二人の企み
6/27 タイトルを変更しました。中身は書き換えていません。
時間は朝食前まで遡る。
場所はユーディとリラの部屋。二人ともすでにネグリジェから着替え済みで、ベッドに並んで座っている。リラはいつものセーラー服に、ユーディはリラ手製の白のフリルブラウスと紺のロングスカートに。
「あぅ、ダメだった……」
「うーん、パパ、ガード固いね~」
リラ発案の、魅了して襲わせる作戦は失敗した。ユーディが襲うのではなく、襲わせるというのが肝だったが……。
「私じゃ……だめなのかな……?」
「それはないと思うよ~。さっき廊下で会ったけど、疲れた顔してた~」
俯き泣きそうになるユーディを、リラがなだめる。
甘えるように、潤んだ瞳で上目遣いで等々、リラの持つ知識を総動員させたが、ナナクサの理性の壁を崩すには至らなかった。紙一重で支えたのは、自分はロリコンではないという自己暗示じみた精神力だったが、そんな葛藤をユーディが知っているはずもない。
「……私といるのが嫌ってこと?」
「ちがうよ~。万が一、ううん、億に一でもありえないと思うよ。もしそれなら、パパがお姉ちゃんを引き取らなかった、でしょ~?」
「んぅ……そう、だね……」
この一週間で、作戦を『スタイル向上』から『今ある自分を磨く』に切り替えた。成人前までの残されたわずかな時間に、飛躍的に成長することは不可能だと判断したからだ。おそろいのネグリジェも、その作戦の一環である(半分はリラのスキンシップだが)。
尤も、作戦関係なしにユーディはその着心地とデザインを気に入っている。今ユーディが着ているブラウスとスカートもそうだが、リラ手製の衣類は並ぶものがない程のハイクオリティ品なのだ。ウルラントにおける新品衣類──特に女ものの殆どが体形に合わせたオーダーメイド品だ。リラレベルのものを仕立てる場合、金貨10枚以上積んでも手に入るかどうかという程で、その品質はアレリアが保証している。仮に市場に流れれば、古着であってもその価値は計り知れない。
が、今のところ商売目的で縫うつもりはなく、あくまで自分とユーディのおしゃれ目的とナナクサ、ジーク、グレンの為に留まっている。リラの裁縫世界は、家族の内で完結しているのだ。
「じゃあ、いっそ直接聞いてみたら~?好きか、嫌いか」
「ふぇ!?」
「不安なんでしょ~?はっきりさせたほうが、もやもやは晴れると思うな~」
「あ、あうあうあうあう……」
その提案が間違いではないことをユーディは理解していた。理解していたが、実行に移せるかどうかはまた別問題である。
もしも、自分のことが嫌いだったら。そう言われたら。
ありえないと考えていても、1%でも、否、0.1%、0.01%でもそう言われる確率があれば……。今の関係が壊れ、これまでのように接することができなくなる、それが怖いのだ。ユーディにとってナナクサとの関係が壊れることは、自分の半身を裂かれることと同義だった。
(そういえば、パパって優しいけど、性癖が……。もしかして、知られたくないのと、好きだから壊したくないっていうのがあるのかも……)
ナナクサの煩悩に塗れた本棚を吸収したリラは、当然の如く彼の性癖、嗜好を理解している。何せ、同人誌の半数がキワドイ調教モノで、もう半数が砂糖を吐き出すレベルの純愛モノだったのだ。性的思考を理解する資料としては十分と言える。
「やっぱり怖い?」
「うん……」
「んー……それでも、いつかは聞かないといけないと思うよ~?結婚したいなら、避けて通れないことだもん~」
「あ…………そう、だよね!」
結婚の言葉を聞き、ユーディは自分を奮い立たせる。
(確かに怖い、けど、それで逃げ続けたら、いつかナナにぃは私じゃない誰かと結婚しちゃう……!)
ユーディの頭からは、結婚前の交際とかそういう段階は完全に吹っ飛んでいた。
「でも、いきなり結婚はないからね~。ちゃんと段階踏んでお付き合いから~」
「あ、うん……」
ユーディの思考を見透かしたように、リラが付け加える。見透かせるほどに、ユーディの表情は読みやすかった。
「とりあえずそろそろ朝ごはんだから、行こ~?」
「……そう、だね。うん、いこ。」
朝食後のユーディ・リラの部屋にて。
(うん、心配する必要は全くなかったね~)
そうリラが評するのも、朝食時の光景を見れば納得できよう。
ナナクサとユーディは、毎朝並んで席を取るのだが……。
テーブル中央のロールパンを取るために伸ばしたユーティーとナナクサの手が触れると、ユーディは顔を赤らめて手を引っ込め、ナナクサもまたひっこめずとも、わずかに表情が赤くなる。
ナナクサがユーディへパンを渡し、無言。お互いに全くの無言。つい先日まではなかった光景だ。先日まではナナクサが声をかけたり、口元についた汚れを拭き取ったりすることもあったが……。
(お互い変に意識しちゃってるからそうなっちゃうんだよね~……)
何とも甘酸っぱい光景であったと、後に居合わせたシルベイクァンらが語る程である。
「パパはもう決壊寸前みたいだし~……このまま押す?でも、お姉ちゃんパパが抑えているもの知らないんだよね。そのままでいいのかな?)
ふと、リラは本棚のある本の一文を思い出す。お互い好き合っていても嗜好の違いで別れるケースは多々ある、と。
(それなら、お付き合いの前に知ったほうがいいのかな?場合によっては、お姉ちゃんがパパをあきらめて、早いうちに次に動けるし……うん!)
「どうしたの?」
ベッドの横に座り考え込むリラを、ユーディがしゃがんで心配そうにのぞき込んでいた。
「お姉ちゃん、パパの内面を、抑えているものを知りたい~?」
「え?」
リラは自分の体を、本棚の同人誌に変化させる。
かくして、蔵書の所有者不在のまま、ナナクサの性癖暴露会が密かに行われてしまった。
同時刻、厨房──。
ナナクサは洗い物を済ませ、濡れた手をタオルで拭いていた。
「へっくし……。っかしいな。この体で風邪なんぞ引くはずもないんだが……。さて、昼のメニューはどうするかね……」
ナナクサの[危機察知]は発動しなかった。ナムサン。
場所は戻って、ユーディとリラの部屋──。
「…………」
「お、お姉ちゃん?」
一通り読み終えたユーディは顔を赤面させたまま、微動だにしない。何せ、自身が今まで知らなかった世界の深淵を見せられたのだ。今、ユーディの脳内では、同人誌の登場人物を自分とナナクサに置き換えた妄想の真っ只中。既に30分もそのままである。
(し、失敗した~?葛藤してるの~?それとも幻滅のあまりに呆然と~!?)
ここにきてリラは、自分のしでかした事がとんでもない悪手ではなかったのかと思い至る。もう少し順を追ってやるべきだったんじゃないか?例えばそう、まずは大人同士のスキンシップから……。
「……リラちゃん」
「ふぁい!?」
「私おかしいのかな……」
「……え?」
「さっきの……本……みてるとね……体が疼いて……熱くなって……。ナナにぃに、同じこと、されたいって……」
赤面したままのユーディ。僅かに汗ばんでいるように見える。
(ああ、お姉ちゃん、どMだ~……。心配する必要全くなかったね~。うん、パパとの相性抜群だ~)
リラは安堵し、深く息を吐いた。やることは変わらない。ナナクサとユーディを溶接のごとくがちがちにくっつけるだけである。
「お姉ちゃん、勝負をかけるよ」
「勝負……?」
「パパから本音を聞き出すの。そのためには、準備しないと」
リラはベッドの下から、大量の生地と、糸、銀貨、革、木材を引っ張り出す。これらはナナクサがリラの裁縫のために買い与えたものの一部である。
「勝負服、明日までに作るよ~!」
「え、えええ!?」
リラはこう考えた。引くに引けなくさせるしか、ユーディは動かせない、と。そうしなければ、後悔する時が来るまでぬるま湯につかったまま動かないだろう、と。
「で、でももし……」
「あー、その時はその時で~、首輪付けて飼ってもらえばいいんじゃない~?」
「飼って!?」
「ペットなら、関係ないでしょ~?」
「あ、あうあうあう……」
既にそこまで妄想済みだったユーディは何も言えなかった。
大まかなデザインを決め、装飾を書き込み、意見を出し合い修正を繰り返す。
昼食後も修正は続き、夕食前に決定稿が出来る。
生地の再生成・加工には大量のエネルギーを要するため、遠慮なしにリラは夕食を食べるつもりだったが、お好み焼きを口にした瞬間、そんな考え抜きに口と手は動いていた。
その後リラは体内に生地と糸を取り込み、一度分解してからきめ細かい最高品質の生地と糸へ変換。リラがばてたところで、ユーディが背負って風呂へ連れていく。
入浴後、ユーディの体にスライム化して布と糸を取り込んだリラが纏わり、数分の狂いがない正確さで裁断し、縫い、驚異的速度で仕上げる。本来必要な工程をいくつも吹っ飛ばしているそれは、その道の職人が真似しようと思ってもできるものではなかった。
その晩、ナナクサは久方ぶりに、静かな夜を過ごした。
(静かだ……一人で眠るのも久方ぶりだな。思い返せば最後に一人で眠ったのは……あの街道の宿か。その前があの森の木の上……。生前と大違いだな……まあ、すこし寂しいか?)
慣れというものは恐ろしいと改めて思いナナクサは眠りについた。
同時に、リラ、ユーディの部屋で小さく歓声が上がった。
お読みいただきありがとうございました。短いけれども、忙しくなる前にっ。ちなみに初期プロットは捨てました。みんな勝手に動き過ぎやで……。




