死地の終わり
翌朝、鉄串に刺した冷め切った鳥肉を食いながらひたすらに進む。こうやって肉の匂いをばらまけば、飢えた獣が寄ってくるかもしれないからだ。ちなみにばらまいて放置した内臓に寄ってくる獲物はいなかった。だからこの効果については最初から期待していない。
「ン?」
「ジーク、どした?」
「カゼ、カワッタ」
なんのこっちゃ?って、ちょ、体にいきなり登るな。せめてバット下ろせ、重い!
「ナナクサ……ガケダ!」
なんですと?
ジークの視線の先である、しばらく進んだその先で視線を落とす。およそビル5階程度の高さの岩肌の絶壁上に、俺達はいるようだ。下には石などで整備されてはいないが……。
「道ですか?」
「ミチカ?」
崖下はこちら側と違って、緑が多い。普通に草が生えている。視線を奥に向けると、針葉樹系の樹木が密集している。遠くまで視線を伸ばしても、一面が深い緑だ。どうやら結構深い森らしい。その森と崖の間の草地を横切るよう地肌むき出しの道が通っていた。
「あれはたぶん馬車かなにかの往復でできた轍だろう。幅が等間隔で続いている。結構な頻度で使われているようだな。つまり……」
「「つまり?」」
「もう少しで人里だ!!」
「オオ!」
「いよいよですな!」
ヒャッハーーー!!やっと死の大地から抜けられる!!
「デ、ドウヤッテオリル?」
う、うーーーん……。
「飛び降りるわけには……いかないよなぁ……」
角度はほとんど垂直みたいなもんだ。滑り落ちることもできなくもなさそうだが、果たしてグレンの足裏が持つか?
俺とジークはいい。靴持ちの俺がジークを横に抱えればなんとかなる。ただ、それを最後に俺の靴は底が消滅して高確率で死ぬだろう。3980円の安物だし。
あ、俺が階段を作ればいいだけか!そうだよ、初日に木の上で寝た時みたいに窪みを刻めば、いや、この高さなら安全を考慮して階段か。
よし、早速と身をかがめ──
「ナナクサ、ナニカクル」
「──ん?あれは……何だ?」
再度崖の下を覗くと、左手側から馬車っぽいものがゆっくり進んできている。ぽいというのは、引いているの2頭の生き物が馬っぽいけど……なんか、馬じゃない。普通の馬は足が8本もない。おまけになんか神々しい。ゴッドなパワーはないっぽいけど、見た目が神々しい。1頭の体毛がまぶしい位に白いせいだ、多分それが原因だ。もう片方はなんか黄ばんで汚い色しているが……。
ああ、思い出した。
「ありゃ多分スレイプニルだな」
北欧神話に出てくる8本足の馬。まさにそれだった。御者台に座っているのは全身毛むくじゃらの狼男だ。獣人と言えばいいのだろうか?ショートパンツと、金属の胸当てを付けているだけだ。すごく、ワイルドです。
「む?」
突然、御者の狼男がスレイプニルを止めた。
「なんだ?……あれは!」
白いスレイプニルの頭には矢が刺さっていた。矢を射られたスレイプニルは暴れ始め、もう1頭も興奮状態になり暴れだす。射られたスレイプニルは徐々に大人しくなり、そのまま力なく地に伏してしまう。
毒矢か?いや、頭に射られれば普通死ぬか……。
俺がそう認識したと同時に、森側から御者と同じ狼男の群れが現れた。毛の色、毛並みはそれぞれ違うようだが、総じて汚れている。そして手の中の獲物も違う。ある者は長剣。ある者は斧、棍棒……弓。どうやら射たのはあいつらからしい。
数は5人だが、スレイプニルを止めた隙に、進行方向に2人、森側の側面に2人、そして後ろ側に1人の配置で馬車を包囲した。
「ナンダ、アイツラ?」
「ありゃあ、たぶん盗賊だな」
どう考えてもまっとうな職業には見えない。
「ナンダソレ?」
「弱い奴から物を奪って、最悪殺してしまうクズだな」
「カリスルノト、ナニガチガウ?」
ふむ、鋭いところを突くな。
「ゴブリンは同族相手に隠れて襲って殺して奪う奴らか?」
「コロシマデ、シナイ」
「やるよ、あいつらは。何も造らず、自分の利益のためなら、同族でも容赦なく奪い、犯し、殺す。財産も、命も、尊厳も、何もかもを奪う。それが盗賊だ、覚えておくといい」
馬車から身なりのいい獣人が出てきた。一見人間のように見えるが、頭には灰色の狼の耳が生え、荒い毛並みの尻尾が生えている。装飾はないが、洗練された機能美を感じる服。一言で言えば執事のようだ。
「2対5のようですな」
「んーむ……」
側面にいる、一回り大きい賊が何かを叫んでいる。アレが頭目かね、おそらく。執事っぽい獣人が反論しているように見えるが、ここからでは風のせいもあって何を言っているのか聞こえん。まあ、大体予想つくが。
「ナナクサ殿、如何なさいますか?」
分岐は3つ。
1、俺は何も知らね
2、盗賊の仲間になる
3、劣勢こそ戦の花、馬車側に加勢する
1はありえねー。このまま街についたとしても、俺ら不審者だし最悪捕まって死ぬ。
2もありえねー。これが20とか30なら加勢して加われば、下っ端から始められるだろうが、5人だけだ。零細盗賊で下っ端から始めても満足に食えんし、この件が明るみになり次第いずれ滅ぼされるだろう。
つまり3しかないわけだ。
「馬車側に加勢するぞ。盗賊に加勢、無視するのは得策ではない」
「ワカッタ。デ、ドーヤッテ、オリル?」
やべぇ、階段作ってる時間がないぞこれ。
あっ、まずい!盗賊が二人に仕掛け始めた!!
「ええい、ままよ!グレン、このまま駆け下りる!!!ジーク、俺に乗れ!!!」
「オウ!」
「承知!」
やれるやれるやれるやれる!
崖を駆け下りるなんて経験ないけどどこぞの怪盗三世が城の離れに潜入した時のようにやれば……問題大ありだチクショウめ!!
人生詰むのが遅いか早いかの違いだ!!死んだら死んだでそんときゃそんときだ!!ロンゲをマッスルミレニアムする機会ができる!!元より一度死んだ身!!!テンション上げていくぞ!!!
「「「うおおおおおおおおお!!!」」」
やけくそ万歳!!!突貫!!!
*
よりによって、こんな時に襲撃を受けるとは……。こちらの戦力は私と御者のマイルズの2人。対して、向こうは5人。獲物はそれぞれ異なるが、1人が弓持ちだ。防具に金属類が多いことから、術士はいないだろう。
どうする?どちらかが若様を抱えて逃亡し、もう1人が殿を勤めれば……無理だ。そんな時間を与えるとは思えない。
「ワグナー、どうにか……ならないって顔だな」
「流石に顔に出てしまいますか。努めてポーカーフェイスを通してるつもりだったのですがね」
奴らは私とマイルズを始末して、若様を捕えて身代金を要求するだろう。そして旦那様は要求を飲まざるを得ない事情がある。
盗賊に屈したという前例を作るわけにはいかないっ。しかし、このままでは……。
頭目と思わしき大きい獣人が声を出した。
「キサマらとて死にたくないだろう!!大人しく中の奴を渡せ!!そうすりゃ殺さないでおいてやる!!!」
つまり動けない程度には痛めつけるということか。
「断る!!大恩ある主をキサマらのような屑どもに明け渡すなど、この身滅びようとも許容できん!!」
「右に同じだ!!ひとりでも多くぶっ殺してやる!!」
勝機があるとすれば頭目を狙うしかない。だが、離れた隙に手下が若様を捕えてしまう。距離が……距離が問題だ。
「てめぇら、殺っちまえ!!!」
「「「うおおおお!!!」」」
賊がこちらに向かってくる。やるしかない。
「マイルズ!反対側をたの───
「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉおおおお!!?」
ん?
「な、なんだありゃ!?」
賊の動きが止まった?いや、こちらの後方を見上げている?後方には崖しか……。
「おいワグナー!なにか下りてくるぞ!?」
マイルズはこんな時に何を言っているんだ?降りてくるって崖の上からか!?崖の向こうはバランドーラ死地だぞ?そこから何かが下りてくるわけが……。
「うおおおおおおお!!!」
「なんだあれは!?」
土煙を上げながら何かが駆け下り降りてきている!!
瞬間、それは崖を蹴り、飛んでくる。影が2つ、2人か?
「は……?」
頭目が困惑の声を上げた。私もマイルズも、賊の手下も、誰ひとりとして動けない。
ダン、と、着地音が響いた。
「っ……ナナクサ殿、ご無事で?」
影の一つはリザーディアだった。だが、紅い。全身が炎の様に紅い。このウィルゲート大陸にはリザーディアの集落は3つあるが、赤い鱗を持つ部族の集落は存在しない。
「お、おお……生きてる……っはぁぁ……。生きてるってすんばらすぃ!!!」
両腕を天に向けている男は……何だ?黒虎族か?いや、耳はあるが、黒虎族のそれとは違う。私が知らない希少種族か?そんなイレギュラーが───。
「チ、チビルカトオモッタ」
ゴブリンを貼り付けて降りてきた!?それどころじゃない!あの、ゴブリンが!?言葉を喋っているだと!?そんな馬鹿な!?
ホブゴブリンなら兎も角、ゴブリンだぞ!?意思疎通ができないと判断されて人種に認められないゴブリンだぞ!?夢でも見ているのか!?
「ジーク、漏らすのはあかんぞ。漏らしたら社会的に死ぬからな」
「ドウイウイミダ?」
「恥ずかしさのあまり群れの中で生きていけなくなるってことだ」
しかもなんか親しげだ!?
「ワグナー、ありゃあ一体……」
「俺に聞くな、俺もわからねぇ」
しまった。混乱のあまり口調が昔に戻ってしまった……。敵か味方か、賊も彼らを測りきれていないようだ。彼らのリーダーらしき男がこちら側を向き、叫んだ。
「薄汚い盗賊さんよ!!大人しく降伏しないと、滅ぼすぞーー!!」
「ぁ?何を言ってるんだあいつら?」
頭目が馬鹿を見る目で呟く。逆の立場でもそう言うだろう。正直、理解が追いつかない。
「ワグナー、あいつら味方……で、いいんだよな?」
「あ、ああ、おそらく……。だが、油断はするな」
刹那、赤いリザーディアが馬車の後ろ側に、男とゴブリンが私たちがいる前側に駆ける。
「ボギャッ」
後方の賊の断末魔らしきものが聞こえたかと思えば、
「ボグッ」
「オボェ!?」
馬車前方の賊の1人が頭部を鈍器で強打され、地に伏していた。あれは死んでいる。無残にも頭が大きく歪んで、鼻、耳、目から血が吹き出ていた。
もう1人が異様だった。まるで削り取られたように鼻から上、そして右肩が消失し、直立したまま死んでいた。見渡すと、両手を前に突き出した黒髪の男がいた。まさか彼は術師か?だが詠唱は聞こえなかったぞ?
私とマイルズは森側の残り二人に向き直る。と、同時に、赤いリザーディアの石槍が、頭目の傍に控える賊の頭部を貫いていた。
「なんて早さだ。しかも躊躇がまるでねぇ……」
ぽつりとマイルズが零す。私も同じ感想だ。動作にためらいが一切ない。何よりもその速さについていけない。ついていけるとすれば、全力を出した彼女くらいか?
「てんめぇぇぇ!!!」
未だ頭部から槍を引き抜いていないリザーディアめがけて、頭目が錆だらけの両手剣を振り下ろす。だがなんということだ。振り下ろされた両手剣を、リザーディアは右手で掴んでしまった。
頭目は驚愕の表情のまま凍りついている。錆びた刀身を掴んだ手からは血の一滴すら流れていない。振り下ろされた両手剣を掴めるだけの動体視力と、それを難なく停止させるだけの筋肉、掴んで離さない握力。明らかに常軌を逸している。あれではまるでオウガか獅子族の戦士だ。
驚愕する隙を突いて、男が賊の首筋に鉄の串を数本突きつけ、ゴブリンが股下から鈍器を振り上げる姿勢をとった。あれはもう詰みだ。逃れられないだろう。
「質問に答えろ。死にたいか?」
最初の挑発とも取れる発言次と違い、明確な殺意を込めた低い声だ。
「い、いいえ!!」
うわずった声で、否定する頭目。
「何を言っている?答えはハイとイエスの二択だ。選べ」
「そ、それどっちも……死ねってことですよね!?」
えげつない……。殺してくれと言わせて殺すのか。それは少々困る。
「すまない、そいつを殺さないでくれ!首謀者を吐かせなければいけない!!」
「……いいだろう。喜べ、少しだけ長生きできるらしいぞ」
私の叫びで、この一方的な虐殺は一応の終わりを見せた。
お読みいただきありがとうございました。
サバイバル編、ここで終わりになります。