釣り!
宿の朝食後、釣竿を手に餌や昼飯等が入った竹籠を背負い、水面が静かに揺れる崖の下をユーディの手を取って水上歩行し釣り場を探した。実際は水面に足は付いていない。ドラ○もんと同様に3ミリ程度、[アンチグラビティ]で浮かせているのだ。
ダルエダ周りの海に面した崖の上は釣り人でみっちりと埋まっていた。あの幼海竜出現によって、素潜り派と船釣派が海に出ることを躊躇いこの有様である。
釣竿を購入に向かった商店では、残りあと2本だった。基本、ダルエダの一般家庭には数本の釣竿が常備されており、またそうそう折れることがない為、必需品でありながらも売れ筋が悪い。が、今回の件で普段使わない層が買い求めることで在庫が捌け、嬉しいやらなんやら、複雑だという。
「ねぇ、あそこ良さそう」
「お、いい感じの出っ張りだな」
崖にちょうど良さそうな大きさの出っ張りがあるのを見つけ、一旦そこへ飛び移った。高さも水面からそれほど離れていない。平にして荷物を置いても十分な広さだろう。その場で致しても問題ないくらいだ、やらんけど。
崖上を見上げても、釣り糸も人影も見えない。大分離れたし、当然と言えば当然だ。ここいらは比較的治安がいいとはいえ、盗賊がいないわけではない。危険な魔物もまた然り。どちらも絶対数が少ないが、平和に呆けていると自らリスクに足をつっこむような真似はしなくなるものだ。そういうことをするのは真に命を危機に晒したことがない愚か者だけだと思う。
離れた場所だけあって、移動と準備だけで大分時間が経ってしまった。太陽はもうすぐ天辺まで登りきる。……まあ、些末事だ。問題はない。
出っ張りの上部を[錬金術もどき]による[掘削]で削り、平にして座っても尻が痛くならないようにした後に餌の入った竹籠を背から降ろす。
「釣れそう?」
「問題なく食いつくだろう。これだけ泳いでいるんだからな」
水面に目を落とせば、目測にして40cmはあろう魚が4匹泳いでいる。食料として確保するなら投網の方が手っ取り早いが、今日は楽しみ半分での釣りだ。仮に釣れなくても竹籠の中の道中に採取した戦利品で十分腹は膨れる。
「よし、やろうか」
俺は竹籠からトゲトゲしいウニをそっと取り出し、[抽出][氷結][成形]で作った氷のナイフで半分に割って抉り、釣り針にしっかりと刺す。あのお高いウニを餌に使うという暴挙!まともな神経をしていたならばやらないだろう。贅沢極まりない。
いや、誤解が無いように言うが、こんな真似、生前でもしたことは無いからな?
釣竿は用意できたが、餌の虫も練り餌も、全て完売していたのよ。肝心の釣竿もリールはなく、それなりにしなる木の棒に糸をつけただけのお粗末君だ。
……これがこっちの標準とは言え、なぁ。ザリガニを釣るんじゃないんだぞ?現代日本の釣り人が見たら絶句するぞ?糸だってタコ糸以下の耐久性だ。こんなんで釣れることに驚き、海の幸が生命線のくせにまるで進歩のない有様に呆れる。
なので、商店で売れ残っていた鉄を購入し、リールを[成形]してお粗末竿と融合合体させた。リールの構造を覚えていた自分の知識を胴上げしてやりたいよ。
さらに返し付きの釣り針を5本ほど[成形]し、糸の耐久性を上げるために余った鉄を繊維に[混合]、木片を用いて浮きを[成形]し……。
なんということでしょう、あんなにみすぼらしかったコイ○ングしか釣れないボロ釣竿が、近代化改修によってすごい釣竿に大変身!あまった鉄は獲物を焼くための金網と鉄串を錬成して使い切った。
「またオーバースペックな代物を作ってしまったなぁ、俺……」
ダルエダから帰る前に売れば、積み込む魚を買う金の足しになるだろう。こんな竿をウルラントまで持ち帰っても、その後使われる展望はないしな。
「籠の中のこれ、どうするの?」
と、ユーディが籠からアワビを取り出す。
「七輪もどきを作って、金網をのせてその上で焼く。旨いぞー」
ウニもアワビも、ここへ来る道中で採取したものだ。本来、水上から圧縮空気弾を水面の底を目がけてぶち込む発破漁紛いの手法で数匹の魚を確保し、その切り身を餌にする算段だった。
だが、道中相当な数のウニとアワビとサザエを発見した為中止し、一部を餌に活用することにした。発破漁って環境破壊行為だし。仮にボウズになったところで、帰りの道中で籠いっぱいに詰め込めば全く問題はないのだ。
「ほんとに美味しいの?……腐った○○○○みたいなんだけど」
「女の子がそういうこと言っちゃいけません!!……まあ、アワビに限らず海産物はヒトを選ぶからな」
海のモノって独特の匂いがあるからな……。ウルラントでも海産物は珍味扱いだし、一生涯口にすることが無いヒトだっている。
2時間後──
「ファッファッファ!!!大漁じゃあ大漁じゃあ!!」
俺は人生で初めて、入れ喰いというやつを経験している。釣りをしながら待つ傍らでアワビを調理しようと思っていたが、餌のウニに即食いつき、1匹目を釣り上げた。土色の鯛のような外見のそいつの息の根を止め、[ジ・イソラティオン]によって時間停止させて籠の中に放り込んだ。この、糸を垂らしてから釣れるまでの時間およそ1分。釣りと調理の並行は無理だと悟り、昼飯を食べてからにした。
調味料は持ち込んだバターと醤油のみ、きちんと火を通して、揃って腹が膨れるまで貪り食った。そして調理の過程で出た殻や内蔵などを海にばらまいた結果、大量の魚がバシャバシャとしぶきを上げで集中した。飯のカスが、撒き餌になったのだ。
「ナナにぃ!私もやる!」
「おう、やれやれ!!こんな楽しいことやらにゃ損だ!!」
こんなことになるんだったら、ボロ竿のままでも良かった気がしてきた。ただでさえオーバースペックな釣竿の存在が……なんというか……。あれだ、ネトゲで例えるなら、初心者の狩場で最上級武器を惜しげもなく振り回すようなものだ。
「わ、引いてるっ!!」
「おちついて、少し泳がせてから慌てないでリールを巻くんだ」
おっかなびっくりでリールを巻き上げると、食らいついていた魚はカレイのような魚だった。いや、カレイにしか見えなかった。
「目が片方に二つ……なにこれ怖い……」
「そう言ってやるな。これも進化の過程でそうなった──いや、この世界の場合どうなんだ?」
食らいついた針を外し、息の根を止めて時間停止して籠の中に放り込む。
「ま、せっかくのカレイだ、Finkenwerder scholleにでもするか」
「ふぃ……何?」
「ベーコンソースをかけたカレイのソテーだ。旨いぞ」
こうして、俺達は釣って釣って釣りまくった。空っぽになったカゴの中がもう少しでいっぱいになるというところで、辺りに霧が満ちてくる。
「濃霧……か」
じわりじわりと、侵食するように霧が濃くなっていく。それに、うっすらと肌寒さも感じる。霧によって太陽光が拡散、ブロックされているのだ。加えて、微かに見える太陽も傾き始め。冷えて当然だ。
「ん、晴らす?」
「いや……無闇矢鱈と自然の理を乱さないほうがいいだろう。緊急時でもないしな」
「そう、だね」
できる限り天候に干渉しない。そう二人で決めた。使いようによっては、自然災害を滅するどころか、自在に生み出せるのだ。……即ち、意図しない所で大災害の引き金になり得るという事でもある。台風⇒土砂崩れや、地震⇒津波、落雷⇒大停電⇒信号機停止による大事故、とかな。災害のピタゴラスイッチになるのはよろしくない。
ずっしりと重くなった竹籠を背負い、また水面に立ち、指を絡めて手をつないで歩く。
「明日も来る?」
「いや、明日は無理だろう。恐らく……この真上の崖まで、人は来るだろうからな。尤も、ウニやアワビの味を覚えた魚を、虫や練り餌で釣れるかどうかまでは……な」
多分無理だろう。生き物は基本、本能に忠実だ。ネコや犬に普段よりもワンランク上の食事を与えれば、もう前の食事にはそっぽを向く。それしかないと諦めさせなければ口にはしない。それらに該当しない例外──矢鱈と食い意地が張った奴も存在するということを付け足しておく。
そうして彼らはさらに足を遠くへ向けるのだ。他者よりもいい釣り場を求めて。明日それなりに魚を確保する場合、沖に出る以外の選択肢はない。
……が、一度に運べる量と、往路の所要時間まで勘定に入れると、とても馬車を一杯にできるほど取れそうもない。不眠不休でやればどうにかなるかもしれないが……。かといって、この状況で金に物を言わせて買い漁ることもできない。命あっての物種だ、いざこざの種をまくことは避けたい。
「明日はお弁当持参で船を借りて海に出ようか。んで、明後日は朝から泳ごう」
「ん♥」
戻った後、仕込みを始める前の厨房を釣り果を少々提供することで拝借し、Finkenwerder scholleを作った。部屋で食べさせ合い堪能し、その後は昨日と同じ流れになった。扉はキッチリ締めておいたさ。
*
『あの二人……普通じゃないねぇ。神力に加えて[病毒完全無効]……他にもいろいろおかしいモノを持ちすぎている。特にあの男……あれはヒトの枠を超えちまってる。それに、あの小さい子……。まさかこの時代で禁忌を犯したカーバンクルがいるとはねぇ。けど……あの時代の奴らと違って、真っ当な目をしていた。あたしたちの、いや……この海の命運を賭ける価値はありそうだ。あの二人の神力なら、余程の呪いでもない限り全く影響はしないだろうしねぇ』
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