解かれた封印
スケルトンとの戦闘開始から1時間が経過した。次々と現れるスケルトンをリラは切り裂き、ジークは関節部を砕き、グレンは粉砕し続け……ついに新たなスケルトンが這い出なくなり、形勢は傾いた。物量で押せなくなったスケルトンは、彼らにとってデクだった。
「終いだ!!」
最後のスケルトン相手にグレンは剣を横に薙いで上下に分断し、上半身を吹っ飛ばす。吹っ飛ばされた上半身めがけてジークが跳躍し、首、両肩をすれ違いざまに破壊。落下する巨大な竜の如き頭蓋をリラの爪で細切れに。それらは骨片と骨粉で白く覆われた地の上に落ちていった。
「お、終わったんでしょうか……」
おずおずとハクヤクは尋ねる。殲滅したにも関わらず、誰一人として気を抜いていないからだ。
構えを解かないまま、10分とも20分とも思える時間が流れる。実際は3分にも満たないが、彼らの体感時間ではそれほどに長く感じられた。
勝利に酔いしれた時こそ隙が生まれる。
ジークはナナクサから「カエルの剣士がそう言っていた」と教わり、グレンは経験からそれを学び、クーダらはそんな彼らからこれを学んだ。リラはそもそも勝利には酔わない気質だった
「終わったと思いたいが、気を抜くな。奇襲もあり得る」
「「「了解っ!」」」
ジーク・グレンは構えを解くも、気は一瞬たりとも抜かない。スケルトンは殲滅したが、根本的な原因を排除してはいないからだ。
「原因は間違いなくあれだナ?」
「十中十、間違いないだろう」
彼らの視線の先には発光していた岩。発光とスケルトン発生のタイミングから、この岩がスケルトンを生み出していたと断定した。
「つまり、この岩が原因で周りの森から動物がいなくなったって事ぉ?」
「リレーラの言うとおりだろう。私の経験上、スケルトンは無差別に生きているモノを襲う。逃げ出すのも無理はない」
「じゃあ壊して帰ろ~?お腹すいた~」
リラの緩い発言で、皆、空が暗くなっていることに気づく。同時に、自分たちの空腹を自覚した。
「そうだナ。オレもはらへっタ」
「同じくだ。早く終わらせよう」
グレンは[撲殺剣]を手に、岩へと近づく。
「リラさん!かっこよかったですよ!」
「見とれちゃったよ!」
「オヤビンって呼ばせてくれ!!」
赤い牙の子供3人はリラへと駆け寄る。興奮状態だった。まさか自分たちと同年代であれだけの強さだとは微塵も考えていなかったからだ。厳密には同年代ではないが、そんなこと知る由もない。リラの能力に関しては、そもそも多種族が住まう環境で生活していた為に気にはならなかった。
「お~?オヤビンじゃないよ~?リラだよ~?」
当のリラはまるで意味を理解していなかった。そして空気を読んで彼らの股間のシミを無視した。
「もうダメかと思ったわよぅ……」
「なんダ?オレ達が負けると思ったのカ?」
地面に脱力して座り込むリレーラに、ジークはしゃがみ、目線を合わせて問う。
「ふつーはそう思うわよぅ……」
「説得力ないナ」
リレーラが普通といっても、ジークに対して説得力は微塵もなかった。
「「「いや、普通ダメかと思いますよ!!」」」
ツッコミを入れたのはクーダ・マゴレ・モルヴィーニの3人だった。意外な援護にジークは驚いた。
「ジークさんとグレンさんと……それとリラさんが異常なんすよ」
「もしジークさんたち3人のかわりに、他の3人と一緒だったらと思うと……」
「間違いなく、俺ら全員あの大顎でぐっちゃぐちゃのぼろぼろだったと思います……」
彼らはそろって自分の剣をジークに見せる。クーダの剣はひび割れ、マゴレの剣はグニャグニャに曲がり、モルヴィーニに至っては根元からポッキリ折れていた。
これらは精鋭兵団結成時にそれぞれひと振りずつシルベイクァンが手渡して贈ったものである。余計な装飾など一切ない、実用一辺倒の鍛えられた値の張る代物である。市場に流れる武器においては上位に当たるが、先のスケルトン相手には不十分であることを示していた。アレがまともな武器では歯が立たない相手であったことを周囲に示すには死すには十分すぎる証拠だ。
「そうか、オレも非常識だったのカ……」
異常な身体能力に加え、風術の資質を持ち、素材不明の石剣を扱う壁ドン即落ち級のイケメンホブゴブリン。これを常識といえようか?
「私の非常識よりはましでしょ?」
「それを自分で言うのカ?」
自身の非常識に凹むジークをリレーラが励ますという不思議な状況になっていた。
そんな会話を聞きながら、グレンは岩の前で止まり、剣を両手に持ちゆっくりと振り上げ……。
(しかし……奇妙だ)
振り下ろす直前に、違和感を感じた。
(スケルトンは確かに生者へ無差別攻撃を仕掛ける。その性質は間違いない。……その程度の事が離れた森にまで影響を及ぼすか?エルッケの森だけならばわかるが……納得がいかぬ。そも、何故スケルトンは一斉にかかってこなかった?何故、倒されてから新たな相手を充た?)
スケルトンの数は確かに多かったが、対面状況は常に1対1、あるいは2対1だった。クーダらの援護に走ったこともあったが、こちらの数を上回る数を同時に相手したことはなかったのだ。
スケルトンはは怯えや怒りなどの感情は持っていない。生者への純粋な憎悪だけだ。それがスケルトンの原動力であり、存在理由。順番を待つなどと言う律儀な事を出来るはずがないのだ。
(……統率?まさかこの岩はスケルトンを生み出すだけでなく、統率していたというのか?しかしやっていたのは、戦力の逐次投入という愚策中の愚策。…………能力は驚異だが、頭脳は弱い。何れにせよ、破壊すればもう何も出来まい!)
構えていた[撲殺剣]を振り下ろし、鈍い衝突音と共に岩を叩き割った。
「っ!?」
両断した岩から、得体の知れない黒い霧状のものが噴出し始めた。咄嗟にグレンは剣を引き抜き、ジークらの元へ飛び戻る。
「な、なにあれ?」
「ッ……ヤバいナ」
ジークは立ちふさがるようにリレーラの前に立ち、リレーラはクロスボウを構える。
(ヤバいどころではない。……!そういうことか!)
黒霧は巨大な玉状に纏まり、一筋の亀裂が走る。亀裂が裂け広がり、吸い込むだけで生気を奪われるほどの毒々しい空気が流れ出す。何百年も汚物を封じ込めたようなひどい空気だ。
球体が裂け、木々の丈を軽々と超える巨大な黒い影が浮かび上がる。木の幹を何本も束ねたかのような太い両脚、3本の鋭い足爪、太く長い尻尾、両脚に勝るとも劣らぬ太さの両腕。巨大な顎口と長くしなった左右2対の角。
「全てはこのための布石か!!」
グレンがたどり着いた答え。今この状況こそが、スケルトンの、いや、あの岩に封じられたモノの勝利条件だったのだ。
「どういうことダ!?」
「これで終わりじゃないの~?」
「……謀られたのだ、我々は。あの岩を破壊する事こそが解決策だと、まんまと思い込まされてしまった!スケルトン如きではあの岩を砕けなかった。故に、砕ける者をおびき寄せる餌として異常を起こし、殺さぬ程度のスケルトンで囲み、これ見よがしに発光しその数を増やした。アレが元凶だと疑いようのない状況を作り出し、破壊させる為に!!皆が奴の手の上で踊っていたに過ぎなかったのだ!!!」
巨大な影のもとへ、無数に散らばった骨片、骨粉、半壊したスケルトン──それら全てが吸い込まれ、影を骨色に覆っていく。そして、全てが骨色の外鱗に覆われた巨体が顕になった。ただそこにあるだけで強烈な死臭を撒き散らす、骸の鱗で覆われた巨大な二足歩行竜。
「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!」
大音量の咆哮が空を、いや、空間そのものを揺るがす。呪詛の如き侵略者の咆哮だ。あれこそが、かつてケルヴァが封印するにとどまった存在、最強の失敗作、邪竜兵アラストルだ。
「も、もうだめだ……」
「おしまいだ……!」
「おかーちゃーーーん!!」
咆哮を直近で浴びたクーダらは恐怖のあまり失禁していた。子供達に至っては失神寸前である。リレーラは……スケルトン遭遇前の小休止で花を摘んでいた為に免れた。
「クーダ!マゴレ!モルヴィーニ!一人ずつ子供達を抱え全速力で逃げろ!!!リレーラはナナクサ殿に1秒でも早く報告しろ!!!グズグズするなら!!!いけ!!!」
「「「「は、はひぃい!!」」」」
クーダらが子供たちをそれぞれ背負う。リレーラは脱兎の如き速さでその場から駆けた。
「「「リラ!!」」さん!」
「だいじょぶだいじょぶ~♪」
クーダらの背の上で振り向くテッシ・ミカ・ハクヤクにのんきに答えるリラ。ウルラントへ走って戻っていったのを見届け、リラはアラストールへと向き直る。
アラストルは首、体をひねり、周囲をぐるりと一望した後に、足元のジーク、グレン、リラと対面する。が、すっと顔を逸らし遥か遠方を見る。その方向こそ、リレーラたちが向かった先、魔都ウルラントが有る方角だった。アラストルはその口を大きく開け、鋭い凶悪な牙が露出する。と、口を中心に赤い光が灯り始めた。
「!!」
リラは即座に地を蹴り飛翔し、伸ばした爪を引っ込ませる。リラには見覚えがあった。それは以前ナナクサの指示の元に討伐したキマイラの放つ火炎の予備動作と酷似していたのだ。
「うたせないよ~っ!!」
顎下から弾丸じみた体当たりを食らわせ、強制的に顎を閉じさせる。
「グボォォ!!!」
直後、閉じられた口の中で光が爆ぜ、黒煙が吹き出す。その爆発規模は、かつてのキマイラのそれを上回るものだった。明確な敵意の表れ。そんなものをウルラントに、ナナクサに、ユーディに、そこへ逃げている友達に向けたことが、リラの怒りを買った。
「許さないよ。泣いても、ぼろぞーきんになっても、頭だけになっても許さない」
初めてリラの口調から緩さが消える。彼女を前にジークとグレンはふと、かつてナナクサがブチ切れた時のことを思い出した。今でこそ割と丸くなったが、その残虐性を彷彿とさせる怒気だった。
黒煙が晴れぬまま、アラストルの右腕がリラへと突き出された。くるりと回避し、切断すべく右手の爪を目一杯伸ばし、振り下ろす。
ガチンッ!!
金属同士の衝突音のような、鈍くも鋭い音が響く。リラの5本爪は骨色の鱗に阻まれ、1mmも食い込んでいない。
「っ!?」
隙ができてしまった。アラストルは伸ばしきった腕を振り、リラを吹っ飛ばす!
「にょあ~~~~~!!」
横薙ぎに吹っ飛ばされ、木々をぶち抜く轟音が連続で森に響く。響いた轟音は10を超えた。その数だけ木々に叩きつけられたのならば、受けたダメージは計り知れない。
「「リラ!!」」
その様子をジークとグレンは地上から見ていた。
「ジーク、リラを頼む!あの衝撃では命に関わる!!」
「わかっタ!グレンはどうすル?」
グレンはギッとアラストルを睨む。答えるまでもない。自分たちが止めなければ、ナナクサに、帰還した精鋭兵らに情報が伝わり、迎撃準備が整う前にウルラントへ辿りつかれ、破壊の限りを尽くされる。
「元々、今回の任務は調査、その上で報告しろということだった。……あれを解き放ったのは私だ。この命捨ててでも、止めねばならん」
「割ったのがたまたまグレンだっただけだロ!?オレでも割っていたゾ!?」
「ジークよ、忘れたか?私は、ナナクサ殿の槍だ。槍が主の驚異を屠れずしてなんとする!!」
グレンの目は、死を覚悟した武士のそれだった。
(あの時、迷宮でゴーレムと戦った時の自分も同じ目をしていたのカ?)
ふとそんなことをジークは思う。
「……頼むぞ、ジーク。リラの力とナナクサ殿の術と知恵は、どうあっても欠かせぬ」
「っ……わかっタ」
歯を割るほどに噛み締めて頷き、ジークは薄暗い森を駆ける。その背を見送り、アラストルの巨体を仰ぎ見る。ゆっくりと、確実にウルラントへと進んでいた。
「これ以上、進ませるわけには行かぬ!!」
グレンの命を賭した戦いが始まった──。
お読みいただきありがとうございました。お待たせして申し訳ありません。やっとこさ更新できた……休日万歳!




