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望まぬ英雄への序曲

時間かかりましたがようやっと……クハァ……あと3回くらいで区切りたいところです

 ジークはリラが吹っ飛ばされた方向へと駆ける。得意とする[気配探知]と[シルフィードウィスパー]を併用する事で、その索敵範囲は遠く離れた生物の心音すら聞き取れる程だ。故にジークにはグレンの状況も手に取るように……と言う程ではないが、おおよその状況を把握することができた。故に焦り、急ぐ。


「……いタ!」


 倒木の奥、木の根元にリラはもたれ掛かるようにいた。

 真新しいワンピースは汚れて擦り切れ、衝撃をもろに受けたリュックも見るも無残なぼろ布に変わり果てていた。両腕と両脚も失われており、両の瞼は閉ざされている。一見すれば死体と見間違うような惨たらしい状態だ。


「おい、大丈夫カ!?」


 ジークは慌てて駆け寄り、しゃがみ問いかける。流石のリラでも死ぬのではないか、そう思えてしまったのだ。


「……だいじょぶ~、そこそこ」


 ゆっくりと開かれた目は、既に平常時の色に戻っていた。


「ちょっとまってね~」

「?」


 ジークの耳が異音を聞き取った。4方向から何かが接近する音、這うような音だ。


「!?」


 音の元を見たジークはさらに驚愕した。靴を履いた足が、細い両腕が、半分液化してスライムのようにうごうごと這いずっている。


「リラの手足なのカ?」


 その言葉を肯定するかのように、手足はリラの欠損部に接着し、元通りになった。


(すごい光景だナ……)


 そう思うのも無理はなかった。まず普通ならばお目にかかれない光景だ。


「はんぶんふっかつ……あんまりちからでない~……おなかすいた……」


 ジークやリレーラの非常識が霞む、キングオブ非常識、いや、クイーンオブ非常識である。常識云々に関して、ジークは考えることをやめた。


「およ?グレンは?」

「あのデカ物を相手にしてル。……飛べそうカ?」

「ちょっとまって~」


 バサバサと背の翼を動かし、感覚を確かめる。ぐっと手と握り親指を立ててみせた。


「ならすぐにナナクサのところへ戻るゾ。グレンが止めている間に合流して、討ツ」

「グレンは大丈夫なの?」

「……グレンなら、大丈夫ダ。そう簡単に死ぬヤツじゃなイ」


 それはごまかしでも何でもないジークの本心──いや、半分は願いだった。幾度となく拳を交え、剣を交え、真剣勝負を繰り返すその度にナナクサに怒られぶん殴られた経験からの──。

 ジークはグレンの強さを誰よりも知っている。たとえ本人が死ぬ気でいようとも、生きて帰ってくると確信していた。


「さあ、いく……っ!?」




ガグィィィン─────




 遠くから鈍い衝突音が響く。


 [シルフィードウィスパー]で動きを探っていたジークは、それが全力の[撲殺剣]とアラストルの鱗との激突音だと即座に理解した。次いで、ヴォンヴォンと空を切る太ましい音。それが何を示すのか……。


「うよ?ジーク?」

「……リラ、オレを抱えて飛べるカ?」

「ん~……ちょっといっぱいいっぱいかも。あくろばっととかはできないよ~」


 ジークに更なる焦りが生じた。間違いなくあの音は、[撲殺剣]がグレンの手を離れ空を切る音。グレンの強さは強大な筋肉と見切りの眼、そして先読みと受け流しの技術にある。その筋肉でもって振るわれる[撲殺剣]から放たれる必殺の一撃。それが出せないとなれば受けに回る他ないのだ。

 グレンのスタミナは確かに多いが、無尽蔵ではない。特に夕飯前の今はろくにない状態だ。この状況で重要な手札である[撲殺剣]を失うのは非常に不味い。グレンの強さは信頼している、が、それでも、ジークはこの状況に焦らずにはいられなかった。


「よっこいしょーいちっっと~」


 リラがジークの背後で軽く羽ばたき、宙に浮いたところで羽交い締めにして飛び立つ。奇妙な絵面であるが、背に乗られれば翼を圧迫し飛行の妨げになる為、手段として合理的だった。




 高度を上げてあげて、アラストルの背丈をも軽々と超えるほどに飛翔し、ウルラントへ一直線に進む。


「ッ……!!?」

「森が……あかるい?」


 遠くに見えるアラストルの足元が赤く燃えている。ブレスを放った音はない。グレンが火を出せないことも知っている。ジークはブレス以外の何らかの手段でアラストルが火を放ったと結論づけた。


 そのアラストルはその場で周囲をぐるぐると周り方向を変え、進み、また止まりその場で方向を変える。グレンが引きつけ、攪乱している事を証明する動きだ。


「グレンを助ける~?」

「……いや、もっと高く飛んで、気づかれないように戻るゾ」

「りょ~か~い」


 さらにリラは高度を上げる。風は強く吹き、夏場にかかわらず寒さで身が凍える。


(本当は今すぐにでも加勢に行きたイ。でもそれはあいつの決意を踏みにじることダ。俺はあいつの強さを、判断を信じル)




「グオァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」




 リラがアラストール上空を通過し、甜菜畑上空を通過しようとした頃、アラストルの絶叫が響き渡った。


「くッ……」


 だが[シルフィードウィスパー]の効果を受けているジークは、それがアラストルだけの絶叫ではないことに気づいた。


「グレン……まだ、死ぬなヨ……」


 祈るように呟いた言葉は、冷たい空気に飲まれて誰に届くことなく夜空に霧散していった。




*




ナナクサ視点


「流石に遅すぎる」


 食堂にて席に着き、盛られたチャーハンと椀の中のわかめスープを前にぽつりと零す。

 この後ゴタゴタが起こることを想定し、負担にならないよういつもより少し少なめだ。その分みそ野菜炒めは大盛りでテーブル中央にどんと置いてある。既に全員分の配膳を終えており、[ジ・イソラティオン]によって出来立てそのままを維持し、ジークらを除いた全員で帰りを待っている。夕飯は全員で取るべしというのが、シルヴィさんのこだわりだからだ。


 尤も、時間停止しいている以上熱も匂いもなにもなく、精巧な食品サンプルのようにしか見えないわけだが……。それでも食欲をそそる存在であることには違いなく、マイルズに至っては既に4度、涎を垂らしそうになっていた。


「ナナクサよぉ、ジーク達の担当場所ってのは、エルッケ森だろ?広いせいで時間がかかってんじゃねーのか?」

「そうなりかねないからジークに[シルフィードウィスパー]という術を教えたんだ。アレをリレーラにかければ広大な範囲で音響索敵できるってとこまで含めてな。それに、エルッケ森の担当はジーク達だけじゃない。……だからここまで遅くはならないはずなんだ。そしてリラがどこに行ったのか……」

「ん、心配?」

「そりゃぁな。戦闘力では右に出る者無しだが、如何せんおつむが幼児だからな、一部を除いて。コロっと騙されて犯罪の片棒を担がされたーなんて……考えたくないな」


 こんなことになるんだったら字の読み書きよりも教養と常識を優先して身につけさせるべきだった。監督不行だなぁ。何が「楽観視しても問題ないかと」だよ……。あの時の俺をぶん殴ってフランケンシュタイナーかましてやりたいわ!


「大丈夫だと思う。リラちゃん、ナナにぃが思ってるより馬鹿じゃないよ?」

「……考えてみりゃあ、ほったらかしだったなぁ」


 リラの気遣い……俺とユーディの邪魔をしないっていうのに、すっかり甘えてしまった感がある。


「パパ上失格だわな……」


 これじゃあユーディとの子を授かっても父親としてうまくやっていけないだろ……。

 ……ああ、そうか。そもそも俺は、良き父親の手本を知らない。仕事と趣味だけにかまけ、子供に成果だけを求めた男の背しか知らない。父親としてどうあるべきか、勉強しなきゃならないな……。


「気づけただけ上等だ。気づけねぇ親が一番タチ悪ぃ」


 腕を組み、柄にもなく落ち着いたトーンで話すマイルズの言葉はやけに実感がこもっていた。……詮索はするまい。あと5度目の涎にも突っ込むまい。


「ふーむ、ナナクサよ」


 これまで黙っていたシルヴィさんが突然口を開いた。もう我慢できないから先に食おうとでも言うのだろうか?


「いや何、ウルラント発展のためにすべきことは山積みなのだがな……街道整備と教育と外壁補修と戸籍登録、どれを最速で行うべきかのぅ……」


 …………いや、あんた、そんな重要なことを俺に聞かないで。しかもなんで今なの?目下これから起こる問題を解決しなけりゃ全部皮算用になるでしょ?


 そりゃね、守備兵の人事とか俺が請負いましたけどね?期間限定の教官ですけどね?俺正規の公務員じゃないんだからさ、いわゆる民間協力者なんだからさ?そういう重要なことに対する意見を聞かんといて?


「そんな目で見るな、言いたいことはわかっとる」


 どうやら顔に出ていたようだ。


「……答えくらいもう出てるんでしょう?」

「個人的な願望だからの……」

「個人的願望でも、後のためになることでしょう?」

「……ナナクサよ。もういっそ──

「やりませんよ。領主なんぞごめんです」

「冷たいのぅ……」


 そういう問題じゃあないでしょうよ。代行とは言え実質のトップなのだから、やりたいようにやればいいのだ。そも、前提が私欲ではなく発展なのだから、何の問題もないではないか?


 しかし……ついに弱音を隠さなくなったか……。

 まあ、先に挙げたもの以外にも問題は山積みだ。交易の基盤である舗装された街道が途中までしか存在しない。識字率は高いが学問を修める学校がない。外壁がボロいままで機能を果たしていない。戸籍──早い話が住民台帳が存在しない。税制の改革。下水道の魔物駆除計画。年間収穫量の統計。そしてそれらを処理する為の人材不足……。

 他にも洗い出せばじゃぶじゃぶ出てくるだろう。それを全部宰相殿と二人で処理するのは無茶が過ぎる。


 これ以上俺が手を出すのは統治の上でも宜しくないし、俺の出店計画にも大きく影響が出る。この件が済み次第教官を辞するつもりでいるのに、何が嬉しくて厄介事を増やそうというのか。どう考えてもキャパオーバー。俺が加わっても焼け石に水だ。


 そも、統治者とは最も国家に尽くす奴隷であり、それ故に多少の贅沢は許容されてしかるべきなのだ。

 俺は奴隷になるつもりはないし、仮にもし統治者になるならば法の束縛を撥ね退ける暴君になろうかね。仕事を丸投げできる環境を速攻で整え、自分以上に能力がある奴に相応の待遇でやらせる。適材適所というやつだ。

 現状は丸投げして満足いく成果を出せる人材すらすかんぴんの有様。そんな状態に自ら飛び込む事ほど愚かなことは無い。シルヴィさんは気の合う友人ではあるが、こればかりは……な。


 というか、自領であるリューリンゲルから仕事できる奴を一人二人くらい引っ張ってくればいいのでは?それとも向こうも相当いっぱいいっぱいなのだろうか?


「ま、兎も角、人材育成からじっくりはじめ……ん?」


 カタカタと窓ガラスが全面小刻みに震えている。一体何──


「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!」


 大音量の咆哮が聞こえたのと窓ガラスが割れたのはほぼ同時だった。


「な、なんだあ!?」

「ぬぅ!?」

「これは一体!?」

「っ……!!」


 ユーディとマイルズは速攻で両手で耳を押し塞ぎ、俺とシルヴィさんとモントさんも耐え兼ねて両耳を塞いだ。この場で耳を塞がず涼しい顔をしているのはアレリアさんだけ。

 何なんだこの聞き手を不快にさせる不協和音のような呪詛のようなハウリングは!?


 窓の揺れが収まるまで、俺たちは耳を塞ぎ続けた。


「……もう良さそうだ」


 両手を下ろし、両腕を大きく丸の形に掲げて安全を周知する。ユーディとマイルズはそろりそろり恐る恐る耳から手を離した。


「ななにぃ、今のって?」

「これは……シルヴィさん、アラストルですかね……?」

「出目は大凶だったようだの」


 だらりと冷汗が噴き出す。

 俺もユーディもマイルズも、大なり小なり死線を越えてきた。ちょっとやそっとじゃあパニクらない。シルヴィさんもまた同じく。モントさんとアレリアさんは知らないが……、反応を見る限りは 大丈夫のようだ。


 しかし、長年──いや、数代に渡り脅威にさらされずに育った温室育ちのウルラント住民はどうだ?それ以前の問題として、あの咆哮の主が……ケセラが言っていたアラストルのものだとすれば……いや、他に考えつかない。


「……マズイな」


 未だ戻らぬジーク達に、アラストルのものと思わしき咆哮。…………カンでしかないが、偶然の一致じゃあないだろう。恐らく、居合わせていると予想できる。それが吉と出るのか凶と出るのか……。


 俺とシルヴィさんは顔を合わせて互いに頷いた。


「モントよ!シグルスの元へ馬車を回せ!マイルズはハヤブサに鐙を!アレリアは魔王城に先行して開門するのだ!」

「御意に」

「任されたぜ!」

「仰せのままに」


 予定通り、宰相殿と全住民を魔王城へ避難させ、現場の指揮をシルヴィさん自らが執る事に。

 しかし……


「それはいいんですけどねシルヴィさん。、何も食わずに行く気ですか?……既に食事にかけた[ジ・イソラティオン]は解除しています。スープだけでもいい、一口だけでもいい。腹に入れておくことをおすすめしますよ」

「おいおいナナクサ、こんな時に飯なんざ──」

「……最悪、夜明けまで口に入れる機会はないかもしれないからな」


 マイルズに反論し、言い終わるや否や、俺はチャーハンを掻っ込み、スープを椀ごと持ち上げ一気に飲み干した。

 下品だと言いたければ言うがいい。上品に悠長に食っている時間はないのだから。脳をぶん回すには糖分が、体を酷使するにはエネルギーが必要なのだ。こんな時にガソリン切れの廃棄車になんかなりたくはない。


「シルヴィさん、俺は予定通り、時間稼ぎに好き勝手やらせてもらいますよ」

「うむ。できる限り頼む」

「当然です」


 ここで「別にあれを倒してしまっても構わんのだろう?」なとど死亡フラグめいたセリフを言うつもりはない。相手が相手だ、洒落にもならん。


「そういうわけだ。ユーディはモントさんに同行して魔王城の地下に避難──

「いや」


 …………ホワイ?


「いやって、危ないからいっちゃん安全なところにだな……」


 俺の話を他所に、ユ-ディはチャーハンを掻っ込み、スープで一気に流し込んだ。

 こう、実際やっているところを見ると下品というより豪快という感想が適切に思えてきてしまう。ただ、ガチムチがかっ込む訳ではないから豪快とは言い難い。むしろ微笑ましさすら覚える。


「はふ……ナナにぃ、……言ったよね?死ぬときは、一緒。だから行く。足でまといにはならないから」


 じっとユーディは俺を見つめてくる。こういう目を俺はよく知っている。何があっても考えを曲げないっていう頑固者の目だ。出来るなら危険な場所にはいかせたくはないが、時間が惜しい。説得しているうちに手遅れな状況になるかもしれない。


 確かに、ユーディは術の資質に開花し、俺と同じく[錬金術もどき]も扱える。術による遠距離攻撃能力では、精鋭術兵の彼らを追い抜き、既にウルラントでは2番目。命中精度ならトップと言っていい。その上、俺と共にこなしている日々のランニングと夜のプロレスで相当なスタミナを内包している。


「……解った。俺から離れるなよ、絶対に(・・・)

「ん……!」


 俺はユーディの意思を尊重することにした。 

お読み頂き有難うございました、感謝です。

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