熊狩り
2日目──。
俺はまだここにいた。まだ戻れないらしい。
ユーディの栄養は、俺の血である程度は賄える筈だが、それだけで足りるわけがない。[自己再生]で無尽蔵に賄えるとはいえ、体力と精神ががりがり削れていく。過ぎれば俺の心が壊れてしまうだろう。
そんなわけで現在、森で食糧探しをしているところだ。それなりに広い森だし、日が出ている間なら何か見つかる……と思っていたが、一向に見つからない。
前日の雨で地面がぬかるみ、思うような速度が出ないのも要因として挙げられるが、それを差し引いても気が滅入るほどに見つからない。木の実はおろか、野生動物すら。せめて根野菜でもあれば……ちなみに理想はサツマイモだ。
……やめよう、淡い希望は持つべきじゃないっ……て……っ!!
ちらりと見えた植物に驚愕し、足を止めた、いや、止めざるを得なかった。それは放置できる相手ではなかった。
「ト、トリカブト……!?」
俺の中で毒の代名詞ともいえるものがこんな近くで自生してるのかよ……あぶねぇぇ!!
根ごと引っこ抜いて焼却した。こんなもの残していたら、何が起こるか分かったものじゃない。俺がいなくなった後にうっかりユーディが口に含めば……はぁぁ……。
焼却後、探索を再開。そこからはトリカブトをはじめとした毒草の除去と並行しているため、探索はゆっくりとしたものになった。
それからどれだけ時間が経過したのか、少し開けた場所に出た。
そこは花畑だった。種類は知らないが、色とりどりの鮮やかな花の数々。見知った花もあったが、名を思い出すまでには至らなかった。
……花で腹は膨れないし、なぁ。
さらに周囲の探索を続け、あるモノを発見した。
「足跡……この足跡は……ワイルドベアか?」
ぬかるんだ地面には、以前ウィンストンさんと雑談した際にスケッチしてもらったそれと同じ、ワイルドベアと思わしき巨大な足跡が残っていた。成人男性の脚幅を倍にしたくらいの大きさだ。それだけでも相当の大きさだと窺い知ることができる。
「ワイルドベアは基本的に雑食です。グルメな個体もいますが……厄介なのは、ヒトの味を覚えられることです。気に入れば、積極的に人里を襲うようになります。そうなれば、ハンターの領分ではなく、傭兵の領分になります」
「それは要するに、危険すぎる相手ってことですか。肉や皮の質を放棄しなければならないくらいに」
「過去、何度も討滅のための共同作戦が展開されましたからね……怖いですよ、奴らの食への欲求は」
狩猟扱いが転じて討滅扱いだからなぁ……。
要するに、ここまで食糧が見つからないのは、こいつがただでさえ少ない食物を根こそぎ食い荒らしているせいなんだろう。恐らくは食料を求めて他の土地から移ってきたと思われる。
……ダメだな、今は引き上げよう。こいつの行動範囲にユーディの家も含まれていたなら……っ。
なるべく早く、この足跡の主は狩らなければならない。去るのを待つのは悪手だ。その間に全て食いつくされてしまう。今すぐ狩ってしまいたいが、ユーディの安全が第一だ。
道中戻りながら、考える。何かないだろうか……元気が出るもの……。栄養というよりは、気力を回復できるもの……。
……甘味か。しかしこんなところに砂糖なんて夢のまた夢だ。甜菜もサトウキビも自生していなかったし……。クッキーは持ってこれなかったし……あ。
「いや……あった」
そうだ、あるじゃないか!砂糖じゃないけど甘いモノが!
5日目──
だいぶユーディは回復してきた。ハチミツ湯……いや、蜜湯のお陰だ。
花畑の花から蜜を[抽出]し、湯で割って飲ませた。未体験の甘さに震え、一心不乱に作った分をぜんぶ飲み干してしまった。その後に見せた仄かな笑顔が、俺の中で食後のデザート代わりに出すことを決めさせた。
肝心の食糧だが、3日目に竹林を発見。クソオヤジの実家近くに竹林があったため、タケノコの発見は俺には容易だった。
[成形]と[圧縮]で作り出した土鍋で煮込み、灰汁を取り除いて食えるようにはしたが……塩か醤油がほしいと思った。
ワイルドベアはまだ見つからない……。
今日も今日とて行動範囲を広げて周囲の警戒をしながら、食糧を探す。
ふと、見覚えがあるようなないような物体を、木の根元で発見した。
「キノコ……キ、キノコだよな?」
確かにそれはキノコだった。ある一点を除いて、見てくれは完全にシイタケだった。傘部分からブルーベリージャムのような液体がぽつぽつと染み出ていること以外は。
1本だけ摘み取り、手で仰いで匂いを嗅ぐ。毒が効かないとはいえ、無警戒に直接かぐのがちょっと憚られる。
「無臭……か」
確かキノコ毒の判別方法は、薄くスライスして舌の上にのせて、しびれが来るかどうかだったな……。
もういいや、めんどくさい。自分で食うだけなら毒であろうと問題ないじゃないか。これをユーディに食わせるのは、リスクが高すぎる。そもそも毒があってもなくても、効かない俺が判別できるわけがないのだ。
とりあえず、禍々しいブルーベリーシイタケ(俺命名)を片っ端から焼いて食った。もずくのようなコンブのような奇妙な味がしたので余計に意味が解らなくなった。
6日目──
「なあ、この近くに街か村はないのか?」
ベッドで蜜湯を飲むユーディに尋ねる。人里があるならば、そこから食料を物々交換なりで調達できる可能性もあった。
「んぅ……ある、けど……。お金ないから……」
ああ、そうだった……リレーラのバカタレが根こそぎ持って行ったんだったな。今になって消えていた怒りが再燃してきた。
「お金になるの……なにもない……」
以前は鉄の農具等があったというが、売って食べ物に変えたらしい。どう考えても、足元見らえたんだろう。全ての商売人がそうだとは言わないが、こんな場所に住む子供相手に対等な商売するとは考えにくい。
「いいか、必ずお前の姉から金はきっちりビタ一文まけずに取り立てろ」
「でも……」
「金の貸し借りは半端にしちゃいけない。徹底しろ。そうでなきゃ、利用できる便利な奴にしか思われない。食いつぶされて破滅するだけだ。円滑な対人関係を望むなら、そもそも貸すな。奪われるな。いいな?」
「う、うん……」
蜜は今ユーディが飲んでいる一杯で使い切った。タケノコだけでこの先しのげるわけがない……。
となると……やはり、奴を狩るほかない。ワイルドベアを狩り、森の食糧をこれ以上食われるのを防がなければ……。それが現状打開の最短ルートだろうが、どうやって見つければいい?
7日目──
俺は日課となった探索を行う。今日ばかりは目標をワイルドベアに定めてだ。
足跡や木につけられた爪痕がないかなど、痕跡を血眼になって探すが、手掛かりは何も見つからない。
ワイルドベアは脅威だが、同時に大量の肉と毛皮を持っている。毛皮は売れるだろうし、肉も喰いきれないくらい取れる。そのうえ胃は薬になる。骨だって、俺ならば農具等に変えることもできる。野生動物が壊滅的にいないこの状況で、奴は極めて貴重な蛋白源だ。絶対に確保したい。
だが、それは狩れればの話で、いや、それ以前にそもそも見つからなければ皮算用で終わる……。足跡発見から6日が過ぎた今となっては、既に狩場を移した線も濃厚だ。
「どうすれば……」
一度足を止めて考える。ユーディは驚異的な速さで回復している。今ならば肉を食べることも問題はないはずだ。そして今あの子に必要なのがまさに肉だ。
この際肉と言わず豆類があれば……あるいは、味噌、いや、それはもっと無茶だろ……。この際鼠でも何でもいいから蛋白質を……。
………いや、あるには、ある。
しかし……最悪の手段としか表現できないだろう。それでも……。あの子が……彼女が生きることを望むならば……。死を恐れるなら……。
違う。俺が恐怖しているんだ。ユーディがいない世界を。
…………ああ、そうか。そういうことだったのか。俺は……。
ようやく自分の心に気づく。
もう、躊躇は無くなった。
「もぐ……ん……」
テーブルに着いたユーディは骨つきの肉を口いっぱいに頬ばっている。
流石に、何の肉かまでは本人に言えない……。
「ごちそうさま……」
気づけば、骨を残して完食していた。スジすら残っていない。
「ねぇ……あなたは……誰……?」
さて……この回答今まで煙に巻いて先延ばしにしてきたが、どう答えたもんだか……。
……いや、妥当な回答はあったな。
「俺か……そうだな。通りすがりの悪い魔法使いだ」
「わるいの?」
「クックック、無論だ。夜更かしはするし、好き嫌いは直さない!」
「……変な魔法使い」
「よく言われる」
まあ、肉の正体とか後に気付かれても、悪い魔法使いというところで納得してもらいたいところである。……それはさすがに、無責任が過ぎるか。反省。
「あなた……まっくろ」
何?腹黒師匠?
「頭も服も真っ黒」
そっちか。いや、中身がどす黒いのは事実だが。
「そうだな。……まあ、俺の色みたいなもんだ」
「そう、なの?」
「派手な色は嫌いなんだよ……」
これは自分が身に着けるものに限った話だ。ぶっちゃけると、ドきつい色のアロハシャツなんかはダメだ。アレは陽の者の専用装備。陰の者が着ると派手さで拒絶反応が出てしまい、最後には頭がおかしくなって死ぬ。
「悪い魔法使いだから?」
「……そういうことにしておいてくれ」
それで納得できるなら、もうそれでいいや。
ユーディはだいぶ血色がよくなった。喉の具合もよくなり、こうして普通に対話できる。
回復が早すぎる気がするが、その疑問に対する明確な答えを、俺は出すことができなかった。元気になってきているのだから、良しとしよう。助けたときと比べて、少し明るくなった気がする。
「だれかとはなすの、ひさしぶり」
「……誰も、居ないんだな」
「ん……ぱぱもままも……あねも……いなくなっちゃった……」
じっと見つめてくるその眼は、捨てられた子犬のようだった。それだけでわかる。あなたもいなくなるの?と……。視線だけでそう訴えている。
「俺は本来、ここにいてはいけない、居るはずがない存在だ。……あと数日もすれば消えてしまうだろう」
「やだ!いっしょにいる!!」
椅子をはねのけて、ぎゅっとしがみついてくる。
そういうところは、変わらないんだな……。
「すまないな……」
俺だってできるならば、このままにしたくはない。だが、その願いはかなわないだろう。
ユーディの症状はほぼ回復した。あとは条件を満たせば、俺は元の時代に戻るのだろう。その条件も、おおよその見当はついている。
「とりあえず、世渡りに必要なことは教える。猫のかぶり方とかな」
「ねこ?」
「覚えれば、前ほど取引でぼられることはないだろうよ」
勝負は明日……既に手は打った。こちらの仕込みに奴が食いつくかどうかだ。
8日目──
天気は晴れ。風も適度にある。これならば、釣り上げるには十分だ。
そこそこ動ける広い場所をユーディと目指す。
今日ばかりは、あの家にユーディを残すほうがリスクが高い。それに、長い間寝ていたリハビリも兼ねている。転ばないよう、手をつないで、ゆっくりと目的地まで進む。
「疲れたらちゃんと言うんだぞ?」
「うん……」
向かう間も警戒は怠らない。その間に接触する確率も低いとは言い切れないのだ。そうなるように、周囲の迷惑も顧みない暴挙的な行為をしたのだから。
目的の場所にたどり着く。
欝蒼とした森にぽかんと開いた、広いとは言い切れないが狭いとも言い切れない広さ。……ここならば、見通しも聞くし、動きやすい。故に、ここに仕込みを行ったのだ。
「ここ?」
こくりと頷き、その中央へ向かう。昨日置いたものを確認するためだ。
「……ない、な」
内心でガッツポーズをする。
昨日、俺はここに[ウィンドカッター]で切断した自分の右足を置いた。草の茎で縛り、鳥に持っていかれないように地面に固定したのだ。それが茎ごと根こそぎなくなっている。
これこそが俺の策。この周囲に確実にいるであろうワイルドベアをおびき寄せる為の。はっきり言えば下策。
それがどういう危険性を孕んでいるのか、理解しているつもりだ。味を占めたワイルドベアが、近くにあるという街に下りるかもしれない。死人が出るかもしれない。
そう……俺は、ユーディの命と、その他大勢の他人の命を天秤にかけたのだ。
犠牲はないほうがいい、それは当たり前のことだ。それが一番で、理想。子供だってわかっていることだ。だが……最早目的のためには手段は選んでいられない。
「俺って、なんなんだろうな……」
「んぅ?」
「悪い、なんでもない」
あの日、切断した足を[修復]すると、切断面からずぼっと新しい脚が生えてきた……。まるで○ッコロさんの再生シーン……あの時点では何とも思わなかったが、今冷静に思い返すと、もうツッコミどころしか出てこない。
新しい脚に必要なエネルギーとか鉄分とかカルシウムとか、一体どこから持ってきたのか……。両手を潰されたときは、そもそも潰された両手の細胞を修復するという認識でまあ、まだわかる。だが生えるのは無い。ありえない。それ以前に、俺もう人じゃない。妖怪か何か……いや、ワグナーの言う通り、化け物だ。
「ん、何か、来る?」
ピクリと、ユーディの耳が動く。
俺の耳も、重い足音を聞き取る。
来たか……。
「背中に捕まってろ。もしかしたら、結構激しく動くかもしれないから、その時は振り落とされるなよ」
その場でしゃがみ、背に捕まるよう促す。首に両腕が回され、両足ががっちりと腰を捉える。
これくらい力が入るくらいまで回復したか……。
ほんの数舜だけ安堵し、気持ちを切り替える。音がするほうへ向き直り──
「[抽出]──水。[成形]──弾丸型。[圧縮]」
指先に水を集めて弾丸状に圧縮。ノーコンでも外さない至近距離から一撃で、商品価値を可能な限り損なわせない為に、最小の損壊で仕留めるつもりだ。
「グルルルル……」
姿を現したのは、返り血が変色したような、真っ黒の毛皮のワイルドベアだ。
体長は2m位か。短い脚で二足歩行し、両腕は足と違い丸太のように太く長く、4本の鋭い爪を持っている。
なるほど、あの腕ならばヤバイのは納得だ。払いの一撃で死ねる。
いや、ちょっと待て、あれ本当にワイルドベアなのか?ワイルドベアの毛皮は確か……赤褐色だったはずだ。
ふと、ウィンストンさんとの雑談を思い出す。
「ワイルドベアはまれに黒い毛皮の個体が生まれるみたいです。毛の色以外にどう違うのかと問われれば答えに困るのですが……何せ、情報が少なすぎるのですよ……。現在までに確認できたのは1体だけですからねぇ」
つまりこいつがそうらしい。……こいつの毛皮なら、いい値になりそうだ。
「ガァァアアア!!」
重い足音と咆哮をまき散らしながらこちらへ一直線に向かってくる黒いワイルドベア。頭に、指先で圧縮された水の弾丸を向ける。
足音が大きくなるたびに、首と腰が絞められる。ちと苦しいが、怖がらせている代償と思って受け取ろう。
撃ち込む場所はただ一点、眉間に一発だ。
防がれても貫通できるだけの威力は持たせた。先端も針のように細く鋭くしてある。これが刺さらないナマモノはいない。
眼前のワイルドベアに意識を集中させる。
踏み込む足、目線、口から落ちる涎、その全てが鮮明に、ゆっくりと映る。
タイミングを間違えるな。両腕の間合いに入ったその瞬間に払いが来る。例え眉間を打ち抜いても、そのまま払いに来るだけの執念を見せてくるかもしれない。撃ち込むのは間合いに入ったその瞬間だ。
呼吸も忘れ、雑念も捨て、その瞬間を逃さぬよう、神経を研ぎ澄ます。
今自分の認識にあるのは、俺と奴だけ。
一歩、奴の足が前に出る。
まだだ、もっとひきつけなければブレる。
また一歩、奴の足が前に出る。
もっとだ、もっとひきつけろ。命中率を0.1%でも引き上げるために。
さらに一歩、進みこちらへ接近する。
もう一歩、もう一歩だけだ。そこで……決める!
そしてその一歩を奴が踏み、足音が出るその瞬間、前足を振りかぶる寸前に、
「[射出」]
弾丸を撃ち込んだ。
「グガ……!!」
音もなく放たれた弾丸は三県からわずかに左にずれた場所に命中。巨体は動きを止めさた後、大きな音と振動を伴って前のめりに倒れた。
後頭部に真新しい流血がある。どうやら弾丸は貫通したようだ。
だが、まだ気を緩めない。奇跡的に脳が無傷なら、這い上がってくるかもしれない。そういった事例がアメリカだかどこだかであったことを記憶していた。
……いや、アレは右脳と左脳の間をうまく貫通した結果だった筈。眉間からズレて命中したならば、同じことは起こらない……よな?
倒れたワイルドベアを注視する。
微動だにしない…………どうやら、確実に仕留めたようだ。
「ふぅ……」
直後、自分の体が相当締め付けられていることに気付く。
あ、やばい、ちょっと洒落にならない!
「緩めて、ちょい緩めて、俺が落ちる……」
「う……やっつけた……の?」
ようやく緩んで酸素が全身に満遍なく行き渡るようになった。
お読み頂きありがとうございました。




