バレないように
「うむ、うまい」
書斎で書類に目を通しながら、ぼりぼりとクッキーを摘まむシルヴィさん。場所が場所なだけあって液体を持ち込むことができないが、苦にはならないらしい。個人的にはミルクとかないと辛いと思うんだが……唾液が多いのだろうか……?
「とりあえず、おめでとうというべきか?」
「……聞かれてましたか」
「いや、その顔を見ればわかる。駆け引きだのなんだのは未だ苦手だが、こればかりは年の功というやつだ」
昔からポーカーフェイスは苦手だ。どうしても喜怒哀楽の変化が顔に出てしまう。完全に封じられる人がうらやましく思うことも多々あった。
「まあ、なんだ。儂とてばあさんとは30差で結婚だったぞ?12差など問題にもなるまい」
いや、齢400越えの貴方に言われましてもね……。あんまり説得力がない。
……ああ、そうか。つまり客観的には俺がおっさんだと言っても、説得力がないわけか。つまり表面上は何の問題もないということである。
「気づいたようだな」
「まあ、ねぇ……。郷に入れば郷に従え、か……」
割と好きな言葉だが、それができないならいつまで経ってもヨソモノのままなのだろう。
……そうだな、異物のままでいるわけにはいかない。ロンゲ神の提案を断った以上、俺はこの世界に骨を埋めるしかないのだから。
「しかしこのクッキーはいいものだ。アルガードスの奴め、この味を知らずに唯々砂糖のまま喰って逝ったと考えると、少しばかり哀れに思うぞ。今頃冥府の底で泣き腫らしておるかもしれんな」
「クッキーでそこまでの感想ですか……」
これでケーキでも作ったらどうなる事やら……少し恐ろしく思う。甘味は人を狂わせる麻薬のようなものだが、これは少々、慎重にやらなければ……。
「クッキーで……つまりその言い分、さらに上があるのだな!!」
なんて勘のいい……いや、そもそもクッキーでも十分慎重な初動だろう。ならばもはやこれは必然だ。そう思わなければ……思っておこう、うん。
「店を構えてからですね。本格的にはそこからです」
「む、つまりは……そうか、出ていくのか」
「流石に目処を立ててからですよ。5人問題なく住める家がちょうど空いていた、なんて都合のいい展開は、微塵も期待していません」
路頭に迷うなんてマジ勘弁。
「……一生いてもいいんじゃよ?」
「いや、流石にそうはいかんでしょう?」
「どうしても?」
なんてこった……餌付けしちまった……。いやさ、恩人の要求に対して、不味い料理など出せる筈もないしさ。つまりこの結果もまた必然か……。だからって一昔前に流れたキャッシングのCMに出てくるような犬の目で見るな、年考えろ、年。401歳でCMデビューする気か。
「はぁ……まだまだ先の話ですって……」
食い意地の張ったシルヴィさんに、もはや威厳なんて微塵もなかった。っていうか、美食家というより舌が肥えた食いしん坊の間違いじゃないのか?
「あ、そうだ……ユーディの事なんですが……」
「言わずともわかっておる。成人祝いの件だろう?」
やっぱり顔に出てたかねぇ……いや、話が早くて助かるが。
「明日の夕食時に成人祝いのパーティをやろうかと。……勿論、本人には秘密で」
「早すぎ……いや、遅いか。本来ならば、アレはその日のうちにやってしまうものだからな」
俺だって、できれば今日やりたいところなのだが……それを可能にするだけの食材がないのだ。
いつか俺達は出ていくことになる。その時に大量の食材を残していくことは出来ない。鮮度を完全維持したままの大量保管は、俺がいなければ不可能なのだから。
大量保持したまま出て行った場合、当然使い切れなかった分は腐敗する羽目になる。なので一定期間で食材を使い切る流れで調理していたのだが……モロに使い切るタイミングにあたってしまったのだ。
それをうっかり忘れて、クッキーとお茶で時間の許す限り感情に任せてイチャラブした結果がこのザマである。自制して材料を買いに走っていれば、また別の結果があっただろう……。運の悪さと判断ミスが重なった結果だ。
ちなみに本日の夕飯は、ふわとろオムライスとオニオンコンソメスープ。無論材料ギリギリ。
「鉄は熱いうちに打てといいますからね。なので、その辺考慮しても明日以降に引き伸ばすのは……」
「あい分かった、刻限までに、儂ら屋敷の一同からという形で用意しよう。ユーディリア嬢はもう、儂らにとっても家族同様だからな」
いい笑顔でサムズアップするあたり、お茶目なイケオジにしか見えん。何も知らない奴に400年生きた重鎮だといっても信じやしないだろう。それくらい若々しい笑顔である。
「して、当然お主はお主で用意するのだな?」
「当然です。俺が料理だけで終わるなど、ありえません」
その後、俺の自室にジーク、グレン、リラを集め、ユーディの成人祝いパーティについてを話した。
ちなみにユーディはお風呂。今日の行動パターンを考えると、どう考えても風呂上がりにまっすぐここに来る。あまり悠長に話していられる時間はない。
が、この3人は成人祝いの風習を全く知らない面々なのだ。時間は惜しいが、説明必須である。
「んっと~、つまりなにか、お祝いの記念になるものをあげればいいの~?」
「いや、その辺は強制せんよ」
「でも、パパはお姉ちゃんにあげるつもりだよね~?」
「そりゃあ、な」
「なんで?」
なんでって、お前……そりゃあ、あれだよ。……あんまり、口に出して言いたくはないが、言わなきゃわからんだろうからしょうがない。
「思い出をカタチにってやつだな。……記憶ってのは、形がないものだろう?けど、生ものでなければ、プレゼントしたものは壊れない限り残り続ける。それを見た時に思い出せる。とまあ、もっともらしいことを言ったが、何かの節目に何かを贈られるってのは嬉しいことなんだ、単純にな」
自分の事を考えて選んだ物を贈られるってのは、それだけで心が温かくなる……らしい。俺はそういう心が籠ったモノをもらった事が無いから、どんなもんかは実際には知らん。
人間不信者にそう言う事を経験を基にして語れと言うのは土台無理な話だ。親を自称する奴らは何事においても現金支給だったし、唯一可能性があった兄弟には、自分の為に使えと水から釘を刺して止めさせた。特段裕福でもなかったしな。因みに元カノがいた時期は誕生日とクリスマスが上手い事重ならなかった。
「ふむ、そういうものなのですか……」
「ナナクサが言うんだから、そういうものなんだロ」
ただまあ、そういう文化に全く微塵も触れてこなかったグレンとジークにとっては、いまいちピンとこないようだった。
「料理に関しちゃ俺がやる。皆に頼みたいのは、足止めだ」
「「「足止め?」」」
「……実はな、ユーディと付き合い始めたんだわ」
「お~、おめでと~」
「やっとカ」
「ツガイになられたのならば、次は交尾ですな」
グレン君……女が苦手の君が言うと洒落にならないくらい重いから。それとまだ結婚前だから、番の前段階だから。
「んでまあ、今日の夕食時を見てわかったとおり、もうめっちゃくっついてる状態なんだわ」
席が隣なのはいつものことだが、いつもよりも近く、あーんさせてきたり要求してきたり……うん、今までに輪をかけて甘えん坊なんだ。昼間のイチャラブが全く抜けきっていないのである。脳内ヘブン状態で周りが見えていないと思える程に。
「なるほどわかっタ。ナナクサを探しまわって、もし見つかるとパーティの準備がばれるんだナ」
冴えてるな、ジーク。まさにその通り。
ユーディは基本的に小食だ。俺が食う量を1、ジークが食う量を1.5とするなら、ユーディのそれは0.6程度なのだ。なので基本的な作業量はそう変わらないが、そこにアレの作成が加わると話が違ってくる。こっちで焼くのは実際初めてだから、失敗するケースまで想定するなら、時間はいくらあっても足らないのだ。
ふと腕時計を見ると、そろそろユーディが風呂から上がる時間を指していた。
「そういうわけだ、どうするかは各々の判断に任せる。以上解散っ」
*
ところ変わってジークの自室。割り当てられてからは特に私物は増えず、飾り気のない、ジークにとっては本当に寝るだけの場所が今、それ以外の用途で使われていた。
「どうすル?」
「参ったな……」
ジーク、グレンは、頭を悩ませていた。無論、ユーディへのプレゼントである。
「ユーディリア嬢がナナクサ殿と番になられるのは真に喜ばしいが……否定する必要は全くないが……」
「何をプレゼントするべきなのか、全くわからなイ……」
この二人は──グレンはかつて異性に求婚こそしたが、今日この日まで異性へのプレゼントなど、したことがなかったし考えたこともなかった。そういう文化、風習がなかったのだから仕方がないといえば仕方がない。悩むのも無理からぬことである。
しかも、今回は贈るモノの価値が高ければいいというわけでもない。金をかけ過ぎてナナクサのプレゼントが埋もれてしまうのはまずいのだ。
ナナクサの性格から、普段使いに抵抗のないアクセサリーを自作するというところまでは二人共予測できた。リラはそうでもないが、ジークらの視点から見れば、自分たちはまだナナクサの弟分、今回の件では立てる側の立場だ。
彼がいたからこそ、今の自分たちがいる。今の自身が、胸を張って彼の横に並べるかと問われれば、二人共否定する。まだ足りない、と。たとえナナクサが認めても、自分が納得できなければ……。
そんな自分たちのプレゼントが、ナナクサのものを上回ってはいけない。ナナクサのことだ。「おーすごいもん用意したな、やるな」程度にしか思わないだろうが、やはり二人共納得できないのである。以上が、戦闘民族の二人が普段使わない頭をフル回転させて出した結論だ。
「そうだ、発想を変えるんダ」
「なにか妙案が浮かんだのか?」
「形に残らないものを贈ればいいんダ」
この時、グレンの顔は、まさしく「言ってる意味がわからない」という表情だった。ナナクサが形に残る物をと言っていたにも関わらずなのだから、そんな顔をするのも不思議ではない。
「記憶に残るだけなラ、手元に残らない分、残るプレゼントには劣るだロ?」
なるほど、とグレンは素直に感心するが、すぐに思い直す。
「手抜きか?」
「ちがウ。……たとえば、珍しい食い物、誰も食べたことがないものならどうダ?」
「む!!確かに貴重。そして食べれば終わり。それに殻や種があるならば、手元に残すも残さぬも……ジーク、少し冴えすぎているぞ?何か変なものを拾い食いでもしたか?」
「するわけないだロ!!……昔なら、したかもしれないけどナ」
*
ふっ……と机の上のランプの火を消す。月明かりで十分明るいし、油がもったいない。
さて、今の問題はプレゼントだ。ユーディがくるまで僅かしかないが、いろいろ詰めておかなければ。自前で作ることは既に決定稿、問題は何を作るのか、何を素材にするか。
……あんまり素材に金をかけても、なぁ。極貧を経験したことで、金の価値をきっちり理解しているユーディなら、喜んではくれるが、受け取らず突っ返される気もする。かといって、貧相な素材では誂えるのはよろしくない。30のおっさんの贈り物だ、子供の工作レベルが許される歳ではない。
となると……素材は銀が妥当なところだろう。以前リラに買い与えた際に、自分でも何か作るつもりで引き出しにつっこんでいた物があった筈だ。
しかし銀単一というのも淋しい気がする。なにかアクセントが欲しいところだが……何を使うか。
変化した額の宝石と同じオブシディアンを使うか?いや、だめだ。オブシディアンは一定方向に脆い性質を持っているし、割れた際の切れ味も鋭く、装飾品には徹底して不向きだ。昔破片で指を切ってしまったしな……。
うーむ……南の大通りの露店を確かめて、それでもダメならエイディのとこに当たるとしよう。細工屋なのだから銀に合う物くらいは…………食い詰め寸前の細工屋に、そんな金になるものがあるとは思えない気が……露店で見つかる事を祈ろう、うん。
あとは詳細なデザインだが……。まいったな……どうしよう。デザインに関しては0から1を産めるタイプじゃないんだよなぁ……。何かをモチーフにすれば……何を?ウーム……。
明日の準備の都合上、作るとしたら日付が変わる前にはもうおおよそ作っておかなければならない。仕上げだけ残す段階まで持っていかなければ、厳しいことになる。こういう作業って、作るものがはっきりすれば気が乗って一気に仕上がるんだが……。
ふと、誕生日のズレの件が脳裏を過ぎる。ほんの一瞬、しかし、その一瞬とあの不可解な現象は行き詰まった俺の思考を逸らせるには十分過ぎた。テスト勉強中は部屋の掃除がしたくなる現象と似たようなものだ。
「やはり、どうにも……しっくりこない」
誕生日前に成人するっていう現象自体がレアケースなのだろうか?希に髪の色が変わるというのだから、さらなるレアケースがあってもおかしくはない。
だが、そうではなかった場合はどうだ?
自分の誕生日を間違って覚えていた?ありえんありえん。忘れるのはわかるが、間違って覚えるのはないわ。実際俺、生前最後の誕生日忘れてたし。
或いは、出産時に日付を間違えていた?それなら、両親のミスになるが……たとえ間違えていても、その後も長く気づかずにスルーできるだろうか?
そもそも、この世界ではカーバンクルに限らず、成人は重要な節目だ。別に参政権云々の問題はないが、婚約者がいたりする場合即結婚したり、どこかの職人の見習いが成人を機に独り立ちしたり。その他諸々、所謂羽目を外す日である。
それらの前提があり、かつ宝石が変化する種族なのだから、一般的認識以上に重要な意味を持つことくらいは容易に予測できる。
まさかとは思うが……。
「誕生日を間違えて覚えたんじゃあなく……」
コンコン
控えめなノックの音が部屋に響く。この音の大きさ、間隔……ユーディだな。……予測より少し早くはないか?……何か、言いようのない不安が鎌首をもたげた。
「ナナにぃ……いま、大丈夫?」
夕食時に珍しくおかわりを要求するくらい元気だったのに、元気が全く無い様に聞こえる。今にも消えて霧散しそうな、おぼろげな声……。嫌な汗が背を伝った。
椅子から上がりドアを引くと、いつものフリルネグリジェ姿の……今にも泣き出しそうなユーディが立っていた。俺の姿を見るやいなや、そのまま倒れるように抱きついてくる。体に回された細い腕は震えていた。
「……何があった?」
いや、聞かずともわかっている。ユーディが沈む理由は一つくらいしかない。
「おふろで……色々、考えたの。どうして、誕生日の前に……大人になったのか……」
やっぱりか。一人になって冷静になることで、思考の渦にはまってしまったのか。
「答えは出たのか?」
おそらく俺と同じ結論に達したのだろう。それなら、この沈み様も頷ける。
「ん……誰も、私の本当の誕生日を……知らなかったから……」
やっぱり、そういう結論に達するか……。
俺とユーディがそれぞれに考え、行き着いた答え。ユーディがリレーラの実妹ではなく、捨て子だったという結論。
もし同族から事情が有って託されたのならば、重要な要素である誕生日は伝えて当然だろう。だが、知らなければ……赤子の時ならば、成長具合から大凡の見当をつけるしかない。そして両親はその事実を告げる前に他界してしまった。それならば、一部を除いて筋が通るのだ。
「怖いの……ナナにぃに会う前の……大事な思い出が……作り物だったみたいで……っ……」
心中を語るユーディの声は震え、顔を埋めている腹部に水気を感じた。俺は右腕を回して抱き、優しく頭を撫でる。
「なないぃ……お願い、抱いて……?」
…………うん!?こやつ、今なんと言いおった?
埋めた顔を上げ、こちらを見る顔は、湯上りのせいか幼くも仄かに色気を含んでいた。つまり……そういう意味なん?
「一応確認するが……それはつまり、抱っこじゃないよな?あっちの意味、だよな?」
こくりと頷き、肯定。……顔がさらに赤くなってきている。
「作り物じゃない、確かな絆が欲しいのっ……だめ……?」
俺は瞬時に脳みそを今までにないくらいフル回転させた。
ダメなわけがないが……今のユーディは不安定で何をするかわからない、危険なニオイがする。
しかし……ここはあくまで他人の家なのだ。俺達はあくまで居候の身。人様の家で男女がエロいことするのが許されようか?白い目で見るどころか、俺が部屋を貸す当事者なら蹴り飛ばして絶縁するレベル、時と場合によれば包丁も投げつけよう。
実際俺の部屋を元カノの浮気現場にされた時には、包丁投げつけた上で両手にフライパンを装備にして相手の男をボコボコクッキングの刑に処した。
だが、このまま手を出さない→自分は必要ない→行方不明、とかなったら洒落にならん。絶対後悔する。そうなるくらいならば………バレんようにやるしかない!
この間約2秒。心の中でシルヴィさんに土下座した。
*
「ふぅ……」
横で生まれたままの姿のまま眠るユーディの頬を撫でる。月明かりで照らされた寝顔は幸せな夢を見ていると思わせてくれる安らかなものだ。
床にはユーディの唾液で濡れた、真ん中に結び目が作られたタオルが落ちている。破瓜の血と精液と愛液で汚れたシーツは、汚れの主成分を[抽出]して塊にし、窓からポイした。シールには若干シワがあるだけで、それ以外の痕跡は残っていない。
あーもう……ぜってーバレてる……。口を塞いであれはさすがに……どうしようもない……。
もう一度、心の中でシルヴィさんに土下座した。
とりあえず、換気しとかんと。鼻が慣れちまって分からないんだろうが……多分相当にイカ臭いはず。少々肌寒いが、やむを得まい。
窓を開け放つと、すっと冷えた空気が少しずつ部屋へ流れ込んでくる。
「んっ……ナナにぃ?」
「あ、すまん、起こしたか」
流石に寒さで起きるか……。着せてから開けるべきだったな。失敗した。
「ちょっと寒い……かも」
「朝までに臭い飛ばさないと……な。ほら、着てから寝ような」
脱がしたネグリジェを床から拾い上げようとすると、一糸纏わぬ裸のまま抱きつかれる。肌と肌が重なり合うことで、体温を直にそのまま感じる。
「だいじょぶ、これであったかい……それに……」
「それに?」
「すごく……安心する……」
ベッドの上で窓に向かってあぐらをかき、そこにユーディを座らせる。
優しく髪を撫でると、ユーディは体を預けてくる。さっきまでとは打って変わってゆったりとした夜の時間だ。
「股、大丈夫か?」
「まだ痛い……けど、夢じゃない、現実の証だから……平気」
ユーディには数時間前の危うさはない。もう大丈夫だろう。
「ナナにぃ、明日、姉に会う。それで、確かめる」
「……あー、成程、な」
ユーディの姉であるリレーラ、彼女こそが、筋が通らない一部。……計算上はユーディが生まれた時に、彼女は5歳だったはずだ。当時を覚えている可能性は十分にある。
が、それは諸刃だ。仲直りしたというのに、下手を打てばまた亀裂が入る。
「もしアレが何も知らなければ、血縁がないことを教える結果になるぞ?」
「それでも……聞く。自分のことだから知りたい。でも……上手く聞けるか、わかんない……」
そりゃなぁ……。面向かって「私は捨て子だったの?」と聞くのもどうかと思う。無駄のないストレートパンチだが、何も知らなかった場合、混乱を招いて収拾がつかなくなりかねん。
「だからナナにぃ、お願い」
「……いいのか?俺が立ち会っても」
「ナナにぃだから……お願い」
まっすぐな、決意を固めた目。まあ、断る選択肢は最初からない。何せ相手が相手だ。どんな斜め上回答が出るのかわかったもんじゃない。フォローも必要だし……報告も必要だしな。
「分かった。ただ……本当に覚えていると思うか?」
「…………五分五分?五分もない?」
まあ、残念な奴だからなぁ……それでも、現状唯一の情報源だ。五分どころか、一里でも可能性があるなら。それに、個人的にも聞きたいことはある。俺の時間遡行について、小指の先程度でも情報があるかもしれないからだ。
「ナナにぃ」
「うん、どうした?」
「赤ちゃん、出来たら……結婚する?」
「思いっきり出しちまったからなぁ……まあ、出来ようが出来まいが、将来的には、だな」
「ん……♥」
もしかすれば、これで俺も父親になるのか。気の早い事だが、俺の横にユーディがいる限り、いずれはそうなるのだろう。
「男の子と女の子、どっちがいい?」
「いや、選べないだろ……?」
選別できりゃあそりゃ生物学的な快挙だろ、たぶん。
「ねぇ、ナナにぃ……月が、綺麗……」
開け放たれた窓から夜空を見上げて、ぽつりとユーディがこぼす。
「そうだな……俺もう死んでもいいわ」
「ダメ。死ぬときは、一緒」
「一緒、か。ああ、一緒がいいな」
夜空の星を飲み込む月の蒼い光が俺たちを照らす。この眠気を誘う落ち着く光。
西洋ではしばし狂気の象徴とも言われるが、この月からはそんな印象は微塵も受けない。夜をとても安らげる時間にしてくれる。月そのものが、生命の生まれた母なる海を想起させる。
「……うん?」
ふとユーディに目をやると、寝息を立ててすぅすぅと眠っていた。
そっと抱き上げて寝かせ、そのすぐそばで横になり毛布をかけると、もぞもぞと動いで抱きしめてくる。こちらもお返しと言わんばかりに腕を回して抱きしめる。そのまま、お互いに抱き合って眠りについた。
ああ、本当に暖かいな。本当に……これだけでも溶けそうだ。
そうして長かった──いや、長すぎた俺の1日は、ようやく幕を下ろした。
お読みいただきありがとうございました。




