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次元の最果で綴る人生~邪魔者⇒葬る~   作者: URU
変革のグランバレヌ
509/512

焼けた真聖都 その2

少々長めです

 焼け跡で奇跡的に合流できた俺とフィエルザは、これまでの情報交換を始めた。


「かくかくうまうまの」

「これこれしかじかって……いや、後半休暇のきの字も無いじゃない」

「それに関しては弁明の余地がないな。暇つぶしを始めたら最終的に子連れ狼と馬と羊もどきを拾ったなんて、誰が予想できる?無理だろう?」

「まあ、無理よねぇ……っていうか、この焼け野原自体予想できなかったし……」


 周囲をぐるっと見渡す呆れ半ばのフィエルザ。俺が休暇に入ったその時点で予想できる奴が居たら、そいつはタイムリーパーか予知能力者のどちらかだろう。無論、俺とフィエルザはそのどちらでもない。


「で、フィー。そっちの首尾は?」

「見つけたよ。浮遊城の底の真ん中に、それっぽい金属のとんがりがあった。他にそれっぽいの無かったし、多分それで間違いなし」


 間違いないのに多分なのか……。

 ……まあ、これで実は違ったとかダミーとかだったら、本当にどうしようもない。


「で、何でまた休暇日数を決めた張本人が、前倒しで降りて来たんだ?」

「そんなの……暇すぎたからに決まってるじゃない!!まーぶっちゃけるとね、すぐ見つかっちゃったのよ。だからめちゃくちゃ暇になったの。毎日毎日、体内魔力操作の訓練して、おわったら○○○ーして、寝て、起きて……この繰り返しよ!?楽しさなんてどこにもないわよ!!」


 うんざりした顔でフィエルザは言い放つ。

 ああ、昔の俺と同じか……。仕事ばかりで趣味を絞り込んだ結果、少し長い休みを得ると大半を無為に過ごす羽目になるという。厄介なのは、休みの前はそんなことをこれっぽっちも懸念していなくて、実際にそうなってからやっと気づける始末……。これを経験していたからこそ、半ば無理やりの長期休暇にあまり乗り気じゃなかった。


「気持ちはよくわかった、だから声を抑えろ。レディが声を大にして言うもんじゃあない単語を叫ぶな」

「別に誰も居ないからいいじゃない、ぶー」

「恥じらいを忘れるなと言っているんだ、恥じらいを。……いや、お前に言ってもほぼ無駄か……」


 人が恥じらいを捨てたらエロはエロの概念を失ってしまう。そういう意味では、フィエルザにとってエロの意味などあってないようなものなのだろう。

 何せこっちで出会った時から裸である事に全く抵抗がなかったし、着ていたワンピースをほいっと対価としてあげてしまうくらいだしな。

 やれやれ……。だが、やっと休暇が終わった実感が持ててきた。


「で……おとーさんの予想に反して合流できちゃったわけだけど、これからどーするの?」

「決まっている。……盗みに入るぞ!!!」

「…………はい?いや、ほんと意味不明なんですけど?」


 心底理解できないという顔だ。フィエルザのこういう顔は初めて見るかもしれない。

 ……まあ、流石に端折り過ぎたな。


「オーケー、歩きながら順を追って説明する」




*




 焼けた瓦礫の間を歩いて王城を目指す俺達。盗みに入る目的地は、その宝物庫に他ならない。


「まず、状況は説明した通り、グランヴェルデ国軍と山賊連合は今、グランスルーエの占領と略奪の真っ最中だ」

「まあ、そうね」

「で、その留守中に真聖都フォルクマルデは焼け落ちた。戻ってきた国軍と山賊連合は次にどう動くと思う?」

「んー、人命救助っていう話じゃないわよね?そもそも、おとーさんここまで生存者見つけたないんでしょ?……軍と賊と地方貴族が対立するとか?」

「まああり得る話だ。何せ、お宝担いで帰ってきたら世紀末モヒカンも真っ青の廃墟だ。国を捨てる奴とか国を乗っ取りたい奴とか……色んなこと考える奴が出るだろうが、目的が何であれ、それには金品と食料が要る。それらは多ければ多いほど当事者にとって都合がいい。で、この廃墟で最も価値がる者が眠っている場所は、王城の宝物庫で間違いない。つまり……」

「第一目標が宝物庫の占領?」

「そうなるな。生存者の確認やら救助やらの人道目的そっちのけで」


 軍と山賊がガチガチにつながっている状態で戻っていてもおかしくは無い。そんな状態で更なる大金を手に入れたら?それを元手に装備を整えられたら?軍と山賊の大連合が出来上がってしまえば、周辺国に被害が出た際、制圧に大きな犠牲を伴う事になる。……まあ、俺に直接関係の無い奴がどれだけ死のうがどうでもいい事だ。


「どうあれ、奴らが手中に収めた財貨が真っ当な目的の為に使われる事は無いだろう。少なくとも、これまで山賊野放しだったんだからな。いきなり正義面して山賊連合と全面戦争なんて事も9割9分無い。独占して周りに迷惑かける用途に使われるくらいなら、いっそ根こそぎ俺達が頂いてしまおうという寸法だ」

「んー、理由は分かったけど……わざわざ手間毛けてやる必要ある?おとーさんの腰の[グラットストマック]の中、アブドーラと取引した砂金とか金塊とか大量に入ってるじゃない?それに、その気になればダイヤモンド自作できるんだから、お金の問題なんてどうにでもなるでしょ?」

「カネの問題だけは、な」


 カネだけなら足を運ぶ理由にはならない。そこにどんな大金があろうがなかろうが、今現在、俺が金に困る事は無いからだ。理由は他にある。


「フィー、本当に価値がある物はな、金で買える土俵には上がってこないもんだ。国宝とか聖人の遺体とか、そういう日常ではまずお目にかかる事が出来ないモノな。金に困らない今、真に必要なのはそういうモノだ」

「あー……成程ね。お目当ては、財宝の中のそういうモノってワケ。まぁ確かに、またとない大チャンスね。あ、ちょっと本能がウズウズしてきたかも」


 ぴゅう、と、口笛を吹くフィエルザ。


 バチカンに聖人認定されたフランシスコ・サビエルの遺体や、日本に伝わる三種の神器がオークションに出品されるだろうか?いいや、あり得ない。そういうものを個人で所有するチャンスなど、普通に生きても莫大な富を得て大成功しても、巡っては来ないのだ。例え人生全ての幸運を使い果たしても……。

 [水の珠]然り、[大聖晶]然り、[ニフトフェイダの紫電角]・[オードストラードの漆黒角]然り、[マジックポット]然り……価値に差は大小あれど、これらもまたそういうモノだ。

 表に流れない、裏でもまずお目にかかれない代物が眠っているであろう宝物庫。しかも、[聖晶]が保管されていた実績ありと来た。盗りに行かない選択肢は無い。碌に価値も分からないような有象無象の業突く張りにくれてやるなんてとんでもない。


 ……まあ、俺も其処まで価値とか性能とか理解できるわけじゃあない。サダルの[神眼]のように見るだけでモノの情報を取得するような異能は無いからな。俺は有象無象ではないが業突く張りなのは間違いないわけで……モノの価値が判らない奴らを大声で批判できる立場ではない。どんな大義名分や正当性を並べようが、これからやる事はどうあっても窃盗だ。


 だが、問題ない。

 何故って?俺は悪人だからだ。決して善人でも正義の味方でも、まして勇者でもない。

 悪人がお宝を狙うのは至極真っ当な事だ。何らおかしいことは無い。勇者が人様の家に不法侵入してタンスを漁って金やパンツを盗ったり壺を割ったりする方が異常であり非難されるべき行いよ。


 非難するなら口先だけじゃあなく、力づくで止めればいい。

 力無き正義はゴミだ。正しいとか正しくないとか、アレが欲しいアレがやりたいとか、意志を貫き通すには肉体・精神両方の力が要る。競り合って最後に勝つのは、両方揃っている方ではない。

単純に劣る方が負ける、ただそれだけ。『正義は必ず勝つ』なんて、子供の戯言だ。


「とは言ったものの、それは宝物庫にブツが残っていればの話だ」

「残っていればって……もうないかもって事?」

「ああ。このフォルクマルデの惨状は、昨日今日で起こった事じゃない。瓦礫が冷めきっているからな。少なくとも4・5日は経過しているんじゃあないかね……。こんな状況じゃあ人肉すら碌に手に入らないし、それも何れ頭打ちになる。少し頭が回る奴なら、宝物庫のお宝をかっぱらって、死ぬ気で他所に飛ぼうと考えるさ」

「ぁー……何日か食べなくても平気ってわけじゃないもんね、ヒトって……」


 竜とかは別として、生物は基本、食わなきゃ生きていけないし、アタマも回らなくなる。まさか焼けた炭や土食って腹を満たすわけにもいかない。それが出来れば苦労はしなかった。

 後は……お宝の管理が売女の股みたいにガバガバじゃあなかったことを祈るばかりだ。


「それに、だ。[マジックポット]に食わせて減る金を少しでも補填しておきたい」

「あれだけあって補填って……おとーさん、一体どれだけ使うつもり?」

「ガチャっていうか、賭博遊戯は怖いからさ……。……気が付けばスッカラカンなんだ。だからタネ銭はいくらあっても足らない」


 課金ゲーガチャゲーでその恐ろしさを嫌と言うほど知っている。そして自分が、そういうモノに対してあまり免疫がなく熱くなりやすいタチだという事もよく知っている。

 この問題を解決するには、そもそもその類のゲームをやらない事だが、今回に限ってはそれが通じない。得られるものがサービス終了で容易く価値が消える電子情報ではないからだ。


 ……今後、変質したハベリアのようなモノと相対しないと断言できない。それが複数同時に襲ってこないとも断言できない。ifを想像すればきりが無いが、だからこそ、力を得られるならば貪欲に得るべきだろうと思う。




*




 王城へ近づくにつれ、道にぽつりぽつりと炭化した焼死体を見るようになる。何れも性別、年齢共に判別不能だ。炭化部を削いで骨を見ればわかるだろうが、そんな面倒な真似をする意味は無い。


 ただ現状、自分の異常さを再認識させられている。転がる焼死体を前にフィエルザですら、「うわぁ」と顔をしかめ避けるように歩いている。

 人の死に関わる事が無い常人なら、恐怖のあまり近づくことすら躊躇するモノ。俺はそれを時に足蹴にして除け……大分数が増えたところで面倒になって踏み砕いて進んでいる。真っ当な感性を持つ者にはできない事だ。……これを地獄と認識できていることが、まだ救いかもしれない。


「……よく眉一つ動かさないで踏めるわね」

「見慣れているからな。……10代の終わりに、空爆で焼けた街で嫌と言う程見た。勿論、こんな炭一辺倒じゃない。瓦礫に潰された死体に、骨をむき出しに転がる子供の腕や足。鳥に内臓を啄まれる死体も大量にだ。ここと同じか、それ以上に凄惨だった」

「あー……そういう経験してたら、確かに死体踏むどころか、ヒトっぽい生き物を殺すのも躊躇しないようになるかぁ……。本人が望む望まないに関係なく、無理やり免疫ついちゃったワケね」

「経験しないのが一番いい。少なくとも、こういう風に心がぶっ壊れる事は無い」


 進むにつれて、炭化した焼死体の数が増えていく。その何れもが、城に頭を向けて倒れていた。つまり、炎から逃れるために城に向かっていたと推測できる。

 しかし、城の立地はフォルクマルデの中央寄りだ。全域を焼いた大火災の避難先に最適と言えるだろうか?

 合理的に考えるなら、外壁の外──それこそ、俺が走り抜けた街道に逃げるのがベストだろう。それが出来なかったという事はつまり……。


「炎の檻、か」


 炎に囲まれて、そこから最も遠い場所に逃げようとした結果なのかもしれない。もしそうなら……。


 城に入り込もうとする不審者を阻む防壁、その唯一の門にたどり着く。そこから開きっぱなしの焼け崩れて炭化した城の大門まで、焼死体を敷き詰めた絨毯が一直線に続いていた。内部も、ここから見える範囲では同じく真っ黒だ。光が届かない闇なのか、焼けて煤けているのか、炭化した死体なのか、黒の正体までは分からない。


「……フィー、お前はここに残れ」

「その心は?」

「この先に広がる光景を、親として娘に見せるわけにはいかない」


 俺の推測が正しければ、城の中は恐らく、俺の頭が記憶する地獄絵図を更新する程の惨状になっている筈だ。この絨毯を凌駕するほどの惨状なのは、間違いないだろう。


「あたしもまあ、死体は慣れてるけど……おとーさんがそこまで言う理由は?」

「見ろ、この絨毯めいた夥しい焼死体を。……踏まなくちゃあ中に入らない状態だ。にもかかわらず、その痕跡が全くない」

「手付かずって事よね、それ。……手付かず?……………ちょっと待って、それって……」


 気づいたか。殆ど隙間なく敷き詰められている焼死体に、踏み砕いた痕跡は一つも無い。それが何を示すのか、単純だ。


「この場に住人の生き残りが極めて高い確率で1人もいないという事だ。そして何らかの理由で、残留組の下っ端山賊共はここまで来れていない」


 思えば外壁の門の前にあった焼死体は不自然だった。焼死体があったのは外側の門の前、つまり外から中へ入ろうとして落命したという事だ。

 逆ならまだ解る。外に出ようとして炎に追いつかれたとか、何かに阻まれて外に出られずそのまま焼け死んだとか想像できる。火災が発生した状況で、敢えて外から中に入ろうとする馬鹿は火事場泥棒くらいだが、市街地全てが焼き尽くされるほどの大火でそれをやるかと問われると、しっくりこない。


 むしろ逆に、鎮火後に入ろうとして燃やされたとしたら。奴の──ジョンベェンの黒炎が燃やしたとしたら。その方がまだ納得できる。山間の街道にいた山賊共が、何故王城に盗みに入ろうとしなかったのか。それに対する一応の回答にもなるだろう。

 俺やフィエルザが燃やされていないのは、奴にとって恩人とその関係者だからなのか、或いはフォルクマルデの住人ではない部外者だからか……。何れも確証は無く想像の域を出ないが、だからこそ念を入れるべきだ。


「んー……このくらい平気よって言いたいところだけれど、ここはおとーさんの意見を尊重しましょうかね」

「ほう、ゴネてでもついてくると思っていたんだが?」

「それも考えたんだけどねー。殺し合いで気が昂ってるわけじゃないノーマルな状態でこれ以上ってなると、ちょーっとフィエルザさん的には厳しいかなぁーって。まだまだしばらく人の中で生活するわけだし、この経験がそれにどれくらい悪影響になるのか未知数だし。だからこそ、念には念を入れるべきじゃないかなぁーって思ったワケよ」


 うん、自分を客観視するのは大事な事だ。大事な事だが、これがなかなか難しい。成人しても無理なケーズも多々あるだろう。


「わかった。ただ、警戒は怠らないようにな」

「は~い」




 真っ黒な絨毯を踏み砕いて、足を進めていく。


 焼けた門をくぐると、中は真っ黒だった。高所の窓から差し込む光が、一面黒く煤けた壁と炭化死体交じりの焼けた床を照らす。


 ……死体はこれまで一方向のみに向いていたが、この場所の死体は途中で線を引くように様相が異なっている。横一文字に、倒れる向きがごちゃごちゃだ。まるでバリケードのように……いや、バリケードだったのだろう。真っ黒に焼けた鎧を纏った焼死体がいくつも混ざっている。押し入った住民を阻むように、兵士が妨害し、そのまま一瞬で焼け死んだ……か。


「……この先だな」


 さらに足を進める。風の流れは……まるでない。だというのに、呼吸に難が無く、そこらに転がる焼死体が発するであろう焼けた蛋白質の不快な臭いも無い。やはりそれなりの時間が経過しているようだ。


 そのまままっすぐ進み玉座にたどり着く。……恐らくここが最奥の玉座の筈だ。やはりここも絨毯が焼け、元は大きく装飾もされていただろう玉座も焼け崩れている。

 そこに……座った姿勢の焼死体が転がっていた。座ったまま一瞬で絶命したのだろう。正面から炎が迫ったとして、逃げるための立ち上がりすら許さない程の速度で炎が疾ったという事だ。その上、悶え苦しむ間もなく一瞬でなければ、この姿勢の死体は残らない筈だ。……或いは、焼ける前に一酸化炭素中毒か何かで意識を失っていた?


 ……何を考察しているんだ、俺は。鑑識か探偵か何かか?馬鹿馬鹿しい。


 死体には焼けた装飾品がいくつかついているが、こうなった以上美術的価値は無いし、このままの形で持っていくのは気が引けた。呪いに耐性を持っているからって、進んで呪われていそうな品を持ちたいとも持ち帰ろうとも思わない。


「宝物庫は……どこだ?」


 目当ての宝物庫を探し、城内をさまよう。城内の門・扉の悉くが焼け、その中には必ず焼死体が転がっている。……執拗だな。フォルクマルデ住民絶対殺すマンか何かか、あのションベン野郎は?とんだサイコ野郎だ。


 だが……それが逆に助けになった。


 焼け焦げていない通路があった。その通路の先には、金属製の見るからに分厚く重く大きい扉があり、ゴツい錠前がかけられている。悪党の本能が囁く。ここだ、と。


「扉は……鉄か」


 次いで何度か力加減を変えてノックし、跳ね返る衝撃と反響音を確認。……やはり分厚い。これだけ分厚いなら、大量の鉄が取れそうだ。


「[抽出]──鉄。からの[精製]──鉄インゴット」


 遮る扉を鉄インゴットの山に変え、隙間から内部に侵入する。


 思ったとおり、ここは宝物庫だった。

 が──


「これはひどい」


 ──埃まみれだ。おまけにカビの臭いがする。

 [フォローライト]を出し、改めて周囲を見渡す。

 ……1分、言葉を失った。そして出た言葉は──


「ゴミ置き場か、ここは?」


 ──宝物を保管する場にふさわしい言葉ではなかった。

 何せ──


 壁に掛けられた絵画の悉くが虫食いと湿気によって劣化し、原形を留めていない。


 絵画の下の床に散らばる破片は、元は壺のような陶器か何かだったのだろう。悉くが割れて、原形を留めているものは一つもない。


 棚の中に納まっている巻かれた織物は、遠目から見てもわかるくらい虫食いだらけだ。生地としては使い物にならない、せいぜいトイレットペーパーの代わりに尻を拭くくらいにしか使えないだろう。……いや、生地が擦れて尻穴が痛みそうだ。


 反対側の壁際には宝箱が並んでいるが、そのどれもが劣化してボロボロな上、開け放たれた状態。無論、中身は空っぽだ。


 視線を上げていくと、壁に複数本かかった抜き身の長剣が目に映る。しかしそれらは特に装飾がされたものでもなく、手入れされていないせいで剣身は錆の塊だ。せめて鞘に入れておけと言いたい。


 少し視線を奥にやると、トルソーのようなものに鎧が付けられ飾られていた。しかしそれも長剣同様錆の塊と化し、大量の埃が積もっている。とても価値有るモノの扱いとは思えない。


 最奥──開きっぱなしの木箱に山ほどの貨幣が入れられているが、いずれもこの国の貨幣で、おまけにひしゃげ、埃を被っている。表面は酸化してくすんでいる事だろう。現状、金属ゴミだ。


 その横に置かれた木の2段引き出し。何か価値があるモノが有るとすればそこしかないが、この惨状では期待できそうにない。むしろ期待する奴は頭がおかしい。


「うん?」


 床に薄っすらと、ほこりが薄い個所が──いや、足跡か、これは。足跡は最奥の2段引き出しを往復したように見える。恐らくこれは[聖晶]を盗み出したムジェイのものだろう。深いため息が漏れた。


「誰だよ金で買えない価値有るモノを期待した奴は。ハハッ、俺だよ馬鹿野郎」


 自嘲するように笑いながら、奥に足を進める。埃が霧のように舞い、[フォローライト]の光が阻まれる。最悪だ。戻ったら風呂入ろう。何が何でも風呂入ろう。


 引き出しの1段目を引く。

 ──何かを置いていたと思われる小く薄いクッションが敷かれているだけで、他に何もない。クッションも年代物らしく、虫食いだらけだ。

……無言で引き出しを戻し、2段目に手をかけ──


「ん゛!?」


 ──引けない。長い年月で歪んだのか、元々引っかかる欠陥品なのか、どっちか知らないが引き出しがびくともしない。


「…………ええ加減にせぇよ」


 引き出しから手を離し、右足を高く上げ──


「このクソボケがぁ!!!」


 ──踵を振り下ろす!!




ドンッッ────!!




 引き出しを粉砕したことでさらに埃が舞い散った。


「鬱陶しい!![抽出]及び[圧縮]、対象──埃!対象範囲、半径10メートル!」


 部屋中の埃が、体にまとわりついた埃が、吸い込んでしまった埃が、あらゆる場所から帯状になって右手に集まり、ぎゅっと圧縮されていく。オラに埃を分けてくれ!


「できた……[ホコリ玉]だ!要らん!」


 ぶつければ煙幕程度にはなるだろう。自分で使うかどうかは別として……。


「そしてきれいな空気万歳!」


 埃を集めたことで、ようやくまともな空気になり、視界も良好になった。……いや、カビ臭いな。


「で、中には何が……ん?」


 引き出しの瓦礫の中で、きらりと輝く金属。間違いない、金属の反射光だ。

 瓦礫を除けていくと、そこには見覚えのある腕輪があった。


「……[エンブリオリング]!?」


 [エンブリオリング]──蒼海帝ゼブリアノムから受け取った報酬に含まれたもので、核要らずでゴーレムの製造・対象のゴーレム化、および4体までの直接操作が可能な代物。さらに試したことは無いが、ホムンクルス──人工生命体を生み出す事もできる、非常に有用な代物だ。


「まさか複数存在するとは……」


 だが、納得もできる。これを複数個用意できれば、その見返りは名剣名刀を同じ数手に入れる以上の恩恵がある。ゴーレムは特攻兵、偵察兵、超巨大兵、製造員、土木作業員等々、様々な用途の運用が可能だ。使い勝手が単なる武器と比較して段違いに高い。量産できるなら間違いなくしている、むしろ量産する事で真価を発揮する、そういう代物だ。


「まあ、セーフだ──待てよ?核要らずのゴーレム?」


 核要らず──それは即ち、核の大きさに囚われない大きさでゴーレムを作れるという事。よくよく考えると……[ヴェズルフェルニル]並にヤバくないか?極論、単分子構造のワイヤーすら、作れさえすれば直接操作可能なゴーレムとして運用が可能という事だ。


「……つくづく、自分の馬鹿さ加減に呆れる」


 ゴーレムは人型でなければならないという決まりはない。人型決戦兵器の造形美、十分に理解できる。だが、それが必ずしも機能的であるとは限らない。

 ミコルレッテの街で対サムライグレムリン用にオリハルコンを用いてガ○プラめいたケテルとバチカルを作りはしたが、もっと本体をシンプルに、槍とかワイヤーとか、いっそオリハルコンの塊そのものでもよかったのだ。どんな形であれ、最強クラスの硬度を持つ以上、体当たりだけで十分な兵器なのだから。

 ……1年以上経過して、2つ目を手に入れるまでこれに気づかないあたり、俺って本当に馬鹿。


「いや、止そう。過ぎた過去の失敗を今更悔やんでもどうにもならん」


 次に生かそう。……うまく使えば、[ヴェズルフェルニル]でやっていた銀糸操作をある程度再現できるかもしれない。

 ゴーレムの上限が4体、即ち操作可能なワイヤーは4本まで。本数上限は劣るが、素材にオリハルコンを使えば強度はトントンだし、操作の一部を自動化できれば、脳の情報処理に余裕ができ、他の行動の精度を向上させられる。……ま、柔軟な糸にできるかどうかだが。


 ポイっと[エンブリオリング]を[グラットストマック]に放り込む。ついでに[ホコリ玉]も放り込む。


「さぁて……最後の締めだな。[抽出]及び[精製]──金インゴット。対象範囲、半径10キロメートル」


フォルクマルデ全域をはみ出るくらい指定し、金の[抽出]を開始。壁の隙間から、扉を塞ぐ鉄インゴットの隙間から、四方八方から金色の粒子が右手に集まってくる。こうすれば焼けた装飾品に使われていた金も、埋まってしまった金貨や金細工も、最低限の回収ができるスンポーだ。


「で、その間に……」


 右手を下に向けつつ、左手で鉄インゴットを1本ずつ[グラットストマック]に放り込んでいく。呆れと衝撃と自分の馬鹿さ加減で半ば忘れていたが、時間が無かったんだ。時間が。ぼやぼやしていたら日が暮れる。




 結局、宝物庫で手に入ったのは鉄インゴット166本、金インゴット11本、[ホコリ玉]、[エンブリオリング]の4種。

 欲を言えば……もう少し、欲しかったなぁ……。具体的には、[エンブリオリング]をあと4つくらい。……強欲が過ぎるな、流石に。

 ……滅びかけの国の宝物庫にしては上々だと思っておこう。最悪、[エンブリオリング]が単なる装飾品として盗まれ売り飛ばされていた危険すらあった。そんなもしもを思い浮かべると、寒気すら感じる。


「素直に喜んでおくか。少なくとも、これで退屈とは無縁になったわけだし」


 よし、とっととフィエルザと合流して、ウバンの元まで撤退だ。




*




 速足で宝物庫からフィエルザの元に戻り、一息。


「あ、もどってきた。どうだった?」

「上々だ。何か異常あったか?」

「異常っていうか、なんか雨降りそうな空気と空模様。後、暇だからちょっと飛んだんだけど~、南西と北北西からなんか集団が近づいてる感じ~」」


 ツンツンを空を指さし突くフィエルザ。

 ……雲の流れが速いように見える。風上に眼をやると、灰色の雲の塊が迫ってきていた。

 加えて、中に入る前に比べ風が少し湿気っている。雨が降り始める前の状況そのものだ。


 ……で、集団とな?山賊連合か、それとも軍が戻ってきたのか?


「ふぅむ……その集団に何か特徴は?」

「んー、見た限りだと、どっちも指揮してるの以外同じ装備だったかな。数はどっちも50くらい?」


 装備の統一……正規の軍隊だな。少なくとも山賊の類じゃあ無さそうだ。

 略奪から戻った?いや、それにしちゃあ数が少ないし、2方向からの意味が解らん。

 ……となると、地方貴族の軍か。面倒なのが来てるなぁ……。雑魚っちゃ雑魚だが、わざわざこっちから相手してたら雨に降られて濡れ鼠は間違いない。


「急いだほうがよさそうだな。色々面倒になりかねない」


 下手に殺せば痕跡が残るしな。単体なら兎も角、集団となると完全に隠蔽するのは骨が折れる作業だ。


「なら乗せて飛ぶ?障害物も何も関係なしに一直線で行けるし」

「効率だけで考えるなら、フィーに乗るのが最速だろうが、物理的に目立つ真似は避けたい。竜はさすがに目立つし、フィーの銀鱗となれば猶更だ」

「ぁー……確かに、昼間じゃ半端な高さだと光が反射して目立つか……。じゃあ、しょーがないかぁ。ここはひとつ、運動不足の解消にひと汗流しますかね」


 言って、フィエルザは屈伸を始め、体を左右に捻り、準備運動を始める。ボキボキと運動不足と怠惰を象徴するようなヤバイ音が聞こえた気がするが……忘れよう。


「おとーさん上官殿!準備運動完了であります!」

「よし、速やかに撤収!!行くぞフィー三等兵!!」

「サー!イエスサー!……って、三等兵はちょっと低くない!?」


 ……適当に言ったが、確かに三等兵は低すぎたかもしれん。

 そんなくだらない話を交わしながら、俺達は速やかにフォルクマルデを後にした。




お読みいただき感謝。

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