囲を見回すとまだ入り口にいる。というか倒れてる。大丈夫かペーター。
入り口から抱えてきて母親の隣の布団に寝かせたペーターの顔は赤い。息も苦しそうだ。これは母親と同じ病気なのかもしれない。
「ペーター。」
起き上がろうとするペーターの母親を押しとどめて寝かせる。
「ペーターを助けてください。」
これは疲れたとか言ってられない。ペーターの額と上半身に手を当てて力をこめる。
『治れ、治れ、治れ。』
どんどん生命力みたいなものが抜けていく。このまま死んでしまうかもなんてことを思ったりもしたけど、例えば死ぬまで走り続けることが出来るかということを考えて自分を安心させる。じっさいにどれだけ力を出し切ったと思っても死ぬまではいかない。昔の話でマラソンの起源になった戦いの勝利を知らせる兵士が走り終わった後に死亡したという真偽不明の伝説みたいなのがあるくらいだ。しかし、なかなか終わらない。どこまで続くのか。
そんなことを考えながら、僕は意識をうしなった。