神殿と心話
『私は神の使いなどではありません。』
僕は村長らしき人に答える。そういえばヘルパーも自分は神ではないと言ってたな。でも地球の生き物をこの星に持ってきたのがヘルパーということは、この星に生命をもたらしたのはヘルパーか。だったらこの星の神でもいいような気がしてきた。
でも僕は神の使いではありません。ありませんったら、ありません。
「わかりました。まずはこちらへどうぞ、御使いよ。」
わかったと言いつつもわかってなさそうな村長らしき人の後に続いて村に入る。村長と一緒に来ていた10人ほどの人が2つに割れて道を作る。なんか恥ずかしいけどその中を通りぬけて進む。
何件かの家の横を通り過ぎ、村の中ほどにある大きな家の前で村長が立ち止まる。
「こちらが私の家ですが、まずは神殿へご案内します。」
こんなに大きな家に住んでいるのだから村長で間違いないのだろう。しかし神殿なんてあるのか。何しに行くんだ。僕は神とか関係ないのに。
歩き出した村長をひとりで行かせるわけにもいかないので、後に続く。そして神殿とおぼしき建物の前で止まる。他の家とは違って高床の建物で入り口まで階段で登るようになっている。
村長は建物の前で一礼すると階段を登り始める。僕も真似して一礼して後に続く。
建物の入り口で村長が履物を脱いだので、やはり真似をして靴を脱ぐ。
「よろしければ、御御足をおぬぐいください。」
村長が示す入り口脇には水の入った桶と手ぬぐいが置いてあった。これは長旅で汚れた足をきれいにしろということなのかな。時代劇などでそういうのを見たことがある。
でも山道を歩いたとはいえそれなりの靴を履いていたので中の足は別に汚れてはいない。草履とは違うのだよ、草履とは。
『必要ありません。ありがとう。』
一応は足が汚れていないことを示してから礼もいっておく。背負った荷物はとりあえず入り口のあたりに置いておく。
入った先にも横開きのドアがあった。
「おつれしました。」
村長はドアの前で声をかける。中に誰かいるのか。
『お入りください。』
頭の中に直接声が響いた。
中にいたのは高齢の女性。神官か巫女といったところだろうか。少なくともテレパシー的な心に直接響く会話をする能力があるらしい。こうしてみると僕の得た癒し手や満たし手の力も、そんなに珍しい物ではないのかもしれない。
正面の左側に巫女らしき女性がいたので、その向かい側に座る。ちょうど座布団みたいな物がおいてあったので。でも村長の座る場所が無い。もしかしたらここに座るのは村長なのか。でもまさか正面の豪華な座布団には座れないしなあ。
「そちらでよろしいのですか。」
巫女らしき女性がたずねる。今回は普通に声を出して話した。
『ええ、どうやら私を神の使いと誤解されているようですが、私は単なる旅の者ですから。』
村長は入り口のあたりをうろうろしていたが、あきらめたように巫女さんの横にあぐらをかいて座る。僕は巫女さんが正座だったのでそれに合わせて正座をしている。あぐらでも良かったのか。
「神に呼びかける為の心話をそれほど自然に話されるのに、ですか。」
どうもこのテレパシー的なものはやはり特別なものなのか。単に言葉を覚えなくても楽でいいとはならなそう。さてどうしたものだろう。
『私が旅のものであるのは本当です。この国の言葉が話せないために、その心話というものを使っているにすぎません。』
僕がそういうと、しばらく沈黙が訪れた。本当の話は出来ないし、ヘルパーの話をしただけでも神の使いだと思われてしまうだろう。ここは旅の者で押し通して、心話は生まれつきとかでごまかせば何とかなるか。
そこにどたどたと階段を駆け上がる音がして、入り口の方をみると息をはずませた男の子がたっていた。10歳くらいだろうか。
「おねがいです。」
男の子は苦しそうな息の中から言った。
「母ちゃんを助けてください。」
その目はまっすぐに僕を見ていた。