深まる謎
「い、いひゃい……わけからないわよぅ……」
涙目で頭をさするリレーラだが、俺に罪悪感は微塵もない。ユーディも全くないと言わんばかりの顔である。
ちなみにこの部屋、散らかりがひどすぎてろくに座るスペースもない。当然ベッドも汚れ放題、シーツが皺くちゃ、備え付けの椅子一脚には木箱が積まれ、さらにその上に脱ぎ散らかした服がかかっている有様だ。なのでリレーラがベッドに座って、俺達は立ちっぱなし。
「自分の胸に聞いてみろ。……ま、本題はそれじゃあない。ユーディの事で話がある」
「ユーディの?って、見ればわかるわよ、成人したんでしょ?」
ケロッと、何を言っているのという顔で言い放つ。この様子だと……まだ判断がつかないな。
「髪の色も変わっちゃったんだねぇ……うーん……おめでとう、と言うべきなのかしらぁ……」
リレーラが判断に困るのは、ユーディの背丈を見て、望み通りにいかなかったことが解ったからだろう。
「おめでとう、で、いい」
ユーディがこちらへ目配せし、こくりと頷く。まずは一歩、切り込むか。
「実はな、俺たち、付き合い始めたんだ」
「へ?」
「ナナにぃと、恋人同士。お互いらぶらぶ。ぶらぼー」
数秒、沈黙が場を支配したが、リレーラの否定の言葉によってそれは破られた。
「またまたぁ~~。冗談でしょ~?お姉ちゃん騙されないんだからぁ~」
ケラケラと笑い、手を振って否定する。……なんだか、ユーディの表情がだんだんと不機嫌になっていってるんだが。口がへの字になってるし。
「ナナにぃ、ちょっとだけ屈んで」
言われるままにユーディの前に少し屈むと、肩に手を載せて背伸びして、すっと唇を重ねてくる。
「んっ……ちゅ、んちゅ」
ユーディの方からの情熱的なキス。どうやらさっきのが琴線に触れたらしい。実際にやってみせるという実力行使的な、そういうやつだ。ただそれ抜きに、キス自体を楽しんでいるのだろう。こちらもそれに応えるように、舌で舌を撫で、絡める……。
体感およそ5分くらいか、それ以上か、正確には分からないが、濃厚なキスシーンを見せつけたユーディの顔は、さっきほどまでの不機嫌顔は何処へやら。すっかり上機嫌である。
「え……うっそ……ほ、ホントに……らぶらぶ?」
「姉、寝ぼけてる?最初からそう言ってる」
「……ホントのホントに?」
「ああ。っていうか、嫌なら楽に引きはがせるだろう?単純な腕力で勝る俺ならな」
実際背伸びしていて踏ん張りも効いていないから、引き剥がすのはなおのこと簡単だ。
「あ……あああ……」
「「ん?」」
「ヴェアアアアアアアーーーー!!!!」
「「落ち着けバカ姉」」
驚きすぎだろ。落ち着け、やかましい!両隣と真下の部屋に迷惑だ!どこの深海○艦だよ!どこからそんな声出しとんねん!
ドンッ!!ドンッ!!ドンドン!!と、左の壁から、右の壁から、床下から順に音と軽い衝撃が伝わる。
「ひゃ!?」
ほら、壁ドン床ドン3連撃された。壁薄いっぽいんだから控えろって。
コンコン
さらに加えてドアノックの4連撃。
「お客さん、あんまり騒ぐようでしたら追い出しますよ?」
と、廊下から従業員か店主か、どっちか知らんがダメ押しの警告が発せらられた。
「す、すみませんごめんなさいぃ」
興奮冷めて顔面蒼白になったリレーラは速やかに謝罪した。
……まあ、宿としては至極当然の対応だと思う。一人の客の問題によって、複数の客がクレームを出して宿を乗り換えるなんてことは絶対に避けたい。大損だものな。
むしろ、客からのクレームに対応して迅速に対処──この場合追い出すだな──そうすれば問題に即座に対応する宿として評価も上がる。
こういった宿に宿泊するのはほとんどが行商人だ。行商人は情報を遠くへ運ぶ。そこからウルラントへ出向いた行商人、あるいは旅行者が宿泊してくれば店としても美味しいわけだ。
「おちついた?」
「うん……はーそっかぁー…………じゃあ後はレイヴァーンが赤ちゃんを届けてきたらもう夫婦なんだぁ……先越されるどころかもう追いつけないわ……」
…………ん?レイヴァーン……って……なんぞ?
ちょいとわからん単語が出てきた。なにそれ、ガイアが俺にもっと輝けと?
「ユーディ、レイヴァーンって……」
言葉を続けようとして、俺は躊躇った。
なんと表現すればいいのやら。ユーディがリレーラを見る目が、言葉の意味を理解した上で「コイツ正気か?」と言う感じだ。
ハッとユーディが正気に戻り、
「……ナナにぃ、レイヴァーンは、夫婦に子供を届けるって言われる、光り輝く小さな翼竜のこと」
努めて冷静に、抑揚のない声でそう説明する。自身の混乱を落ち着かせ、目の前のバカ姉の思考を分析するためだろう。要はつまりあれか、コウノトリみたいなもんか。
「???」
そして頭に?マークを浮かべているダメ姉は、それをマジで信じているわけか。いやいや、おかしいだろそれ……。その年で箱入り娘な保健体育知識かよ。
「なんでそんなかわいそうなものを見る目で見るのよぅ。ちゃんとレイヴァーンがユーディを届けてきたのよぅ?」
「「え」」
俺たち二人は硬直した。つまり……そのレイヴァーンは実在する?あるいは、レイヴァーンのような何か?
「ユ、ユーディ……念のため聞くんだが、レイヴァーンってのは実在するのか……?」
「伝説の生き物。……見たっていう話は……ないと思う」
ちょ、ちょっと結論を出すには……うん、情報が足りないだろ……。いかん、頭が軽く混乱している。
落ち着け、何のために俺が付き添ってきたんだ?こういう斜め上解答に対応するためだろうが。そうだ、こういう時こそ素数を数えるんだ。
1、3、5、7、11、13、17…………おし、だいぶ落ち着いた。ゆっくりと空気を肺に取り込み、軽く吐き出す。
「確かに見たのか?そのレイヴァーンを」
「はっきり見てないけど、レイヴァーンで間違いないわよぉ。5歳の時、テーブルの上が光に包まれて、おさまったら赤ちゃんのユーディが光る布に包まれて寝てたのよぅ」
…………当時の状況を覚えていることもそうだが、あまりの展開に驚きを禁じざるを得ない。
それはユーディも同じだったらしく、いや、落ち着いたところをまたかき乱されて、また精神的に不安定なことになっているように見える。ふらっとバランスを崩してぐらりと倒れそうになったところを、ギリギリのところで後ろから両肩を押さえて支えた。
「はふ……ありがと……」
一度整理、推測してみよう。
レイヴァーンが存在しない前提で解釈するならば、何らかの現象が起きて赤子のユーディがあの家に移動してきたと考えるべきだろう。
空間移動、時間移動の類も、一般的見解で見るならレイヴァーンのそれと同等に非常識の言葉で片付けられるが……。
「ナナにぃ……どう、思う?」
「俺個人の見解で言うなら……そうだな、レイヴァーンの存在を信じるよりも、何らかの術による時間、空間、次元移動のいずれかに巻き込まれたという線に分がある。何せ、自分で全部体験済みだからな……」
リレーラの見間違いという線も考えた。だが、いくら発想が斜め上とは言え、コイツがこの年まで異界のコウノトリを信じ込むということは、それを信じ込ませるだけの出来事が実際に目の前で起きたという証左に他ならない。
「つまり……私も、ナナにぃみたいに、普通じゃない?」
「非常識カップルというやつだな」
蓋を開ければこの有様とは……真実は小説より奇なり、よく言ったもんだよ……。本当に、コイツの口からは斜め上のものばっかり出てくる。
「なんなのよぅ、私を置いて二人で納得しないでよぅ」
簡潔にまとめれば、リレーラは恋人同士になって一緒に寝ると、希にレイヴァーンが赤ちゃんを運んできて、それで夫婦になるっていう斜め上のデキ婚が常識だと考えていたのだ。
このまま放置すれば……間違いなく行き遅れる、いや、既にこっちの世界の常識に当てはめれば片足を突っ込んでいる状態だ。恐ろしいことにこの世界では25で行き遅れの売れ残りババア扱いである。世界が違えばここまで認識も違うのかと戦慄した。
「どうするよ?」
ユーディに目配せして、判断を仰ぐ。これは俺個人で判断するべき内容ではない。これを説明するということは、お互いに血縁がないことを理解させることなのだから。予定とはだいぶ違う形になってしまったが……。
「説明、一からきちんとするべき」
「一から……はぁ……わかった。面倒だが……やるしかないな」
かくして、真昼間から大人の保健体育の授業が行われた。
邪魔な衣類を隅っこに山積みにし、空いたスペースに俺があぐらで座り、その上にユーディが座る。この床に直でユーディを座らせるのは気が引けた。
「んじゃーまず、男女の体の構造の決定的な違いの部分からな。種族に違いはあれども、基本的な差ってのは同じだ」
30分経過──
「まさか~、そんなに大きくなるわけないわよぅ」
さらに30分経過──
「こ、ここから出てこれるわけ無いでしょ?穴が小さすぎるじゃないぃ?」
さらに30分経過──
「……と、いうわけでだ。あらゆる理屈、要素を踏まえても、レイヴァーンが実在しても、赤ちゃんを運びはしない、運んだとしても到着までに凍死、あるいは餓死するという結論に行き着くわけだ」
やりきった……保健体育の理屈でも押し足らなかったため、レイヴァーンが実在する前提で、赤ちゃんを運ばないという方向で持っていった。とにかく矛盾点を付いて、検証し、徹底的に否定した。
もうこれで納得できないのなら、本当に目の前でおせっせ実演して、ユーディの妊娠したお腹を見せるしかない。
「うーん……言ってることはわかったんだけど、それならあの光は一体何っていうのと、ユーディはどこから来たのかっていうのがわかんないのよぅ」
ああ、よかった……一応は納得させることができた。だが、ユーディの謎を解かない限りは、完全には納得しないだろう。それでも、俺の説明は無駄ではなかった……あれ、目からなんだか汗が……。
「ナナにぃ、おつかれさま……」
っと、達成感に浸るのはまだ早い。根本的な謎が解けていないのだ。
「光とともに運ばれてきたっていうその現象、一応心当たりはある。だが、どこからというところまではまるでわからない。……何か、変なものとか身につけていなかったか?」
例えばそう、俺がいま首から下げている緋色の龍を模したお守りとか、腕時計とか、そういう特徴的な何か。そんな物が一点でも何かしらあれば、手がかりになるんだが……。
「ん~……そういえば……ユーディが包まれていた布、スベスベして、光って綺麗だったわぁ。かなり高く売れたって父さんが言っていたのも覚えてる」
スベスベ、綺麗……光沢か?麻や木綿、絹ではないな。スベスベとなると……その肌触りを満たせるのはサテンかシルクあたりだな。いや、ポリエステルの線も捨てられない。
「それ、手がかりになる?」
「なるな。考えられるのはサテンかシルクだが、どちらもウルラントには流通していない。ポリエステルは技術的にも素材的にも現状では作れないしな」
「んぅ?ポリエ……え?」
「まあ、理屈は知らんがそれらをウルラントで作り出せるのは、現状ではリラだけだ。重要な手がかりにはなる」
とは言ったものの、リラに生地を買い与える際、店主に布の種類を聞いたが、サテンもシルクも聞いたことがないと言っていた。名称が違うのか、あるいは……ウィルゲート大陸の外から……?
っと、いかんいかん、この件はここで一旦切ろう。解を出すにはまだ情報不足が過ぎる。
「ひとまず、何か分かり次第こちらから報告する。……それとは別で、なんだが。お前たちカーバンクルが成人する時、何か妙な事が起こらないか?」
「妙な……あー、アレね」
まさかのビンゴか!?
「カーバンクルって、天気をそこそこ操れるからねぇ。魔力たくさんあると、結構大掛かりに天気が動くらしいわ。私はまるで変化なかったけどね」
……違った。天気かよ。そういや昨日、過去へ行く前は曇り空だったが、戻ってきたら既に晴れていたな。
「初耳、なの」
「一応秘密よ?そんなことができるって周知されちゃったら、のんびり暮らせないもの。できる子も私みたいに出来ない子も、みんなまとめて大変なことになるんだから」
[天候操作]か。確かにそれができれば日照りや水不足を広範囲で解消できる、そしてえげつない悪用ができる強力なワイルドカード、それこそチートに類する。
……あの豚はそれを知って、リレーラを?いや、ないな。治癒目的だけだろう、それだけでも十分なジョーカーだ。
結局、あの現象の有力な手がかりはなし、か……いやまて、本当にないのか?赤ちゃんのユーディが運ばれたのと、俺の身に起きた時空移動、やはり何か関係があるのではないのか?
俺の身に起きたアレは……そもそもユーディのキスが引き金だ。なら……ユーディの出自を探れば、謎が解ける気がしなくもない。ない、が……これ以上、ここではどうにもなりそうにない。現状、素直に諦める他になさそうだ。
「わかった、情報ありがとう」
「いいわよ~。……っていうか疲れた」
俺のほうが何倍も疲れとるわ!!
「疲れても、掃除はちゃんとしないとダメ」
「ふぇ~~い……」
やれやれだ。多分やらないだろ、こいつ。
……あ、そうだ。
「ユーディ、ちょっと出ていてくれないか?」
「んぅ?」
「コイツに話がある。30秒だけ待っていてくれ」
「お説教?」
「そんなところだ」
ユーディに出て行ってもらうと、小声でリレーラに向かって話しかける。
「ユーディの成人祝いのパーティを夜の鐘の音と同時、7時に始める。来い」
「え……えぇと……その……」
困惑の表情を浮かべている。……本当に、このだめっ子動物はっ!!
「ほれ、金貨1枚、無利息無担保無期限で貸しだ。これで用意するといい。それと、もうちょっとお前は姉らしく振舞え。妹が他人に誇れない姉なんぞ恥だ、恥」
こんな破格の条件で金貸しなんぞ、人生30年一度もしたことがないわ。
「ありがとうございます!私、今日から真面目に生きるわっ!」
「三日坊主にならないことを祈る」
それだけ伝えて汚部屋から出、ユーディとともに露店街へと向かった。
露店街へ向かう俺たちの気分は、幾分か晴れていた。
「結局終始変わらなかったな、リレーラ」
「ん……」
終始一貫してダメっぷりを遺憾無く発揮していた。なもんだからか、ユーディはもう血のつながりに関してはどうでもよくなっていた。一貫してユーディへの対応を、見る目を変えなかったことも加わって。
俺も兄弟の一番上の立場だったからわかる。つまるところ、リレーラにとって、自分の妹の出自がなんであっても、ただひとりの家族であることに変わりはない。血の繋がりなど、彼女にとてはさほど重要ではなかったのだ。確信したからこそ、招待し、金を貸したのである。
「ナナにぃ、姉はダメでダメでどうしようもないけど……」
「わかっとるよ。……あれは一種の不思議ちゃんっていうやつだ。少しずつズレを修正していかないとな……」
「ん……♪一番いいのは、姉を全部認めて、一緒になって良いっていう人がいればだけど……」
……なぜ、そこで俺を見る?
「ナナにぃが姉も欲しいなら……」
ああ、そういう……。俺がリレーラもほしいなら、別にかまわないと。できれば独占したいって顔に書いてあるくせに……。
「俺はユーディがいればそれで十分だ。っつーか、俺、重婚、ハーレム大嫌いなんだわ」
「ほんとに?」
「ほんとに」
ウィルゲート大陸において、一夫多妻は一般的だ。ジローが確立させた衛生概念、乳児に食べさせてはいけない食品等の知識により、乳幼児の生存率は格段に上がったらしいが、それでも相当数命を落としてしまう。過酷な環境であったり、魔物の住処に近い集落であればなおさらだ。
そんな環境で、種の存続という本能が、知恵が、一夫多妻を普遍化させたのだ。早い話、戦時日本と似たような、産めよ増やせよというやつだ。少なくとも一夫二妻は当たり前らしい。
尤も、ウルラントに限ればとある仲睦ましい老夫婦の影響で、一夫一妻に憧れる女性が増加傾向にあるらしい。
そもそも、一人で十分なのにそれ以上とか欲張りすぎだ。ハーレムは男の夢とか世の男は割と言うだろうが、俺自身は真っ向から否定させてもらう。
「複数人を平等に愛せるほど器用じゃないしな」
「ナナにぃ、真面目」
大体、視点を変えれば公認の浮気という見解もできなくない。かつて浮気された俺自身が認められないのだ。決めた一人を徹底的に愛する。それが俺を選んでくれたユーディへの礼儀だ。
「ナナにぃは、私のどこが……好き?」
「うん?んー……最初にベッドにもぐりこんだ夜覚えてるか?」
「ん、忘れてない……忘れるの、無理」
少し顔が赤くなっているあたり、自分の行動の大胆さを恥じているのかもしれない。
「ずいぶん幸せそうな顔でひっついて寝ているのを見て、最初はまあ、しょうがないなぁ位にしか思わなかった。手のかかる子供っていう感じだったが……。それがほとんど毎日続くとな、その笑顔を絶やしたくない、そう思ったんだ」
「そんなに、幸せそうだった?」
「そりゃあ、な。もし起きていたら尻尾ぶんふん振っていてもおかしくないくらいに」
勝手にしろと言った手前、引き剥がすわけにもいかなかったし、剥がしたらそれはそれで罪悪感に苛まれそうだったからなぁ……。
「もし俺が俺の信念を曲げて重婚したら……ユーディが笑えなくなるんじゃないかってな。だから、誰に言われようとも、それだけは曲げられない」
「ナナにぃ……❤」
曲げたら最後、浮気しやがった元カノと同類にまで堕ちる気がしてならないのだ。冗談じゃあない。これは人として、俺が超えちゃあいけない最後の一線だ。
お読み頂き有難うございました。




