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あずかり知らぬ所で大事になっていたんだが?

 暖かな日差しの中のんびりと──否、脳みそフル回転で順を待ち、ようやっと俺達の番が回ってくる頃に店の名前が決まった。


 龍を模したヒヒイロカネの首飾りを見せ、積荷のチェックをさせて・・・西門を通過した。このシルヴィさんからもらった首飾り、これがあればフリーで通れるのだが、顔が売れてしまった以上意味はあまりない……わけではない。


 アレのメリットは、積荷を検められない、いや、押し通すことができるということだ。俺達の誰かに成り代わって、積み荷改めを逃れて持ち込もうとする代物があるとすれば、間違いなく後ろめたいモノだ。まだそんな輩は現れていないが、遠からず現れるだろう。そう、門番兵には釘を刺しておいた。


 それにしても……出発前と比べて、街全体が活気が満ちているのは気のせいだろうか?


「むむ?」

「ナナにぃ、どしたの?」

「な~んか、な。違和感的なものを含む視線を感じる」

「違和感?」


 こう、視線を感じるのはわかる。御者台に乗ってるのが英雄で、馬が石でできたゴーレムなんだから、行商人が多い西の露店街じゃあむしろあたり前だ。だが、なんかこう、興味本位とは違った……なんだこれ、まじでわからん。


「んぅ?……ナナにぃ、あれ……」

「どした?」


 ユーディの視線の先には、古い掲示板が建てられていた。雨風を凌ぐ三角屋根がついた木製のそれは、相当長い間そこに設置されていたのであろう、木が黒ずみ、打ち込まれた釘の頭は完全に錆び付いていた。用途は報道のため。納税だの臨時雇用だの強盗などへの警戒といった、所謂掲示板だ。


 シルヴィさんによれば、先々代の魔王の時代から設置され、その時代から存在する魔都報道部が定期的に情報を張り出すとの事。具体的には宰相殿管轄の下部組織の一つで、現在は徴収した税金の使い道、及びその明細といった内容が書かれる。自分たちが納めた税金がどのように使われているのか、知らないのは宜しくないからだ。


 そして、俺達を最初に五大英雄と呼び、小っ恥ずかしい二つ名を勝手につけて広めた組織である。正直、苦手意識がある。


 で、何が書いてあるのやら……。


「……ナナにぃ、私たち、明後日結婚式するんだって」

「ファッ!?」


 慌ててホースゴーレムを止め、御者台より飛び降りて人混みの合間を縫って掲示板へと接近し、張り紙の内容を確かめる。そこには3日後に俺とユーディの結婚式を、南大通りから中央広場にかけて一部通行止めにして特設会場にし、ウィルゲート全土の領主を招待して執り行うと書かれていた。……あと、その後の披露宴で住民全員酒が飲み放題だと。


 内容をじっくりと読んでいると、時折周囲の市民皆様から「おめでとうございます」という祝辞が聞こえてくる。


「ちょマジDO(ドゥー)なってんの?」


 青天の霹靂、あまりの事態に脳みそが一瞬チャラ男った。ひとつわかった事といえば、運び込まれる大量の酒はこのためのものだということか。




*




 俺とユーディは寄り道せずにシルヴィさんの屋敷へと直行し、そのまま彼の仕事場である書斎へ乗り込んだ。


「お気持ちは嬉しいんですが、まずどーいうことか説明してもらえます?」

「ん、無理だと思ってたから嬉しいけど、説明して欲しい、です」


 嫁姑問題にも、意に沿わない勝手な結婚式という案件がある。が、俺たちの場合はそんな嫁姑の確執とかではなく、単純に情勢的な問題があったからなのだが……。


「あー……そうじゃの。モントよ、あれを」


 執事であるモントさんは、何やら折り目がついた紙束をどさっと机の上に置いた。陳情書のような厚い・硬い・重いの三拍子揃った質のものではなく、それら全てが上等な代物だ。内容は読み取れないが、達筆で書かれているそれは手紙のようだ。


「こちら、今日までに旦那様の元へ届きましたナナクサ様宛の、縁談にございます。取り消しを差し引いて11件ございます」

「「え?」」


 既婚者の俺に縁談だと!?


「おーいおいおいおいおいおいおいおいおい、どーゆーことだよこれぇ」


 なんで!?なんでこのタイミングで縁談がきてんの!?俺なにかした!?フラグ立てちゃった!?


「ほれ、この間の会談でお主料理を振舞ったじゃろ?」


 ああ。なんかこのまま独占していたら危なそうだったから基礎技術とか中華なべとかの図面とか、あとあんこの作り方とかを書き起こして売り払ったアレか。それがどう関係…………あっ!!


 カチリと、頭の中で点在する点が繋がり、一本の線になった。


「そういうことかー……」


 あれがフラグに化けたか……。なんてこったー……裏目に出たか……。


「そういうことじゃ」

「んぅ?」


 ユーディはそこまで感がいいわけではなかったようで……。


「あー……いいか?料理ってのは、レシピ通りに作れば絶対に失敗しないってわけじゃあない。カットする野菜の大きさや、火力調整等、微細な技術で出来は変わる。レシピ通りに作っても炭になっちまう稀有な才能を持つ奴だっているのさ。レシピを理解しているつもり(・・・)で調理しちゃったり、な」


 説明を聞いて・見て・読んで理解しているつもりで作業を開始される事程恐ろしいことはない。自分がしている作業に全く違和感を感じずに突っ走るのだ。そんなヤツが前世で俺の仕事場に配属されてえらい目にあった。お前小学校からやり直して国語の授業受け直せと、呆れと怒りと心配混じりで本気で思ったのは、後にも先にもその一回だけだ。


「そして基礎もなしに変にオリジナリティを出そうとすりゃあ、たちまち廃棄物というクリーチャーに変わる」

「ん。……なんとなく、何が言いたいかわかった。買った領主様のおつきの料理人の腕がへたくそで、腕が上がるのが待っていられなくて、ナナにぃを取り込もうとしてる?」

「うむ、然り。あの会談が行われたのはお主らが結婚する前。つまり彼らはお主らが結婚していること、そして一夫一妻を貫くことを全く知らん」


 この大陸、一夫多妻が常識だものなぁ、海の向こう側は知らんけど。無駄に有名になってしまった俺達がここでの常識に沿わない一夫一妻を貫くなら、何らかの形で公表しなければ収まりがつかない。それも、付け入る隙が一切ない、諦めるしかないと思わせない限り、諦めないと。


「既に招待状は送付済みじゃい。……ま、流石に強行策はせんじゃろう。お主の心象を損ねれば……」


 ゲームオーバーだーな。ま、これから挙式する奴に「うちの娘どうだい?美人でおっぱいおおきいよ?」とか言っても、俺にもユーディにも喧嘩売ってるようにしか聞こえない。そのまま俺が直々にピリオドの向こう側へ連れて行くことになるだろう。


 彼らからしてもシルヴィさんが出した招待状は青天の霹靂。手紙を開封した瞬間、「やっちまった!!」と、頭を抱えこむ領主達の顔が12人分浮かぶ。バカめ、といって差し上げよう。


「……もし、俺達が予定日までに帰ってこなかったらどうするつもりだったんです?」

「お主に限ってそれはありえんじゃろ」


 買いかぶらないでください。旅行ってのはトラブルがつきものなんですからね!!特に今回は大陸の危機だったんですからね!!下手したら永遠に帰ってこなかったんですからね!?マジデ!!


「ぁー……つまり、あれだ。常識と羞恥心をかなぐり捨ててイチャラブを見せつけろと?」

「うむ。普段の8割増でいいじゃろ」


 8割増ならもう全力全開でいいだろ?いいよな?さらに2割増えても誤差だろ。


「ん……みんなの前で、しちゃう?」


 そこ、内股でモジモジしない。


「常識をかなぐり捨てるにしてもキスまでだからな。そこまでやったら露出狂淫乱夫婦の烙印押されちまう」


 実際それほど間違っていないのもなんだかなぁ。




 それから色々と、根掘り葉掘りこれでもかと聞いた。根本の発案はリラによるものだったこと、ジーク・グレンも積極的に動いていること、予算問題はパトロンのおかげでクリアしていること、なぜか畑の収穫量がいい意味で頭おかしい数字になっていること。

 畑の収穫量云々は、アラストルが内包していた魔力的なモノが畑に吸収されたためだと思われるが、詳細は不明。

 件の運び込まれる大量の酒樽は、やはり披露宴──いや、住民全員飲み放題の宴会用らしい。流石に料理をふるまうには人数が多すぎるそうだ。まあ、そりゃあな、一万人前だものな。あと子供と下戸向けの果物の絞り汁(ジュース)も用意している、と。


 パトロンはなんと旅行に行ったレバンシュット領の領主カスケイドさんだそうだ。速達(・・)で手紙を返し、自ら(・・)パトロンを買って出たとか。ありがてぇありがてぇ……。


 ……んだけど、なんか引っかかる。相当な額になるのに、自領にはまるで利益がない。とても、「いい子だねぇ飴ちゃんあげよう」という感じで出せる額ではないはずだが……いや、止そう。何か、俺が知らないほうがいい件が隠されているような気がした。


 当日の市街地警備は、下戸の守備兵と志願者を中心に編成するらしい。酒を一滴も飲めない中の警備であるため、相当な特別手当を出すとか。


 ひと通り聞いて書斎から出て部屋へと戻る頃には、廊下の窓から夕日が差込み、ほんのり黄金色に染まっていた。


「えらいことになってるな……」

「ん……でも、嬉しい」

「ああ。でっかい借りができちまったなぁ……」


 でかすぎて生きてるうちに返済できるかどうかわからんくらいだぞ?また(・・)返済しないうちに死ぬなんてことはないようにしたいところだ。


「ナナクサ殿、借り、というのは少々違います」

「そうだよ、パパ~」

「恩返しだナ」


 眼前に立っていたのは、グレン・ジーク・リラの3人だった。……何故か微妙に甘い匂いがする。


「よう、ただいま」

「ん、ただいま」

「おかえり~」

「おかえりダ」

「お帰りなさいませ」


 うん、皆の顔を見ると帰ってきたっていう感がする。


「俺達がいない間、何かあったか?」

「ん~ん、なんにもなかった~(・・・・・・・・)。あ、おね~ちゃん、こっちこっち~」

「っと、わっわっ……!」


 リラに半ば無理やり手を引かれ、ユーディはリラの部屋へ連れ込まれる。カチリと、鍵が閉まった音が聞こえた。


「何だあれ?」

「ドレス選びダ。リラが何着も用意していル」


 はい?……まさか、ウェディングドレス?いや、式が3後日なのだから何らおかしくはない。……まだ頭が状況に追いついていない部分があるようだ。どうにもフル稼働していない。稼働率60%程度か?


「発案がリラってことは、一番張り切っているってことか」


 あー、これは後で俺の番も回ってくるな……。リラの服飾へのこだわりを考慮するなら、ドレスだけなんて考えないだろう。ほぼ間違いなく俺のタキシードまで用意している。……なんとなくだが、ダルエダで出会ったルチアナと相性が良さそうな気がした。


「んで、ジーク、恩返しってどういうことだ?」


 恩を売った覚えは全くないんだが?


「わかってないナ。ナナクサ、お前がオレ達をここまで連れてきたんダ」

「ナナクサ殿、我らは貴方に命を助けれらた。あの日、あの時、ナナクサ殿が我らを迎え入れてくれたから。もしそうでなければ私とジークは死んでいた」


 あの日……あの時……ああ。バランドーラ死地で出会った時の話か。まだ1年も経っていないのに、随分と懐かしく感じる。


「感謝しかなイ。ずっと、恩返しがしたかっタ。だから受け取レ」


 ジークがニカッと、初めて俺に笑ってみせた時と同じ顔で言った。……大分、いや、相当イケメンになったが、中身までは変わっていないなと改めて思う。


「…………そう、か……。ああ、家族からの、娘と兄弟からの贈り物だ。ありがとう」


 素直に感謝の言葉を伝えたが、ジークとグレンは何故か驚きの表情で固まっていた。


「兄弟、ですか」

「オレ達ガ?」

「3人であの死地を越えて生き延びたんだ。とっくに兄弟だろう?」


 そう言うと、二人は直立不動のまま静かに涙を流し始めた。


「ちょ、お前ら、男が簡単に泣くな!」

「これが泣かずにいられましょうか!?」

「う、嬉しくても、涙は出るんだナ……!知らなかっタ……!」


 ああもう、揃い揃って目元を腕で擦るな!いい男が台無しだろうが!目の周りが赤くなっち……グレンは元から赤いか。


「全く……荷物置いてくるから、後でお前らも厨房に来い。今日はリラがユーディに付きっきりになるだろうからな、夕飯準備の手が足りん」

「あ、あア!!」

「委細承知!火の扱いはお任せを!」

「今日は海の幸尽くしだ!腹が破裂するほど食わせたる!!」


 


 そして、俺達3人は夕飯の準備にとりかかろうとエプロンをつけて厨房に入ったが……。


「……甘ったるい匂いがする」

「「え?」」


 気を引き締め、嗅覚に意識を集中させる。この砂糖とは違う匂いは……そうだ、ジーク・グレン・リラからも同様の匂いが……。何かが背筋を這ってよじ登るこの感覚……嫌な予感がする。


 まさか──!?


 匂いの元に思い至り、戸棚の中に厳重にしまっておいた小瓶を取り出し、残量を確かめる。その小瓶の中身はほぼ空っぽだった。カスタードクリームやバニラアイスを作るために調達した、バニラエッセンスに類似する、危険物(・・・)バニルエキスが。


「……なあ、お前ら」

「「!?」」

「使ったな?」


 ぷらぷらと、小瓶の先端部をつまんで見せて問いかける。今の俺は、多分顔が笑っていないだろう。いや、笑っていたとしても、真っ黒なスマイルだろう。正直、どんな顔してるのか自分でもよくわからん。


 二人は観念したかのように頷いた。


「あー……何に使ったかはまあ、聞かないでおく。うまくいったかどうかも聞かないでおく」


 甘い匂いにつられて飲み干したか、あるいはお菓子作りに挑んで使い切ったか。おそらくは後者だろう。前者の場合、あまりの苦さに高濃度で大量摂取すると意識不明にまで陥ることもある代物だ。リラ含め様子を見る限りは違うようだが……。


「……しかし、大丈夫かな……」

「大丈夫、とは?」


 何だ、何も知らずに使ったのか。いや、知らないからこそ使えたというべきだろう。知ってるなら躊躇する。


「このバニルエキスはな、とある土地の食肉植物が獲物をおびき寄せるために実らせた果実の汁なんだ。結構高い金払って、特別に仕入れてもらった代物でな。……これな、周りの動物も魔物も、無関係に引き寄せる危険物なんだ。その地方のハンターはこれを使って獲物をおびき寄せる罠狩りを主にしているくらいにな。お菓子でも罠でも数滴程度で事足りる。罠に用いるなら1本で1年持たせることも可能だ。それを一気に使ってしまえばどうなるか……」


 それ故に、仕様は慎重に、保管は厳重にしならなければならない。

 俺の言葉で、二人は硬直したまま動かなくなった。


「まあ、ここら周囲は魔物もいなけりゃ、今は家畜以外に動物はいない。むしろ狩場に動物が戻ってくる切っ掛けになるなら歓迎すべきだ」


 1本開けて厨房の残滓がこの程度なら、使用はおそらく数日前だ。これだけ時間が経っているなら、霧散して引き付ける効果も消えている。


 気をとり直して[フラワリングポーチ]から魚を引っ張り出し、特徴をメモしながら捌いていった。



*




その夜、ユーディとアブノーマルな営みの合間、窓から庭先を見ると、正門からこっそり完全武装で出て行くジークとグレンとリラが見られた。


「あいつら……警戒しすぎだろ」


 もういっぺんアラストルとやり合うつもりかと言わんばかりの気迫を感じた。


 バニルエキスに関して嘘は言っていない。使い方次第で、というか、その場にぶちまけるだけで容易に時間差テロを起こせる。故に禁輸品として扱われている領もある代物だ。加えて、禁輸指定されていない土地でも、誰でも彼でもホイホイ所持できるものではない。俺だって方々に手を回してようやく手に入れたんだ。

 それを知らなかったとは言え断りもなく使用したのだ。彼らは赤子ではない。自分の尻を誰かに拭かせるような年ではないのだから、自分たちで始末を付けるべきだ。


「どうした……の?」


 ベッドで首輪だけの姿で横になっているユーディが俺に問いかける。


「ああ、何でもない。いい月だなって思っただけだ」

「むー……」


 頬を膨らませての無言の抗議に、思わずクスッと笑ってしまう。


「月に嫉妬するな。ユーディの魅力は、夜空を照らす月すら霞むことはよーく知っている」

「……もぅ」


 普段言わないようなムズ痒くなるセリフだが、言われたユーディは頬を赤く染めている。お気に召したようだが……うん、流石に二度は言えない。


 黒く輝く首輪に鎖を繋げ、静かに夜の営みを再開した。




 早朝、3人は枯れ果てたような疲労感満載の有様で帰ってきた。彼らの得物に血が付いていなかったことから、杞憂に終わったらしい。朝食時に今後バニルエキスを勝手に使うなとやんわり釘を刺したところ、揃って素直に頷かれた。


お読みいただきありがとうございました。過去分読み返すと粗が目立つ上に、今更気が付く誤字多数。気づけるあたり指先程度は成長していると思いたい……。

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