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残りの人生全て、俺が貰い受ける

 閉じた瞼の上から、控えめな刺激を感じる。物理的な刺激じゃあない、光による刺激だ。


「ん……」


 ゆっくりと瞼を開けると、すっかり見慣れた天井。ベッドからよく見る天井の風景だ。少し重さを感じる右腕へと首を動かすと、抱きついてすやすやと可愛らしい寝息を立てて眠るネグリジェ姿のユーディ。


 ……ん?少し外が明るすぎないか……?


 枕元に置いている腕時計を見ると、既に6時を回っていた。


 ……寝過ごしたらしい。


 早朝のランニングを習慣づけてから初めてのこと……いや、昨日に続き2度目だ。本来ならば5時の鐘の音で目覚める……はずだった。


「ユーディ。ユー、起きろ。また寝過ごしたみたいだぞ」

「んみゅ……」


 ……いや、違う。眠っていない。既に起きている。耳の立ち具合を見れば一目瞭然。寝ているときは横に寝ているが、寝たふりをしているときは少しだけ立っている。俺のお姫様は甘えん坊だ。


「んっ……」

「んんっ♪」


 そっと唇を重ねる。俺とユーディの間で、先に起きたほうが起こすと決めていた。この方法は決めてから3日目くらいにユーディがやり始めたのだが……。


「ふぅ……いつから起きていた?」

「ん~……たぶん、ななにぃとどうじ?」


 寝ぼけ眼でぽやぽやとした口調で白状した。つまり、目覚めのキスをされたくて狸寝入りしていたというわけである。


「俺が二度寝したらどうするつもりだったんだ?」

「するの?」

「二度寝の誘惑に逆らえない日はいつか来ると思ってる」

「ん~……一緒に二度寝しちゃう?」


 いや起こせよ。俺らニートじゃないんだからさ。やる事なす事あるんだからさ。


「ま……今日も朝の走り込みは臨時休業だな……」


 この時間に着替えて走って汗を流してとやると、微妙に時間が足らなくなる。ジーク・グレンが出るまでに弁当まで用意するとなると厳しい。


「んぅ?もしかして、また寝すぎた……」

「ああ、そう言っている。4日前の疲れが未だに取れていないのかもなぁ……」


 あるいは、丸1日眠ったせいで体内時計が狂ったか……どちらもあり得る話だ。




 俺達5人と精鋭兵団・術兵団がアラストルとドラグボーンウォリアーの軍勢相手に戦い、勝利してから4日が過ぎていた。


 領主代理のシルヴィさんは、戦ったアラストルとドラグボーンウォリアーの軍勢を370年前の戦争時の敵の生き残りと公表。重軽傷者は出たものの、死者0という奇跡的数字をたたき出し、この戦いは終結した。『一夜戦争』──あの戦いはそう呼ばれている。


 巨大氷塊を落として倒れたその後、俺とユーディが目覚めたのは丸1日過ぎてからのことだった。危うく俺たちも重傷者の仲間入りするところだったらしい。それまではつついても叩いても大声を出しても起きなかったというのがジーク・リラ・マイルズ談だ。安眠妨害をしてどうなるか知っているくせに、いい度胸だと褒めたい。いよいよ持って何かしらの病気だと疑う段階で目覚めたのだとか。


 ちなみに俺とユーディの泥まみれの服を脱がし、体をきれいに拭いたのはアレリアさんだそうだ。……俺の息子も間違いなく……見られただろう。2度目だな……。

 それを聞いたとき、俺自身は前回脱衣所でで見られたときよりはまあ落ち着いていたが……その夜、ユーディが今までにないくらい激しく求めてきた。もちろん全力で応えた。

 …………いや、それは置いておこう。程度の差はあれども、ほぼ毎晩の話なのだから。


 存在進化したグレンについて。

 ウィルゲート最高齢のシルヴィさんですら、グレンの種族に覚えはなかった。どうやら、全く未知の種族に進化してしまったらしい。

 既定路線というかなんというか、グレンは種族の名前をつけろと無茶ぶりしてきた。もう『サラマンダー』でええやろ……と、いうことで、グレンの種族はサラマンダーと名付けられ、ウィルゲートに住まう種族を書き記す本にその名が記されることとなった。気のせいか、前より忠誠心的なものが高くなっている気がした。




 さて、言わずともかな、南の甜菜畑は壊滅。収穫可能だったのは全体の5%にも満たない量だそうだ。


 以前、各地領主へと売り出したレシピに記載した、砂糖を用いた料理。具体的にはあんこを用いたあんまん、アンパン、オハギの3つだけ。

 あんこはとんでもない量の砂糖を消費して、その上手間隙かけて出来上がる代物だ。手土産に渡した砂糖を使い切るのに長い時間は不要だった。


 彼らは自領に支店を置く大手商会を通して砂糖の購入へと動いた。これによって各地で砂糖の需要が高まり、輸出量が大幅に増えた。特に、大陸全土への販路を持つエルモッド商会が、この流れに乗るべくごぞって大量に仕入れに動いた。所謂特需というやつである。


 結果、ウルラントが保有する砂糖の備蓄は大幅に減った。畑が復旧し、特需が収まるまでは備蓄は減る一方だろう……。まあ、在庫が減るのは悪いことではない。需要より少々供給が上回るのが理想だが、増えすぎた在庫を捌くのが最重要だったのは間違いない。現在進行形で金が必要な状況だしな。


 その甜菜畑の復旧には、どれだけ早くとも一ヶ月はかかるらしい。特に氷塊落としによってできたクレーター池の埋め立ては相当に面倒なようで、精鋭兵団・術兵団・手すきの守備兵に加え、一般向けに老若男女問わずで臨時雇用まで打ち出している状況だ。

 砂糖が現在の外貨獲得の要である以上、その判断は正しいだろう。国庫は一時的に圧迫されるが……かといって、放置はできない。それだけ、クレーターが大きかった。なんというか、必要なダメ押しだったとは言え申し訳ない気はある……。




 泥沼の底に沈んだアラストルの死亡は、リレーラによって確認が取れた。

 ジークがリレーラに[シルフィードウィスパー]をかけ、地面に耳を当てて心拍音を拾おうとしたのだ。


 結果、心拍音を確認できず。


 俺の当初の予定では沼の水分を抽出し、埋めて均して農地に戻すつもりだったが、あのしぶとさだ。正直、自分の死すらも偽装しているのではないかと疑っている。いや、疑わざるを得ない。それを別にしても、沼のままのほうが安心できるという住民意見が多いとのことだ。

 だからあの沼はそのままだ。万が一、生きていて這い出してきた場合、その時に俺が既に死んでいたとしても、あの泥沼さえあれば勝ちの目は0ではなくなるし、準備時間も稼げる。

 そういった事情から、一刻も早く畑を正常に戻すため苦心しているのだ。沼の面積分、甜菜の収穫量は減るのだから……。




「とりあえず、着替えて朝食の準備だ」


 クローゼットにかけてある長袖の白ワイシャツに袖を通し、上3つのボタンをあけたままにしておく。濃紺の生地薄目のスラックスを履き、ベルトを締めて完了。


「んぅ、ナナにぃ、どっちがいいかな?」


 ネグリジェを脱いだユーディの右手には、水色のシンプルな肩出しワンピースがかけられたハンガー。左手には……


「それ、俺のワイシャツやろ……」


 俺のワイシャツがかけられたハンガーが手の中に。


「おっきいからこれだけでだいじょーぶ、かも」


「いや大丈夫じゃないから。袖とがダボダボだろう?それはそれで非常に魅力的だが、今はやめてくれ」

「ん、やっぱりこっち」


 左手のワイシャツをクローゼットに戻す。ユーディが着替えている間に、壁に掛けた鏡の前で櫛と手鏡でもって寝癖と格闘。

 こりゃすげぇ、後頭部だけ八二分けだ。後ろ姿だけで残念感が3割増。どうすればこんなことになるのやら……。

 残念、か。エルッケの森も残念なことになってしまったな……。




 エルッケの森は調査の結果、およそ70%が焼失したらしい。


 国庫から資金を捻出し、木工所の従業員とハンターを中心に植林が始まっているが、元通りになるまでどれだけの年月が掛かるのか……。


 確かに、あの森は周辺の畑同様に実をつける速さが異常に早い。それはつまり、1年のサイクルが何倍もの速さで行われているということだ。だが、樹木の成長は麦やコメ等の農作物を育てるのとはわけが違う。根本的に時間がかかるのだ。例え4倍速であろうとも、元通りに育つまでは15~20年はかかる。長い事業になるだろう。まあ、そもそも植林ってそういうものだし……。


 畑として開梱しようという案も出たが、俺はそれに釘を刺した。実の数が減るということは、将来的な食肉を含めた森の恵みが減ることを示す。

 動物は……いや、生き物は皆、食欲を内包している。それは三大欲求にも数えられるが……全ての命ある者が等しく持つもの……欲求の根源ともいえる欲求、俺はそれを生存欲だと考えている。その手の専門じゃあないんで、個人的見解だが。


 要は、その生存欲を満たせるかどうかだ。森に動物がもどる条件が、食欲、性欲、睡眠欲、いずれか満たされる必要がある。


 品物が並ばない店に誰が買い物へ行くだろうか?

 身の安全すら保証されない、ぐっすり眠ることすらできない家を、誰が買うだろうか?

 全く好みでない相手とまぐわえと言われても、それで互いに満足できるだろうか?


 答えは全て否だ。

 特に、木の実の恩恵は森の動物だけでなく、ウルラント住民に対しても大きい。


 この焼失、これが意外なところにまで問題が波及していた。俺が3割の利益を得ることで合意したクロスボウの利権。そのクロスボウの心臓部である弓の原料であるシベル樹が、エルッケの森の焼失により約90%が燃えてしまった。ほぼピンポイントで。結果的に、全体のバランス・強度含めて1から見直しとなってしまったのだ。連射機構搭載型の目処が立ったというのに……。


 そして、シベル樹に限らず、焼失によって木材の値上がりが著しい状況。さらに森林が狭まり狩猟範囲が縮小、未だ戻らない森の動物。それに伴う全域の禁猟区指定と観測。ぶっちゃけ、ハンター組合存続の危機だ。

 そんな状況で3割も利益を持っていくほど鬼ではない。契約を破棄し、一つ貸しにしておいた。カツカツの状況で3割の利益を取るより、組合へ貸しを作っておいたほうが後々の利益につながるだろうという打算もある。




 どうにか八二分けを抹殺することに成功、俺の頭髪は平和を取り戻した。髪質が硬いのは、やはり頂けないな……。かといって、柔らかければいいというわけでもなく……難しいものだ。


「ナナにぃ、して?」


 振り返ると、着替え終わったユーディがベッドにかけてこちらを見ていた。


「はいよ、今日はどうする?サイドアップか、サイドテールか、それとも三つ編みか?」

「ん~、今日はナナにぃにお任せ」


 おまかせ、か……。それが一番頭を悩ます答えだったりする。


 ユーディの後ろに立ち、思案。おまかせとは料理にしてもそうだが、センスが試される。まあ、髪に関しては貴方好みにしてという意味合いの方が強いが……。


 ……よし。


 ユーディの髪へ櫛を入れる。引っかかって痛くならないように、注意深く、丁寧に……。




 市街地でも問題は起きていた。

 あの夜だけで相当な数の家屋でボヤがあったのだ。夕食時に避難を強行したため、火を始末しなかったが為に台所から燃え広がったのだ。その鎮火のために水術、土術を扱える精鋭術兵らが駆り出され、鎮火に当たったらしい。


 しかしそれができるのが11人中4人だけ。人手不足というレベルの話ではなかった。だがユーディの雨によって延焼を防ぐ結果となり、なんとか最悪を回避することができたという。


 あの混乱に乗じて盗みに入るバカもそれなりにいたらしく、捕まえた犯罪者の守備兵への引渡し含め、結果的に精鋭兵の現場到着が遅れたのだ。捕縛した数が聞いてびっくり、83人。多すぎだ馬鹿野郎。


 全員弁解の余地無しで翌日に処刑された。

 国家の大事に私欲を満たそうと悪事を働く者は、如何なる身分であろうと平等に死刑とする───。法典の冒頭に書かれた一節だ。


 俺にはこの一節が、ジローが定めたもののように思えてならない。あいつは大震災で起きた窃盗行為……金品のために遺体の一部すら切り落とす所業を、外道と断じ憤慨していた。私欲を満たすだけの悪人に容赦がない所は、やはり血は争えないなと感じたものである。


 ……で、先に述べた木材高騰。砂糖の備蓄減少。家屋の復旧。そして既に始まっている食材高騰。以上を踏まえて、甘味処の建築を一時的に中断してもらった。この状況で建築を強行したとしても、客足は想定より少なくなると見る。


 家が一部燃えてしまった住民は、その修繕のために少なくない出費が生じ、家計を圧迫するわけだ。一部補助が出るにしても、圧迫は圧迫だ。

 金がない、肉が高い、パンが高い。同じく小麦を扱うクッキーやケーキもまた、単価を想定より上げるしかない。特にケーキはやばい。元々単価が高い高級志向であるが故に、極力値上げはしたくなかった。


 俺としてはあまり収入が多くない世帯にもお菓子を楽しんで欲しい。この状況で開店を強行させれば、ごく一部の高給取りの人々にしか相手にされないだろう。

 やがてそれは定着し、お菓子は一部のものにしか味わえないものだという認識が定着してしまう。アルガードスが生きていた時代とほとんど変わっていないことになるのだ。それでは意味がない。ゆえに、中断せざるを得なかった。




「本当に、思い通りに行かないな……」

「んぅ?」

「……いや、もうなんていうか、色々な……」


 まあ、人生なんてそんなもんだ。

 ……たかだか30年程度で人生を語るのもおこがましいかもしれないが、1から10まで完全に思い描いた通りに事が進むことなどほとんどなかった。

 そりゃあ、誰にも関わらず、生物が自分しかいない環境であったならば全て思い通りに行くだろう。そこでは間違いなく『神』なのだから。


 だが、人は、いや、命とは、己以外の命に関わりを持たずに生きていくことは不可能だ。

 生き物というものは、生まれたその瞬間から食物連鎖の輪の中に組み込まれている。他の命に関わらない──それは自身の命の存続を拒否するに等しい。

 自身の命を存続させる行為とはつまり、自分以外の命に関わり、その命を糧とする事。それを否定するということは、食物連鎖の輪の中から外れる事、つまるところ、自己の生の否定、それまで糧となった命への最大の冒涜である。


 ……なんかズレた気がするな。何を言いたいんだったか……。




 アラストルの一件で、主だった活躍をした俺・ユーディ・ジーク・グレン・リラの5人は英雄となってしまった。正しくは祭り上げられたと言うべきか。

 魔王坂を登り避難する住民が、それをサポートする守備兵が、足を止めて戦いの最初から最後までを見ていたのだ。


 で、誰が名付けたのか、俺が【氷帝】、ユーディが【水姫】、ジークが【疾風鬼】、グレンが【紅竜】、リラが【黒翼姫】……と。目が覚めた日にはそう広まっていたとさ。5人揃って五大英雄だとさ。

 ニチアサの戦隊アニメかっっ!!!いやさロマ○ガ2か!?厨二感満載過ぎて超恥ずかしいんですけどっ!!

 ……うん、広まったあとだからもう白紙には戻せないんだよなぁ。人の噂は75日とはいうが、この娯楽が少ない世界においてはその限りではない。多分延々と語り継がれていくんだろうなぁ、いやらしい事に。


 そんな英雄のハウスが間借りしている状況では格好がつかないという事と、でかい活躍をしてしまった俺達へ目に見える報酬を出す必要から、屋敷を一つ頂きました。

 有事の危機にも打ち勝てる、圧倒的な力を持つ英雄が住んでいる事が、人心安定つながるという話だ。まあ、その理論は分からなくもない。安全な所に住みたいと思うのは(サガ)というモノだ。


 その屋敷は今現在リフォームが進められており、これも畑同様にひと月ほどで終わるとのこと。税金クソ高いせいで誰も買い手がいなかった為に長らく放置されていたらしい。年間借用費に金10枚必要だったそうな。


 ちなみに土地所有権と住民税免除を得た。これは表面上の事で、実際は屋敷の敷地内が治外法権特区になった。要するに、この屋敷は法の支配が及ばない土地になったのだ。どうにか長く留まらせたい本気度が伺える。

 因みに場所はここの隣りだったりする。シルヴィさん、夕食を集る気マンマンだ。


 この件、でかいひろいヤッタネ万歳で終わらない。広さが今いるシルヴィさんの屋敷と同等なのだ。というか、間取りとかほぼ同じ。所謂、過去の偉人の技術を真似てみようで作られたわけだ。


 お分かり頂けるだろうか?


 甘味処を開くと、そっちへの拘束時間が長くなり、とてもじゃないが広すぎて掃除が追いつかない有様になる。かと言って、人を雇おうにも信頼できる人物であるのは必須事項だ。


 もう一度言おう。お分かり頂けるだろうか?


 掃除という名目で堂々とRPGの勇者的物色行動ができてしまうわけですよ。取り放題のフィーバータイムですよ。流石にアレリアさんに来てもらうわけにも行かない。いくらあの人でもオーバーワーク過ぎておそらく爆発する。……と、断言できないあたりが恐ろしい。




 梳かした髪を束ねて、アップでまとめて白レースのリボンできゅっと結ぶ。


「ポニーテール?」

「うなじが蒸れそうだからな。こっちももちろんするんだろう?」


 ユーディのしっぽを撫でる。こちらも少々寝ぐせで毛並みがボサボサだ。


「ん、おねがい」


 ユーディのお気に入りブラシに持ち替え、ゆっくりと梳いていく。


「っ……はぁ……ん」

「朝から色っぽい声を出すなって……言っても止められないんだよな……」

「だって気持ちいいんだもん」


 流石に誰かに聞かせられる声じゃあない。

 まあ、俺には尻尾はないわけで、これがどの程度気持ちいのかはわからない。わからないが、そう言われるのは悪い気はしない。


 …………そう、だな。


「早朝にする話じゃあないかもしれないんだが」

「んぅ?」

「結婚、しようか」

「ふぁひ!?」


 うお!尻尾の毛が全部逆立った!?もっさもさや!!じゃなくて、やり直しだわこれ……。


「え、えっと、なんで、いきなり?」


 なんかかちんこちんになってる。まあ、いきなり不意打ちだものなぁ。


「いやな……家もない、仕事もないで結婚しましょうなんてダメ男のそれでしかないだろう?金だけはあったが……。で、今思い返したら、何も問題ないんじゃないのかって」


 振り返るユーディの目を見て、言葉を続けた。


「俺と結婚してくれませんか?」

「んぅ、もうちょっと強引な感じで」


 ダメ出しを食らった。そりゃないぜ?


「柔らかい感じで言われるのも、いい、けど……。夜の時みたいに、もっと、こう……」

「押しが強い感じで?」

「ん、もっと、ドSに。ナナにぃの中の、むき出しの言葉で」


 まさかのやり直し。予想外にも程がある。なら、お望み通りにしようじゃないか。


 デスクの引き出しを開け、妖しく黒く光るあるものを手に取る。


「ふぇ?こ、これって……首輪?」


 有無を言わさずそれを首に巻き、ゆとりを持たせてハート型の銀の錠でロックする。


 毎日隙を見てコツコツと作業を進めて作った、黒革の首輪だ。以前リラが作った物とはこだわりが違う。


 金属部品はすべて純銀、ヘリは折り曲げ、肌が擦れて赤くならないように処理。1枚革なんてチャチなモンじゃあない。複数枚の革を重ね、銀糸でひと針ひと針丁寧に縫い合わせた逸品だ。裁縫の才は壊滅的だが、革相手だと問題がなかったりするあたり自分でも意味不明だ。


「ユーディ、心も体も魂も俺だけのものになれ。残りの人生全て、俺が貰い受ける。拒否権は一切ない」


 ユーディはその言葉を聞いて、柔らかく微笑んだ。


「ん、死ぬまで、ううん、死んでもずっと、どこまでも一緒……。離れない。離したらだめだからね」

「離すわけないだろう?俺はもうお前なしでは生きていけないんだから」

「私も、だよ?そうしたのは、ナナにぃなんだから、ね?」


 7時を知らせる鐘の音が鳴り響く。

 朝の日ざしの光の中、俺たちはそっと唇を重ねた…………。




 俺は知らなかった、自室のドアがほんの少し開いていることに。そこから覗く7人分の視線に。


 揃って洗面所へ向かう途中、すれ違う全員から「結婚おめでとう」と言われた。覗き見の最初の一人が誰だったのかはわからないが、あれを見られて聞かれていたと思うと急に恥ずかしさがこみ上げてきてしまった。それはユーディも同じだったようで、顔が赤くなっていた。


 まあ、「家族」からの祝福だ。悪い気はしない。ようやく、俺が求めてた平和な日常を送れそうな気がした。

お読み頂き有難うございました。過去からの侵略者編、これにて完となります。長かった……。今年も残りわずかとなりました。年内の残り予定ですが、「次元の果で」は明日投稿の登場人物一覧その2を年内最後とさせていただきます。そこから「サドル」のほうを年内完結させて、誤字もろもろ修正した上でなろうにまとめて投稿。しかる後、新編へ取り掛かりたい……です。年明け投稿、出来たらいいなぁ……。

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