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溶け合う心

コーヒーうめぇ。

「……お」


 ブラックアウトした視界が開けると、そこは屋敷の厨房だった。唇にはまだ柔らかな感触が残っている。当然ながら目の前にユーディが…………ん!?


 ユーディの額の宝石が黒く変化し、薄い緑の髪が、ピンとした耳が、モフモフした尻尾が、ゆっくりと空色に変わっていく。

 実際はほんの数秒だったのだろう。しかしその光景は、まるで蝶が羽化する瞬間のような、神秘的な変化だった。


「私、ナナにぃのこと、好き」


 わずかに熱を帯びた顔のユーディの紅い瞳が、じっと俺を見つめてくる。


「な、なぁ……ユーディ、何があった?」


 耳の先から尻尾の先まで毛が完全に空色に染まり、元が薄い緑だったと言っても誰も信じないだろう。額の石は黒色……いや、仄かに濃緑のグラデーションがかかっている。


「あの日からずっと、ナナにぃのことが好きだった……釣り合わないって、あきらめた。今一緒にいられるだけで、それだけでよかった。でも、嫌なの!!ナナにぃのそばにいたい!恋人として、そばにいたい!!」


 普段と違う、自身の感情をこれでもかというくらいに露出させた告白……なんだけど、ちょっと待て、つまり……ええと……。


「すまん、タイム。ちょっと頭の中で折り合い付けるから……一回鏡見てこい」

「んぅ?」


 予想外の返答に、どうやら頭がうまく動いていない模様。まさか、自分の変化に気づいていないのか?


「毛の色と額の宝石が変わってる」

「え?」


 ユーディがペタペタと髪を触り……毛先を見て……額の宝石に触って……。


「ふ、ふぇぇぇええええ!?」


 慌ててばたばたと厨房から廊下へと駆けだした。そっと開けっ放しの扉から廊下を見ると、浴場──いや、脱衣所へ駆けこんだところだった。トイレ前の洗面台にも鏡があるが、一番の近場はそこだな、確か。


 ……まあ、ユーディの告白自体にはさして驚いていない。気持ちはわかっていたつもりだったし。流石に、不意打ちのキスには驚かされたが……。


 そういえばその時点で既に宝石に変化があったな。少なくともユーディの変化は俺が過去に行ったことによる影響ではないということか。


 「うーむ……」


 靴の先から指先と、視界が届く範囲で自分の全身像を確認するが、特に汚れているわけでもなく、ポケットに何か入っているわけでもない。

 あれは、夢だったのか?いや、夢にしては長すぎる、鮮明すぎる。右足を切り落とした痛みが夢だとは考えにくい。


 ……意識だけが過去に飛んで、仮初の体で動いていた?いや、それなら[錬金術もどき]も[自己再生]も使えないのではないのか?とすれば……瞬間的に過去に行って、元の時間軸でのコンマ秒以下の経過後に、数分狂いなく全く同じ場所に戻ったのか?いやいやいや。…………そんな真似、誰ができる?


「出来るはずがない……時間軸移動は、次元軸移動と同レベルの、物理的不可能を可能にする所業だ」


 そもそも時間の流れとは、一方通行のエスカレーターのようなもので、俺達は皆等しく超スピードで稼働する登りのエスカレーターに乗っている状態だ。時の流れに逆らい遡行するということは、下りのエスカレーターを駆け上がって登り切るのと同じで、消費エネルギー量はただエスカレーターに乗っているだけの状態の比ではない。


 しかもこの件、問題はそれだけじゃあない。単なる時間遡行ならば、先の俺の立ち位置から変わらない座標、つまり俺は過去のこの屋敷の厨房に出現のしている筈なのだ。だが実際に俺が放り込まれた場所は、俺自身が位置を知らないユーディの家の付近。つまり、秘密道具をポケットに仕舞った青タヌキのタイムマシンと同様の、時間遡行と空間移動の両方が一度に起こった事になる。


 俺ならば、研鑽を続けた上で命を犠牲にすれば奇跡的に可能かもしれない。時術と空術の資質があるのだから、完全な不可能とは言えないだろう。それでも負けは濃厚、勝率一里にも満たない、鷲○様やア〇ギでも逃げ出すレベルの博打だ。いや、博打ですらない。


 ……止そう、情報が少なすぎて、とても正解まで行き着けそうにない。今のまま推理を続けても正解へはたどり着けないだろう。カロリーの無駄だ。


 ひとまずこっちの件は保留。それよりも、ユーディへの返答だ。むしろそっちのほうが大問題だ。


「…………うん?」


 さっきユーディは言ったよな、あの日からって。

 オーケー、一度時間軸を整理してみよう。……つまり、だ。あの牢獄での出会いがユーディにとっては初対面じゃなくて、あれは再会で、別れ際の約束を果たしたってことで……。

 いやいやいや、そうじゃなくて……そうか、これで腑に落ちた。ユーディが俺にとっての初対面時からやたらとなついていたのはこれが理由か。


 と、脱衣所の方から声が響いてくる。


「なんで!?まだ誕生日先なのに!!なんで!?」


 ユーディにしては、声が何というか……大きい。ここまで聞こえる声を出せたのか……。普段の声が割と静かな分、連続して大きい声、いや、叫びを聴くのは新鮮だ。


 っていうか、誕生日?




「うう……お騒がせ……しました」


 戻ってきたユーディは落ち着いていたが、あまり元気がなかった。


「とりあえず、事情を聴いていいか?」

「ん……。カーバンクルは18歳の誕生日までは成長するの……。そのときに、おでこの宝石が変わって、それが大人になったって証になるの。まれに、髪の色も変わっちゃうって……」


 ああ、その稀が起きたわけか。なるほど。……って、そうじゃない!!


「ユーディ……今18って言ったのか?」

「ん、そうだよ?これで成人。大人の仲間入り。……不本意だけど」


 そのナリで成人って……合法ロリかよ……。だから不本意なのか。もう少し、1mmでも背が大きくなる希望が、これで潰えてしまったから……。


「もう、おっぱいおっきくならない……」


 胸もだった。


「いや、少なくとも、絶壁ではないだろう?ちゃんと膨らみはある」

「……せくはら」

「う……すまん……こういう時、男の俺はどう慰めるべきか、模範解答が解らん」


 生前の末妹は所謂巨乳だったが、重くて寝苦しい、肩がこる、サイズが合う下着がない等々、とにかくたまに会うたび負の側面を愚痴っていた。貧乳になりたいが口癖なくらいに……。

 かといって、ここで貧乳のメリットを語るのも違うと思う。それこそセクハラだ。叩き切られても仕方がない。


「できるだけあがいて、おっきくなろうって……思ったんだけど……。……こんな、ちっちゃい私なんか…………魅力無いよね……」


 そんなことはない。ないんだが……ユーディは俺の重要な秘密を知らないわけで……。言うか、俺の実年齢。


「…………今だからこそカミングアウトするが、俺はこう見えて30歳だぞ?」

「ぇ……そう、なの?」

「体の年齢は18だが、中身はきっちり30年分生きている」

「????」


 まあ……そういう反応になる、よなぁ……。傍から聞けば意味不明だ。


「平たく言うと、1回死んで、18歳の体で生まれ変わったんだ」

「……ほんと?」

「ちなみに死因は窒息死。食い物をのどに詰まらせて死んだ」


 自分で改めて言うと、間抜けにもほどがある。実際には天使どもの下らん争いによるものだが、むしろそっちの方が現実味がない、いや、理解不能だろう。神がいない世界で、天使とか言ってもワケワカメだ。


「ナナにぃ、意外とドジ?」

「俺だってしくじることはある。というか、せめて運がなかったと言ってくれ」


 あの時、あの瞬間だけ俺に少しでも、小指の先ほどでも運があればギリギリ死を免れたのかもしれない。……やめよう、タラレバ話は空しくて仕方がない。


「まあ、そういうわけだ。その辺加味しても気持ちは変わらないか?」

「ん、ちょっと驚いたけど、気持ちは変わらない、変わるはずない」


 ノータイムで返事してきたユーディの瞳は涙で潤んでいた。これが嘘偽りない彼女の本音なのだろう。


 はーーーーー……と、心の中で深く、長く息を吐き出す。


 俺の心の中に、ユーディは俺ではない誰かと一緒になるほうが幸せになれるだろうという考えがあったのは確かだ。実際、告白された際の断り文句を考えていた……。


 だが、それは彼女の心を、長年の想いを踏みにじっている。実際に過去を知り、ユーディの心情を予測ではなく、正面から受け止めた今の俺自身が、そういう未来の想像を真っ向から否定している。否定するのは……俺が、ユーディを欲しているからに他ならない。


「……さっきの秘密を差し引いても、俺はいろんな意味で普通じゃない。ユーディを後戻りできなくしてしまうかもしれない」

「もうとっくに、後戻りできないよ。ナナにぃの血と肉を受け入れたあのときから……」


 ……ばれていたのか。


「すまん……」

「どうして謝るの?……私が生きるために必要だった、だからナナにぃが、すごく痛い思いをして……」


 そりゃあそうだが……今思えば、もっといい手段があったように思えてならない。


「そこまでできるナナにぃだから、……ナナクサ、あなただから……私はあなたを好きになったの」

「いや、あれはただ……」


 焦った果ての自己犠牲だったわけであってだな……。


「血、飲ませたとき、あれでナナにぃ、死にかけてた」


 あの貧血も覚えてるのかよ……ああもう……流石に恥ずかしい。弱っているところは誰にも見せたくないのに……。


「私は、あなたが好き。あなたと生きたい。ずっとそばにいたい。でも……迷惑……だっだら……ぐすっ……」


 あー……もう、だめだ、降参だ。そこまで言われてしまったら、もう……自分の気持ちを抑えられるわけ無いだろうが!!!


「んぅ!?」


 俺はユーディを正面から抱きしめた。優しく、壊れないよう、それでいて強く。


「俺だって好きだ、ユーディ……いや、ユーディリア」

「ナナにぃ……ほんとに?」

「ほんとに、だ」

「んぅ……もしかして……夢……かなぁ?」


 どんだけ自信ないんだ……流石に自虐が過ぎるぞ?


 なので一旦引き離して、ほっぺたをムニっとつねってみた。


「い、いひゃぃ……ゆめひゃなぃ……?」

「夢のほうがいいんなら、夢ってことにしておくが?」


 聞くやいなや、ユーディはブンブンと首がちぎれ押すなくらい、髪を振り乱して頭を横に振っていた。


「本当に……夢じゃないの?」


 心の中でため息をつき、膝を付いて唇を重ねた。


「んっ……」


 夢じゃないと確かめるように、互いに何度も啄むように。ユーディが夢じゃないと解るまで何度も。

 雲に覆われた空は、いつの間にかユーディの髪と同じ、雲一つない青く澄み切った空へ変わっていた。


お読み頂きありがとうございました。

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