見つけたモノと足止め
*
「まずいナ」
「然り、非常にまずい」
ジークとグレンは焦っていた。露店街なら何かいいものが見つかると軽く考えていたが、現実はそう甘くはなかった。
当初は果物を見繕う算段だったが、ナナクサの手荷物にイチゴが大量に入っていたことから、最初の計画は頓挫した。厳密にはイチゴは果物ではないが……。
もはや食べ物の括りで探すことのほうが難しいと判断し、あらゆる物を見て回ったが、成果は言うまでもない。
「くっ、かくなる上は腹を切り詫びねばっ」
「よセ!早まるナ!!」
グレンの切腹を止めるジークだが、内心そうせざるを得ないのかとも思ってしまっている。刻限が迫り、比例して焦りも増していく。その焦りは正常な判断力を奪い、さらに無駄に時が過ぎていく悪循環に陥っていた。
そんな彼らの他にも、悪循環に陥った青年がいた。
ぼろぼろの敷物の、その中央にドンと置かれた、トラム缶めいた巨大な竹編みの籠。その正面で、濃褐色肌の青年がバンダナを巻いた頭を抱えていた。
「ぁぁぁ……まずい、まずいよどうしよう……」
彼の名はステジオ。メルジェーフェナ領最南端に位置するど田舎の村から遠路遥々やってきた蛇人族の青年である。
蛇人族は体の各所に斑の如くウロコが点在し、異常なまでに柔軟な関節、強靭な足腰、そして寒さにめっぽう弱いのが特徴だ。
ステジオは蛇人族の中でも特に足腰が強かった。いや、頭の回転と足腰の異常な強さだけが取り柄だった。
巨大な竹編みの籠の中には長さおよそ20cm程度の楕円形で凹凸のある奇妙な黄色い実が大量に入っている。1個1個が見た目相応に重い。
ステジオの故郷は非常に貧しい。ろくな果物が自生せず、細々と穀物を育て、村の殆どの男は海沿いの村へ出稼ぎに出て暮らしの糧を稼ぎ、かろうじて食いつないでいけた。イビルヘッドと呼ばれる巨大サメが現れるまでは──。
「売りきらないと、村のみんなが……」
巨大サメは出稼ぎに出ていた男達も漁村の男達も、海の中にいた者を老若男女問わず諸共喰らい、海は赤く染まった。
肉親を無残に食い殺された村人達は結託し、憤怒と憎悪に塗れた銛を雨の如く降らせ、イビルヘッドを葬った。漁村に平和が戻ったが、奪われた命は戻らず、悲しみと絶望だけが残された。
生き残った村人は、遠く離れた漁村へと移住を決め、村を捨てた。
──ステジオの故郷もまた、岐路に立たされた。
籠の中身は、メルジェーフェナ領では有名な無駄に苦い実である。独特の香りを持ち、硬い皮を煮詰めて飲めば眠気覚ましに効くが、ただそれだけ。不人気の代名詞とも言えるものだ。
村では病を退けると聖なる飲み物とまで言われているが、飲んでいたステジオ自身が大病を患った過去があるため、微塵も信じてはいない。
そんな胡散臭い実が、1本の木からアホみたいに大量に取れる。主だった男手を失い、輸出が解禁された今、村で外貨を稼げる可能性があるのはそれだけだった。
もしも、売れなければ……。村の存続のために幼い子供や老人が追放され、年若い娘が奴隷として売られる。
ステジオの家には母の他、2人の幼い弟とさらに生まれたばかりの双子の妹、そして足腰が弱り始めた祖母がいる。家を支えていたステジオの父親も二人の兄も、もう居ない。
そして、村には恋仲の娘がいる。村の中で最も割を食うのが、ステジオの家──いや、ステジオ個人だったのだ。
家族で村を捨てるだけの余力も無く、恋仲の娘を諦める事も出来ず……そして何かを犠牲にしてでも村を維持するという村長らの決定を許容できなかった為に、彼はここまで馬車も使わず、ろくに飲まず食わず歩き通しで売りに来たのだ。遺された者を救う為、そして村の現状を覆す、その足掛かりとして発言権を得る為に。
が、ここまで1つも売れないどころか、交渉の段階にすら入れていない。
(考えるんだ。誰が好き好んで苦い汁にして飲もうとするんだ?……病気を防ぐなんて嘘っぱちだ。だけど、それで家族が、彼女が、皆が助かるのなら、僕は嘘くらいいくらでも付いてやる!!詐欺だとか言われても、牢屋に入れられることになっても、みんなが救われるなら!!)
そう腹をくくったとき、彼と彼らは出会った。
「なんだこれは?」
「みたことないナ」
「あっ、い、いらっしゃい!!」
しゃがんで興味深そうに見るジークとグレンにワンテンポ遅れて気づく。
(きた!!何も知らない、売れそうな相手が!!)
ステジオの心臓が高鳴る。この昼近くの時間まで、ちらりと見る客はいても足を止めてまで見る客はいなかったのだ。
「これは何なんダ?木の実なのカ?」
「は、はい。村で採れたカカの実です」
「ふぅむ……硬いな。食えるのか?」
グレンがノックをするように軽くたたく。ドアにノックする時と似たような微細な反動が返ってくる。
「すりつぶして飲むんです。……苦いですけど、病気や不幸から遠ざけて、長生きできるようになります」
「なん……」
「だト……!?」
長生き、その言葉にジークとグレンは食いついた。
(よもやもしや……これこそが!!)
(オレたちが探していたものカ!!)
ナナクサとユーディに飲ませる→二人共長生きできる→一緒に長くいられる→幸せ
ジークとグレンの頭の中では、このような式が展開されていた。互いに視線を交わし、頷く。二人の意思は一致していた。
「「いくらダ!?」」
揃い揃って身を乗り出し、食いつくその様子は、もし彼らが同種族だったならば双子と間違えるかも知れないだろう。それほどまでに息がぴったりとあっていた。
「え、えーと……1個で銀2枚……ですけど……」
ステジオは商売のイロハを知っていた。最初は無茶な値を吹っかける。客がこれなら払えると値を提示する。それは安すぎると店が値を変え、そうしてすりあわせていく。
さらにこのカカの実は、これまでまったく輸出されたことがない代物だったため、その市場価値は悪い意味で未知数だ。銀2枚はカカの実の価値を知る者が聞けば、ぶん殴られてもおかしくはないボッタクリ価格。故郷ではそもそも、値が付くような物ではなかったのだから。
「「買っタ!!!」」
「え!?……い、いや、お、おいくつでしょうか?」
「「全部ダ!!!」」
「え、えぇぇえぇぇえええええええええええ!!!?」
そうして二人は、籠いっぱいのカカの実を籠もろとも金1枚と銀3枚で買い取った。
グレンが籠をを背負い、ジークはそれを後ろから支えて家路に。
「最高の買い物だったナ!!」
「正しく。金の使い道として至上と言えよう!!」
ホクホク顔の二人を見送るステジオの心がズキリと痛んだ。しかし、結果的には金貨という、生まれて初めて見る最大価値の硬貨を手にする結果となった。
「ごめんなさい……でも、これで、僕の家族が、あの子が助かります……」
呟いたか細い言葉は風に乗って散り、誰に届くこともなかった。
彼らは──いや、誰も知らなかった。そのカカの実こそが、ナナクサが真に探し求めていた、お菓子作りにおける鍵となる食材だということを。
*
「で、肝心の飲み方を聞き忘れたと……」
ジークとグレンはそろって裏口から入ってきた。ドラム缶めいたアホみたいなサイズの籠を抱えて。とても裏口を通れる大きさではなかった為、今現在は外に置きっぱなしだ。
何がどうしてこうなったのか、俺はフレンチトーストにハムとチーズをサンドしながら聞いていた。
「くっ、このグレン、一生の不覚……!」
「なんとかならないカ?」
「なんとかって、なぁ……」
気づいて引き返した時には、その露店商はどこかへ行ってしまった後だたっという。
さて、一言で飲むといっても、水に溶かすのか、ミルクに溶かすのか、丸呑みか、粉薬のようにすりつぶして飲むのか、あるいは俺の予想しない何かなのか、飲むという摂取方の解釈は多様にあるわけだ。尤も、飲み方などいらぬ心配でしかないのだが……。
「そもそも前提が間違っている。これは薬にはならないぞ?」
「「え!?」」
「コイツは俺がいた世界ではカカオって呼ばれている代物だ。こいつを使えば、とびきりのお菓子が作れる」
まさかカカオがこの世界にあるとは思っていなかった。望み薄でイチゴと並行して探してはいたが、本当にあったとは驚きだ。
「ただ……こっちも時間が足らん。主にお前らが食う分のせいでな」
ユーディの分だけご馳走を用意するのは容易だが、そこに俺含めて8人前追加、さらにもっと食うことまで考えれば10人前で足りるかどうかというところである。
「もちろん手伝うゾ!」
「右に同じく!」
「オーケー、それじゃあ昼飯食ったら始めるぞ」
大きいトレイ2枚にフレンチトーストを乗せた皿を4枚ずつ載せ、それぞれを左右の手で持ち、足早に食堂へと向かった。
ユーディ視点
お昼の後、リラちゃんがお話があるって言って、2階の私たちの部屋(でも今は、リラちゃんの部屋っていう方が正しい?寝るときはななにぃの部屋だし)に移動した。
今日のお昼も美味しかった……。
食パンの甘味と卵のまろやかさ、ほんのり感じる砂糖の甘さ、それがアツアツで、2枚。その間に厚切りのハムととろとろのチーズ。トーストの甘味と溶けたチーズとハムの味が、噛むたびに混ざり合って……。
「今日のお昼もおいしかったね~」
「ん……♪」
ナナにぃはホントにすごい。いろんなお料理作れて、それがどれもほっぺたが落っこちるくらい美味しい。今日の朝ごはんはなんだろう?今日のお昼は何かな?お夕飯はどんなのかなって、いつも楽しみ。今日のお夕飯、どんなのかなぁ……。
「おね~ちゃん、太るよ?」
「はう!?」
え、太るって……!?な、なななんで考えてること、わかっちゃった?
「顔に書いてあるよ~」
半ば呆れ顔でリラちゃんが教えてくれた。うぅ……そんな心配、今までしたことなかったけど……。
「食べ過ぎなかったらだいじょ~ぶ」
そう、かなぁ。そうだといいなぁ……。うーでも、だんだん食べる量が増えてる……気がするし……。もっと体動かしたほうがいい、かな。
そういえばナナにぃ、毎朝庭で体操して、それから走ってるっけ……。…………それから間に合うように朝ごはん作って、ジークとグレンのおべんと作って……すごく忙しいみたい。私も、ナナにぃと一緒に走ろうかな。
「パパって、たま~~~~に、ほんとにたま~~にだけど、ご飯食べてる時にため息出すよね?」
うん。たま~~~に、なんていうのかな、つまらなそうな顔してため息をつくんだよね……。ほんの一瞬だけ。じっと見てないと見逃しちゃうくらい。
「あんなに美味しいのに、不満……なのかな?」
「……もしかして」
「リラちゃん?」
はっと、なにかに気が付いっちゃったていう顔してる。
「んっとね、私たち、美味しいの食べたいっておもってるけど~……一番そう思ってるのって、もしかしたらパパなのかも~」
…………え?ナナにぃが、一番美味しいものを食べたがってる……?あんなに美味しいの作れるのに?なんで?
「初めて見る料理を食べる一口目って、すごくドキドキするよね~?見た目から使っている材料を予想して、匂いから甘いのか、辛いのか、酸っぱいのか予想して。口に入れて、噛んで、舌ですりつぶして、味と食感を楽しんで、答え合わせ」
そう、そのひと口目がいつもドキドキして、私たちを夢中にさせる。
「……あ、そっか……ナナにぃは……自分で作ってるから、答えを知ってるから、ドキドキもワクワクもしない……」
まるで、何度も繰り返し聞かされてきた物語みたいに。聞く前から、結末が分かっている。
ああ、だからナナにぃは……自分が持ってる技術を売ったんだ。自分が知らない、自分の舌を満足させるくらいおいしい、これから新しく生まれる料理の為に。
「リラちゃん、これが相談したい……こと?」
「そ~だよ~。なんとかして、パパをりょーりで笑わせたいの~」
ナナにぃが、私たちを笑顔にするみたいに……私たちで……?
それはつまり、極端に言えば、ナナにぃの腕を超えるっていうこと。やろうとしてることには大賛成だけど……でも……。
「……リラちゃん、本気でできると思ってる?」
「技術は足りないけど、それだけが全てじゃないよ~?」
何か秘策があるのかな?でも、技術を無視できる秘策って……まさか……。
「必殺・女体盛り~!」
やっぱり……そうだと思った……。
…………え、ちょっとまって、ナナにぃを喜ばせるための、だから……。
「もしかして、盛られるのって……私?」
「うん、もちろん裸で」
「そう、だよね……うーん……やるかどうかは置いておいて、何を盛るの?」
薄い本だとお刺身っていうお魚の料理を盛ってたけど、お魚って高級品だし……ほかにあるとすれば、今日買ったイチゴとか……?
「……おね~ちゃん……抱かれたの~?」
ぴっ!?
「え、あ、あう、う……」
な、なんでバレたのかな……。
「女体盛りっていうえっちぃ提案したのに~、ちょっと淡白だったから~?」
あう、言われてみれば確かに、一昨日までだったら反応は違ったかも。
「う、ぅん……」
昨日の夜のことを思い出して、顔が熱くなってるのが分かる。今思い出しても、夢のような、夢であって欲しくない時間だった。
「結婚おめでとう~」
「ま、まだだよ」
「まだってことは~、したいんだよね~?」
「それは、もちろん……」
一緒のベッドで寝て、一緒に起きて、一緒にご飯食べて、一緒にお出かけして、一緒にお風呂入って……あれ?お風呂以外もう……しちゃってる?
・
・・
・・・
湯けむり漂うお風呂で……
「ユーディの肌は本当に綺麗だな」
後ろから抱かれるように、ナナにぃに体を洗われて……。
「ちゃんとすみずみまできれいにしような」
「んぅ!そ、そこはぁ……」
石鹸がついたナナにぃの手が、あんなところこんなところまで丹念に……。
・・・
・・
・
「おねーちゃん、顔、真っ赤だよ~?」
「はうっ!」
リラちゃんの突っ込みで、私は現実に引き戻された。でも、ナナにぃの手で洗われちゃうの想像すると……。
「ふひぇ……」
「う~ん……この前お風呂場に突撃しようとしたとき、パパに止められて良かったかも~……」
「あ……」
そうだった。ちょっと前に、リラちゃんのアドバイスでナナにぃがいる男湯に……。
けど、そのうち平然としちゃうようになるのかもしれない。今日みたいに手をつないでデートしたり、食べさせあいっこしたり、幸せだけど、足りないって感じてるのもホントのことだし……。
あれ、そもそも何の話だったっけ……えーっと……。
「……なんで、お料理で喜ばせようっていう話から、こうなってるの?」
「女体盛りがえっちぃから~?」
「……女体盛りから離れよっか……あと、たぶん食べ物で遊ぶなって怒られる……気がする」
無邪気な顔で平然とえっちぃ提案をしてくるリラちゃんは、危険だと思った……。
「ん~それなら~……」
そんなこんなで、リラちゃんと色々話していて……。
「やっぱり、腕前を上げるしかない、よね……」
「そーだね~……」
腕前を上げないと話にならないって落ち着いた。
ふと窓を見ると、太陽が沈みかけていた。
「おーまがとき、だね~」
「オーマ?」
ただの夕焼け、じゃないの?
「ん~と、何かこう言う時間の事を言うんだって~。よく知らないけど~」
うーん……?
と、コンコンとドアのノックが響いた。
「俺だ、支度できたぞ」
ナナにぃだった。って、あ、そっか……もうご飯の時間なんだ。
あ、もしかして、ナナにぃだったら知ってるかな?
「ナナにぃ、入ってきて」
「うん?」
ナナにぃをお部屋に通して、リラちゃんが言ったオーマガトキのことを聞いてみた。
「ふむ、正しくは『逢魔時』、だな」
「「オウマガトキ?」」
「夕方の薄暗くなる、昼と夜の移り変わる境界の事だ。が……魔物に遭遇する、あるいは大きな災禍を蒙るとも言われている」
「ほ、本当に……?」
「さてね。夜は魔の時間であり、逢魔時は昼の世界が魔が支配する夜に侵食される瞬間でもある。闇に潜むモノは、人の目では捉えられないからな」
魔が支配する夜……じゃあ、夜が好きなナナにぃは……。
「まあ、色々な解釈の仕方があるさ。例えばそう、子供を明るいうちに家に帰す為、とかな」
「答えいろいろ?」
「そうだな、色々だ。中々面白いぞ、言葉の由来や、何を以ってそう──うん、夕飯冷めるから行こうな?」
「ん」
「はぁ~い!」
お読み頂き有難うございました。




