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次元の最果で綴る人生~邪魔者⇒葬る~   作者: URU
変革のグランバレヌ
512/512

ミリルクラリア その3

*




「こりゃまだえらい事になってるな……」

「うーん、死屍累々……いや、むしろ死樹累々?」


 豆腐ハウスに戻った俺とフィエルザは、入り口で仁王立ちするメタルマンの前に広がる有様を見る。


 夥しい数の、見知った質の木片。この場の木片の殆ど、或いは全てがカーストレントのものだ。懸念が現実のものとなった確たる証拠である。


「うらば弓引かんでも、こいつトレントば全部潰しよった」

「潰した、ねぇ……」


 落ちていた木片を一つ摘まむ。文字通りの意味で叩き潰し爆散したんだろうな……。

 ここまで木っ端微塵じゃあ、ある程度の長さが要る杖には使えないだろう。使えて着火剤か……さらに細かく砕いて圧縮し、重ねて合板にすれば再利用できるか?

 いや、俺はカーストレント材の扱いに関しちゃ素人……貴重な素材ならば、思いもよらない活用法があるかもしれない。で、あれば、焼き捨てるには惜しいか。


「んで、そん様子ば見とったフワモコば怯えてな……。奥ん部屋で縮こまっとる」

「刺激が強すぎた、か」

「じゃっど、イバば血ぃ見て滾っとる」


 流石……魔物を食うだけある。

 ……間違いなく、今日中に移住するべきだな。基本、生き物の乳の出や味は食事やストレスに大きく関係する。荒事を好まないフワと……特に乳を出すモコのメンタルを考えると、すぐにでも動くべきだ。ミルクの質は、ルバニの体調を左右する一因でもあるのだから。今、最も重要視すべきなのは、安定。安定だ。


「お疲れ様だ、ウバン。メタルマンもご苦労さん……[精製]──インゴット」


 役目を終えたメタルマンを鉄インゴットの山に変えた。


「せっかく作ったのにもったいなくない?」

「確かに勿体ないが、これ以上は危ない」


 大型の人型兵器を作る際の最大の障害が、自重に耐えうる金属強度だ。それこそが巨大人型兵器が作れない理由の一つであり、それは3メートルもの巨躯を有するメタルマンも例外ではない。元より短時間の使い切りが前提だ。長期運用ならオードストラードの漆黒角をふんだんに使っている。


「疲れているところ悪いが、移住するぞ」

「こん時間ば移住?もう日ば暮れんぞ?」」

「なぁに、一瞬で済むし、ここよりずっと安全で広い。滾るイバを走らせるにもちょうどいい筈だ……木片とインゴットの山は、今日の所は放っておいて、明日回収しよう」


 流石に今日中に掃える量ではないし、インゴットの回収も含めれば猶の事だ。優先順位を間違えてはいけない。




*




「えらか広ぉなぁ……」


 ルバニを抱いたウバンが、壁に囲まれたルクラリアを見渡して呟く。


「ん?雲ば無か…………っ!?ナナクサ、こん場所ば、まさか雲ん上か!?」

「正解。ここならルバニを脅かす魔物はいない、イバも十分走り回れる、フワモコが食べる草にも困らない。身を隠すには最上だ」

「はー……」


 ウバンは呆けた顔で、星の輝きが見え始めた空を仰ぎ見た。……そういう顔できるんだな、お前。


「今日の所は下と同じ豆腐ハウスを用意する。明日以降は、順に用意していこう」

「容易って、畑とかトイレとか?」

「ああ。ただ、畑の水回りとトイレの衛生を考えると、水路も走らせたい所だが……水源をどうするか……」


 水の流れが無い水路はとてもよろしくない。水が留まる事で腐って濁り、臭く汚いドブに変貌してしまう。水路の清潔を維持するにあたって、水の流れ──つまるところ、継続的な水の生産が必須だ。まさか俺が張り付いて常時[創造]でたれ流しにするわけにもいかんし……。


「あるじゃない、ラシルラルバで頂いてきた[水の珠]が」

「……ああ!そういえばあったな!」

「完全に忘れてたわね?」

「120%忘れてた」

「ま、気持ちはわかるけどね。あたしもあの痴女の事は思い出したくないし」


 うん、ルクラリアの真ん中に池を造って、そこに台座を用意して珠を置いて、そこから放射状に水路を走らせれば解決だ。汚染されていない余剰な水は空から撒けばいい。この高高度から地上に落ちるまでに風に乗って霧散するしな。


「ウルラントにはもう水出せるモノあるから需要ないし、ここで使い続けるのが一番よ。盗まれる心配もないしね」


 確かにな。アラストル襲撃の際、避難のどさくさにまぎれた火事場泥棒が対象に捕縛され、誘惑に負けた犯罪者予備軍が軒並み処理された。

 そう、あれで捕まり粛清処理されたのは、誘惑に負けたバカだけだ。状況判断が出来るだけの考える頭を持つ犯罪者は捕まっていないし、ウルラントの外から手癖が悪い奴が流れてこないとも断言できない。

 既に解決したことだが、外から入ってきた麻薬によって、ヒト1人破滅に追いやられた上、別口で洒落にならん火災まで引き起こされた。

 悪意というヤツは、ヒトがヒトとして生きる限り、善悪の概念を知ってなお誰もが抱くもの。それはヒトそのものが潜在的に悪であるからだ。それ故に、対となる善が眩しく、讃えられる。


 それはさておき……


 [水の珠]の性能はケセラが管理する迷宮から産出される魔石に発動式を刻み込んだモノと殆どまる被りだ。

 違いがあるとすれば、宝石のような美しさの有無と、その希少性。欲を刺激するには十分な付加価値だ。

 盗人を血祭りにあげる事は簡単だが、英雄とか呼ばれる俺が血祭り粛清して護るモノという余計な箔がついてしまう。粛清そのものが、より厄介な盗人を呼び込む付加価値になり得てしまうのだ。それじゃあ殺しても解決しないどころか、面倒を延々生産する切欠にしかならないわけで……。


「それで行くか。……一先ず夕食にして、済んだら水路を引く仮の線を引いて、その上で仮設豆腐ハウスを建てよう」


 それならいっそ、外に出さず飼い殺す。フィエルザの案は最良と言えるだろう。


「だが、問題は……」

「まだ問題あるの?何?」

「……俺な、箱庭系のゲームが苦手なんだ」

「…………はい?」


 箱庭系。つまるところ、限られた空間を弄って街並みやら何やらを作り、あらかじめ定められたプログラム通りに動くNPCを生活させるゲームだ。

 その手のゲーム、俺はどうにも効率的な動き方を考えた建物の配置に納得できず、何度も何度も潰しては立て直してしまう。

 あいつは……次郎丸はそう言うのが得意だったから、ウルラントは完結した都市として仕上がったんだが……完結しすぎて拡張性を失ってしまった格好だ。


「あー、ねぇ……。おとーさん完璧主義のケがあるからねー……。まぁ、あんまり堅苦しく考える必要無いって、フィエルザさんは思うわけよ。住むのは4人と3頭なんだし、ここに何十人何百人も住むわけじゃないんだから、ゆる~く気楽に考えればいいのよ、気楽に。必要なの建ててもめっちゃ土地余るし。何ならその日その日で寝る家変えてもいいじゃない?」

「そりゃ贅沢が過ぎるな……」


 要するに、大分広いとはいえこんな近い範囲で別荘扱い前提の家建てろって話だろう?

 うーむ……別荘なんて発想自体無かったな。……いや、それに関しちゃしょうがない。

 別荘なんてもんは維持管理に金が掛かる、持っているだけで金を食う。故に金持ちだけが所有し続ける事が出来、一般庶民にはまるで縁がない存在だ。

 今の俺は金に困るほど困窮してはいないし、何なら半無尽蔵におマネーが生み出せる。金持ちかと問われれば間違いなくイエスの分類に入るだろう。

 だが、根の感覚と価値観は庶民のそれだ。まだ成金にすら染まり切っていない。故にか、フィエルザの贅沢な提案にイエスと声を大にして言えない。いや、何よりも……


「逆に4人と3頭しかいないんだから、家を増やせば増やす程掃除管理する物件が増えるばかりでよろしくないんじゃあないのか?」

「仮設のままで増やせばいいでしょ?生活してたら便利な立地の家に居つくようになるし、そうなったら使わない家は土に返せばいいじゃない?おとーさんならお茶の子さいさいでしょ?」


 お茶の子さいさいってアンタ……。


「実際、しばらく生活しないと、何処に何があると便利かーとか、アレは要らないとか、そういうのわかんないでしょ?本命は全部はっきりしてから建てるべきよ」

「……それもそうだな」


 確かにそうだ。こういった集落建築に関して俺は素人。いや、あらゆる分野において、素人が最初の1発目でパーフェクトな結果を出せるものではない。俺の調理技術然り、製菓技術然り、魔法然り、格闘術然り……それぞれに程度の差はあれど、結果を出せるのは日々の研鑽によるものだ。才能が有ろうが無かろうが、積み重ねが無ければ結果は出ない。0はいくら足しても0だ。


 しかしまさか、フィエルザに段取りを説かれるとは。フィエルザが成長したのか、俺が耄碌したのか……前者であってほしいところだ。




*




 その夜、豆腐ハウスの外──。


「いい夜だ」


 急ぎやるべきことは終わった。知恵の木の植え替えやら畑仕事やらすることはあるが、それらは急ぎじゃあない。ひとつの大仕事が終わって、肩の荷が一つ下りた──そんな感覚だ。


 背後に整然と積み上げられた、重量1キログラムに調整した金塊棒の山。それらは全て、[グラットストマック]に収納されていた砂金を[創造]を以って同一規格に加工したモノだ。全部で5000本、5トンある。金が高騰する現代地球ならば、一生働かずに暮らせるであろう財産だ。

 ちなみにこれでも全体のごく一部。自分の財産に身震いするよ、恐怖心でね。


 [グラットストマック]からフタ付きの小さな壺──[マジックポット]を取り出し、その場に座る。

 これから魔法ガチャ──おしゃべりな壺[マジックポット]に金塊を食わせて、未知の魔法を手に入れようってコトだ。


 よくソシャゲのガチャはやばいと言われるが、何がヤバイかというと……電子上の決済故に、現金を支払っている──おマネーを失っているという感覚が希薄という点だ。特にカード決済や通信費合算決済の場合、財布から現金を引き出すわけじゃあないが故に、手元の現金が物理的に減る感覚が無く、お金が足りなくて諦めるという選択肢が脳裏に過りにくい。

 故に、多くの人間が知らずの内に破産し、三食もやしの極貧生活を強いられる。……自業自得だけどな。因みに俺はそこまでハマったことは無い。


 が……タネ銭を天文学的レベルで持っている状況でガチャる経験なんて初めての事。おまけに少しばかり検証癖もあるわけで……。

 問題なのは、ガチャ1回にかかるコストだ。1回100円200円のガチャとは次元が違う。ケタどころの話じゃあない。

 引く全てがダブらずアタリならば何も問題はない。だが、ガチャにおいてダブり無し全部アタリなんて夢物語だ。どうしてもハズレを引いてしまう。即ち、カネをドブに捨てるケースが生じてしまう。その金額が未経験ゾーンなのだ。

 ハズレを引き続けてなお、平静を保ち続け、冷徹な機械のように引き続けられようか?多分無理だ。熱くなって引き続けているか、ヤケクソになっているか、或いは浪費した巨額を前にゲロっているか……その時俺自身がどうなっているのか、予想がつかない。


「客観的に見れば、今の手札に──俺自身の戦力に不満なんて見当たらないんだろうが……」


 主観で見れば穴は多い。特にバヌブグナス相手ではそれが目立った。

 ほぼすべての資質を持っていて、膨大な魔力と代替できる神力まであって、その前提を以って相手に対し有利属性を選びゴリ押しで潰す。世の魔法使いが聞いたら殺してでも奪い取りたい才と言っていい。


 魔法使い──否、ヒトの資質は本来、一つか二つ程度だ。その前提で、俺よりずっと少ない魔力で効率的に、それでいて不利な相手には応用を利かせてダメージを通す工夫をしなければならない。

 一般的な魔法使いを武器1本持った戦士と例えるなら、俺は何十種もの武器を常に背負って、無尽蔵に近い体力を持った上で有利な武器を選択し、トンデモ馬鹿力て相手を粉砕する頭悪いボスみたいな存在だ。


 にもかかわらず、敵の生死を確かめる余裕もなく、満身創痍のスッカラカンで逃げた。これで穴がないなんて、口が裂けても言えやしない。


 現状で穴をふさぐ方法は2つ。既にある手札を磨き上げ、応用幅を増やしていくか、穴を塞ぎ得る新たな手札を獲得するか。


 俺の本業は、あくまでパティシエだ。製菓が主体だ。カタギだ。本業がカタギのなんであれ、真っ当な技術の研鑽を積むという事は、それに対し少なくない時間を浪費するという事だ。

 戦いの技術を高めている間は、無関係な技術を高める事は出来ない。最悪、持っていた技術の水準を維持できなくなってしまう。店を構えている身として、それは最も回避すべき事態と言える。そしてそれは、ウルラントに帰ってからも続く事だ。


 だが、手札を増やすだけならそう難しい話じゃない。魔法を覚えて、最低限扱えるレベルになるまで反復練習。現状ではこっちの方が少ない労力で済む。

 まあ、一つを極めて縦に延ばすのと、手札を増やして横に広がるのと、どっちが向いているかは人それぞれだ。俺は横に広がる方が楽な性分──器用貧乏だからな。


「まぁ、兎も角始めよう。時間が惜しい」


 金塊棒を手に取り、壺の蓋を開け、発声の猶予を与えずに突っ込む。



 狂気の宴が始まった。



 夜のルクラリアに、壺から発せられた金を求める声が響く。



 山積みになった金塊棒は、刻一刻と減っていく。



 壺の声の間に流れる、嗚咽。



 誰の?



 俺のだ。



 やがてルクラリア外壁から登る、朝日。

 朝日が照らす光を跳ね返す黄金色の棒は──。




+



 金──化学式Au、原子番号79。それは物質的価値が最も高い貴金属として、地球において広く認知されている物質だ。

 だが、その価値が高まったのは近年になってからである。スマートフォンなどの電子機器部品に広く使用されることで需要が高まった等、高騰する理由は複数存在する。


 2023年のグラム単価は一万円前後で推移しているが、スマートフォン──否、携帯電話の普及が本格的に始まった時代、2000年時点のグラム単価は千円程度と、べらぼうに安い。現在と比べ金の価値が安価故に、かつてカードゲームを提供する国内メーカーがレアカードを純金で制作し、カードパックを開けて出た当たり券を郵送すればもれなくプレゼントというトチ狂ったキャンペーンを行えたほどである(作者実体験談)。今、同じメーカーが同じ事が出来ようか?多分無理だろう。


 では、ナナクサが死亡した時点、平成末期の金相場は?


 ──グラム単価、5000円前後!5倍にまで高騰!

 今回、ナナクサが上限に定めたのは重量は、5トンッ!単純計算で、250億円ッッ!!サラリーマン250人の生涯収入額相当であるッ!!


 250億上限のガチャなど、誰が想像できようか?誰が夢想しようか?誰が夢見ようか?誰も見やしない。石油王めいた消費をせずとも、十分目標に届くからだ。


 この最果ての世界における金相場はどうか?

 分りやすく金貨に換算しよう。金貨1枚に使用される金は、国は違えど凡そ10グラム前後に収まっている。国が違うのだから、硬貨の大きさや形状、1枚当たりに使われる金の量もバラバラだ。国ごとに金相場も違い、国によっては金貨自体が存在しない、金の輸入に高い税が課される等、事情はまるで異なる。


 では、ナナクサが帰りたがっているウルラントでは?

 市井で金貨が使われることはほぼ無く、銀貨・銅貨・その中間の大銅貨が主体だ。それだけで、金貨が特段の価値を有している事がわかる。

 肝心のレートは……銀貨100枚=金貨1枚である。これを凡その相場に当てはめ、現代日本の物価にすり合わせていくと、金貨1枚あたり10万円相当。1グラム約1万円と、奇しくも2023年時点の相場と大差がない。


 ここで高額品を例に出そう。

 ──長距離ミサイルの価値は、1発約10億である。街を一発で廃墟にする兵器が、10億円だ。

 最上位・天上位に連なる魔法の威力は、使い方次第でミサイルにすら比肩し得る。事実、フィエルザが扱う[フローズヴィトニル]や[コキュートス]は、ミサイルと肩を並べるに足りる威力を有している。

 ミサイルは使い捨てだ。再利用は出来ない。だが魔法は違う。習得し使用する者に体内魔力がある限り、命が続く限り、回復を待てば何度でも撃ててしまう。そのコストパフォーマンスは、あらゆる現代兵器を凌駕しているのだ。

 そう、単純に、現代地球の価値観が根幹にあろうと、1つでも最上位あるいは天上位魔法を修得できれば、その価値は長期的視点で見ると長距離ミサイル50発分と十分釣り合いが取れる。


 ここにナナクサの[不老]要素が加われば、寿命による魔法逸失のリスクが無くなり、天秤は一気に傾く。

 ガチャという視点で見ればトチ狂ってはいるが、現代兵器換算という視点に変えれば、妥当な投資とも言えなくはない。


 だが、しみついた庶民の価値観は、そんな免罪符をものともしない。風呂場のゴムに侵食した黒カビのように、極めてガンコだ。


 そんな昔の価値観を捨てきれないままにやる、超高額ガチャ。


 当然ながら……


「ははは……ふへははは……」


 まともでいられるはずがない。


 焦点が合わないまま、大の字に寝っころがり天を仰ぐナナクサ。

 微かに開いたままの口からは、乾いた笑いが漏れ続けている。消費に見合った魔法を手にしてることが叶ったかどうか、一見して分かる状態ではない。


 天井として用意していた金塊棒は……無。1本も残ってはいない。一晩で、250億円。狂気の沙汰だ。

 その全てを消費したナナクサは、真っ白に燃え尽きていた。


「はっはっはっはっは……ふへーっひゃっはっは……はぁぁ……やっぱ、怖えぇわ……」


 だがこれでも、破産ではない。所持する金塊の一部であるからこそ、無限にダイヤモンドを生み出せるからこそ、辛うじて正気のままでいられたのだ。


「……こんな朝から何やってんのよ」

「ああ、フィーか……」


 仮設した豆腐ハウスから、重い瞼を擦りながらフィエルザが歩いてくる。

 返事をしたナナクサは、未だ大の字で寝たままだ。


「一晩かけて、ガチャってた」

「寝る前に見たあれ全部使っちゃったの!?」

「ああ。5トン全部、250億円相当を全部。しかも途中から、身体強化使って高速投入だ」

「うわぁ……成金もびっくりな消費をした今の感想は?」

「やっぱガチャは精神衛生上よくないわ……相応の成果はあったけどさぁ……脱力感がシャレにならん……。……そこ、見てみ、どんだけヤベー時間だったかわかる」


 寝たままナナクサはある方向を指さす。そこには、得体の知れないどろどろとした何かぶちまけられていた。漂う異臭。そこには昨晩ナナクサが食べたヤキソバパンに含まれていた紅ショウガらしきものが残っていた。


「まさか……吐いたの!?人を殺しても平然としていられる図太いおとーさんが!?」

「あのなぁ……。人生10周しても稼げない財産が爆速リアルタイムで消えるんだぞ?頭の中で理解しているのと、自分の手でそれをやるのとじゃあ違いすぎる。おかげで今、腹の中は空っぽだ」

「ああ、うん……そりゃあそうね……。それで、吐くまでやって収穫は?」

「あった。あの金塊相当、いや、それ以上の価値は間違いなくあった。無かったら……完全に精神ぶっ壊してる自信がある」

「そんな自信あってもしょうがないでしょ……」


 もっともな意見である。


「で、おとーさんをここまでヘロヘロにしいた[マジックポット]はどこ?ちゃんと仕舞ったの?」

「割れた」

「……割れた!?」

「ああ、割れて粉になった。最後の魔法の知識を俺の頭に叩き込んだ後、頭がパーン!パパーーーン!!パパパパーーーン!!って感じに、木っ端微塵の爆発四散ミトコンドリアだ。……そこのゲロから少し右に、何か灰色の粉あるべ?それ、壺の慣れの果て」


 言われてフィエルザは視線をスライドさせる。そこには確かに、得体の知れない灰色の粉末があった。


「割れた、ねぇ……って事はもうガチャらないって事よね?」

「ああ。……正直、また[マジックポット]を手に入れても御免だ。ガチャ1回に金4キロだぞ?こんなんやってたら廃人になっちまう。次に手に入れたら即叩き壊すわ」

「それで、そうまで言える成果はどんな感じ?」

「……まず前提が違った。あれは全ての属性の魔法から抽選するんじゃあなく、空魔法のみに絞って抽選する物だった」

「……聞いた話と違くない?」

「ああ、大違いだ。他の壺と仕様が違うのか、意図的に歪められたのか、或いは……リーンブライトが保有する[マジックポット]が1つじゃなかったか、だな」

「で、空魔法って……確か、おとーさんがまるで制御できなくてお蔵入りにしてた、アレ?」

「そう、その空魔法を11種、習得した。その結果……諸刃の切り札[ツェアシュトールング]を改善する……まともに撃てるとっかかりになった」


 [ツェアシュトールング]──覚えているだろうか?

 かつてナナクサとユーディリアが海底にて呪いの大本たる肉の繭を滅ぼす際、ナナクサが片腕を犠牲にしつつ、照準と体内魔力をユーディリアに頼り放った、弾道上の空間を削り取る魔法だ。

 ナナクサ自身の[ノーコン]具合と、膨大な体内魔力消費、腕部欠損による激痛下で発射までの長時間制御、そして無限の射程が環境に及ぼす影響──それらを理由に、以後一度たりとも使っていない、使えるものではないナナクサのオリジナル欠陥空魔法だ。


 その[ツェアシュトールング]を改善できる──それが示す事は即ち、ミサイルを──否、核兵器を手にした事と同義と言っていい。


「まあ……なんだ。成果は追々見せていくさ」

「んー、まぁ、[ツェアシュトールング]の事は前に少し聞いたけど……おとーさんさ、ウィルゲート統一でもするつもりなの?」

「んな面倒臭いマネせんよ」

「そ。……それで、立てそう?」

「しばらく無理だ。……節々で素が出てるだろ?」


事実、ナナクサの口調は安定していない。疲労により感情の制御が出来ていない表れだ。


「もう少し……せめてウバン達が目覚めるまでこうさせてくれ」

「それは無理よ。もう起きてるもの。今ルバニ君、お乳飲んでるところだし」

「まじか……そっかー……。……しゃーない、踏ん張るか」


 ぐっと体を横に倒し、四つん這いの姿勢を取ってから立ち上がるナナクサ。

 その顔に覇気は無い。終電に座る疲れ切ったサラリーマンのそれだった。


「少しストレッチしてから行く。先に行っててくれ」

「りょーかい。それで、今日はどーするの?」

「地上の豆腐ハウス周りを掃除して、その後に拠点を変える。苗に種に食肉と、不足しているものが多すぎる。特に食肉は、こっちに引きこもっているだけじゃあどうにもならん。定期的に買い付ける事が出来る場所に家を借りるか、少し離れたところに地下室でも作るか……何にせよ、今の場所は物資調達には向かない」

「完璧にルクラリアに引きこもるつもりね……」

「当然だ。……俺はもう、疲れたんだ。下を歩いて回るだけで、誘蛾灯が本領発揮と言わんばかりにトラブルホイホイ。もうええねん、トラブルも冒険も。食傷気味だ。帰れる時が来るまで──最低でも、平穏に飽きるまで、必要物資の買い付け以外は引きこもりたいッ!静かに農業して暮らしたいッッ!!」


 それは精神疲弊しきったナナクサから漏れた、紛うことなき本音──弱音だ。


「……ってことは……おとーさんが行ってきたヤヌイスパに?」

「まあ、一旦はそうだな。ウバンが居なけれはノーマークだろうから、すんなり入れるだろう。そこから東に進むか、国境超えてリーンブライトへ向かうかは未定だ」


 東か北か。どちらであっても、人の流れに乗る事に変わりはない。バヌブグナスが出現・消滅からまだ日が浅く、余所者が道なき道を行くような目立つ行動は避けるべきと考えた結果だった。


「あたしはどーすれば?」

「待機してウバンのサポートを頼む。……出来れば早くルバニと打ち解けてくれ」

「そうしたいわねぇ……ほんと……。……先に行ってるわ」


 言って、フィエルザは豆腐ハウスへと戻っていく。


 その背中を見ながら、ナナクサは思った。


(……言えない。まさか天井に定めていた5トンにプラス、500キロ消費していたなんて)


 流石にそれは呆れられるだろう。だからこそ、弱音を吐く程に疲弊した状態でも口にしなかった、できなかった。


(まだまだ心が未熟だな、俺は)


 心の中で、己の未熟を嗤うナナクサだった。


お読みいただき感謝。

純金レアカードキャンペーンは実話ですが、私の周りで当てた人はいませんでした。

都市伝説みたいなもんでしたね。

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