おめでとう!
ちょいと長めとなります。
食堂に連れられて、びっくりした。
ジークもグレンも、シルヴィさんもアレリアさんもマイルズさんもモントさんも、それになぜか姉も、みんな既に席についていて、その前のテーブルにはいつもよりも豪華なお料理が並んでいた。
……あれ?上座が、空いてる?それに椅子が二つ?
「お、主役がおでましだな!」
「来たか!来たのだな!!はよう食わせとくれ!!」
「主様、主役のユーディリア様を差し置いてそれは、少々品がありませんよ?」
「まあまあ、これらを前にしては致し方ないのかもしれませんぞ?」
「私、こんなご馳走、初めて見るわ……」
えっと?ちょっと頭が混乱して、なにがなんだか?主役?私が?何の?
「今日はユーディが主役だからな、ほら、座った座った」
ナナにぃが後ろから両肩に手を添えて軽く押し、上座に座らせた。ここ、いつもはシルヴィさんの席だよ?
上座から長テーブルを見渡すと、大きなお皿の上に山積みのロールパンに目が行く。たくさんのお料理。初めて見るものもたくさん。
ケチャップがついた小さなオムレツが大きなお皿の上でタンポポの花みたいにまるくきれいに並んでる。
小さな四角いパンみたいな、でも見た目ちょっと硬そうな、ぱりっとしてそうなものの中にシチューが入っているみたい。
大皿の上にたくさん山積みになった、4個くらいが串刺しになった茶色い色の……あれは、唐揚げ。鳥の肉を油で揚げたもので、ナナにぃと一緒に3回つくったことがある。けど、なんだろう、何か違和感を感じる。
そこから、自分の目の前に視線を移す。トマト、レタス、キュウリにクリーム色のドレッシングがかかったサラダ。グラスに注がれた透明なお水。よく煮込まれたっぽい、角切りのお肉。……?これはなんだろ?フタ付きのお茶碗が、四角い木の敷物の上に乗っている。
「俺一人じゃ、これが限界だった……」
「えっと、ナナにぃ、どういうこと……?」
ナナにぃが一人でこれだけを要したのも驚きだけど、この状況、何がなんだかわからなかった。
「成人祝いだ」
「誰の?」
「ユーディの」
……え?私……の?
「……ほんとに、私の?」
「おう。と、いうわけだ。成人おめでとう」
「「「「「「「おめでとう!!!」」」」」」」
言葉がなかった。こんなふうに、誰か自分のことで祝ってくれるのは、初めてだったから。
……ちがう。遠い昔に、1回あった。ずっとずっと昔の……たしか……ああ、思い出した。
「9歳の折り返し、おめでとう!」
「ユーちゃん、おめでとう!」
「おめでと!!」
9歳の、成人の折り返しの日、あの時も……。
「ちょ、ユーディ、どこか痛いのか!?」
え?
言われて頬が濡れていることに気づく。
ああ、そっか。私、泣いちゃってるんだ。
「ん……だいじょびゅ……。みんな、ありがとぅ……!」
あの時の私も、泣いちゃったんだっけ……。あの頃の思い出は、作り物なんかじゃ、なかった。今ならはっきりそう言える。今も、あの時と同じ気持ちだから。
パーティが始まってすぐ、シルヴィさんとマイルズさんのからあげ争奪戦が始まった。
「旦那、流石にコイツは譲れませんぜ!!」
「なぁにを言うか、それは儂とて同じよ!!」
串刺しのそれをひょいひょい食べてしまう。とても主人と雇い主の関係には見えなかった。
「俺にももっと食わせロ!!」
「この味ッ、胃が弾けようとも止められる気がしませぬ!!」
そこにジークとグレンが加わって、唐揚げ串の山がものすごい勢いで消えていく。
「主役差し置いて何やっているんだか……まあ、ああなるだろうから大量に揚げさせたんだ。ほらっ」
ナナにぃが私の取り皿に、ひとつずつ乗せてくれた。
串刺しの唐揚げと、小さなオムレツと、黄金色の串刺しの丸い何か、四角いパンみたいな何か。
「ナナにぃは食べないの?」
「散々味見したからな。まずは食べてみてくれ」
そう言って、私の横の椅子に座って、お料理を食べるわけでもなくじっと見てくる。
なにかあるのかな?とりあえず、からあげ串から食べてみよう。
「はむっ……んんっ」
一口噛み付くと、じんわりと口の中に油が染み渡り、鶏肉の味と……え……?これは……なに?
衣がなんか、すっぱい。でも、痛んだ酸っぱさとは違う。油で緩んだ口をきゅっと締めるような……。
横に控えてるナナにぃを見ると、口元が少し笑っていた。
「シソの葉を刻んで衣に混ぜたんだ。このシソがきゅっと口の中を締めてくれる。で、ハマる奴はあんな感じにはまってしまうのさ」
ナナにぃの目線の先の唐揚げ串争奪戦の状況。大皿の唐揚げ串は半分以下まで減っていた。
シソの味で涎が出てきて、舌についた油が流されてスッキリする。それに、このシソの味がもっともっとと食欲を掻き立てる。確かにこれは、奪い合いになるかも……。
「ちなみに揚げるのは全部グレンにやらせたんだが……加減が絶妙でな。才能に戦慄したわ……」
「……揚げるだけがそんなに怖いことなの?」
油に入れて、油から出すだけなのに?
「揚げ物ってのはな、生涯の修行と言われるくらいに大変なものなんだ。食材によって熱の通りも違うし、大きさ、重さでも違う。それを最も適した温度で、うまいタイミングで揚げるってのは、一朝一夕でできるもんじゃない。何せ、食材を落とすと油が冷えるからな。……あいつ、火の、いや熱の扱いに関しちゃ天性の才があるといってもいいだろうな」
ナナにぃの言葉に耳を傾け、気が付けば、串に刺さった唐揚げを食べ終わっていた。
次は、小さいオムレツにしようかな。一口サイズの小さいオムレツは、なんだか可愛くて、食べるのがもったいない。
フォークで刺して、そのまま口に運ぶ。とろりと、口の中に熱い何かが流れ込んできた。これ……チーズかな?
砂糖で味付けされた甘いたまごと、熱々のちょっとしょっぱいとろとろチーズに、ケチャップの味が口の中で混ざりあう。卵とケチャップだけでも美味しかったのに、そこにチーズが合わさって……。
「おいひぃ……」
席が近い姉に視線を送ると、姉もオムレツを堪能していた。
「はぁぁ……ユーティ……毎日こんなの食べてるの?」
「ん……うん……」
「いいにゃぁ……はむっ」
そう言うと姉はオムレツの捕食を再開した。よくよく取り皿を見ればオムレツで埋め尽くされていた。姉って……こんなに卵好きだったかな?
「補足しておくが、ここまでの種類をこれだけの量作るのはそうそうないからな?」
「あ、そーなんだ。あー……でもこれは毎日食べたいー」
「ナナにぃはあげないよ?」
「むむぅ、残念……」
昼間はああ言ったけれど、私だって独占したいもん。
もっと食べたいけど、ひと通り食べるた後にしよう。次はどれにしようかな……?
姉の正面に座るリラちゃんを見れば、お茶碗のフタを取って、中のものをスプーンですくって食べている。
「ん~~~!おねーちゃん、これもおいしーよ!」
リラちゃんが食べているものは一体……開けてみればわかるよね。
「熱いから気をつけろよ」
「ん……」
ちょっぴり熱いフタを取って開けてみると、一面黄色いぷるぷるした何かが入っていた。その中に細長く切られたタケノコと、小さい鶏肉、そしてスライスされた小さな茶色いきのこ。……開けても全くわからなかった。
「これ、なに?」
「茶碗蒸しだ。味に関しては、そうだな……ダシが効いた卵味だな」
あ、やっぱり卵なんだ、この色。
スプーンを差し込むと、簡単にスッと入る。柔らかい?みたい。そのまま掬って目の前に運ぶ。黄色い卵の塊がぷるぷる震えて、不思議な感じ。そっと口の中へ運ぶと、舌の上に温かい何とも言えない味が広がった。
きのこや卵の味、それにほんのり鶏肉の味と、お味噌汁にちょっとだけ入ってる味が複雑に絡み合ってる。ちょっと舌で押しただけで崩れて、舌の上にきのこや鶏肉だけが残る。噛むと染み込んだ味が口の中に広がっていく。
「おいしー……!」
掬ったところを見ると、薄い黄金色のお汁が水たまりのように溜まっていた。ちょっぴり浮いている油は、鶏肉から出た油かも。このお汁、これがなかったら全然違うお料理になってると思う。
次々に掬って口になかにどんどん入れていく。手が、口が、止まらない。ほんの数分で、茶碗蒸しは空っぽになっちゃった。
「パパー、茶碗蒸しおかわりある~?」
「ナナにぃ、私も」
「すまん、ない」
あう、残念……。リラちゃんもあからさまに悲しい顔してる。そうだよね、もっと食べたいよね。
「また今度作る時まで待ってくれ。それに、料理は茶碗蒸しだけじゃないさ」
そう、だよね。うん。 次は……どれがいいかなぁ……。
この角切りのお肉にしよう。モントさんが食べているけど、驚いた顔のまま動かなくなってる。
お肉をよく見てみる。四方3cmくらいで、脂身が2割くらい。お醤油の匂いがするから、多分醤油ベースのたれで煮込まれたんだと思う。
ここまで予想して、これ以上は食べて見ればわかると思ってフォークを突き刺し…………刺せなかった。突き抜けた。3cmくらいの厚さなのに、すっと、刺した感じがしない。手応えがない。
掬い上げるようにして、するっと落ちないように、そ~っと口に運ぶ。そして歯で噛む前に、舌と上あごで押し付けただけで、崩れた。口の中にバラバラになって、砕けた脂身、タレの味が広がる。
「一体どれだけ煮込めば……いや、どう煮込めばこれほどまで柔らかくなるのでしょうか……。時間をかけるにしても、仕込みはたしか午後からだったはず……」
モントさんが驚いていたのはこれが理由みたい。柔らかさもそうだけど、全体に満遍なく味が染み渡っている。
そしてこの食感。お肉を食べているはずなのに、お肉を食べている感じがしない。まるでお肉の味の雲を食べているみたい。
「はぁぁ……すごぃ……」
ちょっと油でくどくなったので、サラダとパンで口直し。グラスに入ったお水を飲んで……お腹は……うん、まだまだいっぱい入る。
取り皿に最後に残った、四角い器の形のパンみたいな何か。
中にシチューが入っていて、シチューとパンっぽいものの匂いが、そこそこお腹に入れたのに、私の食欲をさらに引き立てる。
そのままかぶりつくと、さくっとした、パリパリした、それでいて軽い食感の後に、シチューの味と、香ばしいバターの香り、それに、パンに似た味が続く。パンとシチューを一緒に食べたような感じだけど、食感が違う。
パンだと、ふんわりした生地にシチューが染み込んで、それはそれで美味しいんだけど……。これは、生地にまるでシチューが染み込んでない。シチューの柔らかい味と、生地の食感とバターの風味、両方が生かされたまま。混ざっていないのに、まるで最初から一緒だったような、一緒になるのが運命だったような気もしてきちゃうくらい。
そしてやっぱり気がついたら完食していた。
「はふー……おいしかったぁ……」
「そうか……よかった」
そうつぶやいたナナにぃの顔は、笑顔と安堵が混ざった顔だった。
「うーん……これは……」
ちらりと声がした方、アレリアさんを見ると、さっき私が食べてた四角いのを真剣に見ていた。
「折り返して生地を重ねて……?どれだけ層を重ねれば……」
目が真剣そのものでちょっと怖いかも……。
ひと通り食べたけど……ほぼ全部一口サイズだった。まるで、あんまり食べられない私が自然な形で全部食べられるように考えたみたいに。
テーブルの上をぐるっと見わたすと、大体殆どが消えていた。いつの間にかからあげの取り合い合戦も収まって、静かになってる。
「マジであいつら4人だけでほぼ全部食ったのかよ……」
4人ともお腹をさすって満足そうな顔をして、角切りのお肉や茶碗蒸しを食べていた。口に運ぶたびにさらに表情が溶けるように、幸せいっぱいな顔をしてる。
……ちょっと、聞いてみようかな。
「ねぇ、ナナにぃ。ナナにぃは、なんでこんなにお料理うまいの?」
「それ、私も聞きたい~」
リラちゃんが乗って、皆もナナにぃのほうを向いて頷く。みんなやっぱり知りたいみたい。
「んあ?……あー……予め言っておくが、最初から上手かったわけじゃあない。単に美味いものが食いたかった、その結果がこれだ」
「うっぷ……はえー話、舌が肥えた食いしん坊ってことか」
「んー……そうだな、マイルズの答えが的を得ている。……ちょいと外れるわ。ユーディ、ほどほどにしておくんだぞ」
そう言ってナナにぃは立ち上がり、食堂から出て行った。
「ほらほら、ユーディ。もっと食べようよ。主役なんだから、ほらほら!あーん!」
姉がフォークにミニオムレツを刺して向けてくる。
「おね~ちゃん、こっちもあ~ん!」
リラちゃんまでオムレツを刺して私に向けてくる。ナナにぃはほどほどにって言ってた、けど……。オムレツを食べたときの味が蘇る。あの味を、もう一度……ううん、何回でも食べたい。こうして向けられて、我慢なんてできない!
「あーんッ」
ナナクサ視点
パーティの片付けを皆に任せ、皆からのプレゼントと満腹で苦しむユーディを抱いて自室へ戻った。
「だからほどほどにといったんだ……」
「うぅ……」
俺が例の物を食堂から自室へ運び終えた時には既に手遅れ。まるで親鳥が雛鳥にエサを与えるかの如く、リレーラとリラのオムレツ餌付けでユーディの胃袋は限界寸前だった。
ユーディが皆から貰ったプレゼントを受け取って順に横へ置く。割りと性格が反映されたプレゼントだ。
「いろいろもらったな」
「ん……いっぱい……」
シルヴィさんからは俺がもらったお守りと同じものを。
どういった素材を使っているのか前から気になっていたから、丁度いい機会だと思い聞いてみたところ、「ヒヒイロカネだ」という返答をもらった。命名したのは次郎丸らしい。
ヒヒイロカネは神秘的金属として、ファンタジー小説などにしばし出てくる代物だが、現実には正体不明の謎の金属、あるいは合金を指している。ヒヒイロカネ製の神宝がどこぞには保存されているらしいが、本当にヒヒイロカネなのかも疑わしい。
そんな事情を知っているからか、正体に関してはさほど驚きはしなかった。つまるところ、次郎丸が鑑定できなかった緋色の金属というわけだ。
モントさんとアレリアさんからは俺が使っているエプロンと同じデザインの、ちょっとサイズが小さいものを。厨房の手伝いの際に使ってもらえればという理由だろう。実用性のある選択だ。
マイルズは上物の酒を。曰く、「初めて飲む酒が不味かったら、そいつぁ最悪だろ?」と。まあ、同意だ。酒は安物と上物ではまるで味が違うからな。ただ、これが原因で酒好きに、いや、呑んだくれにならないことを祈るばかりだ。
と、まあ、シルヴィさんは館一同でと言っておきながら、結局殆ど個別にプレゼントを用意されていた。……うん、本当に皆いい人らだ。
ジーク・グレンは雫の形をしたチョコレートを。おそらくこの世界で初めて精製された固形のチョコレートだろう。味に関しては俺が太鼓判を押している。
リラからはピンクのリボンでラッピングされた紙の包み。未開封のため中身は不明。ユーディ曰く、「後で二人で開けてね~」と言われたらしい。あいつは一体何を入れたのだ?
不明といえば、リレーラも二人で開けてと言っていた。名前だけじゃなく行動パターンも似ているのか?……リレーラと名前が似てしまったのは、名付け親の俺の責か。
「ナナにぃは……くれないの?」
「んあ?……2つあるが、今渡せるのは1つだけだな」
机の上に並べた箱を開け、そのうち一つを手にベッドへ戻り、そばに掛ける。
「俺はからこれだ」
「銀の薔薇……?」
銀でできた薔薇の髪飾り。それが1つ目のプレゼントだ。
「きれい……」
お腹の痛みも忘れて魅入っているようだ。これが今の俺の[錬金中もどき]でできる装飾の限界点だ。
花びらの1枚1枚を丁寧に、慎重に[生成]していった。おかげで俺のライフポイントは0に近い。ちなみに酸化によってくすまないように、表面に秘密のコーティングをしてある。
「もう一つは……?」
「お腹の痛みがなくなったらな」
この状態では流石に見せられない。食べ物だし。超甘いものだし。ぶっちゃけるとケーキだし。
「むぅ……それじゃ、早くよくなるように、お腹なでて?」
俺の手首を掴んでお腹に当ててくる。
「やれやれ、お嬢様の仰せのままに、なんてな」
ブラウスの上からお腹をさする。……うん、明らかに過積載だ。ぽっこりしてる。
「きもちぃ……」
あれだなぁ……。今回みたいに好きなだけ取るっていう形は、ちと控えるべきかもしれない。
俺が洒落たフルコースを作れれば全く問題はなかったんだが、あくまで俺の作れるカテゴリーは食堂のメニューのそれだからなぁ。……記憶を手繰り寄せて、フルコースを出せるようにならなければな。
どれだけ時間が経ったのか、しばらく撫でると体を起こして立ち上がり、俺の体の正面に背を預けるように座り直した。
「もう大丈夫なのか?」
「もっと」
またそっとお腹を撫でる。……多分もう大丈夫なんだろう。これはただ甘えているだけだ。
「もう1個、見せて?」
「…………今日食べたいって言わないって約束できるなら見せる」
「んぅ?食べ物、なの?」
「クッキー以上に美味である事を約束しよう」
ピクンと耳と尻尾が反応した。
「ぁー……だからあの時、ほどほどにって言ったの?」
「ああ。だから食べ過ぎないよう、俺が取り皿に取ったんだ。だのにあいつら……」
結局はこの有様である。よくよく考えれば、これ以上食べるなとしっかりと釘を刺しておけばそれで済んだことだった……。
「美味しすぎるお料理を作るナナにぃが悪いと思います」
……………………。
「……わかった、なら俺はもう料理はしない。俺の料理がユーディを苦しめているなら、俺が料理をするべきでは──
「ごめんなさい、うそだから。そんなこと言わないで……」
「分かってる。……見るだけ、な」
揃って立ち上がり、机の前に移動する。
そっと紙の箱を開けると、真っ白な生クリームとイチゴでデコレーションされたちょっと小さなホールケーキが姿を現した。具体的には5号サイズに近い。
「これ……が……?」
「[ジ・イソラティオン]で状態を維持しているから、腐敗はしないが、衝撃を加えれば解除時にまとめて変形するからな」
「真っ白できれい……本当に、食べ物?」
ユーディが目を輝かせてケーキを見ている。尻尾がふわふわ振られていることから相当に興奮しているのがわかる。
「明日のおやつの時間にでも食べようか」
「ん♪」
そっと箱を閉じる。内心、楽しみで楽しみで仕方がないのだろうが、興奮し過ぎで眠れなくなるんじゃないのか?
「とりあえず、リラとリレーラのプレゼントを開けてみたらどうだ?」
「うん」
さっきと同じようにベッドに座り直し、ユーディはリレーラからのプレゼントである小箱を手にする。
正直、全く予想がつかない。物事に対し、ある程度の予測をしていることで、動じず、冷静に対処できるようになる。だが全く予測できない事象とは、それそのものが恐怖にすらなり得る。
「……?何、これ?」
小箱から出てきたのは手のひらサイズの小瓶だった。コルクで固く栓がされており、ちゃぷちゃぷと中でピンク色の液体が揺れている。
……うん、まさかとは思うが……こいつぁ……いやいや、流石にないよな?色から推測するのは安易すぎる。頼むから香水であってくれ。
「あ、お手紙入ってる……読むよ?」
「ああ……」
「えっと……『成人おめでとう。子作りの助けになればいいなと思って、これを贈ります。中身は媚薬なので、気をつけて……ね……』……びやく?」
「んなこったろーたぁ思ったよ……」
授業したその日のうちに贈ってくるか普通!?らしいっちゃらしい斜め上のプレゼントだが……。
「これって……飲むと、えっちになちゃうの……?」
「……そう、だな。体が火照って疼いて、タガが外れる。そう言うモノだ。……っていうか、お前なんでそういうこと知ってるんだ?」
俺そう言う知識を教えた覚えはないんだが?
「んっと、リラちゃんに、薄い本になってもらって……」
アイエッ!?なってもらって!?薄い本!?
「ユ、ユーディさん?つかぬ事を伺いますが……薄い本というのはつまり、昨日の夜みたいなことが描いてある……?」
「……縛ったりとか、もっとハードなのも」
やっぱり俺の秘蔵の薄い本じゃねーーか!!なに人がいないところでナチュラルに性癖暴露してやがるんだよあの娘は!!勘弁してくださいよ……!!っていうか、吸収したものに変身できるって、本とかそういうのでもできんのかよ!!
「こんど、そういうのも、したい……けど……」
ユーディの顔がほんのり赤く、もじもじした様子だ。
……昨日、まさかなーとは思っていたが……ユーディって……M?いや、止そう。俺の勝手な想像でユーディの性癖を決め付けるのはよくない。
「そうなると、アイツは一体何を包んだんだ……?」
横に置かれたピンクリボンの包み。可愛らしい外見が、なぜか禍々しくも淫靡な空気を漂わせているかのように錯覚してしまう。似たようなものをユーディも感じ取っているのか、包みに伸ばす手が若干緊張しているようだ。
よく観察してみよう。まず、包装の上からぐにゃぐにゃと曲がる。それはつまり、置物や瓶などの硬いものではないということだ。リラの特技を踏まえるなら、身に着ける衣類であることは明白。
問題はそのジャンルだ。この包の膨らみ具合からして、ワンピースやブラウスといったものではないと見立てられる。布面積は大きくはない。小さいものだ。
「開けるよ……?」
「ああ……」
ユーディがリボンを解き、包みを開く。中から現れたのは……。
「んぅ?ピンクのフリルがついた、ひも?」
ピンクの細く平たい紐に、さらに薄ピンクのフリルと、水色のリボンが付いている。それが二つ?いや、この形状は……まさか!
「ちがう……それは……パンツだ」
「え」
「そしてもう片方のはブラジャーだ……」
可愛らしくも淫らな、隠すべき場所がまるで隠されていない、むしろ強調するような上下セットの、所謂エロ下着である。
「あ、あうあうあう……」
ああもう、真っ赤になって機能停止寸前じゃないか……。下着といい媚薬といい、お前ら揃い揃って何考えとんねん!!俺を干からびさせる気か!!
「な、ナナにぃ……今度……ね……?」
「お前はお前で乗り気なんかい……大歓迎だけど」
*
その後、リラにお説教をして、風呂を済ませてユーディとベッドに入る。流石に今日は何もしない、というかできない。あれだけ食べたあとだ。女性は満腹時に性欲を刺激されるというが、些か度が過ぎる。落ち着いたとは言え事後にリバースされても困るし。
「あ」
「ん?どうした?」
「ナナにぃ、たまーに、ご飯とお気にため息つくけど、どうして?」
はっと思い出したように問いかけられる。
……あー、あれか。気にされていたのか。
「海の魚が食いたい」
「ふぇ?」
「塩が効いた海魚を、焼いて喰いたい。プリップリのエビを揚げて食いたい。イカメシ食いたい。たこ焼き食いたい」
「ど、どういうこと、なの?」
「……ここは内陸だからさ、海の幸が食えないのがどうにももどかしくてな……あー、カニも食いたい……」
やっぱり自分で現地に買い付けないとダメだよな……。というかそれ以外に方法がない。
「……そうだな、店を構える前に、行くか」
そうそう行ける機会もないだろうし、可能な限り金を用意して、可能な限り買い付けよう。
その為には前段作戦であるクッキーの屋台販売を成功させなければならない。あとは需要を見込んで棒アイスの作成、販売も手がけるべきか。
「んぅ……美味しいの?」
ああ、そうか。ユーディは内陸育ちだから海の幸をまるで食べたことがないんだな……。
「美味い。が、人によっては海の幸独特の臭みが苦手で無理だったりする。傾向としては、内陸育ちで海の幸に馴染みが無い人に多いな」
大好物というほどではないが、先に挙げたたこ焼きやエビフライ等、こう、痒いところに手が届かないという感じなのだ。
味噌汁や今日の茶碗蒸しで使用したダシは、シルヴィさんが自領から持ち込んだ昆布からとっているが……鰹ダシも恋しい。生前は生魚が食えない体質だたった為、刺身や寿司はアウト。余談だが、回転寿司では玉子と稲荷とアナゴとウナギと……食えたネタはそれくらいしかない。だが、たこ焼き、イカ飯、エビフライ、ホタテの貝柱、炙りイカ……。加工品で言えば魚肉ソーセージ、魚肉を用いた駄菓子のカツ、○っちゃんイカ……。ああ、全てが懐かしい……。
「そう、だったんだ……」
「なんだと思ったんだ?」
「……不満だからって、思ってた。食べる時のドキドキもワクワクもないから……それがいやなんじゃないかなって……」
ドキドキワクワク、か。アトラクションじゃあるまいし……いや、ずっと昔、俺もそう思ったことはあった。小坊に上がる前の園児時代、初めて外で食べたお子様ランチ。……今の今まで忘れていたな。
「作る側は別の緊張感があるぞ?」
「んぅ?」
「今日みたいに初めて作る料理なんかがそうだな。味付けは基本、好みに合わせるが、食べてもらうまで本当にそれで受け入れられるのか、美味しいと言ってもらえるのか。もしかしたら口に合わないものを大量に作っているんじゃないか。……そう思うとな、時たま心を潰されそうになるんだ」
「そう、だったんだ……」
「ただ、受け入れられた時の達成感は格別だ。俺にとってはそれが最高の報酬だな」
自分の技術と味覚が受け入れられるのは、認められたということ。料理に限らず、作る側にとって、自身の作品が受け入れられ、認められるのはこの上なく嬉しいことなのだ。
ただ金儲けのために何かを作っていたとしても、それが売れなければ悔しいという思いは少なからずあるだろう。そういった悔しさをバネに成長できるかどうかが、ものづくりにおいて重要なんだと俺は思う。
「ナナにぃ、あのね……」
「どうした?」
「こんど、お料理、おしえて?お手伝いじゃなくて……ちゃんと、1から全部」
「俺の料理じゃ不満なのか?」
「そうじゃなくて……美味しいものを食べて欲しいから。もちろん私が作って、ね?」
頬を赤く染めてそんな事を言うなよ、キュンとしちゃうじゃないか。
「まったく、嬉しいこと言ってくれるじゃないの」
頭をナデナデすると、毛布の中で尻尾がパタパタと揺れ動いた。
「ん~♪」
「なら、明日の昼から早速、だな」
「ん♪」
もうじき本格的な夏が来る。こっちに来てからのはじめての夏。そして、商売の成否がかかった重要な夏だ。
「ぼちぼち気ィ引き締めないとな……」
この時、俺はまだ気づいていなかった。この夏が後のウィルゲート大陸史に残る、最初の戦いの舞台になることを……。
お読み頂き有難うございました。恋する宝石獣編、ようやく完であります。この期少々仕事が忙しくなるのと、ストックが完全に切れたため、次回投下まで少々お時間を頂くこととなります。過去投下分の誤字修正等はちょくちょくとやっていくつもりです。




