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次元の最果で綴る人生~邪魔者⇒葬る~   作者: URU
大海の覇竜と赤の姫
69/512

赤き姫と王子の逃亡

ちょっと長めです。

 双子の行商人と別れ、のんびり昼食をとることにした。本日のお昼ご飯は、ひき肉入り野菜炒めのクレープ包み。道中小腹がすいた時に食べられるよう、少々多めに作った。

 その後、ユーディのほっぺをむにむにしたり、俺がむにむにされたりしたりしながら街道を進んでいった。

 そして日没前に、宿場町である十字路──通称十字街にたどり着いたが、すごいな、ここ。


「この時間でこんなに賑わってるのか……」


 兎に角露店の数が多く、道幅はウルラントの大通り並みに広い。が、停泊する馬車や露店、客引き、それらすべてひっくるめれば広いという感想は声を出して言えなくなる。本来店を閉じる日没前だというのに、昼間のウルラント露店街と遜色ない賑わいだ。


「果物いっぱい」

「確かに、この時間に生鮮食品がこれだけあるとなると、この街は眠らない街なのかもしれないな」

「眠らない街?」

「夜の帳が落ちても、休みなく動き続ける街ってことだ」


 実際、今まさに露店の準備をしている商人もちらほらいる。品の多くは鉄等を用いた長剣、調理道具などだ。準備をしている商人の体躯は小ぶりで、ヒゲがなければ子供と見間違える。どうやら彼らは北からやってきたドワーフのようだ。

 ドワーフもそうだが、南のメルジェーフェナ領からきたと思われる蛇人族も多い。いや、いくらなんでも多すぎる。


「こりゃあこの街もっとでかくなるな……」


 大きくならない理由がない。メルジェーフェナからの輸出が始まってから1ヶ月少々、交易の要として完全な形で機能し始めたのだろう。ここが大陸南部の交易拠点として都市化する未来が自然と見えてくる。……下手をすれば、ウルラントを凌ぐ巨大都市に変貌するだろう。


「ナナにぃ、ここちょっとうるさい……」


 ユーディがピンと立った耳を両手で抑える。……たしかに、この喧騒は少々眠るにはよろしくない。この賑わいがここ最近からだとすれば、宿の防音は期待できないだろう。


「耳栓つっこんで眠る手もあるが……どうする?」

「ナナにぃの声が聞こえなくなるからイヤ」

「俺はそれに加えて、耳の異物感が嫌だ」


 耳栓突っ込むと最終的に眠れはするが、そこへ至るまでの時間が倍ほどかかる。当然その分睡眠時間は短くなり、さらに異物感のストレスも相まって疲れは取れない。


「このまま進むの?」

「そうだな……外れの静かなところに宿があればよし。……まあ、望み薄だとして、軽く食材と毛布を調達か、適当なところで簡易ハウスを[成形]してそこでひと晩のどちらかだな」

「ん……」


 ホースゴーレムには戦闘能力もある為、馬車番にもなれる。土を主として[成形]した簡易ハウスも、外装を周辺地形にカモフラージュし、壁の厚さも分厚く、そして酸欠にならない程度の密閉性で誂えれば静かな眠りが約束される。

 これだけの力量がバランドーラを横断したあの頃にあればなぁ。まだちょっとだけ楽だっただろうに。


「とりあえず、野菜類はあるから確保するのは小麦粉か米、どちらかは必須だな。それと肉類も。工芸品の類は帰り道に……丸1日滞在に当ててもいいか」

「晩ご飯は何にするの?」

「ん~……食材次第だなぁ……」


 そうして、人通りの多い道をゆっくりと進みながら露店を物色した。




*




 この世界には、ウィルゲート大陸以外にも複数の大陸が存在する。しかしながら、遠洋は海竜の縄張りであることから船舶技術が発展した国は少なく、海の横断は困難を極める。

 故に、この拡張し続ける次元の果にどれだけの大陸が存在するのか、正確に知っている者はごく一部、ひと握りしかいない。


 ウィルゲート大陸より西にも、ひとつの大陸が存在する。名を、リグヌクス大陸。面積はハランドーラ死地より南を含めたウィルゲート大陸よりも広い。

 このリグヌクス大陸は、2つの国が土地を二分し統治していた。北西の山脈を水源とし、南東の海へと抜けるロストホープ大河を境界として、東側がマルディーン王国領、西側がヘイルドゥノー王国領となっている。その大河を最前線とし、数百年にわたって衝突が──戦争が続いていた。


 戦争の切欠を知る者は少なく、今となっては両国民にとって、両王族にとって、互いに滅ぼすべき相手だという認識だ。その認識に間違いはない。間違いがあるとすれば、かつて一度共に歩もうとしたという黒歴史であろう。


 そんなヘイルドゥノー王国には、亡き先王譲りの亜麻色の瞳と、亡き王妃譲りの藤色の髪を持つ2人の王子と、2人の王女がいた。


 凡才、されど天才と呼ばれる第一王子ラズライア。

 真意を見透かす第一王女サーフィ。

 そして──




 ヘイルドゥノー王城内の魔法(・・)修練場にて、今日も爆音が響いていた。修練場には第二王女と第二王子しかいない。


「さぁ、今日の仕上げにかかりますわ!」


 たわわな胸元とくびれを露出させ、随所に水色のリボンと金の星の装飾を施した少々露出が多い魔法使いの装束を纏った第二王女が長い藤色の髪を靡かせる。しかしそんな特徴を振り払う物。それが、彼女の手の、この修練場に最も不釣り合いだと言えるであろう、箒だ。


「はい、ネェさま!」


 対して第二王子の装束は黒を基調としているが、リボンの装飾はなく、銀の星の装飾が控えめに施されている。肌の露出はない、至って健全なものであるが……ぱっちりとした瞳と長い睫毛に、ちょっと高めの声。そして少し長めの髪。さらに加えて所々の仕草から、『実は第三王女説』がまことしなやかに囁かれている。


 二人の視線の先には、修練場中央に打ち込まれた極太の鉄の柱……だったもの。熱による溶解が進んでおり、まるで側面から火で炙った不格好なロウソクのようだった。それに向かい、箒を持たない手を前に突き出す第二王女。


「炎の精霊よ、紅の竜帝よ。我が願いに応え、我が手に集え!猛る業火にて我が敵を灰塵と化せ!![メギドフレイム]!!」


 手から紅の炎が螺旋を描くように鉄柱に放たれ……一瞬で燃え盛る火柱へと変貌した。



--------------------

メギドフレイム

 射出系最上位魔法

 螺旋状に炎を射出し、命中した対象を炎の渦に閉じ込めて焼き尽くす。

 渦の持続時間は消費魔力量に比例する。

--------------------



 彼女は【赤き暴れ馬】とも揶揄される第二王女ルチアナ。幼少よりある目的のために魔法修行に明け暮れた、ヘイルドゥノー王国一の火魔法スペシャリストにして、『竜帝に選ばれた者』である。


「ボクの番ですね。風の精霊よ、翠の竜帝よ。我が願いに応え、我が手に集え。狂う嵐の如く、怒れる咆哮の如く。巻き上げ狂え!!テンペストピラー!!」


 火柱はまた一瞬にして竜巻に飲まれ、弾けて消える。跡には元の鉄柱はなく、渦状に伸ばされたできそこないの鉄のオブジェが残されていた。



--------------------

テンペストピラー

天地系最上位魔法

指定位置に竜巻を発生させ、対象を閉じ込めて風圧で切り刻む。

竜巻の範囲・持続時間は消費魔力量に比例する。

--------------------



 【幼き魔法の天才】と名高い第二王子リムリス。彼もまた、姉であるルチアナと同じ目的のため、姉の背を追うように修練に明け暮れていた。まだ未熟で荒削りであるが、姉の背を見て修練を積む彼が力量並ぶのは遠くないと、誰もが確信していた。彼もまた、姉同様に『竜帝に選ばれた者』だから……。


「威力は申し分ないのですよね、威力は」

「そうですね。……問題は、これをどうやって……」

「「マルディーンの王城に叩き込むか……」」


 揃って腕を組み、唸る姉弟。同じ仕草、首を傾げる同じクセ。どうみても仲睦ましい姉妹……いやいや、姉弟にしか見えない。


「やっぱり夜襲しかありませんわ」

「それでこの間失敗したじゃないですか……」

「あの時はたまたまですわっ!そう、たまたま!!」


 前王の崩御により、第一王子ラズライアが新たな王として即位したのが4年前。凡才であったが、自らの非才を誰よりも理解していた彼は、軍事・農業・工業・商業等各部門に才能あるものを選び抜き、要職に付かせた。

 その結果、ヘイルドゥノー王国は前例のない発展を遂げた。凡才であったが、上に立てる人物を見極める眼を持っていたのだ。


 しかし王といえども、どうにもできない問題は存在する。その問題こそがまさに、この姉弟が力を貪欲に求める理由なのだ。


「ルチアナ様、リムリス様!」

「あら、リーベル?」

「リベ姉?」


 姉弟に駆け寄る一人のメイド。幼少よりルチアナに仕え、また、リムリスのおしめまで変えたことがある彼女は、ルチアナにとっては親友であり、リムリスにとっては母親のような存在だ。


「至急お部屋にお戻りください。……が帰還いたしました」

「!!分かりましたわ。急ぎ戻ります」




 自室へと足早に足を進めるルチアナとリムリス。それを一歩引いて追うリーベル。すれ違うメイドや兵士を労いながら、自室へと戻った。


「ふぅ……」


 ルチアナは天蓋付きのベッドに腰を下ろし、リムリスもまた適当な椅子に腰を下ろす。リーベルはドアを背に、立ったままだ。


「……宜しくてよ、ジン」


 ルチアナがそう呟くと、天井の板が一枚ずれる。その先の暗闇には、人の気配があった。が、そこから動きはない。


「あれ?ジン、降りてこないの?」

「天井裏は汚れております故、降りては痕跡を残しまする」


 ルチアナとリムリスがジンと呼ぶ人物は、二人の直属の、マルディーンへ潜入できる数少ない密偵だ。大河一本で隔てられているだけ──言葉にすればその程度かと思うだろうが、渡河は困難を極める。


 上流は狭く水深も浅いが、対岸に設けられた無数の見張り台、夜の闇を照らす無数の松明。その数は中流下流の比ではない。

 だが中流下流もまた、密度は上流ほどではないにしろ、十分すぎる警戒態勢が取られている。

 それ以上に厄介なのが、大河に住まうダガーフィッシュだ。尾びれ背びれが鋭利な刃物となっているダガーフィッシュは全長10cmほどで、骨と皮だけかと思わせる程に薄く、疾い。

 水中で切り裂かれれば大量の流血により水が血の色に染まり、対岸から発見されて矢と魔法の雨あられとなる。泳ぎ切ったところで、その先は遮蔽物のない川岸だ。上がろうとする時点で見張り台から発見され、矢と魔法の雨あられ。橋など何百年も前に撤去されたままで、今では崩れた支柱がかろうじて残るだけ。所謂密偵殺しだ。無論、これらはの条件は互いに大きな差は無い。


 故に、それを超えられる密偵は上級密偵とも言え、彼らからもたらされる希少な情報の恩恵は計り知れない。超高給取りにして、最も命の危険にさらされる職だ。

 このジンもまた上級密偵なのだが……とある事情から、無給でルチアナ姉弟に仕えている。国にではない。彼女ら姉弟二人にだ。


「ご報告いたします。マルディーン宮廷魔法師団および天光教団は、先の咆哮を魔王復活によるものと断定いたしました」

「こちらの上層部と同じ結論のですね」


 数週前の一夜戦争におけるアラストルの咆哮は、海を越え、リグヌクス大陸にまで届いていた。その未知の咆哮は両国民を混乱させ、同時に、言い知れぬ恐怖を与えた。未知、それは人心の恐怖に直結する要素なのだ。


「つまりネェさま、これはボクらにとっても敵が増えたということでしょうか?」

「一概にそうとは言えませんわね。むしろ、わたくし達とっては好機と言えるでしょうか……」

「……なるほど、確かに」


 リーベルは一人納得するが、リムリス首をかしげたままだ。まだ10なって間もないリムリスには、少々難しい話だとルチアナは思った。リーベルはその様子を見て、淡々と解説を始める。


「リムリス様。もし、魔王が海を渡って侵略してくる場合、まず矢面に立たされるのはマルディーンです。当然、兵力を港がある東側に集中することになります。そうすると、ロストホープ大河の前線兵力も必然削れることになるでしょう。そこを付けば、普通なら無理な力押しでの渡河が可能になります」

「そう言う事よ。それを陽動にして、本隊を山脈超えで迂回させる手も使える。今頃あっちは大変でしょうね。この先、常に二面作戦を要求されているのですからね」


 ヘイルドゥノー王国の背後には海しかない。それも、断崖絶壁。風雨に長年さらされたことによってネズミ返しのごとく反り返っている天然の要塞が、背後の守りに必要な兵力を大幅に緩和させているのだ。言うまでもなく、崖下の水面下には夥しい数の骸が沈んでいる。


「でもネェさま、魔王がマルディーンを滅ぼしたとして、そのあとは?」

「その後はお兄様……いえ、国王陛下のお仕事よ。ベストなのは、魔王と盟を結ぶことだけど……それが可能な相手かどうかがわからない。相手が知性の無い獣だったら……」


 最後には戦うしかない。言葉にしなくとも、その場の4人の心中は同じだった。


「姫様、実はもう一点、ご報告がございます」

「あら、まだあるの?」


 今回ジンを潜入させたのは、先の咆哮をマルディーンがどう受け止め、どう動くかを知るためだった。ルチアナとリムリスの目的のためには、どんな些細な情報でも収集る必要があるからだ。


「姫様は、予言者なるものを信じられますか?」

「は?予言者って……あれですわよね?明日は晴れるとか、あんた明日死ぬとか、そういう未来を言い当てる胡散臭い者でしょう?」

「ネェさま、天気は予言に入りませんよ」

「予報は半分は外れますわ。私にとっては予言と同じでしてよ」


 ヘイルドゥノー王国には、雲の流れを読み、空気の移り変わりを読み、明日の天気を予測する予報士なる職業が存在する。基本的には天気を言い当てるのが主だが、場合によっては雨乞いなどのまじないも行う。大規模な干ばつが起きた場合、水魔法だけで土地を潤すのは不可能だからだ。……降るかどうかは疑わしいが。


「その予言者がどうしたというの?」

「此度の件で、マルディーン王の信用を得た予言者がおります。名を、カナベラルと……」

「は……?」


 予言者は胡散臭い。というよりはむしろ、狂人に近い。大概が荒唐無稽な無責任事を言い、外れても性懲りもなく繰り返す。まるで学習しない、常人とは悪い意味でかけ離れた存在だ。

 一国の王がそんな狂人を信用する──滅ぼすべき相手とは言え、それはあまりにも理解に苦しむ行動だ。


「ジン、何をもって、マルディーン王はカナなんとかを信用したのかしら?」


 だからルチアナがそう聞くのはごく当たり前のことだった。


「はっ、魔王の件を含め11度、未来を言い当てたと聞きます」

「へ!?」

「11回って……ネェさま、そんなことがあり得るのでしょうか!?」

「ありえませんわ……」


 ありえない──ルチアナはそう口にはしたものの、マルディーン王の信用を得たというのは間違いないことだ。ジンの持ち帰る情報には、一切の不確定要素がない。不確かな情報の場合は、必ず前置きをするのだ。今回はそれがない。的中11回の詳細こそなかったものの、結果が全てを物語っていた。


「……ジン、貴方の個人的な考えを聞かせていただける?その予言者を、マルディーン王は側近に取り立てると思うかしら?」

「十中九は。そういった動きは、帰還前に既に……」


 ルチアナは思考の海へと潜る。確かな予言者の存在──それだけで、先が読めない状況になったのだ。先が読めない中、自分たちの最終(・・)目的を達成するため、どう行動するのが最善か。考え耽ること1時間余り……ルチアナは答えを出した。


「リムリス、行きますわよ。はるか東の、魔王がいる魔大陸(ウィルゲート)に」

「ええ!?」

「ル、ルチアナ様!?」

「どうかお考え直しを!御身に何か有れば某は……!!」

「いいから、ちょっとお聞きなさい。そもそも、0から未来を当てることなんて不可能ですわ」


 ルチアナなりに考えた予言者カナベラルの正体は、巨大な情報網を持ち、かつ情報選別に長けた天才という結論に達した。先に起こり得る事象の一つ一つの可能性を、収集した情報の取捨選択により消去法で狭めていく。そして覆しようのない確定した事象のみを予言とする。これが予言の正体なのだと。


 つまり、自分達と同じように子飼いの密偵をヘイルドゥノー国内に、下手をすれば、いや、確実に王城内に潜らせて情報を収集していることになる。カナベラルの目的が側近に加わり、対ヘイルドゥノー戦略に介入することだとすれば、一人二人ではなく、百人規模の密偵が国内に潜んでいることも考えられた。

 本格的な二面作戦の前に、長年の決着を付けようと命運を懸けた一戦に動くだろう未来すらありえる。そうなった場合、真正面からの渡河作戦では、魔法使いの絶対数が多いマルディーンに分があるのだ。


 では、こちらの──否、ルチアナとリムリスの解は?


「陛下がわたくし達を前線領土に嫁がせる前に、逃げますわ!!」

「やっぱり……それしかないんだね……」


 逃亡だった。そもそもルチアナとリグレスの目的は、政略結婚を逃れる事にあった。


 ヘイルドゥノー、マルディーン両国にとって、国境線であり最前線であるロストホープ大河は、政治的にも戦略的にも重要な土地だ。故に、前線領土と王室の強固な繋がりを維持する為、継承権のない王族を嫁婿に出すのが慣例となっていた。


 既にルチアナ・リムリスの姉である第一王女サーフィは二年前に嫁いでいる。その一件は同年代の相手で、幼少からの相思相愛だから問題は全くなかった。幸福だと誰もが口を揃えて言うだろう。


 問題なのは、ルチアナとリムリスの相手だった。

 ルチアナの相手はひとまわりふたまわりどころの年の差ではない。頭髪は既に大半が抜け落ち、腹は肥え太り、体臭は臭く、おまけに服の趣味も調度品の趣味も悪く、センスも壊滅的。服飾にこだわるルチアナには徹底的に相なれない男だった。幼い頃に初めて会った時には、魔物と見間違えるほどの醜悪さだったという。トドメに女癖も悪いのだから救いようがない。将来の相手だと言われた折に気絶するほどだった。


 リムリスの相手もまた、厄介な相手だった。リムリスの場合、相手方が男であるため、婿ではなく養子という形になる。……が、その相手は両刀だった。男も女も平等に(・・・)愛せる剛の者だった。間違いなく、ベッドの上で男同士の組んず解れつを強要される。幼いながらもそれを理解してしまったたリムリスは、その破滅の未来を打開するべく、ルチアナと魔法の研鑽を積んだ。


 全てはマルディーン王を殺害し、自身の地位をさらに上げることで格の釣り合いを壊し、前線領土の将来的重要性を消失させ、最終的に婚約・養子話を白紙化させる為だ。王族らしからぬ、己の身を省みぬ地獄の研鑽を積み、『竜帝』と呼ばれる強大な存在と契約し、さらにその加護を得ることで、ヘイルドゥノーで指折りの大魔法使いとなった。


 だがそれがまずかった。今の前線領土の状況は、敗戦が続き、有力な将が数名失われていた。一騎当千にして士気高揚にもなる二人は是が非でも、今すぐにでも欲しい。本来ならまだルチアナはまだ二年の、リムリスは六年の猶予があるが、それを前倒ししかねない状況だ。


『王族には、領民を守る責務がある。国民の税で衣食住を満たしている以上、王族貴族は国民に尽くさなければならない』


 先代国王の遺言は二人も重々承知している。だが、それでも、受け入れられない未来があった。自らの破滅を回避するために得た力が、かえって破滅に近づかせてしまった。ならばどうするべきか?そんな折に、かの咆哮が響き渡ったのだ。


「これでわたくし達は恩知らずのクズ、ですわね」

「でもネェさま、魔大陸まで飛べるのですか?」

「飛ぶしかありませんわ」


 リグリヌス大陸には、アーティファクトと呼ばれる遺物が複数存在する。遥か昔、エルムが精霊魔法の補助用として作り出したとも、別の世界から齎されたとも言われており、その製造法は解明されていない。

 宝物庫の奥底にて、長らくホコリを被って放置されていたそれは、一見すれば唯の掃除用具だが、それこそがヘイルドゥノーの至宝、自在に空を飛ぶアーティファクト[星の箒]だった。

 が、その事実は国王であるラズライアはおろか、使っているルチアナですら知らない失われた歴史である。


 ルチアナは、[星の箒]をただの古ぼけた箒とすりかえた。[星の箒]の騎乗に要求されるのは精神……集中力だ。騎乗者には常に、落下死の恐怖が付きまとう。バランスを維持し、恐怖を押し殺し、集中しなければならない。


 ルチアナはこの[星の箒]を乗りこなす為に、実に3年の歳月を要した。部屋で浮かせ腰掛けるところから始め、現在では夜な夜な王国上空を乗り回すほどだ。はるか空の上では誰も止められない。この場の4人以外の皆が、「姫様が失われた飛翔魔法を会得し、酔狂にも箒に跨り飛び回っている」と見ているのだ。


 逃亡先が魔大陸なのは、ルチアナが前々から決めていたことだった。はるか東の海の向こうに存在するという不確かな情報しかなかったが、状況は変わった。干渉されることの無い異郷である事が最優先されたからだ。そして、身を守るだけの力が、逃げるだけの力が自分たちにはある。

 あくまで最後の手段だったが、そう選択せざるを得ない状況になり得る確率は決して低くないことを、ルチアナはよく理解し、リムリスに言って聞かせていた。リーベルとジンを含むこの場の4人には、既に別れの覚悟ができていた。誰もが、毎日を後悔ないように過ごしてきたのだ。


「ルチアナ様……リムリス様……」

「リーベル、今までありがとう」

「リベ姉……ボク、リベ姉のこと、大好きだよ。ボクにとってリベ姉は、本当のお母様だよっ」

「っっっ……リムリス様っ……」


 リーベルとリムリスの涙の抱擁は、まさに母子のそれだった。ルチアナも抱きしめたかったが、姉として譲ることにした。ルチアナにとっては友だが、リムリスにとっては母である。幼少の頃の母との今生の別れはの辛さは、彼女にとって忘れられないものだった。


「ジン、貴方は自由にお生きなさい。今までわたくし達に仕えてくれて、ありがとう」

「勿体無きお言葉……。では某はお二方に代わり、ヘイルドゥノー王国の未来に尽くしましょうぞ」


 その言葉を最後に、天井裏から視線と気配が消えた。


「ジン……最後まで本当に……っ……」


 ルチアナの目から一筋の涙が流れた。ジンは王族の責務を放棄する自身の代わりに、王国に尽くそうというのだ。彼は密偵だが、その中身が高潔な騎士であることは疑いようがない。涙をぬぐい気持ちを切り替え、抱き合うリムリスとリーベルをよそに、ルチアナは淡々と出発の準備を進めた。




 翌日、王城より第二王女と第二王子が忽然と姿を消した。この事態に、上層部は捜索隊を出すべきだという意見が出たが、国王ラズライアの「捨て置け」の一言により、捜索隊が出されることはなかった。


 ラスライアは知っていた。ルチアナ・リムリスが婚約・養子話に全く乗り気ではないことを。だが国防上、やらないわけにもいかなかった。しかし状況的に前倒すこととなれば、最悪初夜の前に惨殺死体が2つ出来上がる事になる。そうなれば、前線の指揮系統は崩壊し、戦線維持が困難となってしまう。そこを突いてなだれ込まれるキッカケになることは明白だ。


 失踪したのならば、こちらから探すのは今の情勢上得策ではない。そう判断を下し、逃亡を手助けするのが兄として最後にできることだと思ったのだ。おそらくはもう、戻ってくるつもりはないのだろうと予測していた。




 後日、国民には病に伏せたと発表。その一ヶ月後、第二王女、第二王子の病死が公式に報じられ、空の棺桶での葬儀が執り行われた。

お読みいただきありがとうございました。

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