ちびっこ3人組
時間は朝食後まで遡る。
窓から見える空は雲一つない快晴。リラは新調した白いセーラーワンピースのポケットに、お小遣いの銀貨を3枚だけ入れたピンク色のうさちゃん財布と、キレイに折りたたんだ水色のハンカチを入れる。
「よしっ、あとは~」
自作した小さなピンク色の可愛らしいリュックに、包みに入ったランチボックスをそっと入れる。中身はキャベツを挟み、ソースをカツに染み込ませたメンチカツサンド4つ入りだ。
「じゅんびかんりょ~!」
リュックを背負い、自室から静かに出て鍵をかけ……ないで、廊下を歩いていく。鍵をかけないのは、リラの自室はユーディの自室でもあるからだ。
ユーディは基本的にナナクサの部屋に入り浸っているため、主に使うリラが鍵を預かっている。
が、だからと言ってカギをかけてしまえば、部屋の中にあるユーディの私物を、本人が必要でも取れなくなってしまう。尤も鍵をかけようがかけまいが、レディの部屋に無断で侵入する不届き物はこの屋敷にはいない。
リラは階段を一段一段ゆっくりと降りていく。背丈が低いため、階段一段を降りるのは割と面倒だ。身体能力を加味すれば飛び降りるのが最短であるが、しない。淑女を自称するだけあって、はしたない行動はしないよう心がけているのだ。が……はしたない行動の定義が些か歪んでいるため、実はあまり意味のない心がけだったりする。
正面の扉を必要な幅だけ開き、すっとくぐって外へ出る。
「いってきま~~す」
そっと扉を閉めて、パタパタと花壇に挟まれた石畳の道を駆けていく。
リラが一人外出はこれが初めての事だ。ナナクサ同伴でも2回目であり、今日までの滞在日数からしてあまりにも少ない。というのも、ついぞ5日前まで自分達が着る服の作成に夢中だったせいだ。そこで終わらず、余った布でぬいぐるみまで作成していた。要するに、楽しいことに夢中になり過ぎて時間感覚がバグってしまったのである。
自らの手で新たなものを生み出す行為は楽しく、自分に家族が出来た事も相まってリラの心は満たされた。
が、ここ数日で状況が変わった。
制作意欲が消えたのだ。3日前を境に、ぷっつりと作りたいという欲求が消えた。一種の燃え尽き症候群だ。リラにとって、現環境で初めての『退屈』だった。
何でもいいから楽しいことを欲した。だが頭の中にあるのは自分の知識の範疇だけ。それで満足できないからこその退屈だ。
ナナクサやユーディらに聞けば、何かしら打開のヒントはあっただろう。が、休日の彼らの時間を邪魔するのは無粋であると考え、ジークやグレン、アレリア、シルベイクァンらに聞くのもまた憚られた。ジークらは仕事の日であるし、邪魔をするべきではない、と。良くも悪くも、かつて一人で生きてきたため、根底にある自分の問題は自分で解決しなければならないという考え方が根強く残っているのだ。今のままでは何も変わらない。この考えのもと、一人散歩という名の冒険に出ることにしたのだ。
リラは屋敷の正門を抜け、記憶をたよりに歩いて中央広場にたどり着く。外見相応の子供ならば一人で行くには躊躇するような距離だ。
しかしリラに常識は当てはまらない。かの巨大キマイラを相手に怯えることなく単身で拮抗するだけの力量があり、竜種すらも捕食する実力者がその程度の事で怯えようか?早い話、怖いもの知らずなのだ。
仮に誘拐されたとしても、自力で縄を引きちぎり、誘拐犯を残らず喰らい殺し、何事もなかったような顔をして日常に戻るだろう。あの森に住んでいたかつてのリラにとって、襲ってくる弱者を迎撃するのは日常の事だった。強者となった今となっては、雑魚魔物以下の強さしか持たない犯罪に走る馬鹿を食うことなど、赤子の手を捻るより造作もない事だ。
「ん~、どっちいこうかな」
正面に見るのは木工所や木材商品を輸出する商会が多く立ち並ぶ南の大通り。
右を向けば露店が立ち並ぶ通称露店街へ。
左を向けば酒場や雑貨店、服飾店や靴屋が立ち並ぶ東の大通りへ。
これらのうち、通った事があるのは東の大通りだけだ。以前布や革等を買う為にナナクサに連れられて来た1度だけだ。
(ん~、あっちかこっち、かな~?)
西と南を交互に見て、迷う。そして閃いた。
(あ!南の最後まで行って~、壁沿いに西に行ってグルッと回っていけば、露店街に出られる~!)
思いつけば即行動、リラは迷いなくホクホク顔で木材通へ足を進めた。
トコトコと周りを見回しながら大通りを進んでいく。そこかしこから木屑の匂いと男達の汗の臭いが漂ってくる。
ちらりと木工所を覗けば、ガチムチの男たちが汗水たらして木材をのこぎりで切り落としたり、ヤスリで研いだり釘を打ち組み立てていたり、見習いらしい若手が親方と思われるいかつい男に怒鳴られていたり。
こっそり倉庫まで忍び込んでみると、ガチムチの男ふたりが仕事をサボってくんずほぐれつしていたり……。そっちに興味はないリラは何もみなかったことにして表の通りへと戻った。
時間をかけてじっくり見るも、リラの創作意欲を燃やすだけの刺激にはなり得なかった。
(ん~……びみょ~~……)
太陽は既に天辺まで登っている。思った以上につまらなかったため、通りの最後まで行かずに、途中の脇道を通ってぐるりと露店街へ抜けることにした。
建物の間の暗い道。少々、いやかなり狭い道だが、リラのお子様ボディならば問題なくすんなり通れる。
狭い道を抜けると、そこそこ広い通りに出た。ぐるりと見わたすと、石や木でできた家が立ち並んでいる。そこは住宅地だった。
「おお~~~」
年季を感じる古めかしい町並みで、どこか懐かしい気持ちにさせる空気が漂う。
シルベイクァンの屋敷がある北東区と、反対の北西区は領主や富豪などの家・別荘が並ぶ高級住宅地だ。需要が限られるエリアであるため建物の数は多くない。
農業・畜産を生業とする者は、朽ちた壁の外側にある、各々に割り当てられた畑や畜舎に並ぶように家を建てる。家畜の異常にいち早く対応する為、極希に現れる害獣を被害が大きくなる前に追い払う為だ。
これらに当てはまらない、酒場や木工所の従業員、商会の下っ端や守備兵の家があるのが、南東、南西の住宅地である。
ちなみに東西それぞれのど真ん中に兵士詰所と修練場が併設されている。この配置はズィローマが街の基礎を起こした当時から変わらない。有事の際に即駆けつけることができる距離にと考えてのことだと伝えられている。
「飛ばなくてせーかいだったな~♪」
飛べば早いが、体を変化させるだけでもそれなりのエネルギーを消費する。つまりはお腹が空く。さらに目立つ。リラにとってメリットが少なかった。
ナナクサはあらかじめ、外に出る場合は緊急時以外に飛んではいけないと釘を刺していた。竜の翼が生えた幼女が空を飛んでいると通報されれば、イロイロな意味で面倒事になるのは目に見えていたからだ。リラはそんなことはどうでもよかったが、無駄にお腹が空くのは嫌だったため、言うことを聞いているのである。
「んふふ~♪」
露店街へと出る予定を変更し、デタラメに住宅地路歩き回る。リラの心は躍っていた。この場所の空気が、リラの停滞していた根源に触れたのだ。時が経ち、風や雨で削れた町並み。だがここに廃退的な空気はない。
名前も知らないおばさんが狭い庭先で洗濯物を干し、道端でおばさん達がよく聞き取れない言葉で談笑していて、風化した塀の上で茶トラの猫が大きく口を開けて牙を見せるようにあくびして丸くなって……寝た。捕食者とも言えるリラが接近しても全く起きない。年老いているのか、あるいは完全に野生を捨て去った賢者なのか……。小動物にこういう反応をされるのは初めてだった。こんな具合だからか、昼時だというのに空腹が気にならなかった。
「あ、らくがき」
年季の入った石畳の道の真ん中には、子供が炭か何かで描いたであろう得体の知れない生物の落書き。狼のようにも見え、巨大な猫のようにも見え、馬のようにも見える意味不明の生物、いや、ここまでくると生物なのかどうかも怪しい。
「へんなの~」
「変なのとはなんだこのやろーー!!バカヤロー!!」
「およ?」
リラが視線を上げると、シャツとショートパンツを着た3人の子供が立っていた。真ん中に立ち、腕を組んで仁王立ちをしている少年が言ったのだろう。焦げ茶色の髪に額から生える2本の角、膝や腕や頬などにある擦り傷、年の割に筋肉が付いた体躯。オウガ族の少年だ。言うまでもなく怒っている。
右隣の少年はオウガ族の少年よりも細く、白髪に白い猫耳と尻尾が生えている。オウガ族の少年とは違い、特に怒っている様子はない。
左隣の赤髪の少女は、オウガ族の少年と同様、ところどころに擦り傷がある。にゅるりと腰から伸びる悪魔じみた黒い尻尾からディーヴ族であることが伺えた。
「俺様の絵日記にケチつける気か!?」
「んみゅ??日記は地面に書かないよ~?」
至極まっとうな切り返しだ。日記は日記帳に書くものであり、地面に書きなぐるものではない。そもそも、日記とは誰かに見せるようなものではない(夏休みの宿題は例外)。根本から間違っている。
「やれやれ……だから言ったでしょう、道端に絵日記なんて、落書きと思われても仕方がないって」
猫耳の少年と赤髪の少女がオウガ族の少年を見る。呆れと憐れみが混ざっていた。
「しかたねーだろ!!金ないんだからよお!!」
「あんたが日記をつけること自体間違ってんのよ。字がかけないから絵でってのは感心したよ?カンジンの絵心が足りないよの、絵心が」
「エゴコロって、なんだ?」
「「…………」」
はぁぁぁ……と、二人は深い溜息を付いた。
((ここまで馬鹿だとは思わなかった……))
二人がオウガ族の少年に向けた視線は哀れみの視線だった。
その視線の意味をオウガ族の少年は理解していない。哀れみという概念も知らない。だが、居心地は間違いなく悪かった。
「う……そ、それはそうと、お前、見かけないやつだな?」
居た堪れなくなったオウガ族の少年は露骨に話題を逸らした。
「リラっていうの~。よろしく~~」
以前シルベイクァンへ挨拶した後、年相応のまっとうな挨拶をナナクサは教え込んだ。あの挨拶は、ニンジャを殺す時に使うものだと無理やり納得させて。無論、無理やりであるが故に、忍者本来の意味は理解していない。結果、リラにとってニンジャとは、『殺すべき障害』という認識に収まっていた。
「俺様はテッシ!」
「あたしはミカ!」
「僕がブレーキ役のハクヤク」
「「「3人揃って、俺たちゃウルラントの赤い牙!!」」」
びしっと戦隊モノを思わせる決めポーズだ!かっこいいというより微笑ましい。
「……ハク、ブレーキ役ってなんだよ」
「僕が止めないと、二人共暴走するでしょう?」
「あたしもかよ!!」
ポーズの後は締まらなかった。
「ん~?漫才のれんしゅ~?」
「ちげぇよ!聞いて驚け、俺たちはな、精鋭兵団を目指してるんだ!!」
(精鋭兵団って……あ、ジークとグレンがこーたいでダンチョーしてる団だっけ~?たしかそう、たぶんそう)
やや間を置いて思い出すリラ。リラにとっては割とどうでもいいことだった為、忘れかけていたのだ。
「ウルラントの兵から選び抜かれた、一騎当千の最強集団、かっこいいですよね」
「あたしたちは今から鍛えて鍛えて鍛えまくって、精鋭兵団に入って、そして……3人揃ってダンチョーになる!!」
「お~~~、すご~~い……あれ?」
と、ここでリラの中に疑問符が上がる。
「ね~ね~、だんちょーって、1人だけだよ~?3人一緒にはなれないよ~?」
「「「え」」」
3人組の動きが凍りついた。
(……あれ~?もしかして変なこと言っちゃった~?)
リラはまだ完全に空気を読むことはできなかった。恋仲の男女に配慮することはできても、子供相手にはできなかった。
「いやいや3人だろ?ほら、いるじゃんかよ、イカしたホブゴブリンのジークフリードさんと」
「あたしの髪みたいに燃えるように真っ赤な鱗のグレン様!」
「真っ黒な髪と瞳の、知と狂気が同居した、ナナクサさん!」
「ほらな、3人だろ?」
(あ~、パパたちのことか~)
テッシ、ミカ、ハクヤクが続けざまに言う。そこでようやく、全てを理解した。彼らにとって、強者は皆団長なのだということを。それを引き金に色々な事を思い出すが、リラは空気を読むことを学習したので黙っていることにした。何よりも説明がめんどくさかった。
「ってわけで、あたしたちは毎日秘密の特訓をしてるのさ」
「日記が特訓なの~?」
「あれは俺たちが倒した獲物のキロクだ!!」
「正しくは、今後倒す予定の獲物です」
(うそっこ日記なんだ……だめじゃん~。でも……)
「倒せりゃ正しいキロクだろ!!」
「倒せれば、ですね。それと、本当に居ればですけどね」
(なんだか……楽しそう~!なんかなんか、今まで知らなかった何かが見えてきそう~!!)
この時、リラの中で停滞し錆びついていた歯車が音を立てて動き出した。
「ね~ね~。私も仲間に入れて~~」
「む、俺たち赤い牙に入団希望か!!」
「……考え直すことをおすすめします」
「ハク、余計なこと言うんじゃないよ!!」
一見すればトンチンカンな3人組であるが、彼らのやりとりから付き合いが長いことは容易に想像できる。じゃれあいの一種なんだとリラは受け取り、そう理解した。
「けど途中入団だからな、シケンを受けてもらうぜ!!」
にやりと口を歪めて笑うテッシ。
「テッシ、あんた何も考えてないでしょ?」
「ギク」
笑い顔が一瞬でひきつった。忙しい顔面である。
「図星だったみたいだね、全く……。あたし達の今の目標は、精鋭兵団に入ることよ。そのためには……」
(そのためには……なんだろ~~?)
「自分のエノノが必要よ!!」
「……えのの~?」
((うわぁ、締まらない……))
ミカもミカで、要所を噛んでしまう失態。本当に締まらない。リラはといえば、頭の中で『エノノ』というものが何なのかを馬鹿正直に検索していた。
「ミカ、かっこつけないで武器って言いましょうよ。あと、武器を得物って言うのは別にかっこよくもなんともありません」
「……自分の武器が必要よ!!」
やり直したミカの表情は、恥ずかしさからか若干赤くなっていた。ハクヤクのツッコミにもめげずにやり直すその図太さ、テッシは密かに見習おうと思った。
(あ~、エノノ⇒得物⇒武器!)
リラの頭の中にいらない情報が書き込まれた。
「ってわけだ。俺たちの剣、自分で作ったんだぜ!!」
ふふんと鼻を鳴らすテッシ。
「柄も何もない、握りと刀身だけですが、かなりかかりましたね。ナイフを持ち出せるタイミングにも限りはありましたし。今思えば、手を切らなかったのが奇跡ですよ……」
腰の剣を手にとって、綺麗とは言えないボコボコのイビツな木の剣を撫でるハクヤクの顔は綻んでいる。
「見てくれはまあ悪いけどな」
テッシとミカの剣もボコボコ。それでも自慢げだ。形はどうあれ、自分の手で作ったものだ。金になるものではないが、彼らにとっては間違いなく宝だろう。
「けどよーミカ。武器作るの時間かかりすぎるぜ?」
「あ……………」
しまったという顔をしている。テッシよりは考えているミカだったが、所謂ドングリの背比べであった。
「やれやれですね……まあ、歓迎しますよ、リラさん」
「わ~い!」
こうしてグダグダのままリラは赤い牙に加わった。
お読み頂き有難うございました。腰をやってしまいました。皆様も無理をなさらぬよう……




