憧れと覚悟と……
かくして、4人は目的地へ移動することに。家々の細く狭い隙間を通り、南門から堂々と壁の外へ。
「お~~」
眼前に広がるのは、一面の緑、そう、収穫前の甜菜畑。ざらっと乾燥した土からわずかに緑がかった太い根が顔を出し、覆い隠さんばかりに深緑の葉が伸び広がっている。
畑で子どもが遊ぶのはよくある光景であるし、甜菜畑で遊ぶこと自体も前魔王時代から特に禁止されてはいない。甜菜畑の近くに子供がいること自体何ら不自然ではないのだ。
テッシを先頭にどんどん農道を進んでいく。目的地は既に決まっていたが、リラはまだ知らされていない。
「どこにいくの~?」
「南、エルッケの森だ。あそこはモコの実がたくさんあるからな!腹いっぱい食えるぜ!」
正しくは南東方角だが、テッシにとっては南東も南も変わらない。大雑把だ。南東のエルッケ森は、周辺の森では一番広く、モコの実をはじめとした食用可能な木の実が豊富だ。他の森とは違い、魔都周辺の農地同様に季節を選ばず実をつける。故に駆け出しや兼業ハンター御用達の森でもある。最低でも飢えないからだ。
「お腹いっぱい食べるの~?」
リラには理解できなかった。森で生きていた時は、食えども食えども満たされなかった。燃費が悪かった事も含まれるが、今ほど腹が満たされることはまずなかった。森で満腹になるという発想が、理解の範疇を超えていた。
「あー……まあ、最初から話しましょうか……」
ぽつりぽつりとハクヤクは今日までのことを語り始めた。
赤ん坊だったテッシ、ミカ、ハクヤクは同じ日に孤児院に連れてこられた。物心着いた時から3人一緒だった彼らは、何をするのも一緒だった。遊ぶのも、昼寝も、イタズラするのも、怒られるのも一緒だった。
そんな彼らが今日は何をして遊ぼうかと悩んでいるとき、精鋭兵団というものが組織されたと、おばさん達の井戸端会議から情報を得た。無能を一掃した守備兵から、さらにふるいにかけられ選び抜かれたエリート揃いだという。
3人はそろって精鋭兵団を見に行った。今までの守備兵とどう違うのか、興味半分退屈しのぎ半分で見てみたくなったのだ。
修練場は孤児院に近く、特に道に迷うことなく着いた3人は、こっそりと修練場を囲う塀によじ登り、顔だけだして見ることにした。似たような目的の住人が多かった為、彼らはさほど目立たなかった。
修練場には50人あまりの精鋭兵が膝を曲げる、体をひねらせる等して体をほぐしていた。その中で、妙にイケメンのホブゴブリンと紅い鱗のリザーディアの存在に気づく。おばさん達の談笑内容から、褐色のホブゴブリンがジーク、紅い鱗のリザーディアがグレンという名前だと3人は知った。
始まった訓練は壮絶なものだった。
精鋭兵が次々に真剣で武器を持たないジーク、グレンに斬りかかるが、ジークは避けてカウンターを打ち込み、グレンは受け流し、勢いを利用して投げる。余りにも一方的だった。地力が違いすぎる、その場の誰もがそう思った。そして、素手だが手加減無用のガチだと戦慄した。
やがてジーク、グレン以外に立てるものがいなくなると、彼ら2人の真剣勝負が始まった。ノされた精鋭兵らも、ギャラリーの住人も、誰もがその勝負に目を奪われた。
ジークが石剣を振るえば、グレンはそれを紙一重で避け、分厚く重い大剣を鋭く振る。当たれば間違いなく無事では済まない一撃だ。ジークはそれを難なくひらりと躱し、首を狙い剣を振るうも、大剣が盾替わりとなり刃を阻む。動作はそれの繰り返しだが、その速度が速すぎた。誰もが目で追うのがやっとだった。
風切り音と金属音の嵐。舞い上がる砂埃と汗と、それを切る剣閃。これは敗北を知らない絶対強者の戦いではない。敗北を知り、泥と血と汗と埃にまみれながら力を渇望する獣の戦い。彼らはそれに魅了されたのだ。
孤児院へ帰った3人は、就寝時間になるまで昼間の出来事を熱く語りあった。そして、さっさと寝ろと怒られた。大人しく眠ることにした彼らの心中は、明日もまた行こうという気持ちで一致していた。
翌日は曇り空だったが、彼らお構いなしに同じ場所でのぞき見をしていた。しかし、その日は様子が違った。
昨日より明らかに少ない人数──13人が、木の杭を修練場の真ん中に並べるように突き刺していた。その上には目玉じみた的が乗っている。昨日とまるで違うからなのか、ギャラリーの住人は全くいなかった。
黒髪の男が残る12人に指示を出すと、彼らは的から離れて呪文を詠唱し、火球や水弾で的を打ち始めた。が、当たらず、的の横をすり抜け失速して地面に落ちる。
その最中、黒髪の男は3人の元へ近づいてきた。最初からお客さんがいることに気づいていたのだ。
「見学か?ああ、とって食ったりしないから安心しろ。流れ弾の警戒だ。……俺はナナクサって言うんだ。まあ、よろしくな。別に覚えるのが面倒なら覚えなくて構わない」
そう言って3人に並ぶように塀に寄りかかった。名乗っておいて面倒なら覚えなくていいと言うような変人とは初めての接触だった。
ナナクサが言うには、彼らは精鋭兵団から術の資質がある人材を拾い上げ組織した精鋭術兵団だという。彼らはまだ術を覚えてから間もないため、手元が狂ってとんでもない方向に行く危険性があるという。その飛んだ先が無人なら何の問題もないが……。
「今日みたいにお客さんがいるときは、ガード優先なわけだ」
つまりナナクサは見学者の盾らしい。
テッシ、ミカ、ハクヤクはこの日初めて術を見た。何もないところから炎や水や石を出すのは確かにすごいが、先日のあの真剣勝負に比べると、思ったよりもしょぼいというのが正直な感想だった。
「お前ら、しょぼいなって思っただろ?」
「「「うぇ!?」」」
「顔に書いてあるからな。なぁに、別にそれで怒ったりはしないさ。ほんっと、子供ってのはわかりやすいな。……その理論で言えば、顔に出る俺もまだお子様ランチが食える中身ってことかね」
やがて術を撃つものがいなくなると、ナナクサは無傷の的を数え始め、次いで地面の痕跡を確認する。
「……まだダメだなこりゃ、飛距離が足りてない。やはり長い目で見る必要があるか、それとも……」
実際、かなりの数が的に届く前に落ちていた。的手前の土だけが耕したかのように捲れ上がっている。
「個別特訓が必要か……?っと、今日の術訓練はここまでだな。つまんねー訓練に付き合ってくれた礼だ。面白いかもしれないモノをお見せしよう」
塀から少し離れ、手を上にかざすと、バチバチと弾ける巨大な閃光球が整形されていく。
「雷術[スパークリングノヴァ]だ」
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スパークリングノヴァ
射出系上位雷術。
目標へ巨大雷球を放ち、広範囲を焼き焦がす。一定時間後に爆発し、衝撃波でさらにダメージを与える。
雷球の大きさは消費魔力量に比例し、爆発時の衝撃範囲も同様に増加する。
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巨大雷球はそのまま曇り空へ撃ち上げられ、雲に至る手前で破裂。閃光が空を照らした。
「君ら、遊べるうちに遊んでおけよ。大人になるのは思ってる以上にあっというまだからな……」
ナナクサはへたれた術兵らのもとへ歩きながら背後へと手を振る。
残された3人は今日も戦慄した。
ナナクサが使った術は、暗く分厚い雨雲から降り落ちる稲妻の力そのものだった。分厚い雲に覆われ月明かりも星明かりも届かない夜を轟音と共に一瞬だけ明る照らし、浴びせた大樹を燃え上がらせる。天災に分類される自然現象を、被害が及ばない空高くへと撃ち出したのだ。
「15分休憩後に体術訓練だ!」
どうやらまだ訓練は続くらしい。退屈な気持ちも何処へやら、3人はその場に留まって見続けることにした。
「魔力が尽きて何もできないんじゃあ、殺してくれと言っているようなモンだ!!素手でも相手をぶっ殺せるようにならねぇとお話になんねぇぞ!!……さあ、俺をブッ殺すつもりでかかってこい!!」
そうして12人相手に1人で立ち回る。最小の動きで避け、鳩尾にカウンターをくらわせ、足払いで転倒させ、背負い投げで周囲を巻き込む。
どれだけの時間が過ぎただろうか。ナナクサを除く全員が疲労困憊、擦り傷だらけになたっところで訓練は終了した。
「今日はここまでだ。各自、寝る前の筋肉マッサージはきっちりしておけ。ちゃんと優しく、恋人の肌に触れるようにな」
「「「「俺ら恋人なんていねぇっすよ!!!」」」」
何人かからそんな悲痛な叫びが上がった。
「練習だと思ってやれ。せっかく彼女ができても、荒っぽくてフられたんじゃあ笑い話にもならんだろ?」
「そのうち筋肉が恋人になっちまいますよ!?」
「エコロジーじゃないか」
「いや、その理屈はちょっとおかしいです」
最後にナナクサは荒れた修練場の土を術(?)で固めた。疲れきった団員にやらせずに自らやるあたり、変だけど結構いい人かもしれないと彼らは思った。
「物好きな子供だな、最後まで観るなんて」
「あの、ナナクサさん。どうすればそんなに強くなれるんですか?」
ハクヤクは自然とそんな言葉を口にしていた。
オウガや獣人種のような強靭な筋肉や巨体があるわけでないのに、他を圧倒する強さを持っているナナクサ。対して、ハクヤクは白猫族の獣人だが線が細い。いや、子供なのだから何らおかしくはないが、常に共にいるテッシと比べてしまうのは自然なことだったし、それ抜きにしても女の子と間違われることもしばしあり、少しでも強く、男らしくなりたいと日頃から思っていた。ここで聞かないほうがおかしい。
「簡単に手の内は明かせないな。……一応言っておくが、君らの年で下手に筋肉をつけようと思うな」
「はぁ!?なんでだよ!?」
「ちょ、テッシ!?」
「あんた何言ってんのよ!!」
慌ててテッシの口を塞ぐミカとハクヤク。ナナクサは言葉を選びながら説明することにした。
「俺たちの体には、骨があって、筋肉があるだろう?いま筋肉をつけると、骨がのびようとしても筋肉が邪魔をするわけだ。そうなると、背丈が伸びない。相手よりでかい体であれというのは基本だな。白兵戦──剣だの棍棒だの持ってぶつかり合う場合、単純にデカいだけで有利だ」
ふんふんと頷く3人。テッシとミカは理解半分だったが、ハクヤクはきちんと理解していた。
「では、イイ体の基礎を作るためにはどうすればいいか。答えは単純だ。よく食って、よく遊んで、たっぷり寝ればいい。食えば食うほど体の材料になる。力の限り遊べば、成長の妨げにならない程度に体は頑丈になる。そして、遊び疲れてグッスリ寝ている間に背は伸びる」
「そんなことでいいんですか?」
「そんなもんだ。難しく考える必要はない。技術も確かに大事だが、君らはそれ以前の段階だからな」
そう言うと、ナナクサは修練場を後にした。あれだけの知識と強さを持っているのだから、ナナクサもまたダンチョーなのだろうと3人は思った。
孤児院へ帰った彼らは、やはりまた就寝時間になるまで昼間のことを熱く語りあった。そして昨日同様にさっさと寝ろと怒られた。
翌日、3人は真剣に考えた。強くなる為に、デカい体を手に入れる為に、1つ満たせていないものがあった。腹が満たされていないのだ。
シルベイクァンが領主代行となってから、孤児院には補助金が入るようになった。だが、元々火の車の家計であり、借金も相当に膨らんでいた。補助金は利息の支払に消えていったのである。
院の皆が沢山食べるには、まず借金を消さなければいけない。金銭を得るためには働かなければいけないのは当たり前のことだ。しかし、子供を雇う店などない。川から水を汲み売ろうにも、運ぶ為の荷車もない。あっても引くのは(テッシ以外)非力な子供である。一度に運べる量などたかがしれていた。
雇用も無理、商売も無理。最近では1日2食の日もある。メインの麦粥ですら大分薄くなっていた。ここに来て3人はようやく、孤児院の経済状況が水際だと気づく。
「今日も昼抜きだしなー……」
「昨日の話を抜きにしてもさぁ、お腹いっぱい食べたい……」
「…………」
ハクヤクは考えた。とにかく考えた。今日までの短い人生で一番考えた。どうすれば腹を膨れさせることができるか。このままでは自分たちの破滅だ。精鋭兵団どころの話ではない。
悩むこと丸1日。そうして答えが出た。
「森に行きましょう。そして木の実を、モコの実を取ってくるんです。今の状況、もう手段を選んでいられません」
「森っつーと、サーゴレか?ジャヌバか?」
「あんたね……なんで危険な方にばっかり突き進むのよ?」
サーゴレの森とジャヌバの森は、エルッケの森同様に比較的近い距離にあるが木の実は多くない。あくまで普通である。が、ジャヌバの森は肉食であるグレイウルフの、サーゴレの森は暗殺者の異名を持つ狡猾なフォレストフォックスの縄張りである。
どちらもエルッケの森以上に危険であるが、リターンも大きい。どちらの森でも極まれにハニーバグの巣が見つかる。甘い蜜を潤沢に蓄えた巣から得られるハチミツは高級品だが、採取には命の危険を伴う。それだけの価値は確実にあるが、子供が手を出せる相手ではない。選択肢はエルッケの森以外になかった。
「ゲンコツは覚悟の上です。もうクレア姉さんだけでは、この状況をひっくり返すことはできません。クレア姉さんはもう働き過ぎなんです。いつ倒れてもおかしくない。僕たちがやらなければいけないんです!」
「ねーちゃんのゲンコツは効くんだよなー……。けどまっ、ゲンコツはしゃーねーか。やろうぜ!!」
「やるわよ!下のおチビ達がお腹空かせてるとこも、クレア姉が無理して倒れるのも見たくないもの!」
怒られることを承知の上での選択だった。
しかし、サーゴレ、ジャヌバほど危険ではないが、丸腰で行くには不安だった。最低限身を守れる、虚仮威しくらいにはなる武器が必要だった。刃物があればいいが、子供が刃物を持ち歩くのは流石にまずい。門を出るところで呼び止められてしまう。
そこでミカは木剣を作ることを提案した。まず材料となる廃材は容易に手に入る。あとは持ち歩いても没収されないように、おもちゃだと、いや、ガラクタだと言い張れるような、不格好でいびつな形がいいだろう。それでいて、先端を鋭く……。
思いつく限りの備えをし、3人はエルッケの森へ入った。ただし、危険回避の為に浅く、大人に見つかっても『遊び半分でちょっとだけ入った』という言い訳が通じる範囲で。
そして1ヶ月──。3人の採取によって、孤児院の経済・食料問題は大きく改善した。月に1回だけだった肉が3回食べられるようになった。借金はひと月程度で大きくは減らないが、いつかは完済できる計算になった。
彼らは自然と実をつける木の位置を覚えていった。効率的に実を回収できるようになったことで時間に余裕が生まれた。その時間分、見よう見まねで木剣を振ったり、シャドーボクシングっぽいことをしたり、木登りの速さを競ったり……。エルッケの森は彼らの食料庫にして遊び場になったのだ。やがて彼らは自分たちを「赤い牙」と自称するようになった。ただカッコイイからという理由で。
テッシはもっぱら木剣を振っていた。ジークのように、鋭く振れるように。ただ、中身が伴っていないため、振るごとに口で「ばしゅーん!」とか、「ずばーん!」とか、「ずしゃーー!」とか効果音的なものを口にしながらである。
中身が伴っていない見よう見まねであっても、実際にやることで強くなったと錯覚してしまうものだ。力はあるが頭が少し残念なテッシもまた、「今なら魔物も倒せそうな気がするぜ!」と思うようになった。
が、立ち入っていいのはエルッケの森の浅い所だけという約束だ。院長──彼らの保護者は、森に入ることを認めはしたが、奥まで立ち入ることは許さなかった。
孤児院が抱える問題の多くは確かに改善された。それは彼ら3人の功績であることは間違いない。しかし、出来ることなら危険なことはして欲しくない、危険な場所へ立ち入って欲しくないのが保護者の心中だ。奥まで立ち入らないという約束は、様々な想いと問題が絡まり合って生まれた、とても大事な約束なのだ。
せっかく自前の木剣があるのに敵を相手に振るえない。テッシの中で不満がジワリと増えていく。
しかし、約束を破る気にはなれなかった。頭は弱いが、約束を破るのだけは絶対にダメだと思ったのだ。
仕方がないのでテッシは妄想絵日記を木炭の欠片で路上に描き、戦いたい欲求を発散することにした。絵心は雀の涙ほどもなかったが、いつかはこんな魔物を倒したい。ジークさんの下に就きたい。そしてジークさんの後を継ぎたい。と、将来の夢が具体性を帯びていった。テッシだけではなく、ミカ、ハクヤクもまた、将来を具体的に考え始めていた。
そんな時、絵心0の絵日記にリラが引っかかったのである。
お読み頂き有難うございました。
なお、真剣勝負の後にジークとグレンはナナクサからゲンコツをもらったようです。




