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夜の来訪者

「ぐぅ……」

「ナナクサ、オキロ」


 なんだ、まだ交代には早いだろ?2時間そこいらだから、あと2時間は眠れるはずだ……。火の番と見張りをジークが最初で、夜明けまで俺ってジャンケンで決めただろう……。


「ナニカクル」


 その一言で俺ははね起きた。旅先で寝込みを襲われたかつての恐怖から、反射的に脳が覚醒した。[危機察知]は発動していない……だがたしかに、草を踏む足音が聞こえる。

 暗くて何も見え……火が消えてる。最悪だ。よりにもよって空は曇ってるし。火をつけなおすか?


「クルゾ」


 間に合わないか。

 諦めたとき、眼前になにかの影が見えた。二本足で立つ細身の影だ。いや……3本足か!?


「もし、そこの御仁」


 シャベッタ!?

 瞬間、雲の隙間から月が覗く。影の主が月明かりに照らされ、その正体が現わになった。


「何か食べるものを持ち合わせてはいないだろうか?もしあればひとかけらでもかまわない、どうか分けて頂けないか?」


 その瞳はまるで蛇のような鋭い金の眼光。体表に毛はなく、その代わりに炎のような赤い鱗で覆われている。全身の至る所に古傷が残っており、想像できないほどの激戦をくぐり抜けた猛者だと判断できる。衣服は……なんだありゃ、なめし革の褌のような前掛けだ。短くも鋭い爪が生えた右手には、背丈と同等の長さの、原始時代の石器を思わせる石の槍を持っていた。


「アカイ、リザーディア?」


「どうか頼む」


 赤いリザーディアはその場で槍を地に置き、身を低くして頭を下げた。敵意はないらしい。


「ドウスル?」

「どうするも何もない、決まっている。ほれ」


 リンゴ2個を手に、目の前に差し出す。ぱっちりと大きく目を開いたリザーディアは、そのまま動かない。


「……良い、のか?」

「当前だ。お前の力量なら、俺達に奇襲をかければ事足りた。接近戦ではそれだけの実力差がある」


 こいつは、いや、彼が空腹なのは間違いない。だがそれでも俺達を数瞬で屠れるほどの実力はあると見て取れる。全身の筋肉だけで見ても、今の俺達より明らかに上だ。いや、全盛期の俺の筋肉を凌駕している。つまりどうあがいても勝ち目はない。


「それでも力に訴えず交渉してきたんだ。それに応えないってのは、男じゃねぇ」




 火をおこし直して、3人で囲んだ。ジークもえらい勢いでりんごを食ったが、赤い彼はほんの数口で2個全て、芯諸共ガリボリ食ってしまった。顎、強いんだな……。


「かたじけない。おかげで生き長らえることができた」


 深々とまた頭を下げてくる。少し痒くなってくるからやめてくれ。

 さて、リザーディアといえば、ジークが森のゴブリン集落よりさらに南の沼地を縄張りにしているとか言っていたが……。


「あんた、森の南の方の沼に住んでるんだよな?」

「住んでいた、というべきでしょう。私には既に、帰る場所はありませぬ」


 俺達より随分歩いてきたんだな。しかし、どういうことだ?


「リザーディアは本来、濃い草色の鱗を持って生まれてきます。私は生まれながらに赤い鱗を持った為に、群れでは呪われた存在だと、幼き頃よりそう扱われてきました」


 ……俺とジークは、アイコンタクトで静かに聞くことに一致した。


「そんな環境で、私は恋をしました。群れの中で一番可愛いメスでした。私は自分の心に気づくと、その子に告白しました。そこに至るまでに相当苦労しましたが……」


 眼に浮かぶわ……。初恋か。俺にもそんな時が……あったな。思い立ったら即行動で告白できる男など、そうそういない。まして初恋ではな。葛藤もまた青春のうちよ。


「その子は条件を出しました。群れの長になれたらつがいになりましょう、と。理にかなっていた。長になれば、番の相手は自由に選べる。メスにしても、強い種を残すのは本能。私は鍛錬を続け、多くの獲物を狩り、忌み嫌われながらも同胞の命を何度も助けました。全ては長になる為、周囲に認められる為。私は呪われた存在ではないことを証明する為に」


 ふう、と彼は一息つく。おそらく自身の身の上を語るのは初めてなのだろう。いや、そもそも語るような相手との接触が初めてなのか。


「で、失敗したのか?」


 ここにいるってことはそういうことだろう。そうでなければここに1人いる理由はない。


「それならばどれだけ楽だったか……」


 あ、これあかんやつや。きつい話になりそう。トラウマ臭というやつがぼんやり漂ってくる……ような気がした。


「私は長の座をかけて挑みました。どちらかが倒れるまでの決闘。ボロボロになりながらも、なんとか勝利を収め、私は長の座につきました。本当に、ボロボロの満身創痍でした。しかしこれで、これまでのすべてが報われると。

 …………現実は残酷でした。直後に、長の座をかけて挑戦する者が出たのです。私は奴より強かった。奴の何十、何百倍という数の相手を屠ってきた。しかし、私は………立っているのがやっとの有様。

 私は何も出来ぬままに敗北しました……。薄れゆく意識の中で、奴と、私が恋したあの子が抱き合うのを見ました。そこで全てを悟ったのです。長になれたら、というのは、体のいい断り文句であり、私を嵌める方便だったと。私より弱くとも、呪われたリザーディアを倒したとなれば、誰もが長と認める。例えそれが死に体の相手だったとしても。……私は踏み台にされたのですよ……。冷静に、客観的に考えれば容易に分かることだった。誰が好き好んで、厄介者の求愛を受け入れるのかと……」


 ひどすぎて声がかけられねぇ。余りにもひどい初恋話に俺泣きそう……。


「ウオオオ!ナンテ、カナシイ!!」


 うお、ジーク泣いとる。そうか……群れでハブられた者同士、感じるものがあったのだろう。


「その後目が覚めると沼から遠く離れた森にいました。死んだと思われて、捨てられたのでしょう。あるいは、最後の情けか……。幸いその場所に見覚えがあった為、薬になる草をすりつぶして塗りこみ、数日の時間をかけ、なんとか動けるまでに回復してから、あの子がどうしているか確かめるために戻りました。遠巻きに見得たのは……うっ……奴と……あの子が……体を重ね…………」

「もういい!言うな!!」


 無理やり話を中断させた。

 きつすぎる。俺と彼、立場逆だったら今のを思い出して吐いてる自信あるわ。希望を持たせて、その上で叩き落としているあたりがタチ悪い。どこぞの悪女四天王と同等の糞加減だわ……。っつーか、俺の元カノのほうがまだ有情に思えてきた。


「事情は痛いほどに分かった。っていうか、すまんかった。……これから先、どうするつもりなんだ?」

「わかりませぬ。ただ、風に導かれるままに往こうかと」


 当てなし、か。


「なら、共に来ないか?」


 ジークに視線を送ると、こくりと頷く。


「私がいては迷惑では?」

「んなわけあるか」


 わかりやすく言えば彼と俺の戦闘力の差は彼ピッ○ロで俺とジークが天○飯とヤム○ャだぞ?サイバイ○ンレベルの敵が出てきても対処できるだろ?少なくとも、森でしたようなコソコソ行動が格段に減る。そもそもな話、森を出たこの先が安全だという保証など微塵もない。輪をかけて危険という事も十二分にあり得るのだ。

 それに……だ。彼をこのまま放っておけばろくな結果にならないのは火を見るより明らかだ。目覚めが悪いのは簡便なんだ。俺自身、浮気された経験があるから余計に放っておけない。


「旅は道連れ、世はなんとやら。……まあ、人が住む適当な街か村まで行くっていう目標はあるが、全く場所がわからないんだ。少なくとも、単身あてもなく彷徨うよりはいいだろう?」

「…………」

「ヒトリタビ、サビシイ。ナカマイルト、タノシイ」


 お、ジーク、いいこと言うじゃないか。


「って、なんだ、お前楽しいのか?」

「アタリマエダ!」


 プンスコ怒ってる。本気で怒っているわけではなく、冗談半分で怒っているようだ。口がビミョーに笑ってるし。


「楽しい……?その感情、私にはよくわかりませぬ」

「ま、失敗もあるけどな。火のあてもないのに肉を食おうとしたりとかな」

「デモナントカナッタ、オモシロイ、タノシイ」


 お前そればっかりだな。どんだけつまらん人生……いや、ゴブ生だったんだよ。


「……承知した。名をお聞かせ願いたい」

「俺はナナクサ、こっちのがジークフリート、通称ジークだ。」

「ナナクサ殿に、ジーク……か。消えかけた命を救われ、不肖のこの身を必要としてくれた。この命尽きるまで、我が主ナナクサ殿の槍となろう」


 んな大げさな…………あ、こいつ本気だ。冗談言ってる目じゃない、ガチだ。こういう目、知ってる。何言われても意思を曲げない頑固者の目だ。


「……ドースルンダ?」

「本人が満足なれそれでいいだろ。まあ、よろしくな、えーと……。」

「む、失礼した。名は∀∵〆⊿∮。よろしくお願い申し上げる」


 ……え?


「すまん、もう一回」

「∀∵〆⊿∮と申します」


 ……俺の耳がバグったのか?なんか、聞き取り不可能な音しか聞こえんかったんだけど。


「ジーク、なんて言ったかわかるか?」

「ワカラン」


 よかった、バグったわけではなさそうだ。


「む、おそらく耳、声帯がリザーディアとは違うためでしょう」


 違うためって……待ってよ、なんで名前だけ分からないのよ。普通に俺等会話してるよな?わけわからん。そもそも俺[全言語理解]持ちなのになんでわからないん?

 ……あり得るとすれば、同じ意味に当たる言葉が存在しないってことか。それじゃあ翻訳機が仕事できないな。


「コマッタ、ドウヨベバイイカワカラナイ」

「困りましたな……」


 ……めんどくせぇ。


「いっそその名は捨てちまえ」

「は?」

「その名をつけたのは、お前を呪われてるとか言って孤立させてきた奴らだろう?どうせ戻る事はないんだ。ポイっと捨てて、ここできっちり縁を切っちまえ。糞喰らえな縁なんて願い下げだってな」


 とはいえ、長く連れ添った名前みたいだからなぁ。割り切って捨てられるかどうか……。俺は死んだ時にポイっと捨てられたが、そういう感覚って人それぞれだしなぁ。


「そうですな。最早この名に未練なし。この場に捨てましょう」


 割り切りよった。彼にとってもう群れは本当にどうでもいいんだな。


「ナナクサ、ナマエドウスルンダ?」


 え、ジークさん?何?俺が決める流れ?相談するんじゃなくて?


「よろしく頼み申す」


 お前それでいいのか!?……まあ、言いだしっぺは俺だしな。


「わかった、ちょっと待ってくれ」


 ありのまま起こった事を話すぜ。起こされて赤蜥蜴男の昔話を聞いたと思ったら、名前つけろとかいうことになった。何を言っているのかわからねーと思うが、俺もわけがわからねー。

 ……ふう、少し落ち着いた。赤いリザーディア……か。

 パチリ、と火が跳ねる。

 火……赤い……紅蓮……か。


「グレンでどうだ?」

「グレン……」

「その体のように燃え盛る炎の色を指す」


 これ以上適した名はないだろう、そう思いたい。


「カッコイイナ!」

「ああ……良き意味、良き言葉だ。この名に恥じぬ槍となりましょう」


 こうして、旅の一行に新たな仲間が加わった。

読んでくれる人が居る、それはとても嬉しいことなんだなって。

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