ミリルクラリア その2
*
「ほら、そこ」
半竜状態のフィエルザに両脇を抱えられた状態で、浮遊島の裏──底部の、その中心部を見る。
岩の中に金属の光沢が確かにあった。経年劣化で剥がれ落ちたようにも見える。……いや、そう見えるだけで、最初からこうだった?何にせよ、最初の姿を正確に知る術はない。
「よく見つけたな、こんなの見落としてもおかしくないだろうに……」
材質は……うーん……。どこかで見た輝きだが……ああ、あれだ。
「これはヒヒイロカネか……?」
「それって……あのおじいちゃんからもらった龍の首飾りの?」
「そう、それそれ」
明確な用途不明な謎金属、ヒヒイロカネ。それが受信に使われているという事はつまり、神力を伝達させる物質であることの証左だ。それがウィルゲート大陸で入手できるという事は、やはり……。
「で、コレ受信機として動いてる?」
「確認する。もう少し近づいてくれ」
さらに接近し、金属部を片手で覆う。……神力が確実に、手の中に入り込んで、突き抜けている。間に割り込めば少しは吸収するかもしれないと思ったが、網を通る流水のように、まるで残りやしない。
「間違いなく動いているな。方角は……向こうだ」
日が沈む西の方角を指さし、それを僅かに下方向に傾ける。
「浮遊島より高度が少し低いってこと?」
「……まあ、角度からして海の上っていう事は無いが……線が微かに動いてやがる」
「動いてるって事はつまり、そのまま飛んだら間違いなく透かしちゃうって事だよね?」
そうなるな。目標地点があった場所を通り過ぎる、それじゃあだめなんだ。しかも繋がりが糸のように細いもんだから、一度神力線上から離れてしまうと、線を探し出て方角を再確認するのは極めて困難だと言える。当然ながら、距離がありすぎて肉眼で目的地を確認しようが無い。
……視覚的な目印がないもないまま飛ぶのは、些か不安定が過ぎる。目視出来れば最良だが……。
「……見えるか?[土竜の眼]で」
[グラットストマック]から[土竜の眼]を取り出し、かけてみる。
余りにも距離が離れている場合見えないと思うが……。
「お、見えた」
「めいた!?」
噛んでるぞ、フィー……。
しかしやってみるもんだな……。ど真ん中に赤い実をつけた木が1本生えた、浮遊島によく似た島が見える。浮遊島よりだいぶ小さいようだ。
「浮遊島2といったところか?」
「安直ねぇ」
「いいんだよ、安直で。仮称なら特にな」
ただそれでも、庭付きの一軒家が余裕で建つくらいの広さはある。うーん、やはり素晴らしいなこの眼鏡は。だがあの木、どこかで見た覚えがある気が……。
「ちょっと貸して」
「ほいよ」
[土竜の眼]を外してフィエルザに掛けさせ、目標値の方角を指さす。眉間にしわを寄せて凝視する様は、どこからどう見ても残念インテリガールだ。
「……ん~?」
「どうした?」
「な~んか、うん、な~んか見た事ある気がするのよね~」
「何を馬鹿な……すっからかんにした浮遊島とダブってみてているだけじゃあないのか?」
「や~、それっぽくはあるんだけど、何か違うような気もするのよ。変になんか、デジャヴってる」
何か違うって言われてもなぁ。そんな空に浮かぶ島なんて、あの浮遊島以外にあるわけが……。
だが、言われて見ると確かに何か引っかかる。何かこう、大事な事を忘れているような……。
──いや、止そう。
「行くぞ。ここでああだこうだ議論しても仕方がない」
「それもそうね。行ってみればはっきりする。じゃあ……飛ばしていくよ!!!」
フィエルザは俺に[土竜の眼]を返すと、抱えたまま竜に戻る。
「おとーさん、ナビお願い!」
「了解だ」
再び俺が[土竜の眼]をかけると、フィエルザは徐々に加速を始め、滑空するように浮遊島2へ向けて飛んだ。
*
「凡そ目算通りの広さだな」
浮遊島2に降り立った俺達は、周囲を見渡す。
実をつけた木以外に何も無い。起伏も無ければ人工物も無い。
……いや、それじゃあ困る。
浮遊島に神力を送っている場所がここなのは間違いない。向こうに受信装置があったならば、ここには送信機が無ければならない筈だ。
仮に向こうの受信機が受信機ではなく、神力を収集する装置なら話は違うが……まあ、それは無いだろう。もしそうなら、とっくに俺の神力が蚊やヒルの如くチューチュー吸われてしおしおのパーになっている。ある筈だ、何処かに人工物が。この景色に似つかわしくないモノが。
「あれ、これって……」
「どうした?」
フィエルザが少し離れた場でしゃがみこんでいる。何かを見つけたのだろうか?
「ねぇ、おとーさんこれ見て!イチゴ!」
「……は?」
嬉々として見せられたそれは、確かにイチゴだ。大粒でつやつやと輝いて美味そう。まるで1パック1000円はするブランドものだ。
「……!あの蔦……あの葉っぱ……サツマイモのツタよ!」
いや、なぁにを言って……。
なんて思っていると、フィエルザは見つけた蔦を引っこ抜き──
「ほら!」
──いくつも連なる土まみれのサツマイモを見せてきた。
……確かにサツマイモだ。エディッセレクのエデイモや、うちの庭で取れたクソデカエデイモとは違う、正真正銘、スーパーで売られていても遜色ない、2Lサイズのサツマイモだ。
「……ちょっと1つ見せてくれ」
ひとつ引きちぎって手に取りじっと観察する。……適度に太いな。
[グラットストマック]からナイフを取り出し、先端に刃を入れると、抵抗なくすんなりと刃は通り、先端がポトリと落ちる。
……中はスカスカではないな。しっかり詰まっている。土の栄養状態が潤沢な証拠だ。凝視していると、じわりじわりと白色のヤラッパ樹脂がしみだしていく。
俺は植物の専門じゃあないが、恐らくこれは人の手で交配されたサツマイモだ。野生ならもっと繊維が強く、それこそエデイモのように食えたもんじゃあないレベルにある筈だ。
異世界なんだからそう言う事もあるんじゃね?とか言われたらそれまでかもしれないが……何でもかんでも「異世界だから」で片づけて思考停止していい理由にはならないと思う。
まあ、少なくとも……少なくとも、だ。ここに人が生活できる環境がかつてあったというのは間違いない。何なら今でもそのまま住めるだろう。長期間は栄養学の観点からお勧めできないが……。流石に水無し動物性たんぱく質無しは致命的だ。
ここに人がいたとして、何をしていたか。人が必要な何らかの設備があったか、或いはただの居住地か。神力線を発しているのだから、前者がやはり有力──
「思い出したーーーーーーー!!!」
──でかい声出すんじゃあないよ。
「耳イテェ。で、何を思い出したってんだこの馬鹿娘は」
「ウキシマ!!ほら、ウルラントで見た、あの!!ここあのウキシマよ!!小屋も盛り土も何もないけど、大きさはあのウキシマとほとんど同じ!」
「は……ちょ、そマ?」
「マ。ガチのガチよ。今嘘言える程フィエルザさん馬鹿じゃないって」
……マジかー。ここあのウキシマかー。たかだか1年ちょい前だってのに、存在を完全に忘れてた……。つまり……どういうことだ?
ちょっと待て……ユーディと俺で向かった時は、アホみたいな頭痛に阻まれてたどり着けなかった。
だが、今俺はここに立っている。あの頭痛は[危機察知]による警告の一種だと判断したが、警告音も頭痛も無い以上、今俺がここに居ても何ら問題無いという事だ。
……[危機察知]を無効化された今、全幅の信頼は寄せられないが、ある程度の信憑性はある。だとすれば……。
「フィー、小屋は真ん中にあったんだったな?」
「え、うん、そうだけど……」
浮遊島2──否、今のウキシマの真ん中には木が1本。この木何の木気になる木。
つまり、後々誰かが取っ払って立てたという事だ。その誰かというのは恐らく俺とフィエルザで、小屋という形にしたのはここを生活の拠点か何かとして運用していたという事。そして将来ここにたどり着くリラとフィエルザが見てはいけないモノ、見る事でタイムパラドックスが生じ得るものを隠す為だ。
「あの木の周りを地面を重点的に探すぞ。何かあるとしたらそこだ」
「……ああ、そーゆーこと。成程、了解!」
フィエルザもまた、同じ結論に行きついたらしい。
[グラットストマック]からスコップを2本取り出し、着の周りに茂る草を土と根諸共ごと削ぐように退けていく。
この高高度にありながら、浮遊島同様に無風だ。この周囲だけにバリアーめいた特殊な防御膜があるのだろう。
つまり、砂土の体積によって深く埋もれる事は無い筈──
カチンッ
「……む」
スコップが何か固いものに当たった音がした。
浮遊島の底部岩盤に当たった時や、戯れに穴を掘って金属管にぶち当たったときのような、どうしようもなく重い物体特有の手ごたえではない。スコップひとつ、ひと掬いでひっくり返せるホドに小さいな。
あたった物体の底にスコップを滑り込ませ、掬いあげてぶちまける。ごろんと、手のひら大の金属の塊が転がった。
それはサイコロめいた銅色正六面体の金属塊だった。表面には謎の記号がびっしりと、同じ大きさ、同じ間隔で刻まれている。文字のようにも見れるが、[全言語理解]も[知恵の実の英知]も仕事をしていない。つまり、文字に見えてその実、文字ではない。……象形文字や甲骨文字のよりよっぽど文字に見えるんだがなぁ。
「あったの!?」
「ああ。だが、少しばかり違うようだ」
酸化による緑青──有毒化は全く見られない。流通したばかりの十円玉のような輝きだ。仮にこれが銅だとしら、酸化などの劣化を長期間防ぐ何らかの処理がされているとみていいだろう。
手に取ろうを腕を伸ばしたその刹那、金属塊が僅かに浮かび上がった。
「「!?」」
咄嗟に身構える俺とフィエルザ。注視するその最中、浮かび上がった金属塊はまるで溶けるように正六面体から逆円錐状に形を変え、そのままくるくるとコマのように回転し出す。
──逆円錐上面から、黒い人のシルエットが浮かび上がった。
黒いシルエットは人の形をしてはいるものの、顔の凹凸も表情も何もない。無機質──そう、無機質だ。まるで、公衆便所の男女わけの記号のように、チェスの駒のように、最低限の情報が判ればいい──そんなコンセプトでデザインされているように思える。
警戒していると、逆円錐上面から微かなノイズが発せられ……次いで、言葉が紡がれた。
『これはただの記録、メモ書きや遺書の類だと思ってくれ。私の精神が完全に壊れてしまう前に、この記録を残す。私の目的はすでに達成された。この記録が再生された時点で、私は既に朽ち果てている筈だ。よって、この記録を再生した者に、この島を託す。老後を過ごす終の地にするも、農場にするも、質量兵器として地上に落とすも自由だ』
大分アブナイ事言ってるな、オイ……。思想的には俺と同類かもしれないな。他者の生死に無頓着でもない限り、ちょっとコンビニ行ってくるような軽さで質量兵器だの地上に落とすだのなんて言葉は出てこない。
『尤も、兵器として使い捨てるには惜しいと思うがね。この島は植物の成長を加速させ、土に根を張る限り長く最良のままに留め続ける。知恵の木の周りには亡き世界から持ち込んだ作物がいくらか残っているだろう。死に際の世界でも栄養を多く摂取できるよう品種改良を重ねたものだ、味も保証する……と、言いたいが、流石に君の味覚が分からんから断言はしない』
さっき見つけたサツマイモか。やはり品種改良種だったようだ。
……待て、知恵の木だと?
「まさか、この赤いリンゴのような木の実は……!!」
『浮遊させるエネルギーと植物の生育に作用するエネルギーは同一。そのエネルギー──神力は実質無限だ。私の傑作変換器[ミリルクラリア]を以って、魔力理力呪力超力太陽光風力諸々、エネルギーたり得るモノ全てを周囲から常に吸収し変換する。さらに[ミリルクラリア]は常にシステムの自己修復を行っている。つまりここは、兵器として使い捨てさえしなければ、世界が消滅でもしない限り誤作動無く存在し続けるプライベート農場だ。使い捨てるなら、悔いが無いようによく考えた方がいい。……いや、失念していた。[ミリルクラリア]で変換した神力で浮かせている島はこれだけではなかった。もう一つ、大きい島があった。もしこの記録を再生した時点でそれが現存しているなら、それも時間差で落ちるだろう。が、落下地点の制御までは出来ない。もし君に帰る場所があるのなら、それが跡形もなく消え去るリスクがある事を忘れないでほしい。故郷が消えるというのは、存外精神にクるモノが有るからな……』
ああくそ、会話にならないのがもどかしい。
『さて、この装置は再生が終わった後、直ちに指輪に変化する。現在位置を記録し、この島の特定位置の空間を入れ替える事で移動するものだ。それにしても……ああ、この世界の空はいいな。青く、広く、どこまでも続いている……誰のものでもない、果てしない自由な空の海……かつて私が生きた不自由な世界の空も、こうだったのだろうな……』
シルエットの上映が止むと、装置は回転をそのままにリング状へ変化し、縮小。ぽとりと、捲れ上がった土の上に指輪が落ちた。
「……はぁぁ」
「やっぱりあの看板描いたのと同一人物っぽい?」
「だろうな。何らかの理由で精神が壊れていたのは間違いない」
何らかの手段を以って、ハリボテの城を見せていた浮遊島を監視していたんだろう。達成されたと明言するという事はつまり、そういうことだ。
「どうやって監視してたのかしらね……」
「生体反応やら何やらを観測する装置か、この記録を残した人物の異能か……。次元を超えた移民船を作り上げるどころか、神力変換装置まで作り出せる技術力だ。いくらでも手段はあったんだろうな」
発達した科学は魔法と遜色ない。平成日本を生きた俺が想像もつかないような超高度な科学技術があり、そして超高度な魔法技術が共存していたとみていいだろう。
内部空間を拡張した移民船、四肢を異次元に隔離する拘束具、イミティティスシリーズにリティートシリーズ、島のような補給艦……それらは俺をはじめとした現代地球人の空想に並ぶ技術があった証拠であり、全地球人が知恵を絞っても同じ土俵に立てない証明でもある。
現代地球人の空想が彼らにとっての最低限度の技術なのだ。そんな彼らの最先端技術を、空想の先にある技術を想像できようか?不可能だ。
「……現状見た限りでは居住空間もそれらしい監視装置も、遺骨の1本も無い。恐らく……」
「……ここからポイってこと?」
「仮に監視装置が物質的に有るとしたらそうだろうな。遺骨が見当たらないのは恐らく、ここから飛び降りたんだろう……」
いよいよ精神が末期レベルに陥って、狂ってアイキャンフライしたか。それとも……正気を保つ間があるうちに、自らの意志で飛んだか……。
「とりあえず、今判っている事を整理しよう。変換機の[ミリルクラリア]には、人の命を変換させエネルギーを貯める機能は無い。恨みつらみ、思念の残滓がないまっさらクリーンな状態だ。事実なら[イミティティス]や[リティート]と比べて、極めて安定していると言っていいだろう」
「つまりこウキシマも浮遊島も落ちる危険性は極めて低いって事よね」
下手しなくても地上より安全と言えるだろう。暴走のリスクがない上、外敵が居ないんだからな。
「で、いずれウルラントの真上を通るって事よね?」
「そうだな。つまり、ここを拠点にして毎日下を見ていれば、帰れるタイミングを失する事は無いという事だ」
プラス、余計な移動の手間も省けるおまけつきという。
「そしてこの木は知恵の木──俺やジークやグレンが食った、[知恵の実]をつける木で間違いない。気づくのが若干遅れたが、実の大きさ、色つや、どれをとっても同じだからな」
「これがねぇ……。ってことは、やっぱりウィルゲート大陸周りに補給艦が墜ちたって事?」
「移民船ラシルラルバをはじめとした次元を渡る船と同じルーツであるこの島に[知恵の実]を生み出すモノが有るんだ。断言は出来ないが、現状限りなくクロだろう」
「……で、伐採するの?それとも植え替える?」
「流石に伐採するのは惜しい。これ含めて現存しているのは2本のみ、絶滅危惧種レベルの貴重なサンプルだ。それに……」
「それに……?」
「ルバニがある程度育って、このウキシマがウルラント上空に達した時……もし、ウバンとルバニがウルラントで生活することを選ぶ場合には、この[知恵の実]は必須だ。ウルラントとグランバレヌでは言語形態がまるで異なる。特にウバンの訛りが酷い。言語関連の異能を持つ俺やフィエルザでさえ、訛りが酷く聞こえるくらいだ。[知恵の実]無しに言語による意思疎通は不可能だと思った方がいい」
「まあねぇ……あの訛りっぷりはフィエルザさんもびっくらドンキーよ」
その言い方はやめてくれ。ハンバーグが食べたくなる。
「つまりあっちに植え替えは確定事項って事ね」
「具体的には、こっちのサツマイモ類も全部植え替えだ」
流石に向こうの準備を整えてからだが。一種類ずつ、成育速度や収穫までの時間も計る必要もある。その上で、どの程度の面積を農地として運用するか決めなければ。何せウルラントと違って人手が圧倒的に少ない。節操無く無計画に畑を増やそうものなら収拾がつかなくなる事請け合いだ。
「で、ここに小屋を建てるのも確定事項、と」
「場合によってはその過程で[ミリルクラリア]を掘り起こす事になるんだろうが……」
「そうだとしたらさ……なんかさ、安全確認がしたくてあたしたちあんなに必死で浮遊島掘ってたけど……うん、今更だけど……触るの怖くない?」
「…………同感だ」
下手に触って神力の接続が切れてしまえば、洒落にならない事態になる。
いや、このウキシマがウルラントにたどり着くことは確定しているわけだから、あっちの浮遊島がウルラントに堕ちる事も無いし、ルチアナ・リムリスの存在が、あの姉弟の故郷たるリグヌクス大陸に堕ちない証明でもある。同様な事が、他にも言えるわけで……。
ただ、グランバレヌだけは例外だ。この時代に来るまでに、グランバレヌ大陸とは接点が何一つとしてない。下手な事をしてグランバレヌに堕ちない保証も、元の時代にグランバレヌが無事で存在する保証も無いのだ。
……グランバレヌの大半は、俺にとってどうでもいい。が、少ないとはいえ顔見知りがいる以上、大陸諸共が滅ぶような真似を自らの手で引き起こす事は避けたい。
「植え替えの際に[ミリルクラリア]らしきものを発見しても、触らずに埋める。そしてその上に家を建てて蓋をし、万一何者かが侵入しても簡単に接触出来ないようにする。異議は?」
「ありません、おとーさん閣下!!」
「何故閣下……いや、まあいい。現状こんなところだな」
「や、大事なことが残ってるわ」
うん?他に何かあったか?
「いい加減いつまでも浮遊島(仮)はダメじゃない?呼びにくいし、帰ってから情報を皆に共有するとしても、こんがらがりかねないわ」
確かに……。それに、帰るギリギリで呼び方を変えても、しみついた呼び名から完全に抜け出すのは難しい。うっかり前の名を呼んでしまったりな。
……ウキシマの名は周知の事実だし、浮遊島に関してはどんな存在か呼称だけでモロバレだ。
それだけならまだいい。問題は、それらを俺が保有しているという事だ。
手が出せない上空に、やべー魔法を使える俺が居る。つまり、反撃を一切許さず一方的に蹂躙できてしまうということが周知されてしまう。ラ○ュタを掌握し有頂天になったム○カみたいなものだ。
それはつまり、余計な恐怖を煽り、排除勢力を生み出す種になり得るという事。目が、目がぁぁぁ!!とか言って、最後に瓦礫と共に海へ落下するなんてのは御免被りたい。
「とはいえ、浮遊城→浮遊島ときて、どう訂正するつもりだ?あまり訂正頻度が多いと、流石に俺も頭がコンガラマッチョなんだが?……まさかウキシマ1とウキシマ2なんて言うんじゃあないだろうな?」
「流石にそんな安直な名づけはしないわ。安直が便利なのは時と場合によるものね」
羊もどきにフワ・モコと名付けた口が言う事じゃあないだろう?……俺も人の事は言えないが。
「このウキシマも浮遊島も、どっちも同じ変換機[ミリルクラリア]で浮いているわけでしょ?」
「まあ、そうだな」
「なので……変換機の名前を割って、本体があるこのウキシマをミリルク、本体が無いおおきい方をルクラリアって呼ぶのはどう?」
……成程、悪くない。名前の中さで島の大小を覚えられるのもいい。万一、関係ない奴に名前が漏れても、まさか空に浮かぶ島の事だとは思いもしないだろう。安直な名づけでは、簡単に感づかれてしまうしな。俺達が[ミリルクラリア]の存在を漏らさない限り、接点が生まれる危険性は0だ。
「それ、採用」
「やった!!採用ボーナスは?」
「無い」
「そっかー。……あと今決めておくことってある?」
「無い筈……いや、一つ。はっきりしておくことがあった。ウバン達をルクラリアに住まわせる。期限はルバニがある程度成長するまで……恐らくは俺達がウルラントに戻れるまで。反対意見があれば聞きたい」
「無いわ、ナイナイ。あんな首も座ってない赤ちゃん連れをほったらかしはまずいでしょ、たとえ嫌われていても。あたしの了解待ちだったら手遅れになりそうだった、だから勝手に決めた。違う?」
「概ね正解だ」
「まあそれとは別でモフモフしたいし……ところでさ、フワモコメェヌって、増えるの?」
「……分らん。何せ、フワモコが血縁か番かどうかも分からんし、繁殖する意思があるかも分からん。ルバニが乳離れするまでなのか、最後までついてくるのか……」
ある意味フワモコが一番の謎かもしれん。
もしかしたらメヌェヌェムがひょっこり現れて回収するのかもしれんし……まるで予測がつかない。草原の外に連れ出す事をメヌェヌェムがどう捉えるか……。
「こればっかりは、なるようになれだな」
何があっても動じない心の準備だけはしておこうかね。
首から下げたオリハルコンチェーンに、新たに手に入れた指輪を通す。現時点で、取り急ぎやる事はもうない。
「撤収だ。浮遊島──いや、ルクラリアに戻り次第地上に降りて、ウバン達を連れていくぞ。ぼやぼやしていたら真っ暗になってしまう」
「りょ!」
お読みいただき感謝




