尖兵
「それでその、リラさん。その方は?」
「ん~、義理のお姉ちゃん?」
「なんで疑問系なのよぅ」
などと話していると、またガサガサと葉擦れの音と、ジャリッと土を踏む音。リレーラが現れた方角から、二人の人影がさっと姿を現す。
「リレーラ、何かいたのカ?」
「いくらよく知る森とは言え、先行し過ぎだ。自分の役目を放棄されては困る」
「「「ふひぇ!?」」」
テッシ、ミカ、ハクヤクの口から形容し難い声が漏れた。無理もない、何せ、彼らが精鋭兵団を目指す切っ掛けを作った人物が、テッシとミカに至っては憧れの存在が目の前に現れたのだから。
「ジジジジジジジジークフリート……さん!?」
「グレン様!?」
「な、なぜ精鋭兵団のお二方が、ここに……」
ジークは鉄の胸当て・小手・すね当てを身に付け、腰には迷宮での戦利品である石剣を佩いている。グレンは鉄の胸当てだけを付け、背には石槍と鉄塊の如き大剣。さらに彼ら二人の後方から、ジークと同じ防具を身にまとった3人の精鋭兵が続く。
「リラ……カ?なんでここにいル?」
「んっとね、ごはん!」
「?」
間違ってはいない回答だが、要約しすぎてまるで要領を得ない精鋭兵団+1の面々だった。が、それ以上を聞こうとはしなかった。テッシら3人も、自分から言おうとは思わなかった。混乱していたためにまともに頭が回らなかった。
「ジークとグレンはなんで~?」
「調査ダ。おかしなものがないか、危険な魔物がいないか、ハンター組合と合同でナ」
「ここ以外にも、複数班に分かれ周辺の狩場全域で行われている」
彼らの中に精鋭術兵団の所属者はいないが、先の迷宮探索以後、ジークは風術を会得すべくナナクサへ師事し、苦労の甲斐有り風術の初歩を扱えるようになっていた。自己強化の方向で伸ばしていったことで[シルフィードウィスパー]を無詠唱で使えるようになり、索敵能力が劇的に向上した。ジーク、リレーラ、グレンがまとまってエルッケの森調査担当になった理由がこれだ。
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シルフィードウィスパー
強化系下位風術。
対象の集音力・鼓膜強度・聴覚神経強度を飛躍的に高める。
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これをリレーラに付与することで、彼女の耳による音索敵範囲は爆発的に広がった。近ければ近いほど精度は高く、心音まではっきりと確認できるほどだ。その最大範囲はエルッケの森全域をカバーできるほどに広い。
が、試しにその組み合わせをウルラントで行ったことが間違いだった。リレーラの脳に住民およそ1万人分の心音が、足音が、喧騒が、家畜の鳴き声が、農作業の土を耕す音が、木工所でサボっている男の肉と肉をぶつけ合う音が流れ込んできたのだ。その膨大な情報を処理しきれず、出発前に気絶させてしまうという失態を犯してしまう。
その後、ジークはリレーラを背負い、自身に[シルフィードウィスパー]を付与して移動しながら強さを調整、リレーラが気絶から回復した後は最弱から段階的に出力を上げていったのだ。
その高性能索敵機が赤い牙4人の音を拾い、リレーラはひとり突っ込んで、ジークらが追いかけたのである。
「それで、そこの子供たちはなんでこんなところにいるのかな?ここが狩場だって知ってるよね?立ち入り禁止って教わらなかった?」
ダメーナ──否、リレーラはじろりと子供たちを睨みつける。だが、先の緊張感が微塵もないやりとりの後だ。いくら睨みをきかせてもまるで怖くもない。既に頭の混乱も収まっていた。
「知りませんよ。僕らはそんなこと一言も聞いていません。そういった看板もないでしょう?」
「入っちゃいけないって常識で分からない?」
「「いや、お前が常識を語るな」」
「う゛……」
ジーク、グレンの冷徹な突っ込みと視線が容赦なくリレーラを貫く。彼らは忘れていなかった。今やナナクサの恋人である彼女の妹に、何をしたのかを。
「オレ達がお前の奇行を全く知らないとは思っていないだろウ?」
「これに関してはああだこうだと言える立場にはない。お前が常識を語るなど片腹痛いわ」
「ぐぅ……」
確かに許されはしたが、奇行そのものがなかったことになるわけではない。許されることとなかったことにするのはまるで違うのだ。
「リラはこの場の誰よりも強い。本気を出せばお前含め我々全員が一瞬で……いや、5分くらいはもつだろうか?兎も角、そんな戦力がそばにいるのだ。守りながら戦うという要素を含めても、子供の足で行ける範囲ならば全く問題にはならないだろう」
グレンの言葉で、精鋭兵の3人はざわつき始める。
「グレンさんとジークさんよりも強いって?」
「こんな小さな子供が?冗談だろ?」
「バカお前、グレンさんが冗談を言ったことが今まであったか?」
この3人、名をクーダ、マゴレ、モルヴィーニと言う。彼らは当然ながらジーク・グレンの強さを身を持って知っていた。その二人に鍛え上げられたのだから当然である。ジーク・グレンに及ばなくとも精鋭という名に違わぬ実力は持っている。にも関わらず、グレンは一瞬でと言い放ったのだ。
実際過去に一度、ジーク・グレン共にリラと屋敷の庭先で手合わせをしたことがあった。
結果は参敗だった。
ジークはただの一撃も当てられず、防いだ一撃で壁まで吹っ飛ばされ、さらに追撃の一撃で意識をまるごと持って行かれたのだ。
グレンは正面からの攻撃こそ耐えられはしたが、前だけに意識が向いていた隙を突かれ、後頭部を空中廻し蹴りによって地面に突っ込ませる結果となった。
双方ともに全力を出した。だが、リラはまるで本気を出していなかった。瞳が普段の色のままだったのだ。
「次は本気でいいかな~?」
彼らは絶望的なまでの力の差を、身を持って知った。その敗北の経験が、修練場での真剣勝負という発想へと至ったのである。
それからは過酷な修練の日々だった。彼らが精鋭兵に課す鍛錬量の、実に3倍を、最終的には7倍もの量を毎日こなしていた。脚力は魔王坂によって尋常ではないほどに鍛え上げられ、上腕筋などをはじめとした筋肉も気の遠くなるほどの素振りにより、己の得物を振るうために最適な形で付いた。同じプランで精鋭兵を鍛えれば明らかに潰れてしまうであろう。
そんな異常な鍛錬を、彼ら精鋭兵の横で、彼らと同じ時間でこなしていたのだ。短期間で異常なまでの進歩──いや、進化と呼ぶに等しかった。
それでもなお、彼らはリラに勝てるとは思っていない。グレンに至っては、リラに攻撃を当てることができなければ、あの水晶の骨蜥蜴に攻撃を当てることも叶わぬと考えている。
「リラ、オレ達は調査を続けル。そこの3人を連れて帰ったほうがいイ」
「今戻ればちょうど夕食の時間だ。ちょうどいい、ナナクサ殿に私たちは遅くなると伝えて欲しい」
「いいよ~!」
「助かル」
「それじゃあみんな帰ろ……お?」
ちらりと、リラの視界の端にそれは映った。
「リラ……さん?」
「どうしたんだよ?」
リラはそれに向き直る。本来ならばまるで興味を持たないであろうモノ。テッシ、ミカ、ハクヤクも視線の先を追う。
「あれって何かな?」
リラの視線の先を、一同揃って目を向ける。
「岩……だナ?」
「その下だ……何かの骨のようだな。それも、全身の」
高さ1mに満たない岩の下に、バラバラの骨が積まれていた。乱雑に、まるで骨壺の中身をひっくり返したかのように山になっている。
「何の骨でしょうか……これ……」
「すげー顎だなー。でっけぇ」
「いくらなんでも大きすぎるわよ……」
骨の山の上に埋もれたれた頭蓋骨は、まるで竜のもののようだった。骨の成分とは違った2本の渦巻いた褐色の角に、巨大なノコギリを思わせる鋭利な歯牙が並んだ巨大な顎骨。この森にしては明らかに異質なものだ。
「………………」
リラは視線を岩から一瞬たりとも外さない。否、外せなかった。
その岩から漏れ出す異様なモノを忘れられようか。自我を得てこの姿を得て、喰らい彷徨ったあの迷宮に満ちた空気を。それを何十、いや、何百倍と圧縮した形容し難い死臭のようなモノを。
リレーラの耳がぴくりと動く。同時に──
「カァアアアアアーーーーーー!!!」
──頭蓋骨が大顎を開けてリラへと飛びかかった。
「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」
リラの瞳は赤く変わり、半ば無意識に、一瞬で肘から指先までを[黒竜化]させる。
「よいしょっと」
漆黒の竜鱗で覆われた腕を振り抜き……。
バゴンッッ!!
飛びかかった頭蓋骨を一撃で爆散させた。
「カラテがたりないよ~?」
(((((((((カラテってなんだ!?)))))))))
一瞬の出来事に目を奪われるも、意味不明のつぶやきにより彼らはそろって現実へと引き戻される。
「グレン……あれはスケルトンなのカ?」
「頭蓋だけではそう言わないが……」
かつてジーク・グレンは生まれ育った森でスケルトンに遭遇したことがあった。
スケルトンには謎が多い。心臓もなく、血液もなく、目玉もない。にも関わらず、軽快な身のこなしで狙いすました強力な一撃を放ってくる。その上、倒しても食える部分は全くない。骨と皮だけどころか皮すらないのだ、腹の足しには微塵もならない。
当時、ジークは狩ろうとするだけ命の無駄と教えられ、グレンはまるで旨みがないことを経験から知っていた。ただ、スケルトンそのものが既に伝説的なまでに希少な存在だということは知らなかった。
「む!?」
「なんダ?」
うっすらと正面の岩が発光し、もこもこと、一団を囲むように複数箇所の地面がせり上がる。その光景を前に、精鋭兵の3人は怯えた。
「な、なんだ!?」
「だ、団長!?これは一体!?」
「全員構ろ!敵だ!!」
地を突き破り這い出たのは、骨の体を持つ魔物──スケルトンだ。だが、ただのスケルトンではない。足の指数、手の指数、長い尾骨……骨格だけを見れば、グレンのそれと酷似していたが、全てのスケルトンが先の頭蓋骨と同じ竜の頭蓋を載せていた。
竜の頭蓋を持つスケルトンはガチガチと巨大な顎を開閉し歯を鳴らす。威嚇か、あるいは別の何かか、周囲が乾いた歯鳴らしの音に包まれる。
「ま、まさかスケルトン・リザーディア!?」
「なんでこんなところに!?」
「まてまて!リザーディアに角はないだろ!?」
クーダ、マゴレ、モルヴィーニは一様に怯えていた。彼らの一般的な認識ではスケルトンは遥か昔、約400年前の大戦時にケセラが投入した、最早伝説となった魔物だ。それを見たことがあるジークが、狩った経験があるグレンが常識外なのだ。
痛みも恐怖も感じない、ただその身が粉々になるまで敵を屠る為に生まれた戦闘兵器。それが自分たちを囲むようにおよそ20体。
驚き戸惑う精鋭兵と子供達に、6体のスケルトンが大顎を開けて飛びかかる。
「う、うわぁぁ!!」
スケルトンの間違いを挙げるとすれば、跳躍して飛びかかったことだろう。
同じ高さにリラも跳躍し、両手の爪を長く長く伸ばし、3回転。くるりと、ポニーテールが輪を描き、スカートは舞い広がる。
伸ばされた爪は飛びかかったスケルトンを細切れに切り刻み、原型をとどめない骨のかけらへと木っ端微塵に破壊した。
「ん~、脆い。出来損ないのニンジャかな~」
結果的に守られた彼らは唖然とした。詳しい強さがわからない魔物を、6体一瞬で粉々に粉砕したのだ。雑魚でもそれができるかどうかと問われれば、彼らは一様に首を振り否定するだろう。
「リラさん、やっぱりとんでもなく強いですね……」
「見かけによらずって、ああいうのを言うのね……」
「すっげーな!なぁ!かっけーーー!!」
赤い牙の3人は一人だけ大興奮だった。が、自分が盛大に漏らしていることに、まるで気ついていない。
「どんどん行くよ~やっちゃうよ~!」
リラの姿がぶれたと思うと、スケルトンが周囲の木もろとも引き裂かれる。さらに倒壊した木にまきこまれ、攻撃範囲は拡大した。だが、破壊された次の瞬間には、新たなスケルトンが土中から這い出していた。
「クーダ、マゴレ、モルヴィーニ、下がって子供たちを守れ!できなければこの場で斬って潰す!!」
「「「りょ、了解!!!」」」
グレンの恐喝的指示により、ようやく正気に戻った精鋭兵3人は剣を抜き、子供らを囲うように円陣を組む。
グレンは彼らを防御に回らせた。今この状況で子供達をノーガードにするわけにはいかない。不安要素が重なる状況で、冷静さを欠いた実戦経験0の部下に前衛は荷が重すぎると判断したのだ。
「リレーラは後方から援護を。ただし、子供達の安全を最優先で」
「わ、わかったわ」
「ジーク、いけるか?」
「問題ないゾ!」
ジークは石剣[バルムンク]を抜き、振り下ろす。
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バルムンク
分類:剣
威力:B
強度:B+
付与効果
石の兵士
持っている限り、風に由来するダメージを軽減する。
魔王城地下迷宮に配されたゴーレムが持っていた剣。元々銘は無く、ジークの無茶ぶりによってナナクサが命名した。
非常に硬く、相手を潰して斬るという両刃剣の基本に忠実に則って作られている。
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[バルムンク]の斬り落としを受けたスケルトンは頭頂部から綺麗に両断。流石のスケルトンも片腕片足だけにされては立ち上がることはできず、そのまま地を這うしかなかった。
「確かに、脆いナ」
ジークは振り返り、おおきく振りかぶったスケルトンの一撃をひらりと躱し、両足・両肩を一瞬で切断する。四肢を失ったスケルトンはやはり地を這うしかなかった。敵の数が多い、故にジークは1対1体を丁寧に屠らず、行動不能にさせることを前提として剣を振るった。
「全然もろくないっすよ!!硬いっすよ!!こなくそーーー!!」
クーダの剣はスケルトンの大顎に捉えられて微動だにしない。それどころかヒビが入っている有様だ。ドワーフの刀匠が鍛えたもので、ヤワな武器ではない筈なのに。
「ふんっ!!」
グレンは鉄塊とも言える[撲殺剣]を両手でぶん回し、クーダの剣に噛み付いたスケルトンを一撃で粉砕する。切れ味のない[撲殺剣]はまさに鈍器。砕ける骨が宙を舞った。
「鉄よりも硬い、か。軽々と木っ端微塵にできるあたり、つくづくリラは規格外だな……」
((((((いや、あなたも大概だと思います))))))
精鋭兵・赤い牙6人の心中は重なった。
「さあ、この程度か!この程度の動きで、この程度の硬さで、私を殺せると思っているのか!!」
疲れた様子もなく、さらに[撲殺剣]は振るわれ、その度に破片が舞い散る。
グレンは猛る。瞬く間にスケルトンが砕かれるが、奥からはさらに骨と骨がコツコツとぶつかる軽い音と、カタカタと乾いた歯鳴らし音が響く。場のスケルトンの数は既に目視だけで40を超えていた。
「なあ、マゴレ、モルヴィーニ」
「なんだよ、クーダ」
「どうしたんだよ?」
「……スケルトンってさ、隊長より怖くなくね?」
「「…………だな」」
3人は思い出した。魔王坂で課せられた訓練──通称:地獄の坂ダッシュを。足腰立たなくなるまでの乱取りを。容赦のない訓練の日々を。
よくよくスケルトンの動きを観察すると、ジーク、グレンに比べて──
(無駄だらけ、隙だらけだ。冷静に対処できれば、先のように武器に噛み付かれることはなかったはずだ)
クーダは思う。あんなモノに怯えたこと自体を黒歴史として葬りたい、と。
お読み頂き有難うございました。時間もないくせに外伝の構想が溜まっていく……。来週更新できないかもしれませぬ……orz




