幽霊の 正体見たり ダメ尾花
ハクヤクの話が終わる頃に、エルッケの森手前に到着した。
「楽しい~?」
「おう!腹は膨れるし、最近あんまり疲れなくなってきた!」
「ここへ通いはじめは怖かったですね……、いや、それでも楽しかったですよ?もちろん今も。少しずつ近づいていっているっていう感じがします」
「あたしも同じ。森に入るなんて初めてだったしね。言いだしっぺのハクヤクも半泣きだったわ。クフフ……」
ミカはその時の光景を思い出しているのか、口元は笑っていた。それは過去に怯えていたハクヤクを笑ってなのか、あるいは自分を笑ってなのか、それともどちらもなのかは分からない。
ぐぎゅるるる……。
地鳴りのような、気の抜けるような音が響く。音源は先頭から。テッシの腹の虫だっだ。
「うよ?」
「テッシ……ほんっと燃費悪いわねあんた……」
「しょーがねーだろ。減るもんは減るんだからよー!!」
くぅ~~~……。
次いで、やや脱力系の控えめな音が響く。リラの腹の虫だった。
(そーいえばお昼食べてなかったっけ)
「な!俺だけじゃねーからセーフだろ!!」
「いや何がセーフなんだかわかんないって」
そんな会話を他所に、リラはリュックを下ろして中の物を取り出す。
「何ですかそれは?」
きれいなピンク色の布で包まれたそれを近くの適当な岩の上に置き、結び目を解いて広げる。竹ひごで編まれた弁当箱のふたを開け、中のものを包むように折り畳まれている紙を開いていく。中身は綺麗に収まった4つのメンチカツサンドだ。染み込んだソースの匂いが、4人の鼻にゆっくりと侵食していく。食欲を誘う独特の匂いが4人の空腹を更に加速させ、口内の唾液を過剰に分泌させた。
「一緒におべんとたべよ~?」
リラがテッシに、ミカに、ハクヤクにメンチカツサンドを手渡す。彼らは手の中のそれに釘付けだ。
(これはパンですか?白くて柔らかい……それにしっとりしている……)
(肉っぽいけど、なんの肉だ?)
(この緑のはキャベツよね?全然しなびてないわ)
「いただきま~す!」
彼らをよそに、ぱくりとメンチカツサンドを頬張るリラ。
「ん~~~♪おいひ~~♪」
リラの食べる様子を見て、3人は互いに視線を交わし、同時にかぶりついた。
「「「!?」」」
彼らの手からメンチカツサンドが腹の中に収まるまであっという間だった。
「「「「ごちそうさま」」」」
リラは空っぽのランチボックスを包み直してリュックに仕舞う。満腹には遠いが、今のリラにとっては些細なことだった。
「リラのかーちゃんすげーんだな!あんなうまいの初めて食った!!」
「うよ?作ったのはパパだよ~?」
「頼んだらもっと作ってもらえる?」
「はぁ……テッシ、ミカ、頼むにしても手ぶらではいけませんよ。最低限、相応の対価を持っていかなければ」
「「例えば?」」
二人の問いに、ハクヤクはうーんと考えて……。
「食材……しかないでしょうね」
「食材ねぇ……」
「ねーちゃん達にも食わせたいなー……」
テッシ、ミカほど興奮した様子を見せていないハクヤクだが、その実、心中は燃え盛る炎のように興奮していた。
(あれだけのものに相応する対価となると……)
しかし、それでいて冷静に自分が食べたものを分析し、それがどれだけの価値が有るかを幼いなりに導き出す。
そもそも、リラは仲間になったとはいえ今日初めて会った相手だ。にも関わらず、ほいほいこれだけのものを躊躇なく分けるのは、タダのお人よし、それともそれだけの価値があると思っていないかだろう。
「あのさ、リラ。あんたもしかして、いいとこの家の子なの?」
「イイトコ?パパの子だよ~?」
「いや、そうじゃなくてね……」
ハクヤクの心中を代弁するかのようにミカはリラに問う。リラの服は上等なものだし、先の食事に至っては世間一般の子供に持たせるレベルを超えている。
(総合的に判断すると、お人好しで物の価値分かっていない箱入り娘……なんでしょうけれど……)
「それよりはやくいこ~!」
「「お、おー!」」
リラの掛け声に、テッシとミカは応じ、ポケットからツギハギだらけの小袋を出して続くように森に入っていく。
「あ!ちょっと待っ……はぁぁ……まったく……」
腰の歪な木剣を撫で、呆れつつハクヤクはその後を追った。
エルッケの森には特筆して危険な動物も魔物も基本的にはいない。約束を守って奥まで行かなければ問題はない。いざとなれば3人でなんとかすればいい。なんとかできるだろう。そのために木剣をつくったのだから。そう楽観的に捉えていたのは、これまでの人生で食べた美味いもの全てを土台からひっくり返す衝撃を受け、頭が少しばかりハッピーになっていたからなのかも知れない。
*
エルッケの森に入ってからおよそ2時間。彼らの持つ小袋の中は空っぽだ。取れたのはリラの手の中にあるモコの実が1つだけ。いつもならばとっくに採取を終えて、ひと通り遊んで既に撤収している頃だった。だが今日はまるで見つからない。注意深く丹念に探すも、全く見つからない。
それもその筈だ。彼らは知らないのだ。先日自分たちが採取した後、獲物が取れなかったハンターらが、食いつなぐためにごぞって木の実を採取した事を。いくら植物の成長が早くとも、1日で実が熟すほどではない。
まだ1個だけしか取れていない薄い緑色のモコの実をじっとリラは見つめる。
(パンノキっぽいな~)
背のリュックを正面に抱き、モコの実を入れて再び背負う。リラの見たとおり、それは地球において黒人奴隷の主な食料となったパンノキの近縁種だった。
4人は視線を上に向け実を探す。既に位置を覚えている木は回った後だ。モコの木は葉が掌状になっているため、素人でも見つけやすい。キーベの実は緋色のため、実そのものを見つけやすい。青色のウクベの実もまた同じだ。だが、見方を変えればそれは残りにくいということだ。
「ねーなぁ……」
「あっちもダメみたい……」
木そのものは見つかる。が、実が見つからない。最後尾を歩くハクヤクは足を止めた。
「へんですね」
「だよな、今までこれしか取れなかったってなかったよなー」
「そっちじゃありませんよ……なんだか静かすぎると思いませんか?」
その言葉に、テッシとリラは自然と足を止めた。リラは釣られて止めた。
「い、いわれてみりゃあ、なんか変だよな」
「そういえばいつもなら小鳥が飛んでたりするけど、今日はいない……?」
全く気にしていなかった静寂が、急にひどく不気味に感じてきた。まるで自分たちだけが、別の世界に放り込まれてしまったような錯覚に陥る。
事此処に至って、今いる場所は普段以上に深い場所だと彼らは気づく。木の実を夢中で探すあまりの失敗だ。生い茂る葉で陽の光は遮られ、さらに太陽が傾き始めたことで、暗く視野の届かない範囲が少しずつ拡大しつつある。これ以上時間が経てば、戻ることすらままならなくなるだろう。リラを除く3人の背に、たらりと嫌な汗が流れる。
「きょ、今日のところは帰ろう……ぜ?」
「そう、ね、うん。そうしましょうよ」
「異議なしです帰りましょう可及的速やかに」
得体の知れない恐怖が、心中にベッタリと張り付いていることを3人は自覚した。が、気づくのが遅い。
ガサガサ、ミシッ、ミシッ
彼らの決定をあざ笑うような音が、正面の暗がりから聞こえてくる。葉擦れの音に混じり聞こえる、落ちた枝を踏みつぶす音。
「およ?なにかくる?」
「「「ひっ!?」」」
ゆっくりと、確実に近づいてきている。明らかに小型の野生動物が出す音ではない。リラ以外抱き合うように身を寄せ、ガクガク震えながら正面の暗がりを見据える。恐怖のあまり、足が生まれたての子鹿のような有様だ。
音の主は待ってくれない。逃げようにも足がすくんでまるで動かない。
「ま、まさか子供さらいのレイスなのかよ!?」
「かかか体がないのですから足音なんてしませんよよよよ」
夜ふかしをする子供を寝かしつけるために大人が枕元で語る話に、『子供さらいのレイス』という恐怖の童話がある。要約すると、遅くまで起きている子供の元に現れ、その場に着ていた服だけを残し連れ去ってしまうという話だ。そして、攫った子供をレイスに変え、その子供は新たな獲物を求めて彷徨う。
この童話は、孤児院の先代院長による創作だ。先の人身売買絡みで誘拐され行方不明になった子供たちの事を、残された院の小さな子にどう説明すればいいものか、考えに考えた結果だ。これが子供から子供へと話が伝わって魔都全体に広まったのだ。
だが、レイスという存在自体まで作り物ではない。生者に強い妬みを持ちながら死した者が、生者へ無差別に害をなす魂だけの存在に、レイスになるのだと考えられており、その姿は存命時の姿をそのまま写した姿となる。
ある領には、赤子のレイスを術を用いて滅ぼしたと書き記された古い資料が存在する。肉体を持たない霊体であるレイスには剣や槍等の武器がまるで通じず、滅するには術の力を用いなければならない。問題は術士の絶対数が少ないという事だ。それ故に厄介極まりない存在と断言出来よう。
生まれて初めて3人は頭の全てを恐怖に支配された。勢いと元気が取り柄のテッシとミカも、冷静さが取り柄のハクヤクすらも、頭の中が真っ白になっていた。自分の足は愚か、体の全てが、主導権を恐怖に奪われてしまい、動くことすらままならなくなってしまった。
その頭の中を映し出したような白い影が、ゆらりと静かに眼前に現れた。
「「「ギャーーーーーーーー!!!」」」
「およ?」
「あれ、子供……?って、リラちゃん?」
現れたのは左手にクロスボウを持った獣人女性だった。白い影は幽霊や魔物の類ではなく、彼女が持つ長い白髪とピンと立った耳とふわふわした尻尾が、僅かな太陽の光を受けて僅かに輝いていただけ。リラが何度か見たことがある人物だった。
(髪と耳が白くて長い、おっぱいおっきい美人の……えーとえーと……。確かおねーちゃんのパーティにいた……あ!)
ポンと手を叩き、思い出した名を告げた。
「ダメーナちゃん~!」
「がくっ。リレーラよぅ……半分しかあってないじゃない……」
「でもダメダメだから合ってるよ~?」
「ダメダメ言わないで……流石に立ち上がれなくなりそう……」
リレーラは耳と尻尾を垂らしてうなだれた。幼女にダメダメと言われるのは流石に堪えるらしい。
そもそもこの二人、ユーディを交えて風呂に入った仲ではあるが、面向かって自己紹介をしていないのだ。その上ダメなところしか見ていない、見せていない。極めつけにリラは自分に関係ないと判断した情報はバッサリと捨てる。名前を間違えるのも無理はない話だった。
緊張感が微塵もないやり取りを見ていたテッシ、ミカ、ハクヤクは、いつの間にやら震えが止まっていた。
「あ、はははは……」
「はぁぁぁぁ……」
「……」
恐怖から開放されたことで脱力し、その場にへたりこんでしまう。ハクヤクの股間に小さな水濡れのシミがあったことに、幸いなことに誰も気づいていなかった。
お読みいただきありがとうございました。眠らずに最高のコンディションで動き続けることができるスペシャルなボディーと脳味噌がほしいとです。




