姉妹を雇用しました
「んで、何があったん?」
食後、空いた皿を厨房に片し、ユーディが入れた緑茶でほっと一息ついて、経緯を問うことに。ちびちびと来客用の湯呑に淹れられた熱いお茶をすすり飲むルチアナが、ぽつりぽつりと語りだした。
「実は……」
あの後、手元の残金から現状維持で何日もつかを計算したところ、ひと月少々だけだったそうだ。そりゃ、あの宿じゃあなぁ。割と上等な所だし。
最低限食っていくには金が要る。金を得るには仕事に就かなければならない。で、仕事を探してみるも、得意とする要戦闘力な仕事は無かった。大陸南側は割と平和な方だしな。……バランドーラ死地以南は例外で。
酒場や食堂で日雇いの仕事を始めるも、賃金を盾にした雇い主からのセクハラに耐えられず魔法ぶっぱしてしまい……。
「過剰暴行でセクハラと相殺しきれなかった分治療費請求されて、超危険人物あつかいされてしまい……。意を決して向かった娼館ですらブラックリストに載せられて雇ってもらえず、仕方なく街を出ましたの」
その超絶悩殺ボディ持ちで娼館にすら拒否られたとか、お前どんだけ派手にぶっぱしたんだ!?聞くのが怖いわ!!っていうか、嬢のブラックリストなんてあるんかい……。
「移動……箒で飛ばなかった、の?」
ユーディの言うとおり、箒で飛ぶのは少なくとも徒歩よりははるかに効率的な移動手段だと思うんだが?
「「壊れてた」」
は?壊れてた?
「ネェ様がいくら飛ぼうとしても、うんともすんともいわなくなってしまったんです」
それ、ジ○リの魔女子さんが飛べなくなった原因と同じ……じゃあないよな?思い当たる節があるとすれば……。
「あの時だな……」
あの空の追いかけっこの時、この2人はハイスピードで砂浜に衝突した……いや、させたのだ。勝負を終わらせるために、俺が。その衝撃で箒がオシャカになったと思われる。
「それで、ネェ様と歩いて街から街へと仕事を探して転々として……」
「行く先々でリムリス共々セクハラを受けて……」
リムリスもかよ。っていうか未成年にセクハラすんなよ事案だろ。
「んで、流れに流れて結局俺んところまで来ちまったわけだ」
「ですわ……」
「はぃ……」
つまりこの姉妹にとって俺は最後の砦ってわけね……どうしたもんか。
「ナナにぃ、部屋、余ってるよね?」
「ああ。……そうそう、次の定休日から、リレーラこっち住むことになったぞ」
「ほんと?やった!」
笑顔で喜ぶユーディ。うん、仲良きことは美しきかな。兄弟姉妹で手を取り合えるのはいいことだ。
「ってことは残り部屋の空きが……」
現状。俺とユーディで1部屋、ジーク・グレン・リレーラ・リラ・フィエルザが1部屋ずつ。つまり1階に2部屋、2階に2部屋の空きがあるわけだ。数に問題はないな、うん。
「客室のまま放置しても仕方がない、か……」
「何の話ですの?」
「お前らの部屋の話だ」
「「……え?」」
何鳩が豆マシンガン食らったような顔してんだよ。
「箒ぶっ壊れた原因の一端は俺達にもあるからな」
「た、ただなんて虫のいい話はない、ですわよね?」
「当たり前だ。俺は足長おじさんじゃないんでね。惚れてもいない相手に打算抜きの行動なんてしない。お前らにしても、今までの苦労を振り返りゃあ、タダなんて都合良すぎでかえって怪しいとか思うだろう?」
「それは、そう……ですわね」
この様子じゃあ、道中それなりに騙されたのだろうな。まあ、世間知らずな人の根の汚さを知らない箱入り娘を騙すことは容易いだろうよ。鴨がネギ背負ってるようなもんだ。……ま、背負ってるネギが良く切れる業物だったってのは、騙す側の最大の誤算だっただろう。
「条件は、俺の店で従業員として働くことだ。もうね、人手が足らんのよ。信頼するに足りるヤツが……」
「ぼっちですの?」
「やかましい。……続けるぞ。給金は規定通り渡す。時給計算で月末に一括払いだ。で、そこから滞在費を引く形になるな」
「い、1日のお給料は?」
労働時間だの内容だのの前に最初にそこか。うん、金の大切さが骨身に染みているようでなにより。
「時給大銅貨8枚、勤務時間9時から19時、休憩時間合計1時間の9時間労働。週休……状況次第で上限2日まではいけるようになりそうだな。で、肝心の滞在費が1日銀貨2枚、食事賄い込み。就業中のケガに対してはこっちで責任もって対処する。部屋はGを呼び込まないように自分で掃除すること。夜間の照明……ランプの油とかは、足りなくなったら自前で継ぎ足しな」
「「よろしくお願いします」わ」
即答いただきました。
そりゃあこんな優良物件そうあるもんじゃあない。提示した俺が言うのもなんだけど。労基法なんてこの世界存在しないからな。有給の概念すらありゃしない。
……1年後、有給出せるくらいになっていればいいんだけどなぁ。あとできれば慰安旅行とか……。高望みが過ぎるかねぇ……。
少なくとも、月末給料日を待たず逃げ出すなんてことはしないだろう。崖っぷちなんだから。
「とりあえず、これから同じ家に住む間柄だ。ルチアナから自己紹介」
「はい、ルチアナと申します。家名は捨てました。よろしくお願いいたしますわ」
「えっと、リムリスです。こんな可愛いドレス着せられてますけど男の子です。ネェ様共々よろしくお願いします」
さて、二人の自己紹介は終わった。次は俺らの番だが……果たして、精神的に無事でいられるだろうか?
結論、無理でした。竜帝いるしね。戦力過剰だしね。
余談だが、リムリスはフィエルザに気に入られ、加護をもらった。我が家の戦力がさらに過剰になりました、まる。
「さて、ジーク、グレン、洗い物任せていいか?」
「お任せを」
「まかせロ」
よし、洗い物は問題ないな。
「ユーディは客間のベッドにシーツと毛布と枕を。……あとランプの予備を置いて油を」
「ん、まかせて」
残るは制服だが……。
「リラとフィエルザは……どうせ風呂場で2人の採寸はかったんだろう?」
「きっちり~」
「ナニのサイズまでしっかりと!」
「それは忘れてやれ」
フィエルザよ、ナニのサイズはいらんだろ。
「いや~可愛かったわ~。あ、だいじょぶだいじょぶ。ムキムキすればまだまだおっきくなるから」
「マジでやめて差し上げろこの肉食竜帝!!で、リラ、制服今から頼めるか?」
「んよ?もしかして、明日に間に合わせるの~?」
「ああ、デザインの方向性は任せる。可能なら寝間着も」
「は~い、お任せ~!ふふふのふっふ~!」
元気のいい返事だが、何か企んでいるような気がするのは気のせいだろうか?
……とりあえず、これでまともな休みが取れる目途が立った。休日の客足の伸び具合からして、仮にフィエルザにフルタイムで人型になってもらっても、安定してさばききれるかわからないと思っていた。週を追うごとに休日の客数が増えていくんだよなぁ……。俺がホールに出る分、休み潰して在庫作らなきゃまずいんじゃねーかって思ってたし……。本当に渡りに船。『捨てる神ありゃ拾う神あり』だ。
よって、この2人を明後日の開店時間までに戦力として仕上げなければ、俺らの休憩時間がヤバイ。積もり積もって疲労がやばい。それによって誘発される人的ミスによるクレームが怖い。
……気を取り直して。
「おし、2人とも、今から店で研修始めるから出かけるぞ」
「いまからですの!?」
「え、ナナクサさん!?僕この格好で!?」
あー、うん、言いたいことは解る。それが常識的反応だ。しかし、な……。
「リラ、フィエルザ、リムリス君に普通の服を用意するつもりは?」
「ないよ~」
「もし誰かが普通の服を調達してきたら?」
「その時はあたしが破く。……引ん剥くシチュエーションもありだと思う?」
知らんがな!!うちの娘は揃い揃って無慈悲か!?
「……だ、そうだ。すまんが、諦めろ。ぶっちゃけリラは俺より強い。もし、万が一にも喧嘩してうっかりリラが加減ミスったらミンチよりひでぇことになるからな」
「とほほ……」
と、いうことで、日が変わる前まで鬼教官的研修が行われた。
思いの外飲み込みが早く、明日の開店前にも研修をして──そっちはリレーラ・ユーディに任すとして──これにリラ・フィエルザ・クリナが加われば、十分余裕を持って通用するだろう。
後は実戦で立ち回りを覚えていけばいい。愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶと言うが、聞くだけ、言われるだけで即座に迷いなく実行できるやつなんてその辺にホイホイいるもんじゃない。いたらそりゃ頭のネジが1本と言わず3本くらい抜け落ちているだろう。……そういう奴ほど、大きなことを成し遂げたりするんだよなぁ、良くも悪くも。
その日の研修終わり近くに、リラが仕上がった2人の制服を店に持ってきた。ほんと仕事早いな、リラ。
ルチアナの制服はリレーラと同じロングスカートの黒ワンピースに、シンプルなエプロンを合わせたもので、おとなしめの方向に仕上がっていた。エプロンには赤竜とティアラの刺繍がされている。
……まあ、ダイナマイトセクスィボディが相手故に、おとなしめにしても封殺しきれていないんだが。もしルチアナ好みで仕上がったら風営法に引っかかること請け合いだ、そんなもんこの世界にないけど。
「いいですわね。細部まで丁寧な仕上がり、私服で着てもいいくらいに気にいりましたわ!」
しかし予想外の好感触。……うん、やはりリラとルチアナの相性は良さそうだ。
リムリスのはそれと対極の、ラベンダー色の生地に桔梗柄の和ロリだ。白レースをふんだんに使い、帯を濃紫色に、合わせて履いているティアードスカートは短めで、白フリルニーソと合わさって絶対領域を成形している。白のエプロンには翠の翼竜と銀竜、それにルチアナのエプロンと同じティアラの刺繍がされていた。全体的に見事な調和がとれ、おそらくこれまでのうちで最高傑作ではないかと思うほどだ。エプロンにピンで止められたネームプレートには、丸っこい字で『リリス』と──あれ?
「ふふ~、がんばったよ~」
「超本気じゃないか……って、ちょい待て。ネームプレート間違ってないか?」
「ここまで女の子するんだったら~、名前も女の子にしちゃおうかって思ったの~」
まあ、確かに……全力全開の愛さ極振りというやつで、そこには男の尊厳は微塵も存在しなかった。
「ヤダ、うちの弟可愛すぎですわ……」
「は、恥ずかしいです。ボク男の子なのに……うぅ」
そうは言うがな、リムリスよ。似合いすぎて全く説得力がないぞ?
「はずかしくないよ~?女の子なのは『リムリス君』じゃなくて、『リリスちゃん』なんだから~。女の子してる時は女の子なんだよ~?楽しまないと、もったいないよ~?」
満更でもなさそうに顔を赤らめるリムリスに対し、リラは不思議そうに言う。無理やり女装させてる側が何を言ってるんだか。
改めて言うまでもないことだが、店の制服から日常の私服まで、リラは全権を握っている。それが何を意味するかって?
その気になれば、俺のシンプルなエプロンはおろか、シャツから下着から何から何まであらゆるものにフリルとかレースとかを追加することすらできるわけだ。それも超速で。ある日突然衣類が乙女チックにカスタマイズなんて、恐ろしくてかなわん。
「同じ男なら助けろよ」とか言われるかもしれんが、別に似合っているならいいじゃないか!!俺がエプロンドレスを着るような悪夢を顕現させるような行いは、誰の得にもならないだろうが!!下手すりゃキモ過ぎて店がつぶれる!!!そっち方向の変態はお断りだ!!!
……まあ、そのうち慣れるだろう。それに、声変りが始まって、喉仏が目立ってきて、髭も生えてくりゃあ……うん、さすがに解放されると思う。
「これにちょこちょこ髪飾りを足して、完成~」
「これで完成じゃないんですの?」
「ん~、ちょ~っと、物足りない」
こだわるなー……。常日頃からふよふよポヤポヤしているが、今はマグマにも勝るほどの熱い職人魂を感じる。
「リラ、ユーディの分も頼めないか?」
「もち普段着分で作るよ~。でも~、柄はどうしよ~?髪色に合わせて紫陽花にする~?」
「いや、花言葉的にどうかねぇ。紫陽花の花言葉って、確か……冷淡、辛抱強さ、あと冷酷、無情、……高慢だったか。ああ、移り気もだったな。ほとんど性格と一致してないぞ?……瑠璃唐草あたりはどうよ?花言葉的にもありだべ」
「矢車菊なんか───」
「「は、話についていけない……」」
姉妹そっちのけで相談が終わったのは、それから1時間後のことだった。熱くなりすぎた、反省……。
お読みいただきありがとうございました。




