汚れた訪問者
ゾンビめいたルチアナとリムリスを両脇に抱え、屋根伝いに移動して帰宅。脇に抱えることに対して2人から多少抵抗があったが、「飯が食いたいなら大人しくしろ」と言ったところ、借りてきたネコのように大人しくなった。いつか引きずった時よりもだいぶ軽く、[アンチグラビティ]を多少強める程度で済んだのは嬉しい誤算だ。
帰宅後、とりあえず手が空いているリラとフィエルザに2人を任せて風呂にぶち込ませた。流石に全身汚れたままではよろしくない。第一、抱えていてやたら臭った。抵抗した理由の一つだということは容易に想像できる。
で、現在。本日の夕食のメイン、海鮮お好み焼きをキッチンでユーディと2人、焼いているところだ。イカだけなんてケチくさい事はしない。ホタテの貝柱、剥き海老もぶち込んだ贅沢な逸品だ。
お味噌汁もアサリで行こうかと思ったが、よくよく考えれば俺以外のアサリ汁未経験者には酷じゃなかろうかと思い、見送ることにした。アサリやシジミの味は、コーヒー同様に良さが分かるまで時間がかかるしな。かくいう俺もそうで、飲めるようになったのは20代を半分過ぎた頃だったし。無難に豆腐とワカメを入れることに。
「それで、連れてきちゃった?」
「仕方ないだろう?あんな捨てられた子犬状態じゃあな」
乞食一歩手前──いや、片足突っ込んでる状態だったし。
「まずかったか?」
「ん~ん、ナナにぃは自分を悪っていうけど、困ってる人には手を差し伸べる、そういうところ、私は好きになったの」
「…………むぅ」
そう言われるとなんかくすぐったい感がある。
「そうは言うがな、ユーディ。俺は誰彼構わず助けるようなお人よしじゃあない。……昔それで痛い目を見たからな」
「ん、分かってる。助ける方だって、選ぶ権利はあるし。……もしかして、照れてる?」
「そんなことはない」
「ん……そういうことにしておく、ね」
くすりと、ユーディが微笑んだ。無性にいぢめたくなったので、寝る前に目いっぱいもふってやろうぞ。
都合7枚ほどでっかく焼き上げ、自作ソース、マヨネーズ、鰹節、青のりをかけて……。俺とユーディで1枚、ジーク・グレンが1枚ずつ、リラ・フィエルザで2枚、ルチアナとリムリスに1枚ずつ、おかわり分で1枚。まあ、これだけあれば問題ないだろう。
心残りは、ソースがオタ○クじゃあないことか。極力合うように仕立てたが、やはりオタ○クには遠く及ばず、一生涯全てを捧げても100%完全再現できる気がしない……。
さて、ぼちぼちルチアナらが風呂から上がった頃合か?
確認のためダイニングへ行くと、席についているジークとグレンは今か今かと待ちわびていた。両手にナイフとフォークを握っている様は、まるでお子様ランチを待つ子供だ。ギャップに頬が緩みそうになる。
「お風呂上がったよ~」
と、ここで風呂上りにダイニングへやって来たリラ・フィエルザ・ルチアナ・リムリスに、俺達4人は驚愕した。……正しくは、リムリスに対してのみ。
リラ・フィエルザはお揃いのセーラーワンピースで、ルチアナは俺の予備のシャツとスラックス。当前胸部がはち切れんばかりの有様で扇情レベルMAXなんだが、それを差し引いてもリムリスが目立つ。
「めっちゃ女の子してるな……」
ラベンダー色の生地を使った、白のレースフリルとリボン増し増し甘ロリドレスを着せられていた。袖が広がってひらひらしているあれは確か姫袖とか言われているんだったか?
「うぅ、ボク男の子なのに……」
ああ、これ間違いなく風呂場でおもちゃにされたな。んでそのままリラの餌食になったってところだろう。リムリスの髪に合わせた配色からして、即興で材料から本能の赴くままに仕立てたのだろう。
「はー、リムリスが可愛すぎて嫉妬しそうですわ」
「ネェさま、あんまりですー……」
ルチアナの言葉にリムリスが泣きそうだ。っていうか泣いていいと思う。
「確かに、このドレスは可愛いけれど……でも僕……」
「「「男の娘だよね?」」」
「字が違わないですか!?」
……人選、ミスったな。少しばかり後悔していると、リラがとたとたと俺の前まで駆けてきて、ふんすっと胸を張る。
「自信作~!どう、パパ、可愛く仕上がってるでしょ~?」
「まあ確かに下手な女の子より可愛いが……」
これは男を騙せるわ。余裕で騙せるわ。肩幅が広くないし、声変わりがまだだから喉仏も全く目立たない。コミケに放り込んだらカメコがヤバイ。そっち系のAVに出せば伝説になるわ。
「ん、私よりも?」
ユーディが少しほっぺを膨らませて、くいっ、くいっと裾を引っ張って……。
「俺にとってユーディが一番可愛いに決まってるだろう?何を言っている?」
「……もぅ」
ユーディが真っ赤なてれりこ状態になってしまった。回りくどく言う必要はないし、な。
「じゃあ私は~?」
「リラは僅差で2番目だな、十分可愛い」
髪が崩れないようそ~っと頭を撫でると、にへらっと溶けるように表情を崩した。
「じゃあオレハ?」
「……ジーク、お前可愛いとか言われたいのか?」
「いや、ぜんぜン」
「何故聞いたし!?」
とりあえず、これ以上グダグダしていたらこっちまで空腹でやばくなる。焼いてる最中にも腹の虫が何度も抗議声明を出していた。ぼちぼち運びますか───。
「あ、あああああなた様は……!?」
……ん?なんだか、ルチアナがグレンをみてわなわなと震えているが……。
「女、私に何用か?」
「バルフェニア様がなぜここに!?」
あん?バルフェニア?……たしか、ルチアナが契約した炎の竜帝か。
「人違いだ。私の名はグレン。我が主兄より賜ったこの名が唯一の名だ。次に間違れようものなら……」
じわりとグレンから殺気が漏れ出す。あ、これやばい、本気だ。
「ストップだ。……今回は大目に見てやれ」
「……承知」
すっと、殺気が散っていった。
「し、失礼いたしました……」
ふー……ちと肝が冷えたわ。って、人違いじゃなくて竜違いじゃないのか?……瑣末事だな。アレだ……グレンの女嫌い、そろそろ何とかしたほうがいいんじゃないかって。
身内と子供なら兎も角、それ以外の女に対して社交的に接している所を全く見たことがない。そこに痺れるのか一定数のファンがいるようだが……。
いやでもなぁ、そういうの押し付けるのはなぁ……。うん、よくない。当事者が心に折り合いをつけない限り、第三者が口出ししたところで根っこが変わるわけがない。
……この2人が不意打ちで襲ったことは、絶対に言わないほうがいいな。
それにしても、そんなにそのバルフェニアと似てるのかねぇ……。
兎も角、お好み焼きとお味噌汁をユーディと運び、ちょっと遅めの夕食となった。
「「「「「「「「いただきますっ!!!」」」」」」」」
2人には1枚ずつ並べたが、ナイフとフォークを手にすると、えらい勢いで切って食べて切って食べてと、凄まじい速度だった……。元王族の上品さは微塵もなく、完全に飢えた野獣だ。いや、リムリスは袖を汚さないようだいぶ神経を使っているように見える。
「お前らやるナ!いい食べっぷりダ!」
「むぐ……負けはせぬ!!」
こらそこジークとグレン、飢えてる2人相手に張り合うな!詰まるぞ!?俺みたいに死ぬぞ!?
とか思っていたら、リラ・フィエルザの皿が僅かなソースの痕跡のみを残し空っぽになっていた。
「「ごちそうさま~」」
「お前ら早すぎだろ!?」
ちくしょう!もう完食しやがった!お前らはいつだってそうだ!
もう早食いはお前らの人生そのものだ。お前らはいつも食べてばっかりだ。
そんな娘達は口元についたソースをペロリと舌で舐め、余韻に浸っている。
「その食べっぷりは嬉しいけどな、もうちょっとじっくり味わってくれよ。泣くぞ?俺泣くぞ?いい年して泣いちまうぞ!?」
「「だって美味しいんだもん。ね~?」」
と、揃って顔を見合わせる。んなこと言われたらもう何も言えねぇよ。
……もう、ええわ。
「ユーディ、あーん」
「あーん」
こっちはこっちで、イチャイチャ食べ合うことにした。人数が増えても我が家の夕食の混沌っぷりは変わらずだった。
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