焼けた真聖都 その1
寝ぼけ眼のウバンとすっかり目を覚ましたメェヌ2頭とイバに見送られ、俺は1人、仮住まいを出発し、山間の街道を歩く。
街道と言っても、石畳の舗装はおろか、轍の跡すらない。大小の石がごろごろ転がっている上に、草も膝より高く我が物顔でボーボーと無遠慮に生い茂っている。ヒトとモノの往来が何年も途絶えた証拠だ。
……まあ、草原に一番近い村があの有様だったからな。そこからヤヌイスパまでの道のりを考えると、国家事業として舗装する旨味は少ない。仮に旨味があっても、フォルクマルデの現状を考えると、予算を出すかどうか怪しいものだ。
「特に興味を惹かれるものは無し。……急ぐか」
[ハイマッシヴ]、[プロテクション]、[リアクティ]、[クイックウィンド]をかけて身体強化を施し、一気に駆け抜ける。魔物に会敵しても相手をするのが面倒臭い。素材を剝いでも金にも何もならんし。タイム イズ マネー だ。そしてそれは相手がヒトであっても変わりはない。
……む。
進行方向にガチムチ男が立ちはだかっている。みすぼらしい身なりの特徴的なパイナップルヘアーだ。どこかで見たような気がするが……はてどこだったか。山賊って事は覚えているんだが……いいや、轢こう。
「おうおう!命が惜しけりゃ金目のモンと食いもぶべらっ!?」
パイナップル男を轢き逃げして突っ走る。運が良ければ生きているだろう。悪ければ打ち所が悪くて死んでいるか、体のどこかしらが動かなくなっているか……。
山賊の生き死になんぞどうでもいい。勝手にくたばればいい。ここいらの下っ端山賊なんか、どうせ漁っても碌なモンを持っていないだろう。あってもとっくに酒代とメシ代に消えている。
この後──
「死にたくねぇならカネと食いもんべらっーーー!!!」
「身ぐるみ全部置いでべっ!?」
「うわぁああ!!こっちくんなばぁぁぁーーー!!!」
──1時間の間に3人ほどさらに轢いた。
……いや、妙だな。こんな道が全く整備されていない辺鄙な場所で張っていても徒労に終わるだろうに、何故いる?単なる偶然か?
「何か……何かいやな感じだな……」
杞憂であればいいんだが……。
──杞憂じゃあなかった。
「なんだありゃ……」
遠目に見えたフォルクマルデはほぼ真っ黒に焼け落ちていた。スラムは悉く焼け落ち、外壁も真っ黒に焼け焦げ、所々が崩れ落ちている。地上からのみの視認だが、大空襲があったと言われても納得してしまう惨状だ。
「一体何が……」
[土竜の眼]をかけ、[アンチグラビティ]をかけて跳躍し、上空から惨状の目視確認を試みる。
フォルクマルデは原型を留めない程に焼け崩れていた。焼けずに無事なのは城しかない。他全ては墨汁をぶちまけた後のように真っ黒だ。
視認する限り、焼け跡を漁る人の姿は無い。妙だな、元の困窮状況から火事場泥棒が全くいないのは不自然な気がする。
……単なる大火事でここまで火が回るか?いや、これは明らかに度を越している。
「フィーは……まさか火事程度で死にはしないだろうが……」
地上に降り立ち[土竜の眼]を仕舞うと、焼けたフォルクマルデへ一気に駆けた。
*
焼け崩れた外壁の前に、いくつもの焼死体が横たわっている。背丈からして、何れも男のものだろう。完全に炭化してしまっているその数は、10や20どころではない。
焼けた門をくぐり、足を進める。最早何処に何があったのかすらわからない。目印になり得る建物も何もかもが焼け落ち、等しく更地。それの意味する事はつまり、掃除を頼まれた空き家も、冒険者ギルド支部も、泊まっていた宿も、何もかもが焼失したという事だ。
「諸行無常、か」
短い間ではあったが、自分が関わったモノ、関わった痕跡が、自分の意思とは無関係に消失する……理不尽にも思え、そして物悲しい。あまりいい思い出が無い場所でこれなのだから、もし……縁起でもないが、故郷たるウルラントが俺の居ぬ間に同じ惨状になっていたなら、正気でいられる自信はない。
というか……困った。
「ほぼ迷子った。洒落にならん……」
建物が悉く焼失しているという事は、目印になり得るモノもまた同様に消失しているという事だ。建物が消える事で視界の奥行きが変化、記憶の中の景色と照合できなくなっている。
古い建物が解体されて空き地になったとき、「この土地こんなに狭かったか?」と認識することが多々ある。それが局所的にではなく都市全体で起こっているのだから、どうしようもない。
辛うじて把握しているのは方角と、微かに見えた城の尖塔の先っぽくらいだ。つまり、その方角にとりあえず向かって、記憶の中の尖塔の先のサイズと一致する場所を探さなければならない。厳密に迷子とは言えないのだろうが、非常に面倒なことになったのは間違いないだろう。
「面倒な……──ん?あれは……」
焼け焦げた瓦礫の山の中に、見覚えがある物が刺さっていた。
よじ登り、ソレの前に立つ。
長剣と輪──腕輪だ。どちらもあのデブ──ジョンベェンが身に着けていたものだった筈だ。それがここにあるという事は、奴はここまで帰ってきたのだろう。
指で柄の煤を掃うと、金属の輝きが陽光を反射する。炎に晒されたにもかかわらず、変質することなく進汚れのみで状態を保たせていた。どちらも普通のモノではなさそうだ。
手に取ろうと再び手を伸ばしたその瞬間──
ボウッ──!
──長剣を中心に黒い火が上がった。
「この炎は……」
見覚えがある。奴がエリシアを焼いたあの炎だ。
揺らめく黒炎は、まるで品定めでもするかのように、静かに燃え続ける。炎に眼なんてない。ある筈がない。だというのに、『視られている』と感じてしまう。
……覚えがある感覚だ。自殺名所で時折感じる、誰もいない筈の場所から送られる希薄な視線のようなモノ。それと同じだ。そういうモノとこの黒炎が同質のモノだと仮定するなら、元は誰だったのか。或いは、まさかこの惨状は…………。
「ジョンベェン、お前がやったのか?……面倒なことしやがって……」
絶望するのは勝手だが、自分の死に他者を巻き込むなど、愚か以外に評する言葉が無い。救いを求め自殺する者全てに対する冒涜だ。
「自殺するなら当事者だけで死ね。誰かを巻き込まなくちゃ死ねないなら、自殺する価値も無い。バカタレが。お前のせいで俺はこのだだっ広い焼け野原で迷子状態だ」
炎がまるで動揺したかのように揺らめく。
「俺の言葉が気に入らないか?だとしたらなんだ?俺も燃やすか?ふざけろ。テメェの人生に唾吐いて終わらせた大馬鹿野郎が一丁前に文句垂れんな!!──失せろ、[ジャハンナム]!!」
目標を黒炎に指定すると、蒼炎が俺の足元から走り、黒炎を貪り食らうように覆い尽くす。
蒼炎の隙間を縫い、かき分けるように黒炎が噴き出す。しかし即座に蒼炎が纏わりつき、締め上げる様は、大蛇に囚われた獣がじわじわと締め上げられ衰弱していく過程によく似ている。
「現世は生者が作るものだ。亡者は大人しくあの世に退場しろ。……それでも関わりたいなら虫にでも生まれ変わって出直してこい。見つけ次第、踏み殺してやる。何度でもな」
数分が経過しただろうか。覆われた蒼炎が散り、長剣と柄に引っかかった腕輪が再び姿を見せた。黒炎は僅かな火種すら残っていない。
長剣と腕輪を[グラットストマック]に仕舞い、その場を後にする。
この2つは迷惑料代わりにもらっておこう。奴には墓標すら惜しい。嫌になるな、全く。面倒を増やしやがって……。
焼野原を進み、記憶と照らし合わせながら目的地へ向かう。
ションベン野郎は本当に、面倒な事をしてくれた。一発ぶん殴ろうにも既に死んでいる相手は殴れない。厄介な事に、そういう意味では、死人は強いんだよなぁ……。
が、どうにかこうにか借りた一軒家の跡地にたどり着いた。その間、生き残りを見かける事も接触する事も無かった。
「完全に瓦礫だな……」
何の物資も置かず、移動の中継地としての運用に留めておいて本当に正解だった。
とはいえ……これじゃあメモも何も残せないな。瓦礫にメモを挿んでも、風で飛ばされず残り続ける保証が無い。現状、風を阻む障害物が皆無だからな……。
というか、ここで合ってるよな?瓦礫の位置と、視認できる尖塔の大きさ、石畳の向き……うーむ、自信を持ってここだと言えない。
「困った……」
いや、本当に困ったぞ。焼け野原になっているなんて、1ミリも予想していなかったからなぁ……。
かといって……何の対処もしなかったら、フィエルザはパニックになって飛び回り右往左往で、大幅に合流が遅れる事態になりかねない。この状況を俺がやらかして姿を晦ましたと推理しても何らおかしくないしなぁ。
加えて、合流に至るまでの間、無自覚に新しい問題を起こさない保証もない。俺だけなら兎も角、今はウバン達が居る以上、大分動きが制限されてしまう。瓦礫で無人島のSOSを描くように文字を作っても、確実にフィエルザが見つけるとは、そして期日ぴったりに下りてくるとは断言できない。
「まさか俺……毎日この焼け野原に通勤しないといかんの?」
或いはウバンたちを連れてここに?いや、そうすると魔物でも食うイバは兎も角、メェヌ2頭が食うに困ってしまう。現状燃え尽きてペンペン草っぽいモノすら生えとらんし……。
「どうしたもんか──」
「なにこれぇぇえええ!?!?!?」
──遠くから喧しいフィエルザの声が聞こえた。
声がした方向を振り返る。……目測100メートル程度先の焼け跡に、フィエルザが立っていた。
「あ、あぶねぇぇぇ……」
やはり場所が違ったらしい。運がよかった。本当にッ、運がよかった!この幸運に、圧倒的感謝ッ!!この場所に書置きを瓦礫に挟んで残していたら、9割9分スルーされていただろう……!
「おーい、フィー!!!ここだーーーー!!!」
声を上げて手を振りながらフィエルザの元へ歩いていった。
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