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最強の失敗作

 ナナクサ視点


 魔王城正門を守護する門番二人に会釈し、重い正門を開けてもらい中へと足を進める。

 彼らも大変だ。3交替勤務で週休2日とはいえ、通常の訓練プラスこの勤務地、魔王坂の上まで徒歩移動、その後交代まで立ちっぱなしだ。もしかすれば、精鋭兵を除外すれば彼らが最も頑丈な足腰を持っているのかもしれない。


「[点火]」


 指先に光源の炎を灯し、階下へと続く螺旋階段を下りていく。今や無人の魔王城、備え付けの照明に火を灯すのも油の無駄である為に、内部は常に真っ暗。築300年級の古城は、さながら天然のおばけやしきである。

 ここも立地条件さえクリアできていれば、具体的には魔王坂さえなければ、おばけやしきなり悪魔城なりお値段相応、否、お値段以上の恐怖系テーマパークとして再利用できただろう。尤も、食料問題や職業問題、教育機関導入、インフラ整備等の優先すべき問題が山積みの現状を踏まえると、たとえ立地条件をクリアできていても後回しになるのは間違いない。


 俺が今日、休日にこの場へ足を運ぶのは、新たに発生した問題の、その解決の糸口を探るためでもある。


「まったく、面倒な話だ……」


 階段の先の倉庫へと入り、使われなくなり積み上げられた椅子やテーブルを横目に、さらに奥へと進む。その奥の階段を下り、その先の部屋の前にあるバカでかい両開きの石扉を片側だけこじ開ける。既に封は解いた後であり、もうあんなハレンチな言葉を大声で口にする必要はない。見る分、聞く分にはネタの範疇だからいいが、それを自分でやるのは金輪際二度とゴメンだ。俺は芸人ではない。


 扉の先はまた階段になっており、指先の火を消してさらに降りていく。この先の天井には光コケが生えており、当然ながら無照明の魔王城よりも明るい。


 あの一件の後、ケセラはダンジョンを大幅に造り変えたのだが……戻る時にどれだけ階段を登らなければならないのか、今から考えただけで憂鬱だ。確かに俺は毎朝ランニングをしているし、鍛錬も筋トレもするが、それは必要だからそうしただけであり、別に俺は「筋肉筋肉ー♪」と喜々として筋トレに励むような脳みそ筋肉バカではない。


 長い下り階段を下り、途中左右に伸びる道も無視し、ひたすらに降りていく。左右の分岐は円を描くように通路になっており、合流するようにつながっている。通路幅も非常に広く、かなりの人数を収容可能だ。

 その円形通路が4セット。その下にはケセラの保有するキマイラ等のスペースが広がっている。それらの下……下り階段最奥の石扉の先……。


「よう、一週間ぶりだな」

「む、ぬしか。一体どうしたのだ?アレはまだ時間がかかるといったはずだぞ?」


 この場に似つかわしくない男児の声が響く。扉のない小部屋の中央には、ケセラと名付けた巨大な水晶の柱、いや、この迷宮の意思そのもの。天井に接する側からは水晶の根のようなものが天井全面に広がっている。その近くには、最初に来た時に作った石柱状の椅子が二脚。前回とかわらない光景が広がっていた。


 その変わらぬケセラの部屋の椅子に腰を下ろす。

 ケセラの言うアレとは魔石の事だ。農業以外に展望がない魔都ウルラントにおける、今後の発展には欠かせない代物だ。それを用いてコンロ等の現代利器の再現・量産をし、各地へ販売するのがシルヴィさんの計画だ。俺主導で開発が進む計画で、取り分の話も双方納得の形でまとまっている。故に、もし後々甘味処と畳む事態になっても無職になることは無い。

 冷蔵庫や冷凍庫をはじめ、殆どが開発途上だが、コンロだけは既にキシュサール、次郎丸合作の図面が残されており、加えて魔石に発動式を組み込むのは術士でなくとも可能だ。その手法は、特殊な器具を用いて物理的に魔石表面を削り発動式を刻み込む、びっくりするほどに原始的な手法だ。ただ、魔石の置き差に対して発動式の情報量が多い。極めれば米粒に筆でお経を書くこともできるレベルと言えば、その難易度をいくらか察してもらえるだろう。刻み手には相応の器用さが求められる。

 

「今回は別件だ。……というかな、階段もうちょっと短くできないのか?あれを帰りに登るのは今から憂鬱だ」

「だから素直に送られればよかったのだ。なんだったか……そう、「魔力がもったいないからやらんでいい。その分早期復旧に当てろ」だったか。言ってることは尤もだが、ぬしも仕事があるのだ。支障は避けてしかるべきではないのか?」

「だからもうちょっと階段を短くしてくれればいいんだよ……。1522段は度が過ぎる。せめてこう、セッ○ァーの回想シーンで降りるくらいの階段にしてくれ」

「言ってる意味がわからんぞ……」


 いかんいかん、そういうことを言いに来たんじゃあない。そんな暇人ではないのだ、決して。

 ふう、と一息吐き、頭を一旦クリアにする。


「いい加減本題に入ろう。……このウルラント周辺の森から動物が消えた。ネズミ1匹すらいない。正直に言え、何を隠している?」


 昨日の夕飯時、屋敷へ直接ハンター組合から緊急報告書が届いた。周辺の森から獲物が消えたという事と、それによる肉、並びに穀物の値上がりの懸念。そして、組合と精鋭兵団(エリート)によるウルラント周辺を対象とした合同調査の提案だった。現在、ジークとグレンは休日返上で調査に当たっている。そして俺はシルヴィさんの指示でここへ足を運んだのだ。曰く、「無関係ではないかもしれない」と。


「余は何もしとらんぞ?」

「知っている。お前が何かしたんじゃなくて、何か俺たちが知らない情報を持っているんじゃないかと思っている。それが今回の事件に絡んでいるかもしれないからだ」


 シルヴィさんの言葉そのままだ。ちなみに、「根拠は?」と聞いたところ、「ジジイの勘だ。年寄りの感は馬鹿に出来んぞ?」と……。女の勘ならまだ少しは説得力があるのに……。


「むーー……そう言われてもな……しばし待て、心当たりを精査する」

「相当多いのか?」

「キマイラが生後277年で何度糞をしたのかとか、何トン肉を食ったのかとか、そんな情報はいらぬであろう?」


 ごもっとも。




 そんなこんなで脹脛のマッサージをしながら待つこと15分……。




「一件、思い当たるフシがある」

「あるんかい……」


 できれば何もないと答えて欲しかった。そりゃあそうだ。元侵略者の思い当たるフシなんぞ、碌でもないことに決まっている。


「恐らくだが……アラストルの封印が解けるやも知れん」

「は?封印?荒須トオル?」


 なにその炎髪灼眼の保護者みたいな名前。……いや違う、それはアラストールで、ケセラが言ったのはアラストルだ。別物だ。


「確かアラストルというと……」


 昔とった尺柄の知識を、掘り起こすように、ぎゅうぎゅうの押入れの中身をぶちまけるように洗い出す。


「……思い出した、復讐の意味を持つゼウスの異名、ゾロアスター教では……死刑執行人か」

「言ってる意味は全くわからないが、ぬしの言うアラストルとは別の筈だぞ?」

「……?どういう意味だ?」

「余が言うアラストルは、かつて余が生み出した最強の失敗作だからだ」


 失敗作……ああ、確信した。これ碌でもない展開になる……。


「余は最強を作った自負がある。誰も勝てぬから、最強なのだと豪語できるほどのな。ただ、些か度が過ぎた。アレは余の支配を一切受け付けんじゃじゃ馬。最強でありながら、最低の失敗作なのだ。トウテツを生み出し、調子に乗ったかつての余の汚点……これを教訓として己が力量を俯瞰し、余が支配下におけるギリギリで生み出したのがあのキマイラだ」


 ゴクリと、息を呑む。背を嫌な汗が伝い、気づけばびっしょりと濡れていた。


「今一度言おう。アラストルは余が初めて名を付けた最強の失敗作だ」

「そんな存在、シルヴィさん……お前風に言えば、ブタゴリラの右腕からは聞いていないぞ?」

「む?ちと妙な話だな?封印したのはそのブタゴリラの配下の一人なのだぞ?そやつはいち早く感づき、余がアラストルを地表へ送り込むと同時に封じてしまったのだ」


 封印が当時できるのはケルヴァだけの筈。つまりケルヴァはその事実を誰にも明かさず、墓場まで持っていったことになる。どうにも、少々納得できない話だ。


「あれは余の指示は聞かぬが、ただ存在し暴れるだけで驚異以外の何者でもないからな。それ故に地表へと放った。どこに封じたのかは全くわからぬ。……戦況に楔を打つつもりだったのだがな。結局はそれが撤退を決断する最大の要因となったのだ」


 抑揚なく静かに語るケセラは、遠い昔の敗北を振り返っているようだった。


「確認するが、封印されてるだけという事は、死んでないんだな?間違いなく」

「当然だ。……アラストル単体の力は、あのスライムもどきの小娘を軽く上回る。もしも最強の鉾たるアラストルと、核のない最強の盾ともいえようスライムもどきがぶつかれば……」


 矛盾問題……それに巻き込まれる都市がどうなるか……。頭が痛くなる話だ。


「……つまり、この一件は、封印が解けかけの状況を動物たちが本能で感じて、我が身可愛さに逃げ出したと?」

「余にはほかに思い当たるフシはない」


 面倒な事になったもんだ。後世に面倒を残すな。自分の世代で汚れたケツを次世代に拭かせるんじゃあない。


 ……いや、待てよ?

 言うことを聞かない、つまりケセラにとってアラストルは邪魔でしかない。じゃあ、こいつは市街征服をした後にアラストルをどうするつもりだった?


「お前、当初の計画ではキマイラをぶつけて、勝てればよし、最悪共倒れか、疲弊した所を配下の魔物で袋叩きにするつもりだったな?」

「うむ、予想に違わぬ」


 そもそも、あのキマイラのサイズが腑に落ちなかった。確かにでかければでかいほど重量分破壊力は増す。威圧感も増す。が、同時にいい的になる。そして関節部にかかる負担も大きい。

 単純な市街制服だけが目的ならば、点での制圧力より、面での、つまりは広域をカバーできる軍隊による制圧力が必要だ。ケセラの目的はあくまで土地であって、市街そのものではなかった。だから後始末まで考慮し、グレムリンの超大量生産をせず、超巨大キマイラを生み出したわけか。


「で、そのキマイラはどんな塩梅?」

「あれ以後は引きこもってしまってな……。傷自体は癒し頭部も再生させたのだが、トラウマになってしまってな。あれではもう何の役にも立たぬよ」


 超巨大ニート爆誕ですか、そうですか。俺は悪くねぇ。ああしなかったらこっちは確実に食われていたんだ。絶対に謝らねぇ。


「とりあえず、これで情報は全部か?」

「うむ」

「んじゃ、俺は帰る……いや、ちょっと待て。失敗作だと言うが、結局アラストルとは一体何なんだ?」

「まさか戦うつもりか?やめておけ。確かにぬしらは強いが、あれは別格だ」


 だろうな。ただ、それでも、俺はやらなきゃあならない。アラストルがウルラントを破壊するなら、次郎丸が残したものを破壊するというのなら、戦わない選択肢はない。俺があいつに対してできるのは、もうこれくらいしかないのだから。


「ふむ、そうだな……正体を一言で言えば竜だ。二言で言えば二足歩行の竜。黒竜の上位進化種たる邪竜を弄った邪竜兵だ。言っておくがな、弱点など無いに等しいぞ?外鱗はアダマニウム混じりで鉄や鋼では手も足も出ぬほど固く、おまけに熱も冷気も遮断する。希望があるとすれば粘膜むき出しの目玉くらいしかないな」


 余談だが、現在この世界にあるとわかっているだけの金属が、鉄、銅、銀、金、プラチナ、錫、鉛、ヒヒイロカネ、オリハルコン、アダマニウムだ。アルミ、ステンレス、プラチナ等、先に挙げたものの中にない現代に馴染みある金属は、存在しないか、あるいは見つかっていないか、技術が足らないかだ。

 その中でもアダマニウムは、この世界において最上級の硬度を持つ金属の一つだ。薄くのばせば伸ばすほど見た目以上にもろくなるというデメリットから刀剣等の武器素材には向かないが、鎧や盾、城塞用の防壁等には性質とうまく適合する。


「わかった、聞きたいことはもうない。だから地上に送ってくれ」

「うん?歩かぬのか?」

「状況が変わった。今は時間が惜しい」


 どこぞのなろう小説でもあるまいし、こんな話の直後に「復活しましたゴメンチャイ」なんてこたぁないだろう。

 だが現状は詰み一歩手前という、ね……もうため息も出ない……。


お読み頂き有難うございました。まさかの隔日更新。書けた自分に驚く。次回はまた来週です。

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