雑貨屋の親子
リュックとウェストポーチを身に付け、俺とユーディは東側大通りへとやってきた。東側は西側と同じく住宅地が広がっているが、大通りは西とは違い、飲食店や雑貨店、食料品を扱う店が立ち並ぶ。
その一件の前で足を止めた。木造二階建ての小さな雑貨屋、入口のドア横に掲げられた看板には、『雑貨店ジェナ』と書かれている。少し年季の入ったドアを引くと、カランカランという銅製のベルが鳴り響いた。
店内へ入ると、塗料や木材、埃等の匂いが入り混じった独特な匂いが鼻につく。奥の隅にあるカウンター前に置かれた椅子で、耳の長い、少し色素が薄い三つ編み金髪の女性がこっくりこっくりと船を漕いでいた。口元からは涎が垂れかかっている。外見上の歳はリレーラよりも少し若いくらいだ。
「う……あ、いらっしゃいー」
「せめてベルの音で起きろよ……」
半開きの青い目がこちらをじっと見る。万引きされ放題だろ常識的に考えて。
「あー、ナナクサさん……ってことは、ゆーちゃんもいる!?」
「ん、こんにちは」
「ゆーちゃんやっほ!」
ここでようやくぱっちりと目が開ききった。この女性の名はクリナ。種族はエルム。所謂ファンタジーに出てくるエルフの外見そのものだが、この世界ではエルムと呼ばれている。エルフという言葉と外見に小説やゲームを通して馴染みがある俺にとって、紛らわしい事この上ない。
「で、オヤジさんいるかい?」
「ちょっと待ってね。おとうさーん!!」
カウンターの奥の階段へと声をかけるクリナ。ほどなくして、ドスンドスンという重い足音が響き、のっそりと、熊のような巨体のオヤジさんが姿を現した。灰髪に灰色の熊の耳、袖を捲られて露出した丸太のような太い両腕には灰色の体毛が生え揃っている。若干腹肉がついているが、差し引いても十分に驚異的な戦闘力だと一目見て分かる。
「おお、お前さんか。いつもの芯棒か?」
「ええ、30束ほど」
「かーっ、相っ変わらずの数だな。クリナ、そっちにどんだけだ?」
「6束かな。うん、6束」
クリナはぐるりと店内を見渡し、片隅の棚に積まれた束の数を確認して、うんと頷いた。
「すまねぇな、裏の在庫合わせて20束で全部だ。あるだけ全部でいいか?」
「ええ、不足分はまた後日に」
「わかった、ちょっと待ってろ」
オヤジさんは倉庫へ続く階段脇のドアを開けて奥へと進んでいった。
オヤジさんことゴルドーさんは、灰熊族の獣人だ。奥さんはクリナを産んだ数年後、病で他界してしまったという。以後、オヤジさんはクリナの幸せを願い、ただひたすらに身を粉にして働き(たまに酒に逃げ)、育ててきたという。泣かせる話だ。父親の鏡だよ。
「ゆーちゃんゆーちゃん!これどうかな?」
「ん、いいかも。耳が可愛い」
ユーディとクリナは、彼女手製の小さな熊のぬいぐるみを見せたりと、話に花を咲かせていた。ユーディがこっちに来てからの初めての友人であり、クリナにとってもまた、初めての友人だという。
身を粉にして働いてきた親父さんだが、クリナは家事全般をこなし、店の手伝いをしてオヤジさんを支えてきた。あまり自分の時間を取らず、また、自宅兼店舗の店の周囲に同年代の女の子がいなかったため、さらに種族も影響してか、ついぞこの間までぼっちだったという。
なもんだから、ユーディとクリナがこんなふうに年相応の女の子のように振るまて散るところを親父さんが見、こっそり倉庫で号泣していたのは記憶に新しい。
というか、あのクリナの手の中にある熊のぬいぐるみ、腕の太さとか腹肉の具合とかにオヤジさんの面影があるのは気のせいか?
「新しい子増えてる」
「ついつい夢中になっちゃったんだ。おかげでちょっと寝不足だったり、そうじゃなかったり」
「どっち……?」
思い返せば、こうして彼女らが親しくなるきっかけがぬいぐるみだった。
始まりはリラが布の切れ端の活用に始めたものだ。体内生成せず手縫いでやるくらい入れ込んでいる。
俺は興味はなかった(というよりは裁縫が壊滅的に下手だ)が、ユーディが興味を持って一緒にやり始め、それにアレリアさんが乗っかり、屋敷の女性陣の間では今、手乗りサイズのぬいぐるみ作成がちょっとしたブームになっている。そうして出来たぬいぐるみを、ユーディはポシェットにつけられるように紐を通し、俺と一緒にここへ足を運んだ際にクリナが食いついたのだ。
ユーディの視線の先──店の片隅には、クリナ手製のウサギやクマ等を模したミニサイズのぬいぐるみがいくらか並んでいるが、スペースの空きが少し目立つ。どうやらそれなりに売れているようだ。
ただ、そんな中一際異彩を放っているのが、魚の体に腕と足が生えたぬいぐるみだ。曰く、海に住まうマーム族をデフォルメしたというが……デフォルメでこれか……。実物はどうなのだろうか?いつかのグレムリン並にキモいのだろうか?
「すまん、待たせたな」
オヤジさんが両手いっぱいに芯棒の束を抱え、ドンとカウンターの上に置き、棚の上に置かれていた芯棒をつかみさらに積み上げた。
「ひのふのみ……うん、20束1000本、確かに」
背負っていたリュックにひと束ずつ、敷き詰めるように詰めていく。割り箸の片割れがひと束で50本。塵も積もればなんとやら、である。
「しかし、いつまでそのアイスキャンディーを作り続けるつもりだ?いや、こっちとしちゃあ、大口の客だし、だいぶ儲けさせてもらっているんだが……」」
「んー……店舗リフォームの進捗と開店予定日、開店準備に休暇日数、気温が下がることまで勘定に入れて、販売は9月いっぱいでしょうね。残りおよそ1ヶ月……まあ、生産調整もコミで4000本ってとこですか」
このアイスの棒、直接木工所に買い付ければ安上がりになるが、それをやらないのには当然理由がある。
俺の平日のルーチンワークが、起床、ユーディとランニング、軽く風呂場で汗流し、朝食用意+昼の弁当用意、食事、後始末、露店街で出店、昼飯食いながら帰宅、翌日販売分クッキーの作成、夕飯準備、夕飯、後始末、アイスキャンディー作成、風呂、イチャラブして寝る──だ。
帳簿管理と消耗品在庫の管理はユーディに任せ週2で露店は休んでいるが、ここの向かい側でリフォーム中の店舗オープンに合わせ、シュークリームだのフルーツゼリーだの、アイスやクッキーの生産量を減らして種類を増やしていくつもりでいる。うん、店を構えるのは確定事項だ。
露店を初めて3日目以降からはほぼ完売が続いた為、甘味の需要が有ることは確定し、最低限度の利益は出せると判断した結果だ。当初の予定通り、近々甘味処を開店させる。
持ち帰りも可能にするつもりだが、基本焼き菓子のみで絞る。
ケーキ等の型くずれしやすく痛みやすい生菓子は除外だ。こっちじゃあショートケーキの周りに貼るフィルムは用意できないし、保冷剤なんて以ての外。持ち帰り後にさあ食べようと箱を開けたら、熱で生クリームがとろとろになって型くずれしたケーキとご対面なんて事もあり得る。冷蔵庫がないのだから。涼しい日陰に置いたとしても、やはり傷んでしまうのは避けられない。できる限り最高のコンディションで食べていもらいたいのだ。……食中毒の悪評を回避するためにもな。
持ち帰りが焼き菓子のみとは言え、持ち帰る為に大量の紙袋を要するのは目に見えている。今でもそれなりの量を消費しているし、無論在庫管理は徹底しているが、今後さらに種類が増えるであろう消耗品の管理までソツなくこなせるかと問われれば、回答を濁さざるを得ない。
木工所、製紙工場などと直接交渉すればローコストで仕入れることはできるが、今時間があっても後々が厳しいことになる。労働は肉体的、精神的にも疲労は貯まるものだ。
可能な限り翌日には持ち越したくはないし、夜の時間を削るなど論外。だからそういった消耗品をまとめて扱って、こっちの需要まで想定して先回りしてくれる親父さんのような存在は非常にありがたいのだ。
「ああ、これ、よければどうぞ」
ウェストポーチからクッキー入りの紙袋を取り出し、手渡す。
「お、ありがてぇ。……ん?いつもと少し匂いが違うな?」
あら、流石くまさん、鼻が利くらしい。
親父さんのところへ消耗品を調達に行く際は手土産持参だ。商い開始以前、自分が何を売ろうとしているのか、口で説明するよりも現物を食べてもらったほうが早いと思い始めたのだが……。
「今回はイチゴジャムをはさんでみました」
小さな紙袋に手を突っ込み、現物を指でつまみ、まじまじと観察するオヤジさん。
「ジャム……ああ、この前お前さんが言っていた、砂糖をしこたま使って煮込んだってやつだな」
「今日のも美味しそう!」
クリナがオヤジさんからイチゴジャムクッキーを受け取る。親父さんももう1つつまみ、クリナとほぼ同時に口に運んだ。
「「ん~~~!」」
おおう、二人の周りに花畑の幻が見える。ジャムの ちからって すげー。
「ナナにぃ、ジャム、まだ残りあったの?」
「ちっとだけな」
身内以外の評価も知りたかったのと実験的な意味合いも込みで、術まで使って残しておいたのだ。
先の成人祝いで作ったケーキ分を除いて全てジャムにし、あるときはパンに挟み、あるときはクッキーに載せ、またあるときはパイに包んで焼き、さらに試験的に作成した自家製ヨーグルトに混ぜ……。おやつの時間は苺尽しで流石の俺も飽きた。次のジャムは別のものにしようと心に決めたの次第だ。
「いいな、クッキーの甘さに、いちごのちっとだけの酸味が実にいい」
「んふ~。超幸せ~」
ジャムは日持ちするが、単体で販売するためには大きなハードルを越えなければならない。……まあ、それはおいておこう。
しっかし、あれだ。クリナはともかくとして、でっかい熊の親父さんが小さいクッキーを少しずつポリポリ食べるその様は、なんだかシュールで、ちょっとした既視感を覚える。
「酒よりも俺ぁコイツの方が断然好きだな。これなら完全に酒を切れそうだぜ」
……ああ、ようやく既視感の正体がわかった。くまの○ーさんとダブって見えたんだ。まあ、確かに、どんな魔球でもホームラン打てそうなガタイではある。はちみつ入りクッキーを食べさせたらどうなることやら。
まあ、自分でも引くくらいお菓子が効果抜群だったのと、ユーディとクリナの友人関係のおかげで信用を得ることはできた。
「あ。ナナクサさん、今度遊びに行ってもいいですか?」
「ん……ナナにぃ、ダメ?」
「んあ?……まあ、大丈夫だろ」
シルヴィさんが今更その程度でああだこうだいうとは思えんし。まあ、一応話は通しておくが。
「うちはちょうど明日休暇だ。それ以外だと……今の時間くらいからになるなぁ」
ぶっちゃけユーディがいないとあの人数を捌くのは不可能に近い。だから時間的には今の時間からとなるので、ろくに遊べる時間はないことになる。
「おとーさん……」
「そんな目で見るんじゃねぇ、大丈夫だ。行ってこい」
「やった!!」
娘に甘いのは、男親のサガか、いや、この場合は違うな。娘に友達ができたのが嬉しいから、自分に出来ることをしたいのだろう。
「ゆーちゃん、半分あげる!」
イチゴジャムクッキーを上下に分けて、片方をユーディに手渡した。
「ん、ありがと」
割るんじゃなくて上下で分けるとか、なかなか合理的な手段を取るな。大粒果肉が挟まっていたらできない、下手すりゃ戦争モンの手だ。
「ナナクサ、ちょっといいか」
うん?
言われるままにオヤジさんと表に移動する。ドアで隔てられているここならば、こちらの会話は聞こえないだろう。
「……ありがとうな。お前のおかげだ、あんなに笑うクリナを見るのは、本当に……ジェナが逝ってからは一度もなかった。だが、嫁にはやらねぇからな」
「心に決めた人がいるので遠慮します。……不安、なんでしょう?残された彼女が耐えられるのか」
「お見通しか……」
エルムはずっと昔に絶滅した種族と聞く。シルヴィさんが生まれるよりも昔、何かと戦って、一族もろとも死滅したという。口伝で伝わっているだけであるため、それが何なのかまでは不明だ。シルヴィさんも知らないという。
そんなかつて絶滅した種族が、灰熊族の夫婦の間に生まれ落ちた。
この世界において、この種族は4つのパターンから決定する。
1、母親の種族を継承する。
2、父親の種族を継承する。
この2つが基本だが、物事には例外がつきものであり、この件もまた同様だ。
3、父親と母親の両方の種族の特徴を引き継ぐ。
超低確率で起こる現象であり、シグルス宰相はその例に当てはまる。どの程度の割合で混ざるのかは不明であり、そもそも偶然なのか原因があるのかも判明していない。統計的にはオウガ族に多く見られ、知り合いの中ではのっぽのノルキンが該当する。
4、祖先の種を継承する。
隔世遺伝というやつだ。まさにクリナがそれである。
しかし、そんな遺伝子的な知識もないこの世界の住人にとっては、奇っ怪なことこの上ない事件だ。隔世遺伝のことを親父さんに説明した時の顔は忘れはしない。相当な苦労をしてきたのは容易に想像できた。心無い誹謗中傷も多く受けてきたのだろう。
そのエルムの特徴が、木工細工等を得意とする手先の器用さの他に……長寿という点がある。今のシルヴィさんを超える寿命であるほどの。
「不安で不安でしょうがねぇんだ。どうあがいたって、俺も、お前も、ユーディちゃんも、あいつが好きになる男も、下手すりゃ自分の子供も先に逝っちまう。それに耐えられるのか……」
「無理でしょ。身内の死を一人で抱えて、一人で消化して、立ち直るってのはとんでもなく精神が強靭か、あるいは死を理解できていない子供か、それくらいだ。だが、移ろう世の流れの中で一人でも支える誰かがいれば、時間がかかっても立ち上がれる。……親父さんもそうだったんじゃないんで?」
ハッとした表情を浮かべると、ボリボリと頭をかきはじめた。
「そうだな。確かにそうだ。クリナがいたから、俺がしっかりしねぇとって、それで……いつのまにか、支えられてた。ああ、少しすっきりした」
「そか。……何かあれば相談に乗るよ。友人として」
「お互いにな。今後ともいい付き合いをしたいもんだ。商売相手として、そして友人としてな」
俺たちは談笑する二人のいる店内へと戻った。
お読み頂き有難うございました。時間も体力も何もかもが足りない。もう一人自分がいればと思ったり思わなかったり。




