いつもの日常 後編
今月残りは3日おきの更新になります。
午後3時──。
この時間になると客足が増えてくる。所謂おやつタイム。おやつの習慣があるわけでもない。空いた小腹を埋めたいという本能が、ここへ足を運ばせるのだろう。
そんな時間帯に、たまーにシルヴィさんが新人の秘書らを連れてやってくる。モントさんの引退を見据えて、リューリンゲル領から引っこ抜かれてきた三つ子文官とその他数名だ。彼らは俺達が使わせてもらっていた部屋に住み込みで仕事をしている。……多分今日あたり来そうだ。
「む……やっぱり来たか」
ホールからの聴き慣れたシブい声が耳に入ってくる。予感通りやってきたようだ。厨房から少々覗いてみるが……相変わらず、三つ子の見分けが全く付かない。
「身長体型髪型瞼に角の形と、版画のようにソックリなんだよなぁ」
長男ビックス、次男ウェッジ、三男ピエット。どこぞの六つ子以上に見分けが付かない。どっかの見世物小屋でシャッフルしそうな奴らだが、ジッサイ仕事は出来るらしい。
ちなみに居座りすぎて屋敷から探しに出てきたモントさんに引っ張られて帰るまでがワンセット。
……まあ、彼らなりのじゃれあいみたいなものだ。実際、三つ子の目を盗んでシルヴィさんがサボるということはない。これも主従──いや、男同士の友情のあり方の一つなんだろう。
午後4時──。
おやつタイムが過ぎ、リラ・フィエルザ・クリナ・サダルが抜け、小休憩中のリレーラの穴を埋めるべくホールへ接客に出ていると、エルモッド商会会頭ギルベリオ氏がお客としてやってきた。
少数種族である魔狐族のギルベリオ氏は、人の体に収穫期の稲穂のような黄金色の狐の頭と2本の狐の尾を持つ。その特徴的な外見から、見間違うはずがなかった。
「いらっしゃいませ。……だいぶお疲れのようですね」
珍しく、ギルベリオ氏の顔には疲労感がにじみ出ていた。
「ああ。少々立て込んでいてね。いつもの……」
「抹茶ショートとミルクをセットで、ですね」
決まって抹茶ケーキをミルクとセットで注文する、無類の抹茶愛好家だ。
「ああ、それと持ち帰りでクッキーを30枚セットで頼めるかい?」
「はい、かしこまりました。……で、一体何が?」
彼が未だかつてこれだけ大量に持ち帰りを頼んだことはない。精々今まであっても10枚程度だ。
「ちょっとめんどくさい事になってしまってね。ヘタをしたら徹夜になりそうなんだ……」
「もしかして……新人のミス、ですか?」
ついぞこの間、やっと将来有望な若い人材を確保できたと上機嫌で来店していたことを思い出した。
「推眼恐れ入るよ」
どうやら当たったらしい。……そして相当に大きなミスらしい。ようやっと休息を取れたのが今だということなのだろう。
「戦力になるまでの辛抱、ですね。叩きすぎて逃がさないようにもしなけれればならないのが、新人教育のつらいところです」
「よくわかってるねぇ、ナナクサ君は。そのための持ち帰りさ。甘い焼き菓子は、この上ない士気高揚材料だからね」
新人教育の辛さはよくわかる。心から同情するわ。心の中で合掌しつつ、抹茶ショートとミルクの用意を始めた。
午後5時──。
アフターファイブ。酒場と食堂が開く時間だ。また、1日の最後の波が訪れる時間でもある。
仕事帰りに家族へのお土産にとクッキーや飴を買い求める働くお父さん達。食べて帰りたい誘惑を抑え、お土産片手に家路を急ぐ。ご家族でのご来店、お待ちしています、はい。
厨房のこちらはキリのいいところまでにし、遅くとも半には掃除を始める。
午後6時──。
閉店。
表の札をクローズにし、窓のカーテンを全て閉め、リレーラはホールの清掃。ユーディは一足先に帰り、夕食の下ごしらえを。その際、ホールの光源をランプに切り替える。
俺は休憩室で伝票と、生産量と在庫、割引チケット使用などの特記メモを元に、売上を速攻で2度計算し、すり合わせを行う。屋台の頃はユーディに任せていたが、現在は俺が管理している。
その後、売上を隠し金庫にぶち込み、がっちり保管。これで俺以外に開けることはできない。
「掃除終わったわー」
いいタイミングで掃除が終わったようだ。
「あいよ、お疲れ。……で、例の話、決めたか?」
例の話とは、リレーラが俺の屋敷に厄介になるという件だ。うちの従業員で最も弱い故に、金目当ての強盗に捕まって人質にされる確率が高い為の……言い方を変えれば保護だな。
俺とユーディとリラは英雄と呼ばれるだけあって迂闊に手を出す輩はいない。フィエルザは表ではリラの頭上に陣取っているから問題なし。クリナも戦闘力はほぼ皆無だが、切れ者のサダルが常についている上に、家が通りの向かい側にある。
で、リレーラは逃げ足こそ早いが、戦闘力はほぼ皆無。足が速くとも囲まれたり、搦手などされればお手上げになるわけだ。
ならば安全確保の為に、未使用の空き部屋があるうちの部屋を借家として格安提供したほうがいいんじゃあないだろうかとユーディとの相談で至り、全員の承諾も既に得ている。
「うん、やっぱりダメだわ。厄介になるのはダメよぅ」
「……ユーディの心情的にも、本人がもう大丈夫、むしろ一緒に暮らしたいって言ってるくらいだぞ?」
「そりゃーそうなんだけど、ねぇ。うーん……ワケ、笑わない?」
なんだ?妙に神妙な顔になった。……俺達が知らない、思いもしなかった深刻な問題があるのか?
「内容による。ひどい内容だったら大笑いしてやろう」
「……最近、ジークが直視できないのよぅ」
……は?いや待て、何故そこにジークが出てくる?
よくよくリレーラの顔を見ると、仄かに赤らんでいた。これは……そういうことか。
「つまり、あれか?お前ジークにホの字な?」
「……多分」
はー、まじか。っていうか今更っすか。
「いつからだ?」
「……エルッケ森の調査の時に、行く時おんぶされた時……」
結構前やんか。あれ以降、ちょくちょくジークの訓練時の怪我の治療してたってことは……。
「そりゃフザケが利かない問題だな」
「毎日お昼に裏口から入ってきて、で、顔見えるたびにこう、頭が熱くなって、あっぱらぽっぴになって……なんていうか、私が私じゃない私になるみたいな?」
「まあ、言わんとしていることはわかる」
見ただけでアドレナリンとか脳内麻薬が垂れ流しになっている状態なんだろう。
「なら尚のことうちに住んでおけ」
「いやだからなんで!?」
「なんでってお前、刻一刻と悪化してるんだぞ?このまま放置したら、顔見ただけでぶっ倒れるようになるぞ?最悪死ぬぞ?」
「う……」
どうやらそのへん、リレーラも危惧していたようである。脳内麻薬は麻薬と言われるだけあって、過剰分泌されれば脳の機能に深刻な異常をきたす。この世界で脳に異常が出てしまえば、治すことは不可能だ。傷ではない以上、治癒系魔法による根本的解決は見込めないのだから……。
「あいつは恋心とはまだ無縁だ。精神的に未成熟だからな。リードするお前が今のうちから慣れて備えておかないと、時が来た時に取り返しのつかない失敗を犯しかねないぞ?」
「う、ううう……」
よもや体育館裏に呼び出して告白する段取りまで行って、緊張のあまりどもりがひどすぎて終了!みたいな事になるのは、な。そんな光景を、偶然に目撃したことがある。赤の他人だったが、それでもあれは見てられなかった……。
「ちなみに家賃は1日こんなもん。食事付き、お風呂入り放題、他細かいお願いとかあるが……」
と、目の前で銀貨を2枚積み上げていく。
「へ、部屋は?」
「個室だ。ベッド、クローゼット・デスク完備な。ただし、いつかみたい汚く使うようなら……」
「あの時の二の舞にはなりませんっ」
きちんと片付けるようになったのは既に知っている。ただの釘差しだ。……暖かくなった頃にGの温床にでもなられちゃかなわんしな。
「……あれ?ちょ、ちょっと待って、それでこのお値段って!?」
「家ってのはな、人が住まない間どんどん傷んでいくんだ。部屋もまた同じ。ホコリばっかり溜まってしょうがないわけよ。……掃除の手間的にもな」
現状、定休日に総出で掃除する形になっているんだが、だだっ広いせいで時間がかかる。掃除担当のハウスメイドに関しても、早いところ信頼できる人材を確保したい。
余談だが、ジーク・グレンからも、賃金から同じくらい──いや、ちょいと多めで受け取っている。多いのは食費分な。
「ぜ、税金は?」
「土地もろとも俺個人の保有物だ。現状所謂一種の治外法権エリアなんでな。ウルラントの法の外なのさ。ククク……」
っつーかね、いい加減土地貸出のこの方式はやめるべきだと思うんだよね。共産主義的な思想じゃないこれ?税制改革と土地所有権云々の改革は必要だと思うんだ。
……もちろん、やたら重い建物作って地下水道崩落が起きないよう、新たな建築物に関しては面積あたりの重量規定は必要だ。しかし困ったことに、アイツがどの程度を想定して設計したのか、規定するための資料が全く足りない。動こうにも動けない、見えない鎖で雁字搦めになっているのが今のウルラントの現状だ。
「……わかりました。次の定休日からお邪魔しますっ!」
「はいよーナナクサランド1名様ご案内ー」
「ナナクサランド?」
「……言ってみただけだ」
後日1名様ご案内決定。
午後7時──。
店の明りを消してリレーラを宿まで送り届け、家路に。南通りから中央広場まで戻ったところで、守備兵の一人に呼び止められた。鎧と兜のフル装備、その兵の顔に、ちょいと覚えがあった。
「ナナクサ様、夜分に失礼します」
「仕事お疲れさん。あといい加減様付はやめれ。……あれ、お前さん西門勤務じゃなかったっけか……どったの?」
西門勤務の……いかんな、名前は忘れた。まだ勤務交代時間じゃあないはずだ。なんだってこんなところに?
「それがですね、種族不明の女二人組が西から来まして……。無一文らしく、通せないと伝えましたところナナクサ様に取り次いでくれと」
「だから様付するなって」
「いえ、自分がではなく、その女がそう言ったのです。ナナクサ様、と」
ウルラントの東西南門は、入る際に少額の通行料支払いが必要だ。住民は不要だが、特別なにか証明証が必要というわけでもない。門番の記憶力だよりな現状だ。現在シルヴィさんが住民台帳作成に並行して改革を進めている。……ついでに言うと、壁の修復が始まったとは言え、まだまだオンボロ。抜け穴を探せば文無しでも入れなくもなかったりする。
んで、通れないからって俺に?俺のお情けにすがろうって魂胆?いや、俺英雄とか呼ばれてはいるが、基本ダークサイドなんだが?
「はよ追い返──いや、ちょっと待て。種族不明ってどういう?」
「それが、獣人のような耳もなく、ディーヴ族やドラグノ族のような角もなく、ドワーフのようなずんぐりむっくりでもなく……。ナナクサ……さんに近いのです」
俺に近い……西から……まさか。いやまさか?
「……なあ、それってもしかしなくても、一人がこう、ボン キュッ ボンで、もう一人がストーンなボディ?んで、髪が藤色だったりするか?」
「はっ、その通りです。もしや心当たりが?」
「……超あるわ。すまん、ウチに行って少し遅れるって伝言頼めるか?それと、夕飯2人分多めって」
「は、はあ、承知しました」
──と、いうわけで、西門までやってきましたよ。屋根の上走って。
いくら日没時間とはいえ、まだ西通りには人が多い。現状これが低燃費最速移動手段だ。というかね、時間が惜しい。グダグダしてる時間だけ夕食の時間が遅れてしまう。
門番が立つ外側の西門手前で降りると、そこには案の定、知った顔の2人がいた。
「やっぱりお前らか」
「お久しぶりですわ……」
「こんばんわ……です」
新婚旅行先で勘違いから襲ってきたヘイルドゥノー王国元第二王女ルチアナと、元第三王女──じゃなかった、元第二王子リムリスだ。
あいっかわらずの露出多めボン キュッ ボンと、性別行方不明な姉弟だが……全身砂土で薄汚れている上に元気が全くといっていいほど無い。ルチアナが持つ箒もかなり汚れている。
以前仕掛けて生きた時の様な勢いは全くなく、下手をすれば中身が別人になったんじゃねと思うほど、悪い意味で見違えた。まるで食べごろを過ぎた腐りかけの萎びたキュウリだ。
「何があった……と、今すぐ聞きたいところだが、そうもいかないか」
なにせ2人とも目が虚ろ半ばだ。この目を俺はよーーく知っている。日付が変わる寸前まで残業している作業員のソレだ。残り少ないエネルギーのリソースを脳ではなく体の方に回している状態だろう。簡単に言えば、死んでないゾンビ状態だ。これでは事情聴取しようにも円滑には行くまい。
「ナナクサ様のお知り合いで間違いありませんか?」
「間違いない。あと様はやめれ。知り合いが迷惑をかけたな、すまん」
ケーキ1個半額チケットを、伝言を頼んだ相方分コミで2枚握らせて、ルチアナ・リムリスを家まで連れて行くことにした。どうやら、最後の最後で平凡な1日では終わりそうにないらしい。
お読み頂きありがとうございました。男が 足りない 。ほとばしる汗が 足りない !




