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卑怯な汚い皮算用の策

 急ぎ屋敷へ戻った俺はシルヴィさんの書斎に押し入った。書類の山が積み上げられたデスクに座るシルヴィさんの後ろにはモントさんが控えている。あれは補佐と、逃げないための監視だろう。


「アラストル……か。お主、それだけのことを知ってよく平然としていられるものだな」

「平然?はは、ご冗談を。キマイラと対峙で漏らす一歩手前、さらに遡ればスライム相手に脱兎のごとく逃げ出した、至って普通のおっさんですよ?」

「その外見でおっさんと言われても、エルムでもあるまいに、誰も納得はせんだろう?」


 まあ、そりゃそうだわな。その辺はお互い様だ。


「実際のところは彼らにみっともないところは見せられないんですよ。本来、人の上に立つような柄じゃあないんですがね」

「上に立つ者の辛いところだな」


 いや、シルヴィさんはもう十分みっともないところを見せている気がする。……突っ込むのは野暮か。


「ふーむ……その名に覚えはないが……確かにあの時、ケルヴァが少しばかり別行動をしとったな。戻ってきた時だいぶ疲弊しとったから、何があったのかと問い詰めたが、最後まで口を割らなんだ。ケセラの話が事実だとすれば、あの疲弊は封印の為に複数の術を使った影響か。言わんかったのはエヴェルジーナ様の戦闘欲求を刺激させん為だろう」


 迂闊に話せば、せっかくの封印を解いてまで殴り合いをおっぱじめると考えたのか。なんという脳筋。まるでサ○ヤ人脳だ。


「遺言の類はなかったので?」

「キシュサールの奴が直接聞いたはずだ。ケルヴァが死んだ当時に同じ要領で空術を使えたのは、弟子である奴だけのはず。何も知らんかったというのは考えにくい」

「ではなぜ?」

「……アレリアから奴の書を受け取っているだろう?あの、タイトルがない本だ」


 ああ、あれか。今の俺の術教科書。確かタイトルを書く前に死んだって聞いたが……。


「…………キシュサールの自室はな、この屋敷の地下深くにある。研究中の術暴発による被害を最小限にする為だ。そこへ入ることが出来るのは、キシュサール本人と、その助手たるアレリアだけ。……奴はそこで目立った傷もなく、ベッドで眠るように生きを引き取っていたそうだ」


 一体アレリアさんは何者なのだろう?この話を聞く限り、軽く300年は生きているのは間違いない。実はエルム?それとも、シルヴィさんと同じく異常に長命なだけ?いや、今はそれを考える時じゃあない。


「つまり、引き継いだ封印に関する情報を書き残す前に死んでしまったと?」

「恐らくはな。或いはアレリアがまだ封印に関する記録を発見していないかだろう」


 そういえばあの本、厄介な場所にあるとか言っていたなぁ。……あれか?部屋までの道のりにトラップがあったり、魔物が徘徊していたり、怪しげな実験の失敗生物が繁殖していたりとか?おっかないおっかない……。


「早急に探し出してもらいましょう。それが見つからなければ話にならない」


 封印に用いている空術の発動式は必要不可欠。そもそも、同じ術を用いても通じる保証はない。万全を期すなら分析し、別の組み合わせで封印する必要が出てくる。劣化したらしい触媒の代わりも用意しなければ。

 ただ、問題は封印した位置の詳細が解っていない。触媒の劣化状態も……いや、必要な情報の殆どが不明なままだ。嗚呼、本当に時間が足りない。


「調査に出た精鋭兵団、精鋭術兵団、ハンター混成部隊からの報告はまだ?」

「うむ……近場といえど広い。時間が掛かるのは致し方ないことだ」


 まあ、調査が粗くなって見逃されても困るしなぁ。


 探索には俺が育てた精鋭術兵団も混ぜている。人が探る以上、見落としの絶対0はあり得ない。極々低確率でエラーは起こり得るのだ。が、エラーを限りなく0に近づけるのが仲間だ。だから仲間は大事にしろと最初に教えた。仲間を助けるのは自分であり、自分を助けるのもまた仲間である、と。



 封印とは要するに、複数の術を重ね掛けて異なる効果となったモノ。複数の食材を用いて、それに由来する美味なる食物に調理する事と思想的に大差はない。

 必要となる術は見積もって、最低でも3つ。

 巨体を別の空間に隔離する術。

 隔離された内部空間を破壊させないための弱体系の術。

 発動を長年に渡って維持する為の、ベースとなる魔力を集める術。

 そして、それらの術の発動式を刻み込み、安定起動させ続ける為の頑丈な触媒。


 術を多重同時発動させている触媒周りの魔力は当たり前のように乱れるのだから、術に心得ある者が複数人居れば十分気づける。

 触媒も何でもいいわけではない。その辺の石ころなど論外だ。恐らくケルヴァは手持ちの何かに即興で術を刻み込んだのだろう。対象はおそらく身につける何か、そう重いものではないはずだ。


「地震対策は可能な限りの手を打った。儂らはもう一つの最悪、アラストルの対策を話し合おう」

「そう言って、実際は自分で動きたいのでしょう?」

「当たり前だ。ただ、上に立つ者がじっとしていないのは有事の際は致命的だからの。せめて表で素振りだけでもと……」

「素振りをなさる暇があるのでしたらこの書類の山を片付けるべきかと。ああ、もちろん無理やり引き戻しました」


 モントさん容赦ないな……。


「出来る事は書類の始末か、皮算用の策を練るかになるだろう?どちらを優先するべきか、言う必要もあるまい」


 携帯電話(スマホ)でもあれば事情は変わるんだろうが、そんな文明の利器がない以上、指示を出すトップがあっちこっちに行っていれば、それだけ伝達の時間と手間がかかる。情報伝達の速度は、戦争、災害などの場面において最重要なのだから。


 アラストルが原因でないならばそれはそれで構わない。いや、大地震はできれば来ないでほしいさ、震災経験者だもの。二度経験したい奴などいるはずもない、居たら軽蔑するし、その場でぶん殴る。


 アラストルが原因ならば、最早幾許の猶予もない。かといって、今から俺が調査対象の森に向かっても、片道だけで相当の時間を要する。あたりを引ければいいが、複数、3箇所である以上、的中率は33%少々。その上調査箇所が視界不良な森の中。入れ違いになる確率は高い。

 つまり、ここで俺達が動くのは悪手。守備兵も可能な限り各所に展開させているわけで……そっちからもこれ以上の人員を割くことはできないしな。


 


 とりあえず、皮算用の策を練ることにした。その場その場の行き当たりばったりでどうにかなるほど、甘い状況ではない。


「まず現状での勝率はかなり厳しい。アラストルが黒竜の上位進化種たる邪竜をベースに改造されたという情報が事実ならば、今の魔都全戦力を合わせても勝てる見込みは無いだろう。辛うじて勝てても、人が住める土地が残っているかどうかも怪しい。なんとかならんか?」


 鍛え上げた精鋭兵団、精鋭術兵団でも、ほんの1ヶ月そこいらで劇的に強くなれるほど現実は甘くはない。精鋭術兵団には一通りの指導をやり終え、あとは各自の研鑽、質問があれば受付るという段階。つまり、基礎ができているだけ。これでアラストルと戦えというのは、弓の引き方も知らないガチの弓道初心者に、的前に立って4射皆中しろと言うようなものだ。無茶ぶりが過ぎる。


 最悪の状況を最小限の犠牲に抑え打開するには、絡め手、卑怯な手を要する。それがオイラの全てさと言わんばかりの汚い効率的な手が。


「んー……一応手はあります……が……」


 帰宅中に考えたが、アラストルを滅する手段は、結局の所一つしかなかった。


「言ってみよ」


 俺の足らない脳みそではこれが限界だった。


「遠洋にて、触媒に重石をつけての海底投棄。噛み砕いて言えば、封印が解けた瞬間から始まる、水圧による圧殺及び窒息です」


 いくらガワが頑丈とは言え、生命であるならば呼吸は必須。封印が解け、呼吸をしようとした瞬間、肺が一気に水で満たされるわけだ。海底の暗黒世界で超圧力にさらされ続ければ、無事では済まない。


 最初は噴火口に落とすという手も考えたが、問題点の多さからボツった。その噴火口はフェルニッヒ領という、大陸北東の、さらにその端っこにあるのだが……要約すると輸送距離が長すぎるのだ。それに加え、アラストルの鱗には非常に高い耐熱性がある。故に処理地には不向きだと判断し、その代替案で思いついたのが海洋投棄だ。


 西の塩の街道を通りレバンシュット領へと抜け、船で沖合に出て錘を結びつけ海底にポイっちょ。西門から伸びる塩の街道は海までの最短ルートであり、半分以上が舗装はされていないが、平たんな道が海岸沿いの街まで続くという。その条件であれば、ハヤブサの速度なら海岸線まで1日あればたどり着ける計算だ。


「残念ながらそれは不可能だ」

「……え?」


 シルヴィさんは書類の山を隅に避け、引き出しから折りたたまれた大きな紙を引っ張り出し、一面に広げた。


「これは、大陸地図ですか」


 大陸地図とは言っても、全形が記されているわけではない。地図南東にはバランドーラ死地と記されており、その先は地図に収まりきっていない。


「よいか、大陸東の海から反時計回りに南の海まで、近海はマーム族の領海だ。その領海を抜けられたものはおらん。何故かわかるか?」


 ……マーム族が船を沈めた?いや、海沿いのレバンシュット領では魚介類が主食だ。レバンシュット以外でも魚介類を取って食べる食文化がある領はある。そのマーム族が近海の恵みを独占している案ら育ちようがない文化だ。そう考えると、マーム族が襲撃して船舶を沈めると考えるには弱い。何か別の要因……嵐か?それとも海流に流されて?


 …………いや、まさか…………。


「船の強度がそこまで持たない?なんてことはあったりなかったり?」

「うむ……船がな、持たんのだ」


 ……技術不足か。


 シルヴィさんが言うには、かつてジローは造船技術も持ち込んだという。大型とは行かずとも、帆船を作り上げ、大陸の形状観測を、ゆくゆくは沖合での漁業も行おうとしていた。


 だが、近海には彼らがいた。海竜とその眷属──マーム族である。


 半漁人の外見をしたマーム族は、水中で無類の速さを誇る。彼らと海竜は船を外敵と判断し、その船底を穴だらけにして沈めた。これが、大陸地上に住む者と海に棲む者の最初の邂逅だったという。


 その後、長い時間をかけて和解し、近海で魚を取る代わりに木材を提供するという条件で海に入ることを許されたらしい。何故木材なのか、それ以上のことは知らないそうだ。恐らくは沈めて組み上げ、漁礁にでもしているのだろう。あるいは家でも作っているのだろうか。


 問題なのは、その沈没時に操船・造船技術をもつ者全員死んでしまったという点だ。次郎丸らしくない失策だ。和解までにかかった時間は長く、それは住民に遠洋へ出ることへの恐怖を植え付けるには十分だった。近海の素潜りだけで十分に魚や海藻等を取ることができるため、遠洋へ出る魅力がそれほどなかった事も理由だろう。さらにマーム族は、遠洋には超大型の危険生物──海竜が多くいるいるという情報ももたらした。それも相まって、遠洋に出ること自体が忌避されている。


 いくら次郎丸が技術を存分に振るうことができたとしても、たった一人の力でまともな帆船を作ることは実質不可能。そうして造船技術を継承する人材もなく、学ぼうとする意思を持つ者もなく、次郎丸が死んだことでその技術は絶たれてしまった。現在作れるのは、カヌーに帆をつけた小さな船程度らしい。


 そこまで聞いて、俺はもうどんな顔をしていいのかわからなかった。技術者として技術を伝えられず、同志を死なせ、最後には埋没させるしかなかったその心情は、計り知れない後悔と悲しみだったろう。


 船で沖に出られない……となると、沖に行けるだけの船を誂えるしかないか?いや、建造のノウハウがない以上、相当の時間を要するだろう。俺は次郎丸と違って造船知識はまるでない。むしろ超巨大投石器を作って海に放る方がまだ現実的だ。

 或いは、俺の[錬金術もどき]で使い捨て前提46cm砲を錬成、砲弾にぶち込んで打ち出すか?……どこからそれだけの金属を?それに火薬も足らない。火術で代用するには瞬間火力がまるで足らないし……。


「もういっそ鳥に捨てさせる?いや、それこそ無茶か……」


 そりゃあ空を飛んで沖合に出ることができれば、万事解決するが。それだけの距離を、重石付きで飛べる鳥はいるのか?それも、落下地点を判断させて……。


 投棄手段で頭を悩ませていると、シルヴィさんが思い出したように口を開いた。


「希望があるとすれば……エディッセレク領に集落を持つハルピュイア族だの、……いや、ダメか。アレは要件を3歩で忘れる種だった……すまぬ」


 案は自己却下された。っていうか、3歩で忘れるのによく集落とか作れるな。逆に凄いわ。

 ……あれ?一寸待て。空を飛べる人物、すごい身近にいたような……。いや、鳥とか竜とかそういうのじゃあなくて、ちゃんと対話できる、鳥頭じゃない………あ!!!


「リラ!!リラなら飛べる!!」

「そうか、その手があったか!!!」


 揃い揃って年甲斐もなく叫んでしまった。


 迷宮で黒竜を喰らい、体を部分的に竜化させ、さらに爆発的出力で空中を高速移動することができるリラならば、高高度からブツを海上へ投棄することなど朝飯前だろう。勝ちの目が出てきた!!これでなんとか丸く(?)収まるぞ!!!


「……して、ナナクサよ。リラちゃんは一体どこへ行ったのだ?」

「え?……シルヴィさんご存知ないんで?」

「わしゃ朝からほぼずっとここに缶詰だぞ?一時抜け出して即引きずり戻されたが……知るはずがなかろう」

「モントさんはご存知ないですか!?」


 モントさんは静かに首を振った。


*






 階段を駆け上がり、自室の扉を思いっきり開ける。


「ユーディ!リラはどこにいる!?」

「ひゃ!?」

「な、ナナにぃ、ノックして……」

「あ、すまん……お?」


 部屋にはクリナもいた。丸テーブルの上には色とりどりのリボンが乗っている。


 ユーディはピンクのレースリボンで髪をツーサイドアップに、クリナは三つ編みをほどいてポニーテールにしていた。見る限りどうやら髪形を変えて遊んでいたらしい。


「んぅ、どうかな?」


 空色の髪にピンクがよく映える。うん、いいな。可愛い。


「これなら、使う時もやりやすい、よね?」


 ……ん?使う時?やりやすい?なんのこっちゃ?考えるが答えは出てこない。


「むぅ、ほら、夜……」


 少し顔を赤らめたところでようやく気付いた。ツーサイドアップを掴めと、そう言っているのだ。

 ユーディは普段甘えん坊だが夜はドMである。なんでまあ、普段甘やかし夜はドSの俺とは相性が非常にいい。……が、なぁ。


「流石に痛くないか?」


 髪の毛つかんで動かすのは大分痛いと思う。毛髪をつかんで引っこ抜く趣味はない。確かにあれは征服感あるだろうが、なぁ?


「その時はその時。痛かったらちゃんと言う」

「ゆーちゃん、意味が解らないんだけど……」


 流石にクリナはツーサイドアップのエロい使い方に気付いていないようだ。いや、気づいたら親父さん泣くと思う。


「やって駄目だって思ったら即止めるからな?って、そんな話をしている場合じゃあないんだった!!」

 

 アホか俺は。この部屋のまったりした空気に毒されてしまったらしい。流石の病毒耐性もまったりには効果がなかった。


「二人とも、リラがどこにいるか知らないか?」

「んっと、リラちゃん、朝から出かけていないよ?」


 なん、だと……。いや、確かにかなり自由にさせているからどこもおかしくはないが……。

 ここ最近は朝食後に昼の弁当を渡す形になっている。何せ俺は休みでもあちこち飛び回っている場合が多く、時間通りに昼食を用意できる保証がないからだ。=弁当持参で遠出もできるということである。


「ど、どこに行ったかは……」

「ごめん、わからない。でも、あと少しで帰ってくると思う」

「その心は?」

「お腹が空いたら帰ってくると思うの」


 ああ!なるほど!!お腹が空いたらか~えろ!!とも言うしな!!リラ程食欲に忠実な子を俺は知らない。間違いなく夕食前までには戻ってくる。

 触媒発見の報告もまだ無い。ならばどっしり構えて、夕飯の用意をしつつ帰宅を待つべきだろう、うん。俺が焦ったところで何が変わるわけでもないしな。ひとまずはそう結論付けた。




 クリナが帰った後、俺とユーディはいつも通り、料理を教えながら夕食の準備を進めた。普段やらないことをすると、余計に腹が減るものだ。ジークとグレンは相当腹を空かせて帰ってくるだろう。


 今日の夕飯はチャーハンと、付け合わせにわかめスープと山盛りのみそ野菜炒めだ。それと漬物を少々……。肉の流通減少と値上がりも踏まえると、解決し、健全化するまで肉の使用をできる限り抑えておきたい。この屋敷のエンゲル係数はかなり高いからな……。食材の値上がりは死活問題だ。なんでまあ、肉はチャーハンの中の刻みチャーシューだけになる。俺が自信をもって仕込んだ秘蔵の品ということで、勘弁してもらおう。


 しかし、日が落ちて夕食の時間になってもリラはおろか、調査に出たジークとグレンも帰ってこなかった。

お読みいただきありがとうございました。次回はリラの視点で話が進みます。

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