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月夜に落ちるは……

 式から数時間後、披露宴は劇場にて行われる。披露宴というか、内容はもうただの宴会だ。


 東通りの一角にドンと構えるウルラント唯一の劇場は、ジローが設計した現存する数少ない建物の一つだ。あいつを崇拝する建築士達有志によって補修が続けられ、建設時の外観を保たせてきたという。

 ウルラントの建築士にとって、街の基礎を構築し、数多くの建物をデザイン・建造したジローは崇拝対象らしい。最近知ったのだが、この劇場の名はジロー没後、ズィローマ劇場と改名されたとか。


 ただ、劇場そのものを本来の用途で使う機会はあまりない。演劇で腹は膨れない。膨れた時代もあったが、先代魔王アルガードスの時代では既に……。

 で、その劇場に並ぶ椅子の配置を変え、魔王城にて使われず眠っていたテーブルを運び込んで披露宴──否、宴会場化した、と。


 言うまでもなく住民全員を収容できるわけではないため、入れるのは主役の俺とユーディ、俺達の身内、領主とその令嬢、そして、住民全員から抽選で選ばれた人だけだ。


 俺とユーディは、式から宴会までの時間、自室で昼食と休憩を取った。……あそこまでやって、休憩中に何もないわけがなかった、とだけ言っておく。

 昂ぶりを沈めた今、馬車で隣り合うように座ってそこへ向かっている。馬車の窓から手を振る住民に笑顔で手を振り返すが……顔、吊りそう。地球の王室とか皇族ってすごいわ。これを何かしらの式典があるごとにやってるんだからさ……。


 補足だが、お色直し無しで1日このまま過ごす事になっている。お色直しをするのが日本くらいなのは、ジローの前世における結婚式を切っ掛けに知った。こっちの過去の披露宴でも、お色直しはしないらしい。


 弟といえば……。


「なあ、今日ジークとグレン見たか?」

「……あれ?」


 どうやらユーディも見ていないらしい。リラも気が付けばどこかに消えている。はて、一体どこに行ったのだろう……。


 と、馬車が止まり、御者マイルズによって扉が開かれた。


「付いたぞ」

「あいよ。ユーディ、手を」

「んっ」


 先に降りてユーディの手を取り、会場へと向かう。拍手と僅かな酒気で迎えられた。



*



「……これはひどい」


 挨拶し乾杯の音頭を取ったところ、外からも乾杯の声が聞こえてきた。そして運び込まれる大量の酒樽。おつまみ。振舞われる古今東西の大量の酒。おつまみ。ワイン。おつまみ。略。


「お酒臭い……」

「……あと1時間もすれば、この場にいるだけで下戸が倒れるな」


 何せ、この会場には窓が少ない。あいつは音響を考慮し、窓を最小限に抑える設計にしたのだ。現在全ての扉が解放されているが、これからさらに充満するであろう酒気に対し焼け石に水でしかないのは明白だ。

 ……まさか、酒が飲みたいばかりに全員でグルったんじゃねーだろうな?なんて、考えたくもないことまで頭をよぎる。


 ちなみに俺とユーディのグラスには、ルノヴァイセさんが持ち込んだエディッセレク産30年物の最上級赤ワインが注がれている。味、香りと申し分ない、これまで飲んだワインの中では最上の一品だ。生前なら高すぎて飲める代物ではなかっただろう。────だからこそ、この状況が残念に思えてしまう。


「んぅ……静かに飲みたい味かも」

「だなぁ……」


 こう、夜風にあたり星を見ながら飲みたい品だ。お互い酔わない身、酒を飲むに際し、味と、香りと、場の空気を重視する傾向にあるのは仕方がないことだと思う。


 そんな会場を、バタバタと忙しく駆ける給仕の方々。この日の為に雇用した、以前魔王城で働いていた男達だ。

 そんな面々の中、ただひとり涼しい顔で優雅に立ち回る紅一点のアレリアさんはヤバイ。素人目で見ても全く無駄のない動きだとわかるほどだ。


 涼しい顔といえば、シルヴィさんも同様だ。グラス片手に全く飲んでいない。……まあ、表向きの主催が潰れるわけにもいかないよな、そりゃあ。


 と、正面の扉が静かに開かれ、同時に、俺とユーディ含めた会場の全員がそれに目を奪われ、場が静まり返った。


「ナナにぃ、あれって……ケーキ?」


 台車に乗せられこちらに運ばれるそれは、ケーキというにはあまりに巨大だった。


 「でかい、でかすぎる」


 山のような、さながらバベルの塔を彷彿とさせる巨大なケーキ。そのてっぺんには、俺とユーディをデフォルメした小さな人形が並んでいた。


「そういえば……以前聞いたことがある。バブル時代──高度経済成長期における結婚式のウェディングケーキは、巨大なケーキが普通に用いられていたと」

「こうど……けいざい……?」


 だがあれはイミテーションだとも聞いた。実際にそのサイズで存在しようものなら、バケツプリンよろしく自重で潰れてしまうからだ。バブル崩壊以後、そのサイズは縮小傾向に、イミテーションから実際に食べるケーキへと移り変わっていったと聞く。

 つまり、あれもイミテーション……?……いや、待てよ?屋敷厨房の甘ったるい匂いはまさか……?


 思い当たる節に行き着くと同時に、モントさんが静まり返った会場で説明を始めた


「ご来場の皆様、こちらは有志によって作られた新郎新婦へのサプライズプレゼントでございます」


 有志?


 よくよく運ばれるケーキを見ると、その背後には浅黒い火傷跡の肩がちらりと見えた。また反対側には、赤い鱗に覆われた肩が見える。……なるほど、やはりそういうことか。このための試行錯誤でアレを使ってしまったのか。


 俺とユーディの席の横に用意されたテーブルの上に、運び込んだジーク・グレン・リラによって軽々と載せられる。


「お前ら、よくこれだけのもの作れたな……」

「一筋縄ではいきませんでしたが」

「なんとか間に合っタ」

「パパ、ママ(・・)とケーキカット!」


 ……ん?


「リ、リラちゃん?今……」

「?」


 無自覚なのか、リラのユーディに対する呼び方が変わっていた。そうか、結婚式はリラにとってもまた、特別な意味を持っていたのか。


「で、夫婦最初の共同作業はどうやってやれと?」

「「「あ」」」

「「「あっ」」」


 ジーク・グレン・リラの声は同時だった。それから少しの間を置いて、シルヴィサン・モントさん・アレリアさんの声が重なった。


 こんな2m級の高さの、それも最大直径1m超えの巨大ケーキを、普通に包丁でカットはできまいよ。


 なので、俺とユーディの合作で一本の氷の包丁をその場で作成。その時点で会場は驚きの声が重なりあった。来場人数を聞き、時間停止させて氷包丁の冷気を抑え、浮遊して二人で人数分カットしていった。


 こういうのは最初だけ夫婦でカットするものだが、このまま何もしないというのもなんだったし、彼ら渾身の手作りケーキをカットするのを誰かに任せるのは、ちょいとね。


「「ふぅ」」


 ひと仕事終えて、着席。カットしたケーキは、アレリアさんが中心になって配っている。断面が不格好なのはしょうがない。このサイズを切り分けた経験はこの場の誰にも無いのだから。

 天辺の人形はなんでかプラスチック製だった。よくデフォルメされていて可愛らしい。どうやって作ったのか、考えるのはやめた。こういう不思議現象は、もうリラだからの一言で片付きそうな気がした。


「ナナにぃ、はい、あーん」


 ユーディがフォークに刺したケーキを口元に運んでくる。


「あーん」


 口を閉じ、スポンジを噛み、下でクリームを潰すように味わう。


「「「じー」」」


 それを注視するジーク・グレン・リラ。

 お前ら……そんなに評価が気になるのか。


「……いい感じの甘さだ。過度に甘すぎず、デコレーションに使ったイチゴと間に挟めたイチゴの酸味がきゅっと締めてくる。よく短時間でここまでのものを……」

「ナナにぃ、私にも!あーんして!」


 フォークにケーキを刺し、ユーディの口に運ぶと表情が蕩けた。


「んっ、おいひっ……!」

「ああ。ジク、グレン、リラ。3人ともありがとうな」


 その言葉にガッツポーズをするジーク・グレン・リラ。




 ……もし、前世であんなことがなければ。

 三太郎が生きていたなら。兄妹四人でこんなふうにできたのだろうか……?




 ……っと、いかんいかん。折角のめでたい日に辛い過去を思い出しちゃいけないな。


 俺達の評価を皮切りに、ケーキを口に運ぶ来賓の方々。その顔は揃って驚きか、笑顔のどちらかだった。


「ナナにき、あーんして」

「あーん」


 ……少しばかり、親鳥に餌を強請る雛のような感じがしなくもない。




 その後、分配されたケーキがなくなるまでお互いに食べさせ合い、以降の会場は酒づくしの混沌世界。まるで忘年会のどんちゃん騒ぎだ。

 この場で酔っていないのは俺とユーディくらいで、後から来たジークとグレンも潰れている。リラは切り分けたケーキをひと皿持ってどこかに行ったきり。


「なぁ、ユーディ」

「んぅ?どしたの、ナナにぃ?」

「これもう俺たちいなくてもいいんじゃね?」

「……そうかも」


 実際もう誰もこっちを見ていない。いやまあ、割って入る余地のないイチャラブフィールドを展開していたんだから、そうなるのは当然っちゃ当然だが……。


「ん……お散歩しながら帰ろっか?」

「そうだな。帰るか」


 のんべぇ共に捕まったら捕まったで面倒くさい事になりそうだし、こっそり静かに退散するが吉だ。


 が、夜の帳が落ちた表に出ても、状況は中とまるで変わらず。比喩誇張抜きに、都市全体が宴会場になっているとしか思えなかった。


 御者のマイルズはといえば、普段あまり飲めない高い酒をこれでもかと飲んだのか、べろんべろんに潰れて鼻ちょうちんを出して、ついでに豪快なイビキをかいて御者台で眠っていた。うるせぇ。


 馬車を引いていたハヤブサも、飲まされたのか当てられたのか、赤い顔して眠っている。実際相当に酒臭い。


「「これはひどい」」


 こうなると、普通に歩いて帰っては道中で酔っ払いに捕まるだろう。いや、祝いの席だ。彼らに悪意がないのはわかる。わかるが、それがなおタチが悪い。


「飛ぶか」

「ん、夜空のお散歩」




 ユーディを抱っこして、屋根伝いにゆっくり帰ることにした。ここでも酒気は漂うが、風に吹かれて幾許か散っているお陰でそれほど気にならない。むしろ今まで濃い場所に居たせいか、スッキリする。


 スッと、ユーディが左手を月にかざしていた。


「ねぇナナにぃ、どうして結婚指輪は薬指なの?人差し指とか、小指でもいいかも?」


 その疑問は至極当然か。俺も理由を知るまではそう思っていたし。


「かつて薬指ってのは心臓に繋がっていると言われていてな。薬指を制する──即ち相手の心臓(ハート)を鷲掴みにするわけだ。で、輪というのは永遠に途切れないことを示す。結婚指輪を互いに交換し、互の薬指につけることで、お互いの心を永遠に離さないという意味になるわけだ」


 という感じのことを、某ゲームのドSシスターが言っていた。中々に深い話だったので覚えていた次第だ。でなきゃ本来結婚に無縁の俺が、こんな使えない豆知識を知る機会に恵まれるはずもない。

 由来を聞いたユーディは、ポーっと少し赤くなっていた。


「なんか、素敵……」

「だろう?……まさか、俺が結婚指輪を必要とするどころか、1から全部作ることになろうなんて、生前じゃ予測不可能だったな」

「そう、なの?ナナにぃもてそう、だけど?」

「自分から進んで茨の毒棘を素手で握り締める物好きなんてそうそういない」


 小坊ん時にやらかし、中坊んときはその尾を引いてソロだったし、高校んときは……。その後、自分探し(笑)の旅から命辛々帰国して、仕事に就いて彼女が出来て、俺の部屋で浮気されて追い出し……。以後、彼女はつくるまいと思っていたからなぁ。


「私は掴んだ、よ?茨の毒棘」

「掴んだというか、俺が勝手に腕に絡みついたようなもんだけどな」

「それで離ちゃったのを、自分で掴んだ。……私は物好き?」

「だな。で、それを俺ががっちりと全身絡め取ったってところか」

「痛いけど気持ちいいトゲ、だよ?」

「喜んでくれているようでなによりだよ」


 ふと見上げると、満月だった。この世界の月は薄らと蒼い。目を落とすと、ユーディのドレスが蒼い光を纏っている。陽の光でも美しかったが、月の光はまた格別だ。


「綺麗だな」

「ん、綺麗なお月様」

「いや、ユーディがな」

「っ……もぅ」


  赤らめるユーディとともに、再度月を見上げる。しかし、本当に綺麗──。


 「……ん?」


  小さな影が、蒼い月をゆっくりと横切る。

 十字のように見えるそれは、よくよく見ると鳥のような、羽を広げた何かに見えてくる。

 いや、違う。鳥にあんな長い尻尾はない。


「ねえ、あれって……竜?」


 ユーディがつぶやくのと、その竜のような影が停止するのはほぼ同時だった。


「「え?」」


 影はバランスを崩したのか、ここへ真っ逆さまに落下していく。


「な、おいおいおいおいおいおいおい!?」

「落ちてくる!?」


 思い出すのはレバンシュットで遭遇した海竜ゼブリアノムとその孫ハルネリア。もし、落下する竜がゼブリアノムのような巨大な竜だったら……!


「落下の衝撃で大惨事になる!?」


 しかも街全体が酔っぱらいで溢れている。避難を呼びかけてもまるで無意味だ。運び出すための人手も足りない。何より時間が全くない!!


「ど、どうしよう!?」

「避難させる時間もない!やるぞ!全力全開で撃ち落と───」



ボトッ



「「あれ?」」


 落下する影は小さいまま、抱いているユーディのお腹の上に落っこちた。

 その落下してきたモノに、俺達は目を見開いた。確かに影は竜そのものだったが、姿は手のひらほどの背丈の、長い銀髪と銀の竜翼を有する素っ裸の少女だった。


「きゅぅ……」


 翼ばかりに目がいったが、尾てい骨あたりから竜の尻尾が生えている。頭には鳥の翼のような、無色透明な2本の角が生えている。


「「ナニコレ?」」


 人の高さを推し量る感覚はデタラメだ。それに加えて、竜の影。竜といえば巨大という先入観が加わることで、距離感の狂いを後押ししたのだろう。


「……いない、よな?他に竜とか」


 揃って周囲を見渡すも、竜の影も見えなければ羽ばたく音も咆哮もない。明かりが照らされた通りの方からドンチャン騒ぎが聞こえるだけだ。


「ん、連れて帰る?」

「流石に捨て置くのはどうかと思う」


 落っこちてきた子はユーディが落とさないように両手で抱いた。


 それにしても、この2本の角の形がどこかで見たような……。


 ……思い出した。ああ、思い出したが……。


「いやいやいやいや、いくらなんでもそれはご都合主義が過ぎるんじゃないのか?」


 もし手が空いていたら間違いなく頭を抱えているだろう。


「心当たり、あるの?」


 ある、といえばある。だがこの展開はいくらなんでも三流じゃあないのかと言いたい。


「これ……多分、フィエルザだ」

「……え?えええええええええええええええええ!?」


 おおぅ、耳がキーーンと……。


「耳元で大声はやめてくれ……っていうか、そんな大声出せたんだな……」

「あぅ、ごめんなさい……」


 しょんぼり反省するユーディ。


「後でお仕置き……と、言いたいところだが、持ち越しだな」

「ナナにぃのお仕置き、好きだから、ざんねん」


 そっかそっか。調教の成果が出ているようでなにより……って、そうじゃない。


「急ぎ戻るぞ」

 

 夜の散歩を中断し、大急ぎて帰宅する。

 自分の娘かもしれない子を気絶したまま放置していちゃラブなんてできるか?無理だ。



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