青空の下で
石畳の道を踏む蹄の音が響く。
今俺は王族専用の豪華な馬車の中にいる。この馬車は先々代の魔王時代、各地視察のために作られたが、結局使われる機会なく、長らく魔王城にて眠っていたものだという。それも、2台も。
それを木工所の職人らがレストアし、この日の移動手段として用いられることとなった。殆ど復元に近かったという話である。そりゃそうだ、3桁年数埃かぶっていたのだから、まともに使える状態で残っている方がおかしい。ちなみにサスが無いせいで乗り心地はよろしくなく、とても尻が痛い。
まあ、移動距離は短く速度もゆっくりであるため、尻の負担は耐えられない程ではないが、そうでなっかた場合を考えるとため息しか出てこない。サス無し馬車で遠路はるばるここまで来た領主さんらはどれだけ尻の皮と肉が厚いのか……。タイキックに余裕で耐えられるんじゃないかとさえ思えてしまう。
この馬車を引くのはハヤブサのみで、御者はマイルズが勤めている。無論、御者なりの正装で。本日の主役であるユーディは、少し後から続くもう1台に乗っている。
うん?俺は主役その2だ。結婚式の主役は花嫁って相場決まってるだろう?
「ついたぜ」
横の扉が開き、マイルズが一礼する。柄じゃない動作に、吹き出しそうになるのをこらえて降りようと──。
「まじかい」
──青空をバックに映える岩山の上の魔王城。中央広場に向かって伸びる真っ赤なバージンロード。ただし、その長さは半端なものではない。
長い、長すぎる!!200メートルはあるぞ!?
そしてそのバージンロードを踏まぬよう一定の距離をおいて詰めかける市民の皆々様。建物の二階から身を乗り出して見るのはまだ可愛い方で、豪快にも屋根に座り、こちらを見下ろす人もそれなりに。お前ら怖くないのか?落ちたら死ぬぞ?
「……なぁおいマイルズ、バージンロードがいくらなんでも長すぎないか?」
「式の規模が規模だからな、諦めろ。っと、ぼちぼち花嫁が到着だ。とっとと降りろよ」
「へいへい」
手をかけて絨毯へ一歩を踏み出す。と、マイルズは颯爽と御者台へと乗り、馬車を走らせ去っていった。
くっ、マイルズのくせになんかかっこいい。おのれ。
などと思っていると、別の馬車が入れ替わりに接近してくる。引く馬こそ違うが、馬車のタイプは俺が乗ってきたものと同じ。御者はアレリアさんが勤めていた。
馬車は目の前に横付けする様に泊まり、アレリアさんが御者台から降りて扉の前に踏み台をおいてから開けた。
「おお……」
果たしてそれは俺の声だったのか。自分が声を出したという自覚すらなかった。……なるほど、これが所謂、感嘆の吐息というものなのだと、間を置いて理解した。
開かれた扉の先に、純白のウェディングドレス姿のユーディが立っていた。ドレスの種類にあまり詳しくはないが、たしかプリンセスラインという種類だったと思う。
うっすら化粧をし、両腕に白レースの手袋、馴染みの首輪、誕生日にプレゼントした銀薔薇の髪飾りとヴェールをつけている。
「どう、かな……?」
「綺麗すぎて非の打ちどころがない」
ユーディのドレス姿は当日まで秘密だと言われ、見ていなかったのだ。ちなみに日本ではどうか知らないが、欧州では式当日まで見てはいけないとかなんとか。
「ん、惚れ直した?」
「ああ」
実際、周囲の市民の皆さんも目を奪われいる。それほどまでに陽の光で輝くドレスは美しく、ユーディに似合っていた。本当、リラはいい仕事してくれるよ。
「んしょ……」
ユーディが馬車から降りようと一歩踏み出し────。
「んっ!?」
「っと!!」
ぐらりとバランスを崩したところを、抱き止めた。
「ん、ありがと……。ヒールってやっぱり慣れない……」
なぜにヒールを?と思ったが、立ち並んで理解した。並んだ際のユーディの耳が、いつもよりも高い位置にある。ある程度背丈の差を埋める為なのだと。
「大丈夫だ、ゆっくり、な」
「ん……」
手を取り、長い長い真っ赤な絨毯を共に歩いていく。静寂の中で観衆が観る中、一歩々々、ゆっくりと。
……しかし、あれだな。やっぱり長すぎるわ。いやいや、屋外なら絨毯伸ばせば伸ばすだけ許容人数増えるが……しかし。
「………っ」
ほんのり赤くなった顔のユーディ。そこには嬉しさ、恥ずかしさ、緊張感に混じり、ほんの少しの苦痛があると読み取った。普段履かないヒールは歩きづらいらしい。ドレスだって軽くは……いや、リラのことだからそのへんも考慮しているんだろうが、差し引いてもヒールはやはり足首の負担になるのだろう。
「ユーディ、ちょっと止まって」
「ナナに……い!?ひぁう!?」
ひょいとユーディをお姫様抱っこすると、周囲からは「おおおっ!!」「キャー!」「羨ましいわぁ」とかなんとか聞こえてくる。
「あううう……」
本来バージンロードってのはこういうもんじゃあないんだけどな。
観衆の中での突然のことに、あわあわわたわたするユーディ。少し恥ずかしいのか、頬を赤らめている。……まあ、俺もちょいと恥ずかしい。
「だ、だいじょぶ、だから……痛めても治せるし……」
「やっぱり痛かったんだな」
「……うん」
「治せてもああいう痛みは嫌いだろ?」
「…………」
ユーディは無言で両腕を首に回してくる。これは「下ろさないで」という意思表示だ。
よく「Mは痛いと何でもきもちいいんだろ?」とアホな勘違いする奴がいるが、痛ければなんでも気持ちいいわけではない。趣向は十人十色。食べ物の好き嫌いと同様、人の数だけ好みがある。
そのままゆっくりと歩き進んでいく。目に映る青空には、わずかに雲が揺蕩うのみ。本当にいい天気だ。
「まさかとは思うが、リラはこれも狙ってヒールにしたのか?」
「……かも」
思い当たる節はあるようで……。俺が思っている以上に計算高いのかもしれない。
進んでいくと、立ち並ぶ顔ぶれが変わってくる。屋台でアイスを売っていた時の常連さんがチラホラと増え……あ、クリナとゴルドーさんがいる。
……なんでクリナは頭の上にクマのぬいぐるみを載せているんだ?っていうか、なんかクマから視線を感じるのは気のせいか?いや、気のせいじゃない。こっちを見て、頭が追うように動いている!?
……今、考えるのはよそう。ちょいと一言二言でケリが付くことじゃあないように思えた。
そうして、立ち並ぶのが遠路はるばるやってきてくれた領主さんらと令嬢、その護衛に変わり、途切れたその先、絨毯の先の壇上には礼服仕様のシルヴィさんが穏やかな顔で俺たちを待っていた。
そこまで登り、そっとユーディを下ろす。
「新郎ナナクサよ。汝は新婦ユーディリアを唯一の妻として迎え、病める時も、健やかなる時も、生涯新婦ただひとりを愛し、共に歩む事を誓うか?」
シルヴィさんの言葉に、最も近くにいる領主らがざわついた。
「誓います」
これが、彼らに対する牽制も兼ねている。二人目は何があっても要らないと。
「新婦ユーディリアよ。汝は新郎ナナクサのただ一人の妻となり、寄り添い支え、生涯苦楽を共にする事を誓うか?」
「ん、誓います」
ユーディの言葉で、彼らのざわつきは消滅した。新郎新婦双方が、二人目を認めていないのだ。そしてここまでに見せたラブラブっぷり……まあ、あれは想定外だが、結果的に彼らを諦めさせる材料になった。
───更なる追い打ちは当然するけどな!!
「では、指輪を───」
横からモントさんが指輪が収められた豪華なケースをシルヴィさんに渡し、そっとモントさんがフタを開く渡す。陽の光を浴びたオリハルコンの指輪は、神々しく輝いていた。
コルヌクヌス領主バートル視点
ワガハイは目を疑った。ナナクサ・ユーディリアの薬指にはめられた二つの輪は紛れもなくオリハルコンであった。オルハルコン───家事・彫金を生業とする者ならば、誰もが一度は挑みたいと願う金属の頂だ。
横に並ぶ我が娘ジルデアも、あの輪の正体に気づいたらしく、目を見開いていた。
「お、お父様、あれはもしや───」
「馬鹿な!オリハルコンだと!?」
吾輩の左に並び立つエディッセレク領主、三眼のルノヴァイセが声を大にして驚く。いい年をして声を大にするなと言いたい。鉄を打つ心地よい音とかけ離れた、老い始めた男のでかい声を何故耳元で聞かねばならんのだ?
「ナナクサ……いえ、ナナクサ様は加工する術をお持ちに!?」
ルノヴァイセの娘も驚きに満ちた顔をしている。ルノヴァイセを中心に周囲がざわつき始めた。
……これは、いかんな。
「落ち着かれよ、オリハルコンが新たに発掘・取引されたという情報はワガハイ元に入っていない。あれはオリハルコンによく似た水晶だ。恐らくはその表面に細工をし、オリハルコンに近い輝きをもたせたのであろう」
「そ、そうなのか、バートル殿?」
「ワガハイの目が信じられぬというのか?……ワガハイもかつてオリハルコンに挑んだ一人。よもや見紛うと?」
「……確かに、その通りか」
ワガハイの言葉で、周囲は落ち着きを取り戻した。うむ、めでたい式にこのような喧騒は合わぬ。
が、一人、納得しない者がいた。
「お父様、わたくしの目にはあれは───」
「あれは水晶だ。よいな?」
「は、はい」
流石ワガハイの娘、己の目で周囲に惑わされることなく正体を看破できたか。
あの調理技術書を手にしてからというもの、コルヌクヌスの工房から炉の火が落ちたことはない。武具に加わる新たな需要で、工房が足らない有様だ。そして、原料たる鉄も然り。旧貨幣の鉄貨を回収してはおるが、まるで足らん。そのおかげで、今コルヌクヌスは前代未聞の好景気で湧いておる。
が、それも長続きはせぬ。仕上げた物は早々に壊れるよう不良品ではないと皆が自負しておるからな。一定量供給されれば、その後の需要は下り坂だ。
ナナクサが嫁を増やさぬなら、その時を見据えて少しでも恩は売っておくべきだ。少なくとも、それはお互いにマイナスに働くことはあるまい。
……正直、いかな手法で加工したのか、興味が全くなくはない。だが、聞いてしまえば二度と槌を握ることはないだろう。それは幼き頃より槌を握り、鉄を打ち続けたワガハイが、コルヌクヌス一の鍛冶師たるワガハイが、敗北を認めることと同義。我らコルヌクヌスのドワーフの誇りを、長たるワガハイが砕いてなんとするか。
「しかしバートル殿、フェイクとはいえ、それでもあの曲線美はすばらしい」
「うむ、それはワガハイも同意だ」
あの水の流れを思わせる輪を、ワガハイは作れるだろうか?
「…………ふふ」
「お父様?」
そうだな、領に戻り次第今一度、残る生涯を賭けオリハルコンへ挑もう。あのようなものを見せられれば、鍛冶師の血が滾るのもまた致し方なし。ワガハイの跡は、ジルデアが立派に継いでくれよう。
となると、尚の事婿が必要になるな。さて、どうしたものか……。
ナナクサ視点
ユーディの手袋を外された左手を取り、薬指に指輪をそっと填める。そして俺の手にも……。
「ん、お揃い♪」
「最上級のな」
そしてその後の誓の口づけ、抱き寄せて30分近くやりましたとも。見せてやりましたとも、濃厚なキスシーンをR18相当で。軽く触れ合いから舌の絡ませ合いまで、ええ。
流石にその場の全員「あ、これ間に入るの絶対無理だ」とわかったらしい。ぐるっと見た限り、領主らはあきらめの境地に達し、お嬢様方は顔を真っ赤にして。
そしてそれに触発されたのか、遠くや屋根の上で揃って見ていたカップルや夫婦多数があっちらこっちらでキスを始めていた。……もしかしたら来年ベビーブームが起きるかもしれん、と、冗談抜きで思った。
まあこれで理解できなければどんなガラス玉を目に入れているのかという話だ。目玉と脳みそ両方のメンテナンスか総とっかえが必要だろうよ。
さて、残すはブーケトス。
ブーケトスの風習自体が相当昔に消えたため、説明は必須だった。シルヴィさんがでかい声で説明をしたところ、良縁を諦めない領主令嬢の皆さんの目の色が変わった。あれは所謂野生のお嬢様という奴だ。矛盾した言葉に思えるだろうが、そうとしか表現できない。
どこからともなく現れたリラからブーケ受け取ったユーディを抱っこして、ふわりと飛んで少々離れた場所に止めてある馬車の屋根に着地する。……俺が乗ってきた、御者マイルズの馬車だ。マイルズは予想外だったのか、こちらを見上げあんぐりと大口を開けている。
「おまっ、ここからやんのかよ!?」
「あの場で始めたら並んでいた男と子供まで巻き込まれて阿鼻叫喚の大混乱になるぞ?」
野生のお嬢様+野生の乙女+野生の淑女の連合軍が全力全開なのだ。下手すりゃ死人が出るし、下手しなくてもあのままではけが人が出る事必至だ。
「ナナにぃ、割と失礼なこと考えてない?」
「ナンノコトカナー」
俺は客観的事実に基づいて合理的判断の基、行動しているに過ぎないのだよん。バーゲンセールなんかでの女性の底力、何度も目にしているからな。
……ここでちょいといたずら心が芽生えた。いたずら心というか、半分は親切心だ。
このままユーディがブーケを放り投げても、そう遠くまでは飛ばない。分母があまりに多すぎるため、位置を変えたとは言えこのままではドミノ倒しのごとく共倒れが起きかねない。骨折者は間違いなく出るだろう。なので少々、手を加えることにした。
「ユーディ、おもいっきりだ。あとは俺が距離を稼ぐ」
「ん……意地悪、だね」
「今日この日を惨事で染めたくないしな
俺の意図を察したのか、ブーケはユーディによって空高く真上に放られた。
「うそ、真上!?」
「ちょっと、それじゃあ近い方が……!!」
「え、待って!?風がブーケを……!?」
ブーケは俺が操る渦巻く風に乗って、ふわりと遠くへ飛んでいく。それを血眼で凝視する野生の方々。さて、誰の手に届くのやら。
おしくらまんじゅう状態のお嬢様は、飛んでいくブーケを目で追い、人ごみを掻き分け足掻き…………。
「ふぁへ!?」
なんたる偶然か、外側にいたリレーラの手に収まった。
「あ、わ、私ぃ!?」
ギロリと光る彼女らの目は、獲物を狙い定めた捕食者のそれだった。奪い取る気満々やんか。
「あーちなみに、奪い取ったら良縁は逃げていくんで、生涯独身希望の方だけ奪い取ればよいですよ」
大嘘だけどな。しかしこの場で俺が嘘を言っていると思うものは一人もいなかったようで……。落胆や、苦虫を噛み潰したような顔のお嬢様方が見られた。気持ちはわかるが、そんな顔を見せちゃいかんと思う。NGシーン大賞行きだ。っていうか奪い取る姿を見てホレる男はいないと思うんだ、うん。
かくして、街のど真ん中での結婚式は恙無く終わった。
……ただ、コルヌクヌスのバートルさんにはひとつ借りが出来てしまったな。まさかルノヴァイセさんがあの距離からオリハルコンと看破するとは。後日お土産にクッキーとガレットを包んでおこう。バートルさんとは、今後とも良い付き合いをしていきたい。




