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またいつか会おう、必ず

 その日の晩、熊肉を目いっぱい焼いて食った。この家にはナイフもフォークもない為、必然的に野性味あふれる骨付き肉のまるかじりだ。

 いや、作ろうと思えば作れるけどさ?早い話、ひと仕事終えて、肉を目の前にした俺達の胃袋は我慢ができなかった。


「んまぁい!!多少の臭みと、肉質が妙に硬いが、そんなことはこの際どうでもいいッ!!」

「もぐ、ん……はふぅ……」


 硬いのは相手がオスで、やたら筋肉質だったからなのだろう。茶葉か蜂蜜か砂糖かコーラあたりでもあれば煮込んで柔らかくできるんだが……ないものねだりをしても仕方がない。

 当然調味料は一切なかったが、それでも久方ぶりの肉はうまい。うまい!うまい!!あー……いつかのサバイバルの時に食ったトリ肉の味を思い出すわ……。


 ユーディも兎に角食べる。今までろくに食べられなかった分を補うように、兎に角食べる。その光景を見て、もう大丈夫だなと安堵した。これだけ硬い肉を噛みちぎり、飲み込めるのだ。体調に問題は……


「んっぐっ……!!」

「詰まったか!ほら、水、流しこめ」


 コップに水を集めて渡し、飲み込ませる。危ない危ない……。


「ぷぁ……はぁ……ありがと……」

「もうちょっと落ち着いて食おうな。……人のこと全く言えんけど」


 そこから俺もペースを落としてよく噛んで食べた。また窒息死とか洒落にならんし。




「ごちそうさま」

「もう食えん……くはぁ……」


 テーブルの上の大皿には、骨の山が積み上げられた。肉片ひとつ残らない、綺麗なものである。


 さて、焼いていない残りの肉は[ジ・イソラティオン]で腐敗しないようにしているが、このままで長期保管は出来ない。俺が解除しなければ煮ることも焼くことも、ましてや食うことすらできないのだ。かと言って、解除してそのままでは消費し切る前にいくらか腐敗してしまう。つまり長期保存が利く干し肉に加工する必要が出てくるわけだ。


「塩はもちろんとして、酒も必要だな……」

「お酒?……飲むの?」

「保存食づくりに使うんだよ。これだけの肉、そのまま置いておけばすぐにダメになってしまうからな」


 ただ、干している間に鳥に食われたりされないようにしないとなぁ。




 9日目──


 俺がここですることも大詰めを迎えた。


「よし、街まで降りるか。とはいっても、俺は道筋が解らん」

「案内、すればいいの?」

「ああ。……ただまあ、荷物が荷物だから、ゆっくり歩いてくれると助かる」


 ちらりと、視線をその荷物へ移す。ひもで縛って束ねた黒ワイルドベアの毛皮。普通に大荷物です。でかいです。嵩張ります、はい。


「だいじょうぶ?」


 心配する立場のはずなのに心配される……仰け反ったりしたら、倒れるの確定だからなぁ……。


「多分。……まあ、お互い無理しないように行こう」


 毛皮を背負い……くっ、重心が……ば、バランスが取りにくいっ……。が、それだけだ。重量自体に問題はない。


「……っ」


 んお?気づけばユーディが俺のシャツの裾をつかんでいた。仄かに顔が赤い気がする。


「ん……いっしょ……」


 やだなにこの子可愛いっ!手じゃなくて控えめに裾なところがまた可愛い!!あーほっこりする……。




*




「ふー……流石に結構な労働だったな……」


 ひもで縛り背負っていた布団をベッドに置き、ほどいて広げる。これでふかふかだ。いろいろ購入したが、これが一番の大荷物だった。これで安眠は約束されたも同然だ。


「準備できたよ?」


 ユーディが扉を開けて顔を出す。


「分かった、すぐ行く」


 駆け足で家の裏へと回った。




「ここ、言われたとおりに置いた」


 裏手の崖の人為的にへこませた部分に、紺色の丸い石が置かれていた。その下の地面は、細く浅い水路のように窪んでおり、森まで続いている。


「よし、やるか」


 紺色の石に手をかざす。

 淡く光ると、石から水が湧き出し、滝のように水路へと落ちる。水路は水で満たされ、森へと流れていく。

 この石は先の迷宮探索で大量に手に入れたものと同種のものだ。便宜上、魔石と呼んでいる。ほとんどはシルヴィさんへ、1個当たり平均して金貨1枚で売却したが、いくつかは手元に残し、暇を見てコツコツと研究していたのだ。先人の知恵を借り、なんとか発動式を刻み込むまでに至る。その方法については説明がめんどくさいので企業秘密だ。


 刻み込んだ発動式は水術[アクアブラスト]。攻撃魔法だが、威力は超微弱に設定した為、殺傷力は皆無と言っていい。


--------------------

アクアブラスト

 放射系中位水術。

 対象方向へ水流を持続して放射する。

 毎秒放射量は消費魔力に比例し、放射を続ける限り消費も持続する。

 周辺環境に水分が潤沢に存在しなければ使えない。

--------------------


 この家の周りは森であり、木々や草花、そしてその下の腐葉土は、云わば天然の貯水地。水術を使う為の条件は満たされているのだ。

 魔石は、刻み込んだ発動式を起動させれば、周囲の魔力を吸い取り、その術を放つ。所持者の資質に関係なく、だ。

 そして単発の[ウィンドカッター]等なら1発放てばそれで終わりだが、[アクアブラスト]をはじめとした放射系は、停止するタイミングを任意で決められる。[アクアブラスト]によってゆる~く放射された水は、吸い出した大本である森へと水路を辿って還元され、そしてまた集めら放射される。

 消費する魔力も極微量。魔力に関しては謎が多いが、キシュサールの記録によれば枯渇した例は無いという。

 つまり、水を供給し続ける半永久機関が出来上がったのだ。これで水に困る事は、無い。

 

 魔石をどこで手に入れたのかって?黒ワイルドベアを売りに行った街の、年季が入ったオンボロ雑貨屋だ。隅っこの激安ガラクタ置き場に転がっているのを見た時、そんな馬鹿なと開いた口が塞がらなかった。反応を見られて多少額を上乗せされたようだが、それでも在庫の2個纏めて銀貨1枚だった。無知とは恐ろしく罪深い。

 恐らくはエヴェルジーナの時代、ケセラが侵略の際に従えた魔物から採取された物がしぶとく残り続けたのだろう。例え金貨と同等の価値があっても、その価値を知らない者からすれば、等しくガラクタだ。




「最後にここだな」


 屋内に戻り、暖炉の中に発動式を刻み込んだ魔石を置き手をかざす。すると魔石の周りを蠟燭の火より小さな火が囲んだ。刻み込んだ発動式は、火術[ファイアトーチ]だ。



--------------------

ファイアトーチ

 干渉系下位火術。

 周囲を火種で囲い、周囲を照らす。

 火種の大きさ・範囲は消費魔力に比例し、魔力供給を絶やさない限り燃え続ける。

--------------------



 この[ファイアトーチ]も、[アクアブラスト]と同様、周囲から魔力が供給される限り燃え続ける。もし止めるならば、土を被せるなり水をぶっかけるなりして全ての火種を消す必要がある。だが、そうしない限りは火種として存在し、乾燥させた藁や薪を配置すれば、暖を取るには困る事は無い。

 

「火の管理には気をつけるんだぞ。取り扱いには細心の注意を払え」

「うん……」


 これで、やれることはすべてやった。


 街の薬屋に寄った際、売られていた薬草を見て、ユーディは同じものを近くで見たと言った。そこで店主のおばあさんと交渉し、持ち込んだ場合常に一定の価格で買い取る契約を交わした。

 おばあさん曰く、最近腰を痛めたために自力で取りに行くのが難しいらしく、渡りに船だったそうだ。まあ、そう何度も足を運ぶことはないだろうが、それでも取引先の有無は大きい。


 飲み水よし。塩よし。火種良し。畑には豆をまいた。農具もよし。布団も問題なし。替えの服と下着もよし。熊肉も全部薄切りにして酒に着けて干した。


 消費した金貨は5枚……両替で多少は持っていかれたが、そこは割り切るしかないだろう。それでもまだ毛皮の売り上げが残っている。


「残りの金貨は置いていく。何かあれば使え」

「だめ」


 提案を、一蹴。即断即決。


「自分で言った、貸すなって」

「貸すわけじゃない、あげるんだ」

「よけいだめ」


 ……そういわれても。この時代に本来存在しない俺が、この時代の金貨を持ち帰れるかどうかわからないわけで。それなら使ってもらうほうがいい。


「受け取ったら、もう二度と……会えない気がするの」

「……分かった。今日買ったモノの代金については、今日までの宿泊費って事にしておく。それでいいか?」

「んぅ……わかった……」


 不服そうだ……。この状態じゃあ金貨が残されても、使わずに保管し続けるような気がする……。


「……ねぇ」

「うん?どうした?」

「ずっと、ここにいられないの?」


 一人は嫌だと訴える、孤独に怯える目。こんなところで一人は寂しいよな、そりゃあ。

 けど……街に移住したとしても、子供だけでは治安の悪い貧民街にしか住めないだろう。実際に覗いてみたが、あそこはダメだ。あんな場所に移住した日には、数刻で身包みはがされておしまいだ。

 結局、ここに住み続ける以外に選択肢は無かった。よく探せば他に選択肢があるかもしれないが、何の所縁もない第三者が密接に関わる以上、その先の未来が幸福だとは断言できない。


「……残念だが、それは無理だ。俺は本来ここに……ん?」


 なにか体に違和感を感じる……何だ?


「え……え……!?」


 ユーディが俺の足を見て驚いているようだが……うお!!

 俺の足元が、徐々に消えていっている……。少しずつ、ゆっくりと。

 ああ、そうか。どうやら、終わりが来たらしい。


「時間切れだ。悪い魔法使いの仕事はこれで終わり」

「やだ……やだぁ!!悪い魔法使いなのに、悪いことしてないよ!!全然悪いことしてない!!だから、まだ!!」


 泣きながらしがみついてくるが、両足が完全に消えて、抱き着いた腹部分も消え、床にへたり込んでしまう。


「まあ、あれだ。正しくは、これから悪いことをしちまうんだろうな。……すまん」

「う……うぁぁ……」


 ユーディの顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていた。とりあえずで悪い魔法使いだと言ったのに、その通りになっちまった。


「……ああもう……わかった。もしも、自分ではどうしようもなくなった時は、助けに来よう」

「ぐすっ……ほんと?」

「わざとピンチにさえならなければ……多分な」

「たぶん?」

「手遅れだったらすまん。……あんまりあてにならない約束になってしまうな……」


 必ずとでも言えば、それで安心するかもしれない。けど、出来ればユーディには、嘘はつきたくはない。


「んぅ……約束……だよ?」

「めっちゃくちゃ不確定だけどいいのか?」

「あなたなら……絶対来てくれる」


 何その謎の信頼!?……けど、まあ、悪い気はしない。

 っと、首元まで消えたか。きっちり両腕の感覚も消えている。


「……またいつか会おう、必ず」

「まって!なまえ──




ユーディ視点


「まって!なまえ、なんていうの!」


 そのときすでに、あの人の姿は全部消えちゃってた。……最初からいなかったみたいに。

 でも、夢でも幻でもない。私は生きている。あの人の血と肉で生かされて、ここにいる。


 ぐるっと家の中を見渡すだけで、たくさんのものが残されている。

 隅に置かれた塩が入った壺。干されているお肉。柔らかいお布団。小さな火が灯った暖炉。きれいに直されたテーブルと椅子。床に残った、洗い忘れのあの人の血の跡。そして……私の中に残った、少しの間だけの、幸せな時間。


 ずっと昔に、ママが枕元でお話してくれた物語。王子様が悪い魔法使いをやっつけて、お姫様を助けるて幸せになるお話。王子様は助けに来なかったけど……悪い魔法使いさんが助けに来てくれた。


 ……寂しい。また一人ぼっちになっちゃった。でも……だけど……。生きていれば……もう一度、会えるかもしれない。あの人は、またいつか会おうって、必ずって言った。もう一度会ったら、今度こそ名前を聞こう。私を助けてくれた、私が好きになったあの人の名前を……。


お読み頂きありがとうございました。キーワードを再設定しましたが……イチャラブもつけるべきかしら……

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