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合流

 ユーディの手を引き、正門から表に駆け出す。しんと冷えた夜の空気は、どこか震えているように感じた。ともかく時間が惜しい。


「手を離さないようにな」

「大丈夫、絶対離さない」


 互いに指を絡めギュッと固くつなぎ、俺は自分とユーディに術をかける。


「……行くぞ!![アンチグラビティ]!!」


 両足を蹴り、俺とユーディは夜空へと高く高く跳躍した。


「わ、高い……!!」

「今の俺たちは、日常かかっている重力の10分の1程度の状態だ。だからやろうと思えばどこまでも高く跳べる」


「じゅうりょく?」


 術研究の最中に偶然できたこの術は、現状判明しているどの属性にも該当しない。早い話、俺は11番目の新たな属性を発見し、発動式をくみ上げるに至り、全く新しい術を作り出すことに成功したのだ。



--------------------

アンチグラビティ

 干渉系重術。

 対象の重力下における影響を任意で軽減させる。軽減率は消費魔力量に比例するが、影響を0%まで落とす事は出来ない。

 この術には詠唱が存在せず、資質も相まってナナクサだけが使える。発動式に改善の余地が多く見られ、現状では膨大な魔力消費の面から、跳躍時に瞬間使用する以外の使い道がない。

--------------------



 重力に干渉するその術を、俺は重術とカテゴライズした。問題は発動式を組み上げてからの時間都合上、試行時間を多く確保できていない為、こう、加減が難しい。今でこそ様になっているが、最初に試したときは無駄に高く上がりすぎ、着地に至っては甜菜畑に頭から突っ込んで犬神家だった。


「ナナにぃ、アレ!!」


 半壊した外壁より高く飛んだ時、ユーディが指さす南──遠くエルッケの森で巨大な影が動く。そして頭部らしき箇所で炎が爆ぜた。


「うお!!」


 あのサイズ……30mくらいか?ちらっと炎で見えた影からして間違いなくアラストルだな……。しかし、でかすぎる。

 あーあれだ、どーにもーこーにもで、こんなときウ○トラ○ンが欲しい。リアルにそう思う日がくるとは思わんかった。この間はガ○ダムだったけど……。


「あれ、勝てる?」

「真正面からまともにやりあっても勝率90%オフのバーゲンセールだなぁ……。かといって、逃げても何の解決にもならないんだよな」


  もしウルラント内に侵入されれば地下に張り巡らされた下水道が崩落し、地表はガタガタのボロンボロンになる。被害の度合い次第で遷都しなければならないだろう。

 それに農耕地もタダでは済まない。食料の供給は追いつかなくなり、少なくない人口が餓死、そして栄養失調に陥る。直接殺されなくとも、間接的に殺される。


 仮に逃げたとしても、ケセラが言う話によれば破壊しか頭にないのだから、逃げてもウィルゲートにいる限り──いや、この世界にいる限りいずれ戦わなければならないだろう。安寧には遠い。冗談じゃあない。


 そんな相手を倒せる確率が最も高いのが今。付け入る隙があるとすれば、戦闘経験の未熟さにあるだろう。時間が経ち経験を積ませれば積ませるほど、状況は最悪の一途を辿る。奴に駆け引きを覚えさせてしまえば、勝ち目は泡と消える。ひどい話だ。


 ユーディにアラストルに関する情報を教えつつ、そのまま屋根伝いに南門へと駆けて向かう。ちらりと下を見ると、住民が何事かと外に出て混乱している有様だ。壁上の守備兵からの目撃情報が伝われば大混乱になる。その前に避難が始まればいいのだが……。


「さてユーディ、アレをどうやって倒せばいいと思う?」

「燃えない……うーん……溶かす?」


 アイスクリームじゃあるまいし……いや、溶かす……か。濃硫酸でもぶっかけるか?だめだな……どこからそれだけの濃硫酸を引っ張ってくればいいんだ?大量の硫黄がなければどうにもならんし……。


「溶かす溶液を作る材料がない。洒落にならん程の膨大な量の硫黄が必要になる」

「イオウ?」

「くっさい石だ」


 ワンチャン[錬金術もどき]で作れるかもしれないが、酸に対する耐性含めて不確定が過ぎる。


「ん……じゃあ埋めちゃう?」

「どんだけでかい穴を掘ればええねん……」


 俺の[錬金術もどき]でできるのは[掘削]までで、その後に土を被せるのは人力だ。ここから見る限り、自分が埋まっていく間大人しくしているタマじゃあない。


「凍らせちゃう?」

「そう、なるか……確かに、それが現状における第一候補か」


 対キマイラ戦と同じく氷結させて動きを封じ、鱗の守りがない所をぶち抜く。畑近くなら、水の収束も地下以上の規模になるだろう。通用すればいいんだが……。




 南門の上にたどり着いたが、監視の守備兵は既にいなかった。恐らく部隊長へ報告に動いたのだろう。だとしても無人にするのはよろしくない。畑は暗く、全てを見渡すことはできない状態だ。その向こう──エルッケの森では、アラストルが足元に爆炎を吐いていた。


 既に赤く燃える場所に爆炎を吐く……どう見ても攻撃行為だ。相当な距離があるというのに、こっちまで熱が少し流れてくる。あの場の温度はどれだけになっているのか、想像もつかない。戦っているのか?ジークか、それともグレンか?


 ……うん?


 視界の片隅に白い影が映った気がした。よく周囲を凝視すると、森の方角から白い長髪を靡かせてかける人物が目にとまった。


「あれは……リレーラか?」

「ん、姉?」


 実際に走っている所を見るのは初めてだが、とんでもなく速い。動きにまるで無駄がなく、見とれるほどにフォームが美しい。あの髪の量でよくあんなに走れるな……重くないのだろうか……。世界を目指せる、いや、頂点に立てるぞ?

 って、そうじゃあない。


 ジーク・グレンとともに行動していたリレーラならば、有用な情報を得られるだろう。俺とユーディは南門外側へと飛び降りた。




*




 何が切欠で、どういう判断でこの事態に陥ったのか、その全てをリレーらの口から聞き終えた。


「姉、お疲れ様」

「うぅ、ありがとぉ……」

「リラがエルッケの森に行って、その上ジークたちと合流していたとは……しかし、岩か……」


 まさか自然物を触媒にしていたとは……。それに、異様なスケルトンを用いた策略……。単純なものだが、とても破壊しか頭にない奴がやる策ではない。これではまるで……。


「ああ、そういうことか……くそっ……!」


 一つの答えに行き着いた。もはやそれしか考えられなかった。非常によろしくない状況に、片手で頭をかきむしる。


「ナナにぃ?」

「……そもそもの術が不完全だったんだ」


 ケルヴァが施した「つもり」の術の構造は、岩を卵に見立てて中に空間を作り出し、そこへアラストルを捻り込んで、岩ごと時を止める、刻んだ発動式により周囲の魔力を吸い、永久的に維持させるものだ。


 そもそも周囲に魔力がある限り永久機関なのだから綻ぶはずがないのだ。だからあの時シルヴィさんが「綻ぶ」と言っていたのがそもそもの間違い。完璧に機能しているなら、そもそもあの迷宮の扉にしたって内部の魔物の気配が漏れるなどありえないのだ。

 魔王の頭脳と呼ばれたケルヴァがアラストルを封じるために使った時術だけ不完全だった。

 結果、隔離された安全な空間で、400年近い思考時間を与えてしまった。ケルヴァ自身が、その不完全さを自覚していたとしか考えられない。


「厄介だな……」


 今のアラストルは破壊力に加え、駆け引きをするだけの知性を揃えていることになる。馬鹿でも400年近くの時間があれば、か。

 単純な馬鹿の初めての破壊活動ならば付け入る隙はあったが、こうなると難しい。周囲を利用する策を練れるのならば、こちらの戦略も下手すれば読まれる。


 キマイラ同様に氷付けで動きを完全に封じるには、一瞬で全身を[凍結]させなければならないだろう。時間稼ぎに両足だけ凍らせて地面に繋いだとしても、自分の足に爆炎を吐かれれば拘束は消失する。凍らせる前に全身濡らすだけの水を大人しくかぶるだろうか?警戒はするだろうし、あの炎で迎撃されれば、蒸発──最悪なら水蒸気爆発で一帯が吹っ飛ぶ。


 鱗の隙間を狙うのも手段の一つだが、そもそもその隙間があるのかどうか……。通したとしても、ニードルでピアス穴を開けた程度のダメージにしかならないんじゃないのか?俺開けたことないけど。


 と、脳みそフル回転させているところ、リレーラが手を挙げた。


「えーと、私はどうすればいいの?」

「あー……東詰所にいるシルヴィさんとこ行って情報を伝えてくれ。潰れた南詰所でも西詰所でもないぞ?東だからな」

「ユーディは?」

「ナナにぃと一緒」

「まさか戦うの!?」

「ちょいと静かにしてくれ。正面からドンパチしたくないから今何か策を考えてんだよ。余計なコストを脳から支払わせないでくれ」


 相手に知性があり、規格外の破壊力がある以上、このまま正面からやり合えば確実に負ける。もうバグ技使ったハメ殺しでもしない限り勝ち目はない。


 ……だからか。だからグレンはシルヴィさんにじゃあなく、俺に報告しろとリレーラに指示を出したのか。

 確かに俺には、正確には俺とユーディにはバグ技チートな能力、[錬金術もどき]がある。何度も窮地を踏み越えたワイルドカードだ。しかしそれは万能じゃあない。期待しす──




「グオァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」




 空気を震わす大音量の咆哮に、思考が無理やり中断された。


「うひゃ!?」

「んぅ!?」


 反射的にリレーラは耳を塞ぎ、ユーディはぎゅっと空いた片腕で俺にしがみついてくる。


 エルッケの森方向を見るとアラストルの影はなく、ただ炎が夜の森を燃やし、空を赤く照らすだけだった。……いや、違う。木の上から、時偶足の裏らしきモノと、尻尾のようなものがチラチラと見える。そしてこの、震える地面……まさかアラストルが転げまわっているのか!?




「グォオ!!!オァオオオオ!!!」




 この痛みを訴えるような咆哮、間違いなさそうだ。いや、間違いないにしても、一体何が起こっている?


 凝視していると突然、甜菜畑の一角に火が灯った。そこだけではない、次から次へとポツポツと燃え出している。


「本当に何がどうなってんだ!?」

「っ!ナナにぃあそこ!!ジークとリラちゃん!!」

「はい?」


 見上げ、よく目を凝らすと、竜翼を生やしたリラがジークを羽交い締めにしてこちらへ運んでいた。が、かなりフラフラしている。まさか、空腹で力が出ないのか!?


 フラフラと甜菜畑のど真ん中に軟着陸し、その後ジークがリラを背負ってこちらへと駆けてくる。


 …………待て、ってことは、あそこで戦っていたのはグレンなのか!?




*




 ジークの到着に続くように、リレーラの話にあった精鋭兵の3人がそれぞれ子供たちを背負いこちらへ到着した。彼らには魔王城へ向かうよう指示を出し、リレーラは東詰所にいるであろうシルヴィさんの元へと向かった。今ここにいるのは、俺、ユーディ、ジーク、リラの4人だけだ。


「ジーク、グレンは……生きているのか?」

「わからなイ……」


 あの炎の森にいるとしたら……ああくそっ。


「このままだと森が全部焼けちゃうよ~」

「森どころか畑も草地も何もかもやられちまう。ユーディ、雨を降らせることはできそうか?」


 リレーラの話にあった、天気を操るというカーバンクルの力。雨を降らせることで、延焼を防げれば……。


「ん、やってみる」


 ユーディは静かに目を閉じる。繋いだ手が力み、汗ばんできている。


 ……ん?なんだ?つないだ手から何かが……抜けていっている?いや、循環している?なんだろう……全身を巡る血のように、何かが……。これは……魔力?


 不思議な感覚を味わっていると、上空一面に分厚い雲が整形されていき、星と月の明かりを覆い、暗い闇に閉ざされた。

 光源はエルッケの森の炎だけ。


 ぽつりと、頬に水滴が落ちる。


 ぽつりぽつりと水滴は増え、一帯が甜菜の葉に落ちる水滴音の大合唱に包まれた。俺たち全員、上から下までびしょ濡れである。


「ん、できた……けど、さむい……」

「だナ……へくしッ……」

「しゃーなしだ」


 森を見ると、火の勢いは若干弱まっているようだった。これなら全焼は免れるだろう……。


 それにしても、シャツが濡れてびっちりと肌に張り付く。この雨は排ガスやら何やらを吸い込んでいないからか、臭みはない。しかし、動きにくいし、不快だ。


「あーくそっ!」


 上着を脱ぎ、シャツも脱いで上半身だけ裸になる。上着は袖を腰に巻いて縛り、シャツは無理やりポケットに突っ込んだ。ずぶ濡れになった以上、着ていようがいまいが大差はない。


「ナナにぃ、こんなところで大胆……」

「……ユーディは脱がないでくれよ。頼むから」


 黙っているリラに目を向けると、口を開けて空を仰いでいた。


 ……ああ、幼稚園児の頃同じことをやったな、俺も。実際はまるで口に水は溜まらない。そこまでお腹がすいているのか……。屋敷に単身戻したとしても、チャーハンも野菜炒めもスープも食材も、すべて時間停止しているから食べられないし。


 俺も同行すれば解決するがしかし、迂闊に間を開ければ取り返しがつかないことになりかねない。彼女にはすまないが、我慢してもらう他ないだろう……。


「こうなると、凍らせるのは無理か」


 アラストルどころか、俺達も畑も何もかも、濡れた全てが纏めて凍ってしまう。




 ……濡れた?全て?




 足元に目をやると、水濡れでぬかるんだ土。視線をちょいと上げれば、雨水を潤沢に吸った甜菜畑の土。


 …………そうか、その手があったか!なんでこんな単純な手に気付かなかったんだ!!


「くは、くはははははは!!!」

「ナ、ナナクサがこわれタ?」

「うよ?」

「ナナにぃ?」


 変に手の込んだことを考える必要なんてない。シンプルイズベストだ。


「ああ、大丈夫だ。すまんすまん。……ジーク、確認するが、奴は今まで短時間のうちに連続してブレスを吐いては来ていないな?」

「ああ、間違いなイ」

「おし、んじゃあ、ユーディの言うとおり埋めっちまうか」

「「「え?」」」


 足止めの──いや、討滅作戦が決まった。

お読み頂き有難うございました。評価、感謝ですっ。

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