海底へ……
ゼブリアノムの甲羅の上に小舟ごと乗って、濃霧の中をゆっくり進む。ハルネリアはゼブリアノムの後ろから、さながらカルガモの親子のようについていく。進む速度が遅いのは、付いてくるハルネリアを案じてなのだろう。
「ふーむ……」
結果的に、鑑定能力を拝借することができた。正しくは、ゼブリアノムが持つ能力、[視界共有]と[意思伝達]によって擬似的に。俺とユーディが見たものをゼブリアノムが映像として情報を受信し、[鑑定]の結果を俺達に送信するという仕組みだ。
こういうのは大概何かしら代償があったりするもので、よくあるラノベ的なものだと、魔眼っぽいものを手に入れるために目をえぐったり潰したりとか……うん、必要がなかったのには安堵している。
じっと自分の手を見て知りたいと念じる事で、ぼんやりと頭の中に自身の鑑定結果が最もわかりやすい形で流れ込んでくる。
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ナナクサ
種族:神造人間
Lv.∞/∞
攻撃:B 防御:B 速度:B+ 体力:B+ 魔力:A 技術:A 幸運:C 神力:S
異能:神威 創造 危機察知 全言語理解 神血 アンリミテッド ノーコン 知恵の実の英知 自己再生 同調(ナナクサ&ユーディリア)
技能:近接格闘 拷問 調理 火魔法 風魔法 土魔法 氷魔法 雷魔法 時魔法 重魔法
耐性:飢餓耐性 痛覚耐性 打撃耐性 恐怖耐性 病毒完全無効 呪い完全無効
加護:????????(soul) ロンゲ神(soul)
称号:魔王救済者(soul)復讐者 ????????????? ??? ?????? 変態(ドS) 氷帝
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こんな感じだ。種族がただの人間じゃなかったり、レベルが存在しなかったり。ゼブリアノム曰く、攻撃などの評価だけで見ても、ヒトの枠を超えているらしい。能力詳細を完全に見れないのは、何らかの認識障害が働いているという話だ。
っていうかね、それを除外しても身に覚えのないものが多すぎる。変な加護あるし、いつの間にか魔王を救ってるみたいだし。錬金術だと思いっていたものが[創造]だったり、術が無かったり。
この情報はユーディとも共有している為、仔細漏らさず伝わっている。逆もまた然り、ユーディが自分を[鑑定]すれば、その結果は俺の頭にも流れ込む。そうして流れ込んできたのが……。
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ユーディリア
種族:カーバンクル・オブシディアン
Lv.∞/∞
攻撃:E 防御:C 速度:B 体力:B+ 魔力:A 技術:C 幸運:B 神力:A
異能:創造 全言語理解 アンリミテッド 自己再生 同調(ナナクサ&ユーディリア)
技能:火魔法 水魔法 氷魔法 光魔法 天候制御
耐性:飢餓耐性 病毒完全無効 呪い完全無効
加護:なし
称号:????? 黒の宝石獣 禁忌を犯した者 変態(ドM) 水姫
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こんな感じだ。揃い揃って称号に変態だってさ。自覚あるけどさ!
その仔細も──
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変態(ドS)
大衆に理解され難い性癖を持つ者。攻撃・技術が成長しやすい。
変態(ドM)
大衆に理解され難い性癖を持つ者。防御が成長しやすく、各種耐性を新たに獲得しやすい。
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──こんな具合だ。所謂成長補正が付いている。
こんなしょうも無いものにも効果がある事に驚きだ。
他に同一の異能や技能を挙げていくと──
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神威
この異能を有する者は神力を持つ事が出来、呪いを完全に無効化する。
何らかの理由によって神力が消費された場合、時間経過で回復する。また、自身に向けられた尊敬・畏怖・崇拝・感謝等の念によってわずかに回復する。
創造
自身の体力と引き換えに物質を再構築し、イメージするモノを生み出す。また、変化を自在に発生させる事が出来る。
全言語理解
知的生命体が扱う全ての言語を変換し、理解を手助けする。
アンリミテッド
この異能を有する者は成長限界を持たない。
自己再生
自身が定めたトリガーワードによって発動し、神力を対価に負傷を復元する。脳以外の部位欠損に対して有効。損傷部を再生する。神力を持たない場合、体力を代償に支払う。
シンクロ(ナナクサ&ユーディリア)
肉体的に接触することで体内魔力を同調・共有し、魔法によるあらゆる効果を何倍にも高める。
あらゆる相性が極めて良くなければ発現しない。
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二人とも持つ異能の詳細はこんなところだ。お互いヒトの括りに収まってはいるものの、いつはみ出してもおかしくは無い状態と言えるだろう。
錬金術もどきだと思っていたものが実は[創造]と呼ばれるもので、成程錬金術の領分を超えているわけだと納得した。
ようやく長く謎だった[自己再生]の代償が判明し、寿命が含まれない事に安堵。[創造]の運用の為にも、今後も体力対策のランニングは続けていかなければならないだろう。
ここ最近ユーディとの接触時に感じていた循環は[シンクロ]に起因するものだったようだようだ。肉体と精神の相性──感情的な問題のクリアだけが条件ではないのだろう。恐らくだが、性癖や体の相性まで……パズルのピースが隣り合わせて隙間なく嵌まる様な、そんな間柄だからこそ発現したのだと思う。あらゆる相性ってのは、そう言う事なんだろうな。
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危機察知
自身に生命の危機が近づくことで、その脅威を知らせ警戒を促す。
神血
あらゆる病毒を滅し生命力を与える奇跡の霊薬。先天的な病や奇形には効果が無く、摂取した対象は頭がおかしくなって死ぬ。また、健常者が摂取しても対象は頭がおかしくなって死ぬ。
ノーコン
遠距離攻撃の技能適正が極めて低いが、近接攻撃の成長性が僅かに高い。
知恵の実の英知
全ての言語を理解し、自在に操る事が出来る。
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[危機察知]は今後も──いや、先早い段階で、今日も役立ってくれるだろう。これは特に認識と食い違いが無かった。だが[神血]、お前は違う。
過去にユーディを生命の危機から回復させたのは、間違いなく[神血]だ。結果論だが、最善の手段だったということだ。
加護の片方は不明だが、もう片方の出所は間違いない。
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加護:ロンゲ神
自身の頭髪を老化から護り、毛根の健康状態を維持する。
この加護は所有者が転生しても消える事は無い。
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世の男性諸君が羨む効果だった。……いやぁ、嬉しいよ?死に際の俺の頭髪はベ〇ータ程じゃあないにしろ、Mッパゲだったしさ。
技能と耐性については説明するまでもないだろう。読んで字のごとく……いや、術が無く魔法に置き換わっていた。どういう事なんだろうな?
そもそも術と思っていたものが実は魔法だった──術が存在しないパターンか、あるいは術だと思い込んでいたが実は魔法だった──術と魔法をはき違えていたパターンか。イマイチ分からん。
分からんと言えば俺の称号もだ。
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魔王救済者(soul)
異界の魔王を恐れることなく救済した者。恐怖に対する耐性が成長しやすい。
この称号は所有者が転生しても消える事は無い。
復讐者
復讐を完遂し、齎すモノを者。狂気に対する耐性が成長しやすい
氷帝
英雄としての異名。氷に関係する攻撃を行った際、自陣営の士気が向上する。
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【復讐者】──まあわかる。【氷帝】──これもまあわかる。だが【魔王救済者】よ、お前は何処から来た?
……転生しても消える事が無いということは、前世絡みなのだろうか?
「ナナにぃ、おでこ撫でて」
思考を巡らせていると、ユーディはそう言って、座っている俺の太ももに頭を預けてくる。おでこ──つまりはカーバンクルの象徴たる額の宝石、オブシディアンをだ。手を当て優しく撫でると、リラックスしているのか、とろんとした表情になる。
「ごめんな……。結局、ユーディが成長できないのは……」
成長不全のまま成人した原因は、あの時の俺の判断にあった。ユーディの称号の詳細は──
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黒の宝石獣
成人前に禁忌を犯した宝石獣の証。身体の成長速度が鈍化する。
禁忌を犯した者
自身と交わり子を為せる種族の肉を食らった者の証。身体の成長速度が鈍化する。
水姫
英雄としての異名。氷に関係する攻撃を行った際、自陣営の士気が向上する。
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成長速度が鈍化する称号が2つ。ちっぱい幼女体型のまま成人してしまったのは、間違いなくこれが原因だ。そしてその原因の根幹は……俺だ。
もし、あの時別の食べ物を見つけること出来ていたら……。そう思うと、申し訳ない気持ちしかない。自らの力不足ゆえの結果だ。
「ナナにぃ、私が今生きて、こうしてなでなでしてもらえてる。結婚して、ナナにぃのモノになって、毎晩愛してくれる。毎日ね、すごく幸せで……だから、ずっと壊れないで続いて欲しいなって思う。明日も幸せな日になりますようにって……」
「ボインボインのボンキュッボンになれたかもしれないんだぞ?」
「んぅ、未練はあるけど、これ以上は贅沢すぎると思うから」
贅沢、か。俺が贅沢の対象か、ははっ……。
「俺にとっても贅沢だ。ユーディと出会って得た今が、最高の贅沢だ。……ありがとうな。本当に、ありがとう……」
俺とユーディは暫し自分たちのいる場所も、これからの目的も忘れ、穏やかな時を過ごした。
*
ゼブリアノムにとって、霧があろうがなかろうが全く関係ないのだろう。迷うことなく進んでいく。周囲が真っ白にしか見えない俺達には、どれだけ沖に出たのかも見当がつかない。
ゼブリアノムは泳ぎを止めると、眼前の水面を睨みつけた。
『ここから底に潜って、まっすぐ進めば洞窟さ。ただ、安全の為にかなり遠くの位置にいるから、相当進むことになる。近づけば馬鹿でもわかるはずだ』
いよいよだな。 さて、海底洞窟か……。ひとまず弁当入りの竹籠を背負い、ユーディを抱き寄せて──
「[成形]──水膜」
──球状に広げた水膜で包み、水膜そのものを[ジ・イソラティオン]で固定させ、[アンチグラビティ]で海面までゆっくりと落とし、浮かばせた。
『あたし達はここでまってるよ。頼んだあたしが言うことじゃないけど、無事で帰ってくるんだよ?』
「新婚旅行で死ぬような馬鹿はやらないさ」
水膜球へさらに重力をかけていき、海中に沈めていく……が……。
「結構浮力がかかるな……」
想定よりしんどい。かと言って、これ以上小さくするのは難しい。呼吸に必要な酸素は水膜球の一部のみ瞬間的に解除して海水を取り込み電気分解せればもつが……それを[アンチグラビティ]と並行してやるのは結構負荷がかかる。こう、右手でテト○ス、左手で桃鉄をやるようなものだ。
「ナナにぃ、あれ、やってみよ?」
「そうだな、やってみるか」
あれ、とは[シンクロ]のことだ。意識してやるのは初めてだが、たぶんやれるだろう。今まで何度もできた、何度もひとつになったのだから。
互いに握る手が汗ばみ、指を絡めてつなぎ直す。がっちりとつながった手から、ユーディの魔力が流れ込んできた。そして俺の中の魔力が代わりに流れ出していく。
「……大分安定するな。いい感じだ」
負担を感じることなく、真っ直ぐに海底まで沈んでいく。沈めば沈むほど光は届かなくなっていき、暗闇……深淵が周囲に広がる。
「明かり頼めるか?ほんのちょっとだけ」
「ん、まかせて」
ユーディの手から、無数の蛍火のような淡い光が飛び、周囲を舞う。陽術──いや、光魔法[ホタルビ]だ。
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ホタルビ
干渉系下位光魔法。
自身の周囲に小さな光の群体を纏わせる。
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[ホタルビ]は下位の陽じゅ──光魔法の中で、最も難易度が低い。
周囲を照らす効果を持つ光魔法は[ライト]や[フォローライト]が他にあるが、それらと比べて照明範囲が圧倒的に狭いが故に、殆ど体内魔力を使わずに発動でき、そして光が弱すぎて役に立たないらしい。
使い道が乏しすぎる淡く弱い光だが、この暗闇では十分な光だ。迂闊に強い光を出すのは、海の生き物の好奇心を刺激し、思いもよらないものを引き寄せかねない。巨大イカとかな。
「海の底……怖い……」
「ああ……海底ってのは最も太陽から遠い、本来光とは無縁の場所だ。そして、水圧も想像を絶する」
「水圧って、なに?」
「今ユーディは俺と手をつないでいて、俺が握る力を感じているだろう?これが圧力──押しつぶす力だ。今俺達がいる玉に、それとはけた違いに強い押しつぶす力が、全方向から圧し掛かっているんだ」
「ナナにぃのお股のあれを、私の中でぎゅっとするみたいな?」
「……間違ってはいない」
間違ってはいないが、直接的な表現をしていないとはいえ、不意打ちでエロい例えを持ってこないで欲しい。昨日の夜の事情を思い出してしまう。
「んで、そんな四六時中押しつぶされている環境で育つと……ああなる」
指さした方向では、紙のように薄っぺらい体の謎の魚がひらひらと旗のように泳いでいた。正体が気になり鑑定を望むと、頭の中に情報が流れてくる。
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ペーパーマグロ
分類:魚
殆どが骨と皮で構成された魚。原種はマグロの中でも最弱であり、外敵から逃れるために劣悪な環境に逃げ込んだ結果、紙のような薄い体と高い生命力を得るに至った。食べられる部位は皆無だが、素晴らしい出汁がとれる。
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……まるでコイキ○グだな。上位進化したら化けそうだ。っていうか、ステータスが表記されないってことは、戦闘力は皆無なのか。
「んぅ……?身がない?」
「柔らかいものは押しつぶされるからな。骨と皮ばかりだ」
あれを海上に引き上げるとどうなるかは、まだ黙っておこう。しかし、いい出汁がとれるのか、わざわざ記すほどに。こういう状況でなければ確保したかったところだ。
そうこうしているうちに海底へとたどり着いた。波模様の底を滑るように前進。進むことで波模様の底と奇妙な形をした生物が巻き上がる。それらに振り返ることなく、ただひたすらにまっすぐ進んでいく。視界は悪い。どこまでも続くような水底の闇を、ひたすらに進んでいく。
「ナナにぃ!あれ!!」
ユーディの声とともに、眼前に異様な、巨大な何かが横たわって進路を塞いでいた。越せる程度に浮かぶと、それらの全貌がうっすらと見えてきた。
「これは……海竜の死体か!?」
夥しい数の海竜の死体が、海底を埋め尽くしていた。そのいずれの海竜も傷だらけで、その頭部は歪み、ハルネリアやゼブリアノムにはまるで似ても似つかない異形と化していた。
よくよく見れば、それはまだましな方だった。ある死体は甲羅を突き破るようにもうひとつの頭が生え、またある死体は前後合わせて4つのヒレがヒトの指のように裂け、それぞれの先端がウツボの口のように変形している。さらに別の死体は、長い尾が何本にも裂け、先端がヘビの口のように変化していた。
明らかな異形だ。生物が本来持つ洗練された造形美が微塵も感じない、SAN値がゴリゴリ削れていく幻聴が聞こえる。
「これは調べたほうがよさそうだな」
程なくして、頭の中に鑑定結果が流れ込んでくる。
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歪みに触れた海竜の死体
分類:死体
封じられた亡界の魔人が発した呪いを浴び、無理やり変質させられた存在の死体。その死肉を喰らうことで対象を同様に呪い、繰り返して呪いを広範囲に撒き散らす。
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うへぇ……つまりこれ全部が呪いの種になってるってのかよ。
「ユーディ、どこも調子は悪くないか?」
「ん、ぜんぜんだいじょぶ」
どうやら[神威]によって獲得した[呪い完全無効]がしっかり機能しているようだ。
しかし……この症状は確かにヤバイな。陸に上がられたらリアルバ○オハザードまっしぐらだ。
「あそこ、洞窟!!」
「む、あれか」
眼前に、たんこぶのように盛り上がった巨大な岩が見えた。その岩の真ん中に穴があいている。どうやらあれが入口のようだ。周囲に動く影はない。ゆっくりと接近────
「っーーー!!?」
いきなり頭の中で大音量の警告音が鳴り響いた。言わずと知れた、[危機察知]の警告音だ。
「まじかー……」
警告音から意識を逸らすことで、クソやかましい音を消す。今この備えと実力で、アラストルとやり合う時以上の大音量だ。
「あー……ユーディ、突っ込む前に大前提の方針なんだが」
「んぅ?」
「先手必勝、効率的かつ楽な手段で。絶対に真正面から戦わない、汚い戦術で行く」
魔人か幽霊か何か知らんが、敵が居る場合、明らかに真っ向勝負で勝てない相手だということは最早明白だ。格上相手に勝つには不意打ち騙し打ち罠詐欺何でもあり。手段を選んで戦えるほど、彼我の力量差が少ないわけではない。
「んー……アレ、使うの?」
「多分使う。こんな場所じゃアラストルの時みたいに泥沼は使えんし、使えたとしても相手が軽かったら脱出されるかもしれない」
アレとは、俺が持つ禁じ手の切り札の事だ。……偶然の産物だが、使えば確実に相手をこの世界から消し、その上ミンチよりヒデェ有様にする……。しかし、もし制御に失敗すれば……。
「使わないに越したことはないからなぁ……できれば使いたくない。俺らも死ぬかもしれんし」
魔法での自爆か、真っ向勝負での死か、天秤の傾き次第だ。
「いっしょなら、だいじょぶ。がんばろ?」
上目遣いでほんのりと笑うユーディ。ああもう、可愛いっ……!
「ホント可愛いなぁもう……ふぅ。さぁて、ここからが本番だ」
「ん、がんばろー!」
頭の中で取れる戦術を徹底的に洗い出しながら、海底洞窟へと侵入。最深部へ向けて侵攻を開始した。
お読み頂きありがとうございました。評価ありがとうございました!モチベが上がりますっ!




