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第1村人?いいえ、第1野良ゴブ発見です

 ねむ……。


 …………ああ、おはようございます。


 10秒待っておくれ。頭動かす。


 ………………よし。


 寝る前の予想に違わず、木の上ではぐっすり眠ることができなかった。柴犬ブランケットのおかげで暖かかったが、寝心地がいいはずがなく、本当に仮眠程度にしかなっていない。映画版のび○はよくもまあ木の上でひと晩しがみ付いて明かせたもんだと思う。伊達に昼寝が特技ではないらしい。体の節々痛いし。尻も痛い。フカフカの柔らかいベッドが恋しい……。


 とりあえず、リュックからリンゴを1個出してかじりつく。うん、うまい。しかし、下手をすれば昼も夜もりんごか。リンゴダイエットじゃあるまいし……。たんぱく質の摂取が急務だな。兎も角、一刻も早く森を抜けよう。と、体をずらして側面の溝に足を引っ掛けようとして気づく。


「ん?」


 下を見ると、寝床にした木から少し離れた場所に、緑色の何かがうつ伏せに倒れていた。人……ではないな。あの色合い、ナ○ック星人っぽい。背丈は子供程度の大きさで、耳が少々とんがって、頭髪なしのハゲ。衣服は獣の革らしき粗末な腰みのだけで、右肩には火傷の跡がある。


「どうみてもゴブリンです本当にありがとうございました」


 死んでるのか?さっきから微動だにしないし……。もしくはあれか、死んだふりで俺をおびき寄せ、仲間で囲ってフルボッコにする囮戦法とか?いや、ないな。あの嫌な感じがしない。


 注意深く周囲を見渡すも、特に妙な動きも気配もなく、不自然な音もない。本当に死んでいるのだろううか?


「……どちらにせよ降りなければならないんだよなぁ」


 可能な限り音を立てないように。一段一段を慎重に、踏み外さないようにゆっくりと降りる。ここまで神経尖らせて動くのはいつ以来だろう……。



グゥゥゥゥ──。



 なんだ今の音は……?地鳴り?

 再度周囲を確認し、慎重に降下を再開する。両足を地につけたところで、ゆっくりと周囲を見渡して警戒。………やっぱり視線もない。気配もない。変な音も───



グゥゥゥゥ──。



 あー……あのゴブリンからか。いびき?いや、いびきならもっと規則的だ。これは……腹の虫か!?つまり……。


「ハラ……ヘッタ……」


 行き倒れ確定。


「……仕方がないなぁ」


 この状況、RPGで言うと戦闘のチュートリアルみたいなもんだ。まず負ける要素がない、お試し戦闘である。あるいは単なる虐殺対象か。そして経験値を手に入れるってのが、模範解答だろう、たぶん。まあ、そんな模範解答はたった今丸めて捨てちまったが。

 リュックからリンゴを1個取り出し、ゴブリンに近づいて肩を揺すった。


「おう、俺の声が聞こえているなら顔を上げろ」


 反応したゴブリンがゆっくりと顔だけを正面に向ける。


「ウ……」


 目の前にドンとりんごを置く。突然視界に入った真っ赤な瑞々しい果物。目をぱちくりさせて、視線をこちらに向けて様子を伺った。


「食え」


 言い切る前にゴブリンはリンゴをふんだくって一心不乱にかじりついた。ものすごい勢いでガリガリかじりつき、咀嚼して飲み込んでいく。慎ましさとか優雅さとか、一切ない。まさにゴブリン!まさに野生!大自然!!


 まるで早食い競技でも見ているかのような気分だった。あっという間に、芯すら残さず平らげやがった。


「タスカッタ。カンシャ」

「そりゃあ、どうも……」


 完食した後、お互いあぐらをかく格好で向かい合っている。ゴブリンは俺に頭を下げた。


「ナンデ、オレタスケタ?」


 はぁ?いや、言いたいことはわかる。利がないのなら、助ける必要もないはずだと。


「餓死ほど惨めな死に方はないからな。俺も昔、餓死寸前になったことがあった」


 思い出したくもない旅行先の記憶だ。あの時食った砂まみれの固くて不味いパンの味は忘れない。……いや、それ以前にも餓死の危険に晒された事はあったが、あの時が一番やばかったな。


「お前と俺は会ったばかりで、種族も何もかもが違う。だが、それは助けない理由にはならない。まあ、俺を殺そうってなら全力で抵抗させてもらうけどな」

「オンジンコロサナイ。オレ、ゲドウチガウ」


 道理がわかるゴブリンのようだ。なるほど、ゴブリンというのは意外と理性的な生き物なのか?いや、こいつが特殊なだけかもしれないが……。


「もう1こ食うか?」

「クウ!」


 リンゴをゴブリンへ手渡し、自分も1個取り出してかじりつく。もっしゃもっしゃとゆっくりとした二人分の咀嚼音が響く。


「んで、なんでお前倒れてたん?仲間とかいないのか?」


 なんていうか、それほど強そうに見えない。今の俺にちょい劣るくらいの強さのように思える。体格差がなければおそらく五分に近いだろう。

 そんなゴブリンが、ソロでウロウロしている。しかも就寝前にいなかったわけだから、夜通し歩いた果てという事だ。その事実が異常性に拍車をかけている。


「ナカマイナイ。……イヤ、ナカマ、イタ」


 過去形?


「ゴブリン、ヒトリデエモノトッテ、オトナ、ミトメラレル。イチバンスゴイヤツ、オナジトシニウマレタナカマノリーダーナレル。リーダー、ムレノボスニチカイ、ボスノツギニエライ。ツギノボスコウホ」


 ゴブリン社会におけるお受験みたいなものか。上から順にボスがいて、その下に各年代のリーダーがいて、その下が平ゴブリンなわけか。


「オレモ、カリデタ。オレ、エモノトッタ。ウサギタクサントッタ。ソレ、ゼンブウバワレタ」


 別種のモンスターに奪われたのか?

 いや、純粋な力が相手の方が上ならば、目の前のゴブリンはここにはいない。

 とすれば、対象はゴブリン以下に限られる。狩られる側、つまりゴブリンより弱い奴に奪われるというのは考えにくい。自分より強い奴に挑むのは紛う事無き賭けだ。それ以前に、ゴブリンより弱い相手が想像できん。

 だとすれば……。


「獲物を同年代のやつに横取りされたってわけか」


 コクリと、ゴブリンは頷いた。


「ボスニ……ウバワレタッテ、イッタ。オレノダッテイッタ。ボス、シンジナカッタ。ナカマ、ダレモ……シンジテクレナカッタ……」


 そう言ったこいつの目にはうっすら涙が浮かんでいた。コイツの心中は悔しさでいっぱいなのだろう。


「オレ、ワルイコトシテナイ。イイツケマモル。ブキノテイレ、ヨクテツダウ。デモ……ミカタイナカッタ」


 敵は周到に根回し済みだったわけか。どうやら、こいつをはめたゴブリンは相当頭が回るキレモノのようだ。


「エモノトレナイオス、ヤクタタズ、ムレオイダサレル。オイダサレテ、アルキツヅケテ、ハラヘッテ、タオレタ」


 誰にも信じられずに追い出されたか……。わからなくもない話だ。似たような経験が、かつての俺にもあったからだ。そうして、全てに対し疑念を持ってしまった。


「辛いよな……。自分は真実を言っているだけ、なのに誰も取り合わず、一方的に嘘つき扱いされるってのはさ。俺も似たような経験があってな……」


 お互い無言でリンゴをかじる。

 だいぶ昔の、20年も前の話だ。当時、内向的でよく教室で本を読んでいるような小学生だった。愛想がいいとは言えないが、頼まれれば二つ返事で引受け、嫌がる事を進んでするタイプだった。誰かに礼を言われるのは好きだったし、ボッチになってるとかいうことはなかった。そうさな、客観的に評するなら、報酬を望まない便利屋──勇者だ。これ以上に便利な奴はいないだろうという、そういう奴。


 だた、人間誰しも気に入らない相手が居る。当然、俺が気に入らない奴はいた。そんな奴らが徒党を組めば、ガキの脳みそといえども侮れない策が練り上がる。

 そうして終いには盗人の濡れ衣を着せられた子供の出来上がりだ。訴える奴は複数人、証拠は俺の机やランドセルからばらけて大量に出て来たせいで誰も俺の言い分を信じず、教師に怒られ、母親に泣かれ、親父にはぶん殴られ前歯を1本ロストした。


 後々俺の無罪が馬鹿なガキの自爆によって証明されたわけだが、その時既に、俺の価値観も心も変わり果てていた。


 一人づつクラス全員の目の前で顔面に渾身のストレートをぶち込んで、泣いて許しを請うのを無視し、髪を掴んで何度も机に、床に、黒板に叩きつけて顔面を涙と鼻水と血まみれにしてやった。便利屋も廃業だよ。テメェでやれという話だ。


 まあ、わるかったな、の一言だけで終わらせた親父にも頭来て、前歯の恨みを晴らすべくゴルフクラブのフルスイングで頭を叩き割り、救急車で運ばれていった。平手打ちをかました母親にも、渾身の平手打ちを返して張っ倒した。自分の子供の言い分を何一つ信じず寒空の下へ放り出し、長い事飢えと寒さに晒したあの二人を親と思えなくなったのだ。


 それから死ぬあの日まで、親父(ヤツ)とは一切口を聞かないまま、友人も極力作らないまま時は流れる。あの一件で俺の性格は良くも悪くもガラリと変わってしまった。シンプルに言えば人間不信。教師だろうが警察(サツ)だろうが寺の坊主だろうが、近づく奴は平等に疑うのが当たり前になった。

 

 平たく言えば、人の(えにし)に恵まれなかった。プラス、分不相応な事をした結果だ。


「お前、これからどうするつもりだ?」


 こいつは見たところ武器も何もない素寒貧な有様だ。昨日目覚めたばかりの俺そのものである。


「ワカラナイ……」

「あてもなしか。……なら、俺と来ないか?」


 自然とそんな言葉が出ていた。


「ナンデダ?」

「昔の自分を見ているようで、ほっとけねぇんだよ」


 この言葉に嘘はない。まあ、ちょっとだけ打算もある。


「お前、この森抜けられるか?」

「デキル。カリノマエニ、ミチオソワル。ゼッタイデルナイワレル」


 絶対出るな?………あー、なるほどな。


「下手に森を抜けて、人目につくと群れが危険にさらされる、そんなところか」


 なるほど、人間、あるいはそれに準ずる種族を危険視しているのは間違いない。だから活動範囲を森の中に限定させているんだろう。


「ナンデ、ムレ、キケン?」


 分かっていないようだった。道理がわかっていても賢いと言うわけではないのか。


「いいか、例えば……まー森の外に人がいるかどうか不明だが……人が複数一緒に道を進んでいたとする」

「オウ」

「そこにゴブリンが……そうだな、5ゴブくらいか。不意打ちで攻撃を仕掛ける。で、人を全滅させて食物とか奪おうとする」

「オウ」

「だが人も応戦する。向こうも死にたくないから必死だ。残念なことに仲間が1ゴブ犠牲になる。残りの味方も無傷じゃない。しかし、なんとか全滅させることに成功し、食料とかいろいろ手に入れた。さて、このボロボロの状況で別の人に見つかると、もっと味方が死ぬ。最悪残りの4ゴブ全員死ぬ。そうならないためにはどうすればいい?」

「ム……」


 リンゴを齧る口を止めて、思案し始める。表情が歪む、どうやら必死で頭を回しているらしい。


「モテルダケ、エモノモッテ、ニゲル」

「そう。だがそこで仲間の死体が残される。仮に仲間が犠牲にならなくても、仲間の死体を回収しても、足跡、血痕が残る。その痕跡からゴブリンによる襲撃だと判別されるだろう。問題はここからだ。これが何度も続けば、人はゴブリンを危険な存在だと考える。群れもろとも全滅させて安全を得ようとする。ありったけ、出せるだけの戦力で、押しつぶされるだろう。犠牲を最小限に抑えるために」


 誰かが言っていた。「戦いは数だよ、兄さん」とな。実際その通りだ。戦闘・戦争というのは究極的に、致命的なまでのジョーカーが存在しない限り、数で勝る側が勝つのだ。


「ゴブリン、ソコマデヨワクナイ」

「そうだな。だが、お前は複数の仲間だったやつにはめられた」

「オレ、ハメラレタノカ?」


 ハメられていた自覚がなかったのか。なんとも、純粋なやつである。まったくもって、今の俺には眩しい。別に頭部に太陽光があたっているわけじゃない。


「根回し、あるいは獲物を分配する共犯者がいたのは間違いない。おそらく裏で、見ていないところじゃこんなひどいことをしている、知らない所でこういう悪口を言っている、とか、そんな感じで回ったんだろうよ。あとは、前もって得物を分けて買収したか……。でなきゃあ献身的に手伝っていて一方的に話が通らないなってありえんだろう?」


 公平な立場に立たなければいけないボスが、そんな愚策をするとも思えん。……いや、脳筋か暴君ならするかもしれないが、ヘタを打てば、群れから総スカン食らって自分の立場が危うくなるだろう。真に恐ろしいのは、群れ全体に嘘八百を信じさせ、味方にしたその手腕だ。

 

 ……あいつを思い出す手腕だな。どうにも、不愉快だ。


「話をたとえ話に戻すぞ。1ゴブで同時に相手できるのは1人。その間に後ろから殴られれば……な。それに、群れには女子供もいる。それを守りながら何倍もの戦力を倒すなんて、出来ると思うか?」

「デキナイ。ナルホド、ワカッタ。オマエアタマイイ」


 そうでもないと思うが……。褒められているのはわかるが、あんまり嬉しくない。


「で、だ。俺はこの森を抜けて村あるいは街に行きたい。……あるのかどうかもわからんが、少なくとも、ここで色んなモンに怯えながらよりはマシだ。それに、そういう手合いが出てきた時に……」

「ア!カズノボウリョクカ!!」


 ふふ、分かってるじゃないか。


「そういうことだ。一対一より二対一ってな。差がある相手でも、勝算はだいぶ上がる。お前、もうこの森に居場所はないんだろう?」

「ナイ」


 ゴブリンは少し思案しているようだった。人数が増えれば戦力も比例して増えるが、周囲の警戒の精度も上がる。意見交換によって、うっかりミスにも気づけるようになる。ドラ○エだって仲間が増えてからが本番なのだ。


「だったら俺と共に来い。最初は受け入れられないかもしれないが、自分たちに害がない、話が通じるやつだと分かれば受け入れられるかもしれない。……絶対の保証はできないが、尽力することを約束する」

「……ワカッタ、オマエトイッショ、イク」


 俺にこの世界で最初の仲間が、友ができた瞬間だった。


「おう、よろしくな。俺は……」


 あ……どーするべ、俺の名前。やっばい、ここまでスリリングな体験が多すぎて、すっぽり忘れてた。今更捨てた名前を名乗るのもどうかと思うし。キラキラネームじゃないせいで改名申請通らんかったし。あーもういいわ。生前気に入っていた小説の主人公の名前を拝借しよう。


「七草……ナナクサだ。お前……名前は?」


「ナマエ、ナイ。ゴブリン、オトナナッタトキ、ボス、ツケル」


 お互いに名無しだったようだ。


「ケド、ヤケドアトデ、ヤケ、ヨバレテタ」


 ヤケって……なんだかなー。オマエとかキサマとかゴブリンとか言うのも何か違う気がする。少なくともこうして対話し、話が通じる相手を陥れるような奴ではないことはわかった。だから余計に、そんな風に呼ぶことを躊躇わせる。


「よし、俺が名前を付けよう」


 ぽかんとした顔でこっちを見ている。何を鳩が豆鉄砲食らったような顔してるんだよ。そんなにおかしいのか?おかしくないだろ。


「全く……できるだけかっこいい名前がいいよな。男だもんな」


 流石に自分の名前のようにいい加減には決められない。ゴブ太とかゴブ郎とかゴブ吉とか……同名のゴブリンが存在しそうだから無し。


 うーむ…………よし。


「お前の名前は、ジークフリートだ。」

「ジークフリート?」

「龍の血を浴び不死身となった遥か昔の英雄の名だ」


 まあ、長いから普段はジーク呼びになるだろう。


「ジーク……フリート……カ……」

「改めて、これからよろしくな、ジーク」


 ジークの前に手を差し出す。


「……アア!ヨロシクタノム、ナナクサ!」


 ジークの手は俺より小さかったが、握る手は力強かった。見た目に反して結構筋力があるようだ。視線を手から顔へ上げると、ジークはニカッと笑っていた。

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