戦士ウバン その2
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「俺も逃げる気は無しッ!!お前に戦士の誇りがあるならばかかってこいッ!!!」
「応ッッッ!!!」
ウバンが左手で手綱を握って馬を駆る。
相対するナナクサは[土竜の眼]を外して仕舞うと、[シルフィードウィスパー]含む強化系魔法全てを使い、自身の肉体を最大まで強化。その脚力も、走り比べればウバンの愛馬であるイバとも互角化、それ以上の速度を出せるだろう。
だが、ナナクサは一歩も動かない。動かずじっと、迫りくるウバンとイバの挙動を注意深く観察している。手綱さばき、体幹、視線──あらゆる挙動を見逃すまいと。
(動かん?あの目、何ぞ狙っとるか?)
眼力に押されたか、あるいは不穏を感じ取ったか、ウバンはイバの足を止めさせ、ナナクサの挙動を注意深く観察。
(何ぞ、あの目……うらの動き、見抜かれとる?……なんも考えんで突っ込むのはアブいな)
(ふむ……やはり止まったか)
ナナクサは無論、考えなしに受けに回ったわけではない。ウバンを馬上から叩き落とすには、これが最もシンプルな手段だと考えたからだ。
(奴が持つ曲刀のリーチは1メートルにも満たない。馬上から振るって攻撃するなら、左右どちらか横を走り抜けながら振るう一択だ。
つまり、攻撃の瞬間は、騎手──ウバンの腕が、馬のシルエットからはみ出る。タイミングを合わせて曲刀に一撃を叩き込めれば、落馬させる事も出来るはずだ──が、ダメ!!俺の[葬乱]と向こうの曲刀、耐久性はどう考えてもこっちが上だ。
つまり最悪、曲刀が衝撃に耐えきれず折れる!折れれば衝撃は流れて、ウバン本体にまで十分に伝わらず、落馬に至らない。それどころか、得物を失う事で撤退意志が強くなる事もあり得る)
そうなれば、ナナクサの目論見は破綻してしまう。人質に取り、大量のバヌブル肉と交換することも叶わない。即ち、完全なくたびれ儲けだ。いや、或いは暇潰しか。何れにせよ、まるで利益の無い結果に繋がる。
(曲刀を左右どっちに出すかだ。手綱を持つ手の側は必然、無防備。直前のタイミングで曲刀の反対側に立ち、[葬乱]の先端でがら空きの横っ腹を突き、落馬させて抑え込む!!)
(……とか考えとるんかな。こっちん出方見とるってことはそう言う事なんだろが……)
──見事に見透かされていた。当然と言えば当然か。騎馬相手に受け側が取れる行動は限定される。馬を駆り、盗賊として人を殺す事を想定をしていた慎重派のウバンが、考えつかない筈がない。
慎重という事は、あらゆる事態を想定し、対処の可否を見極める事だ。即ち、自身の弱みを正確に把握し、客観的に分析──これが出来なければ話にならない。
かといって……
(……動かないな)
(動かんな)
どちらも受けならば、戦いは平行線のまま。即ち、終わらない。
無論──
(馬鹿馬鹿しい)
(アホくさい)
──それを許容できる二人ではない。
「ふッ!!」
「ぜッ!!」
まるで示し合わせたように、同時に駆け、迫るナナクサとウバン。
(グダグダ考えても仕方がない。矢玉を尽きさせ、翻弄し疲弊させる!)
(今の矢が尽きてからが勝負ぞ)
ウバンは馬を駆りながら曲刀の柄を咥え、手綱から手を離し素早く弓に持ち替え、矢を引き絞り──放つ!
が、振るわれた[葬乱]に容易く弾かれる!
(っ──バヌブル仕留めんくらいと同じ加減を!)
さらに3本矢を番え、引き絞る!
(矢筒に矢羽が見えない!ストックが尽きたか!)
ウバンから放たれる3本の矢が、ナナクサの足、心臓、額めがけて迫る!
「ソイヤッ!!」
が、意外!!ナナクサは上に飛んで、曲芸めいた宙返り回避だ!その高さたるや、馬上のウバンを軽々と超える程だ!
ウバンの頭上で、ナナクサの上下が逆転する!
(すれ違う一瞬の近距離なら、いくらノーコンの俺でも[葬乱]を投げつければ中てられ──何!?)
空中のナナクサと、反り返って弓を引き絞るウバンの目が合った。
何というバランス感覚!マトリックスめいた反りの最中、彫刻めいた石の矢がナナクサの額を確実に狙っている!
(マズ──)
弓弦から手が離れると同時に──
「[アクセルバースト]!!!」
──ナナクサの姿が消える!!
(ッ──!?)
石の矢は青空の彼方へと飛び去り、消失。すぐさま状態を起こし、周囲を確認するウバン。
──いた。だがその場所は、ウバンが駆ける軌道の垂直位置──距離にして10メートル先だ。
(なん……何ぞ!?)
即座に手綱を握り、イバを止めるウバン。
理解不能。物理法則に従うならば、ナナクサの位置はウバンの背後──移動軸の付近に有る筈。
しかし、実際に今いる位置は20メートルもの彼方。背を見せず、[葬乱]を握り、僅かに不機嫌そうな顔をしている。
ウバンが起き上がり、ナナクサを視認するまで約2秒。重い金属棍棒を持ちながら、秒速約10メートルもの速度で高速移動したことになる。
(バケモンか……?)
概ね正解だ。
ナナクサが済んでのところで使った時魔法[アクセルバースト]は、自身の時間を周囲より加速させる。その加速倍率・効果時間は、消費する体内魔力が多ければ多いほど上昇するのだ。それも、どれだけ加速させようと肉体そのものに負荷はかからない。単なる身体強化では出来ない事だ。
この時の増加倍率は10倍。即ち、本来の10倍速で落下し、フェードアウトしたのだ。消えたと認識しても何ら不思議ではない。
無論、これだけの恩恵がある魔法が、何のデメリットも無く使えるわけがない。
消費する体内魔力も膨大だが、それ以上のデメリットは存在する。それが、寿命だ。加速した時間分──例えば5秒間10倍に加速した場合、肉体は50秒分老化する。1回1回に失う寿命は微々たるものだが、十全に使いこなそう、恩恵を受けようと多用し錯誤すれば、塵も積もればなんとやら。
年齢不相応の老人となってしまう。
寿命は金を積んで手に入るモノではない。生あるモノ全てが等しく持つ、有限の財産だ。破滅願望や自殺願望でもない限り、或いは救いようのない馬鹿でもない限り、喜び勇んで使いはしないだろう。
が──[不老]となったナナクサに、その懸念は何の意味もない。むしろ多用し、使いこなす事こそが最上の選択と言える。
だが、彼はそうしない。一芸に依存し、それを何らかの手段で対策されてしまえば、その時点で詰みだからだ。一芸を極め対策すらも貫く──その発想に至らないのは、あらゆる問題の自己解決を良しとする、他者に頼らない器用貧乏精神が未だしぶとく根付いているからに他ならない。
「……仕切り直しだな」
「仕切り直しぞ」
再び動けず向かい合うナナクサとウバン。
(どうしたもんかな……は!?)
悩むナナクサ。相対するウバンは、背に手を回して空っぽの矢筒にかざすと……精巧な石の矢が、音を立てて大量にストックされていく。
(あれは[ストーンアロー]か!?それも、無詠唱であんな綺麗な形を……)
[ストーンアロー]は射出系下位に分類される、土魔法の初歩のひとつだ。が、放たれるのは矢と言えるようなモノではなく、石器で岩を砕き矢印型に整えたような無骨かつ粗末な代物だ。
無論、歪な形状故に、質量を伴わない[ファイアアロー]や[ウィンドアロー]、流体ベースの[アクアアロー]と比べ、軌道が兎に角安定しない。まともに当たるように回転運動を加え、形状を精巧に、より矢に近づける程、消費する体内魔力は増え、射出までの間の隙も増えてしまう。防御手段に恵まれてはいるが、攻撃には今一つ恵まれない、それが土魔法だ。
が、目の前のウバンは、[ストーンアロー]の常識の悉くを破壊して見せている。最早[創造]の下位互換とも言えるだろう。彼がそのまま撃たないのは弓で射る方が威力・命中精度・連射性能と、全てが上回るからに他ならない。加えて、射出せず止める事で、その分に必要な体内魔力を節約できる。
(……そうか、ある意味俺と同類か)
成程と1人納得するナナクサ。
極端な話、ウバンは[ストーンアロー]にだけ特化していた。他の一切が使えない代わりに、詠唱も無く、体内魔力の消費も極端に少なく、大量に射出前の状態を作り出せる。全属性の魔法が使える代わりに、治癒系が一切使えないナナクサ──大きな恩恵とデメリットを有する点で似ていた。
(弾切れ狙いは無理だな。あえてストックしているのは、矢筒から番える方が早いからか、或いは魔法に依存することを良しとしないポリシーか。それとも体内魔力の総量が少ない?……いや、アレが睡眠や休憩要らずの、単なる時間経過で体内魔力が回復する民族というリスクもあり得る)
観察すればするほど、思考の坩堝にはまっていくナナクサ。
一方、ウバンは……。
(突破口が見えん)
攻め手を欠いていた。
(あん落ちっときの動きがなんぼも出来んなら、なんぼ遠くから射ても意味なか。仕留めんなら、死角からだまし討ちせんといかん。が……)
一芸に特化しているが故に、行き詰ってしまった。確かに手札は強力だが、如何せんその枚数が少なかった。少なすぎた。
(さっきん固い壁だされたらどうにもならん。……それでか。魔物どもが何日も寄り付かんかったのは、こいつが原因か)
相手が悪かったことを、ウバンはその身を以って感じ、慎重姿勢は間違いではなかったことを再確認できた。慎重さを欠く仲間──ラバトを心の中で一瞬見下し、頭の中から追い払う。
((どう攻めれば……))
再びの膠着状態。両者動けぬまま、刻一刻と、時間だけが過ぎていく。
が──
「「ん!?」」
突如、両者の視界が暗転。何の前触れもなく、視界が、いや、草原が闇に包まれた!!
「何だ!?何事だ!?」
「さっきまで晴れとったんに……!?空が!?」
空を見上げるウバンとナナクサとイバ。目にしたのは、空一面を覆い隠す、渦巻く分厚い黒雲。
黒雲は太陽光の殆どを遮り、大草原を偽りの夜に変えた。
(おかしい。特段風が強いわけでもなかった。いったいどこから……?空を一瞬で、照明スイッチをオンオフ切り替えるみたいに雲で覆うなんて、ユーディでも出来ないぞ?)
(こん雲、おかしい……風でちっとも流れとらん。いや……待ち……)
ウバンの脳裏に、幼き日の記憶が、族長の教えが過る。
「まさか……こん雲は……!?」
『ブルォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』
刹那、大草原に猛牛めいた鳴き声が大音量で響き渡った。
鳴き声は空気を揺らし、ウバンとイバとナナクサの体を、内臓を、そして草原そのものを震わせる!さらには地面が音を立てて揺れる!
「地震!?いや、経験的に違う!!この縦の揺れ方は……何かの足踏みか!?」
「黒雲、バヌブルくさいデカ鳴き声、足踏み……まさか……まさか……バヌブグナスの裁き!!!」
ウバンが闇に包まれた草原の彼方を見る。ナナクサもまた、釣られて闇を見た。その彼方で、『何か』山のように巨大なものが動いていた。その『何か』が動くたびに、大地が揺れる。『何か』が揺れの原因である事は一目瞭然だ。
「っ!!イバ!!駆けェ!!」
「ブルゥウ!!」
ウバンを乗せたイバは『何か』へ向かって、ナナクサへ背を向ける事など些事ですらないと言わんばかりに駆けた。
一方のナナクサは、[土竜の眼]をかけ、再度、ウバンとイバが駆けた闇を見る。
「……冗談だろう?」
レンズが映し出したのは、山と見紛う程に巨大なバヌブルだった。一体どこからそんな巨体が現れたのか。いや、そもそもそれ以前に、目にした存在を生物と定義できるのか疑わしい。
(巨大過ぎる……ッ!地球の深海に住まうダイオウイカが、闇の彼方にいる存在にとって駄菓子同然と思える程に。俺自身が蟻どころかノミのように思える程にッ!!!まるでゴジ○……ッ!!!)
ふと、ナナクサの脳裏に、串焼き屋台のおっちゃんとの世間話が過る。
「雨がった後のぬかるみや、柔らかい地面には足跡が残るだろう?ただ単に姿が見えなくても、足跡を追えばいずれたどり着ける。[バヌブグナスの恩寵]は、足跡、匂い、草の乱れ、咀嚼音、息遣い……姿も音も、そこに居た証拠すらも隠してしまうんだ」
「[バヌブグナスの恩寵]だよ。守護獣バヌブグナスは、成体のバヌブルが狩られる事は許容しているけど、バヌブルの子供が狩られる事だけは、絶対に許容しない」
「絶対、ですか」
「うん、絶対に」
「最悪、どうなります?」
「部族集落が一つ消える。バヌブグナスは、大草原で起こる全てを見ているんだ。今の僕らの対話も、視ているんじゃないかな」
「……昔はね、大草原には13の部族があったんだよ。僕のおじいちゃんの話だと、もっと前は16もあったんだってさ」
「バヌブグナスに消された、と?」
「うん。おじいちゃんが言うには、守護獣バヌブグナスは草原の民がバヌブルを狩る事を許す代わりに、子バヌブルを狩る事を禁じたらしい。禁を破った結果……今の12部族になったんだ」
「……ちょっと待ってくださいよ。まさか、一度の過失で部族諸共!?」
「諸共だよ。生き残りは例外なく、1人もいなかったって。バヌブグナスにとって、草原の民は男も女も老人も赤ん坊も、みんな同じだってことなんだろうね」
「まさかあれが……守護獣バヌブグナス?だとしたらこの揺れは……」
禁を破った者の部族を、執拗に、徹底的に踏み潰す足音──。
「ちっ……人質計画はオシャカだな」
舌打ちし、[グラットストマック]に[葬乱]を仕舞うと、走り去るウバンとイバの背を捉えたまま後を追った。
お読みいただき感謝。ここ数年で一番楽なGWだ……




