魔導兵器
薄暗い石造りの通路にて、俺とユーディはL字の曲がり角に身を隠していた。慎重に顔を出して、追いかけてきた敵の姿を確かめる。およそ10m先で、俺の頭と同程度の大きさの、機械じみた単眼を持つ血のように赤黒い金属球体、同じく単眼の地球儀のような青い金属球体は、床から1.5m程度浮いた状態で揃って静止していた。
即座に顔を引っ込め、ユーディの手を引いてさらに通路を後退する。さらに角をひとつ曲がったところで、引き返してきた道をしばらく覗き込み、追ってこないことを確認すると、ふう、と一息ついた。
「「やばかったー……」」
揃って壁に背をあずけて、ズルズルとへたり込む。
洞窟の先が遺跡めいた構造をしているあたりで、ケセラの迷宮のようにゴーレムのようなものがいるのは予測していたが、あんなものがいるなんて思ってもいなかった。
あんなもの↓
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キルスフィア・ブラッド
Lv.--/--
攻撃:A 防御:B 速度:B 体力:E 魔力:∞ 技術:E 幸運:E
機能:魔導機関(浮遊型)
兵装:魔導レーザー
吸収された世界の残滓。後期量産型魔導兵器の完成形にしてラストナンバー。閉所での殲滅能力はシリーズを通して最も高い。
魔導機関(浮遊型)
周囲に漂う魔力を吸収し、動力とする機関。その浮遊兵器型。
魔導レーザー
対象を焼き穿つ熱線を撃つ。貫通性能有り。連続出力5秒まで、再装填に3秒を有する。
この兵装は熱に対する耐性の影響を受けない。
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キルスフィア・マリン
Lv.--/--
攻撃:D 防御:A 速度:B 体力:E 魔力:∞ 技術:E 幸運:E
機能:魔導機関(浮遊型)
兵装:修復プログラム 部品錬成プログラム 怪光線
吸収された世界の残滓。後期量産型魔導兵器。キルスフィアシリーズのメンテナンス用に作られた。
修復プログラム
キルスフィアシリーズの故障箇所を修復する。
部品錬成プログラム
劣化した部品を取り外し、代替部品を作り出し交換する。
怪光線
対象の精神を一定時間狂わせ、戦意を消失させる。
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一つ目兵器ですよ!!設計者はロマンというやつを分かっている。キルスフィア・ブラッドの[魔導レーザー]、キルスフィア・マリンの[怪光線]がなけりゃ手放し賞賛だけどな!!咄嗟に展開した[サンドウォール]をレーザーでブチ抜かれたわけで、こうして撤退を余儀なくされたわけですよ。
赤玉が侵入者に対して[魔導レーザー]で貫通攻撃。遮蔽物・起伏がまるでない直線ばかりのこの地形では、特に複数人を相手にする場合に効果が大きい。直線通路に対して、直線貫通の兵装は相性が良すぎるのだ。
で、青玉が長期運用の為の修復と、赤玉の支援、そして赤玉がやられた際に修復する時間を稼ぐための[怪光線]。正気を失って隙だらけのところを、修復済みの赤球が撃つ……と。青玉に[魔導レーザー]が搭載されていないのは、推測でしかないがエネルギー消費量が大きすぎるか、それとも砲の機関が大きく、修復機能との両立ができない為だろう。
うん、拠点防衛兵器としちゃ最高だ。この通路では正しく最大限能力を発揮できる。だから厄介だ。っていうか赤玉の魔力:∞ってなんやねん!?
……いや、そうか、生物と違って体内魔力が存在しないから、周りに漂う魔力をダイレクトに使うしかないんだ。確かに実質無限だな。
「石橋を叩いて渡る……だなぁ」
「んぅ?」
ここまで一本道。最初は暗い洞窟だったが、途中から石でできた通路に変わり、光源の光る石一定間隔で壁に設置されている。通路を構成する石は、その一つ一つが綺麗にカッティングされており、数分の狂いなく整然と積まれている。そして、全く劣化していない。それだけでも相当に高い技術水準だったことが伺えるが、まさか機械兵器が配置されているとは……。
常識的に考えれば、劣化してボロボロのクズになっていてもおかしくはないが、実際には現役だ。
まあ、魔導迎撃システム?キルスフィアシリーズ?こんな大層なものを設置しているってことは、よっぽど誰も近づけたくない代物が眠っているんだろう。それが呪いの元凶だと思われる。なんにせよ、避けて通れない相手であることは間違いない。
「どうするの?」
「んー……とりあえず昼飯にしようかね」
「え!?……あ、考えるとお腹空くから?」
「まあな。時間的にも昼時だし。……下手すりゃあ、この先あんなのが大量にいるだろう。比較的安全な今のうちに補給と、対策が必要だ」
というわけで、奥へ向かう通路を砂で埋め、背中の籠を置いて、壁を背に胡座をかく。その上にユーディがちょこんと座り、竹で編まれた弁当箱を置く。
弁当箱にかけた時間停止を解除し、蓋を開けると、バターとホタテの香りがふわっと広がった。弁当箱の内には油紙が敷かれ、その上には熱々のホタテのバター焼きが乗っている。それを串に刺してよく冷まし……。
「ほら、あーん」
「あーんっ、あふっん……」
いつもの、あーん、だ。
そして俺も串に刺し、冷まして喰らい……あーうめぇ……。こんな物騒な海の底じゃなけりゃあもっと楽しめるんだが……味も状況もどちらも。
もぐ……さて、アレをどう攻略するか……まあ、単純な話、やっぱり先手必勝一撃必殺しかない。
ステータスを見る限り、そして敵の行動を見る限りでは、熱感知センサーのようなものは内蔵されていない。もし内蔵されていれば、こうしてむしゃむしゃできずに未だ逃げているまっ最中だろう。見えた能力値を信用するならば、エビやザリガニのように、殻が硬いだけで中身は脆い筈。つまり最悪、装甲を貫通できずともあ内部を破壊できるだけの衝撃を与えれば事足りる。
「ナナにぃ、あーんして」
「おお、あーんっ」
程よく冷まされたホタテが、美味いっ……。
……こういうのは回復役から潰していくのが定石だが、光線撃ってくる相手にそれは悪手でしかない。光は最速──正面から対峙して撃たせる間をほんの少しでも与えれば、間違いなく撃たれるだろう。ノーモーションで。時間をかけるほど、照準を合わせる時間を与える事になる。腕だの足だのならまだいい。問題は頭部を狙われることだ。
俺が青玉を落とす⇒赤玉が俺にレーザー撃つ⇒頭に風穴が開いて死ぬ
アカンやろ?ベストな選択は、赤玉を落とす⇒隠れて青玉が修復活動に入り次第追撃 だ。
……待て、それは本当にベストな選択か?もっとこう、狡猾で卑怯で汚い手があるのではなかろうか?もっとノーリスクでエグいな戦術が……。
「ダメだ、思いつかねー……」
やっぱり閉所通路と貫通レーザーの相性が良すぎる。
霧でも撒いてみるか?理論的には、霧によって光が乱反射されることでレーザーなどの光線が拡散し、威力は弱まると推測できる。しかし、それが[魔導レーザー]相手に通用するかどうか……。現状、逃亡時にやっておいたほうがいいかも的な行動程度だ。
「うーむ……ユーディ、なにかアイディアないか?」
「壁の中から攻撃できたら?」
ふむ、つまりこちらも一切の障害物を無視して貫通攻撃で狙えればという話か。
「流石にそれは無理だなぁ……。立地的に浸水するかもしれんし、最悪の場合崩落する……」
やっぱり背後から不意打ちするしかないか。いや、それ自体は悪くはない。それが悪いとは一切思っていない。それのおかげで、あの時俺は生き延びて帰国することができたのだから。
空っぽになった弁当箱を置いて、ユーディの頭を撫でる。このぴこぴこ動くもふもふ耳が堪らなく愛らしい。ああ、癒される……。
小休止後に荷物をまとめて行動を再開。攻撃手段は圧縮空気砲をチョイス。
[ノーコン]だが、もうこの際当たるまで撃って隠れて後退を繰り返すほかないだろう。不可視の弾丸なら不意打ちにはもってこい。……あとは運だな。
ユーディには当たった後、青玉へ牽制の[アクアアロー]を撃ってもらう。牽制目的だが当たるならばそれに越したことはない。
目視可能の攻撃が迫れば、必然そっちに目が行く。青玉が状況を処理するのに数秒もかからないだろうが、その僅かな時間が重要だ。圧縮空気砲であろうが徒手攻撃であろうが、前進できた歩数だけ命中率は上がる。
一本道を慎重に進み、手のひらに収まる手鏡で曲がり角の先を伺う。こういうやり方で某怪盗三世は通路の安全を確かめていたのを思い出した。不用意に顔を出した自分をぶん殴りたい。と、ちょうど赤玉と青玉が背後を向いていた。
ユーディと視線を交わし、こくりと互いに頷き、そっと顔を出して視線を赤玉と青玉に。
「よし、スタンバイ」
右手で圧縮空気砲をスタンバイし、左手に小指サイズの空気弾を牽制用に5発仕込んだ。いつでも撃てるようにする。ユーディも[アクアアロー]を両腕に6本ずつ纏い──いや、あれは[アクアリボルバー]か。準備は整った。
右腕を伸ばし、あってないような照準を合わせる。
そうだ、そのまま奥に進め、こっち向くなよ……?
やたらと心音が大きく聞こえる。大きく息を吸い込み、吐き出し、都合3度繰り返す。未だ心音は大きいが、手に震えはない。いやはや、ゴ○ゴやの○太くんはすごいね。心からそう思う。
……偉大な狙撃手は、こんな時になんて言ったんだったか。
ああ、そうだ、思い出した。……験担ぎに、言ってみようかね。
「……ナナクサ、目標を狙い撃つぜ」
音もなく放たれた圧縮空気砲は─────
ボゴンッ!!
ガンッ カンッ、カンッカンッ……
──奇跡的に赤玉へ命中。鈍い衝撃音をばら撒いて床に転がり落とした。
「よし!牽制任せる!!」
「んっ!!」
圧縮空気砲の再装填をしながら駆け、その間ユーディも駆けながら[アクアリボルバー]を青玉へ撃ち続ける。
青玉はこっちを向くと、その無機質なモノアイが虹色に光りだした。が、──
ガンッ!ガンッ!ガンッ!
直後にユーディが放った[アクアリボルバー]が立て続けに命中!牽制に放った6発のうち3発が命中した。即座にもう片腕の6本の水の矢を放つ。
ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガギッ!!
今度はそれら全てが命中。パチンッと火花が青玉周りで散ると、浮力を失ってゴトンと床に落下し、沈黙。手の中の圧縮空気は行き場を失った。
「やったね、ナナにぃ!」
「あ、ああ……。すごいな……前進しながらあれだけ命中させるなんて……」
「そうなの?」
「走りながらじゃまず当たらない……らしい。体が左右にぶれるからな。お見事としか言いようがない」
「ん、前も牽制で撃ったから、その時のを参考にしてみたの」
前?……ああ、アラストル相手の時か。いや待て。つまり、ユーディはそのときの経験と、最初の3発で誤差修正をやってのけたってことか!?やだ、この子射撃の天才!?
俺の中で戦闘評価がうなぎのぼりのユーディは、褒められて嬉しいのか、ほんのり顔を赤く染め照れている。正直、嬉しい誤算だ。これならば、次からは2体同時に先手で確殺でき────
キラリと、視界の隅で何かが光った。
「!?」
それに振り向いた時、既に虹色の光線がユーディの体を貫いていた。
「あうっ!!」
「ユーディ!!」
ユーディによって破壊されたと思われた青玉の怪光線だ。青玉はその一発を放った直後、ボフンと黒煙を上げて再び動かなくなった。
「くそがっ!!」
ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドシュッ!!
壊れたと思われる青玉に駆けて殴り潰し、原型を留めないスクラップに変えた。同様に、赤玉もぶん殴ってスクラップに変えた。……流石にこの状態ならば再動しないだろう。
「ユーディ、大丈夫か!?」
「あぅ…………ままぁ、だっこ」
………………は!?
「お、おい、ママって……え?」
「うぅ……だっこぉぉ!!!うわぁぁぁぁぁぁあああああん!!!」
「俺かあァァ!?!?!?」
子供のように泣きじゃくるユーディに、ママと呼ばれた俺。ちょ、ちょっとお待ちよ?まさか、これ[怪光線]の効果なのか?いや……ちょいこれは予想外だ。頭がこんがらマッチョになるかと思いきや、幼児退行ときた。手がつけられないような凶暴化とかそういうのじゃあない分、あたり枠といえばあたり枠だが……。
「くっ、……ほーら、いい子いい子」
正面から抱き上げて、あやすように背中をポンポンと、一定のリズムで優しく叩く。このまま泣き続けて体力を消費し続けるのはよろしくないし、そもそもこういう泣き顔は見たくはないし。
甘んじてママンになろうじゃあないの!!……できればなるべく早く元に戻って欲しいっ。変な癖が開花する前に!
お読み頂きありがとうございました。今日の出来事:タイヤは消耗品。再認識させられました。




