日常への帰還
「むぅ、そうか……そういうことだったか……」
自室のベッドで横になっているシルヴィさんに、俺はすべての報告を終えた。
俺達は全員、シルヴィさんの屋敷へどうにか戻ってこれた。俺とリラ含めた全員をケセラに迷宮1階扉前に送ってもらったが、全員が満身創痍だった。
リレーラは切り落とされた片耳を握ったまま、安全だとわかると泣き出してしまった。
耳はその場で自分で[ヒールライト]を詠唱してくっつけていたが……意図せぬ形で俺がワグナーに化物と言われた理由がよく分かった。
耳の切断面を合わせ、リレーラが右手をかざし詠唱すると、光に包まれ徐々につながっていった。
傷がうっすら残ったのは、切り落とされてから時間が立ち過ぎたかららしい。所要時間およそ5分程度。それが俺の場合一瞬で傷が無かったことになるのだ。目の当たりにしたワグナーの絶望感は、どれだけだったのだろう?
マイルズは全身汗だくで、ヒューヒューと異常な呼吸をしていた。恐らく何かから逃げていたのだろう。呼吸が正常になるまで、相当な時間を要した。
ただ、呼吸が落ち着いてからも詳細を語ることは無かった。可哀そうになるくらいに怯えていて、とても情報を引き出せそうな精神状態ではなくなっていたのだ。長期のメンタルケアが必要かもしれない。
ジークは気を失っており、頬を往復ビンタしてようやく目覚めたが……。
目覚めたジークは上位進化したというのに意気消沈していた。気になるところだったが、本人が何も言わないのだ。言いたくなるまで待つことにする。
意外にも最も重症だったのは、俺とリラのの後に送られてきたグレンだった。
全身に新たな傷が無数に刻まれ、一部の刺し傷は骨まで達していた。出血量も多く、総合的に見て失血死一歩手前だったのだろう。明らかにリレーラだけでは治しきれないダメージだった為、深い傷をリレーラに任せ、比較的浅い傷部分をありったけの救護用品を用いて総出で治療した。
そんなグレンの両手には、水晶の刀身を持つナイフが2本握られていた。調べたが銘も無く、便宜上[晶双剣]と名付けた。
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晶双剣
分類:双剣
威力:C-
強度:D+
付与効果
幻惑光
周辺の光を取り込んで見る者を惑わす光を放ち、相対する相手の動きを僅かに鈍らせ回避・命中精度を下げる。
水晶のような物質で出来た対の短剣。斬撃・刺突両方での運用が可能。
美術的価値が高く、見る者を魅了する。
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恐らくこれが相手の得物、それを持っているということは勝利できたのだろう。だが……あのグレンをここまで追い詰めた相手……興味はあるが、それ以上に恐怖が勝る。
「200階越えがハッタリだということも考えられました。どちらにせよ彼は約束を守り、俺達は大なり小なり負傷したものの、全員が生還できました。……もしもケセラを破壊した場合、誰一人として生き残っていなかったでしょう。正直言って、壊したくて仕方がありませんでしたが」
「解っている、それについて、お主の判断を責めはせん。あくまで偵察が目的だったのだからな、これ以上ない成果だ。もしもあの場で破壊した場合、最悪迷宮は崩壊してしまうであろう事も考えられる。そうなれば上に載っている魔王城の崩壊に加え、岩山の崩壊による岩雪崩も起きるだろう。その被害が齎されるのは……考えるだけでも恐ろしい」
そっちの懸念もあったか……失念していた……。ズィローマの──あいつの設計だ、耐震設計程度はしているだろうが、それで持つような衝撃を軽く超えているだろう。
「それで、俺としては今日中に報酬の話やら諸々を片付けたいところなんですが……その前に、まず、おっぱいぷる~~んぷるんっ!って、何なんですか……?」
これを聞かなければ、もやっとしたままで眠れそうにない。どうにも引っ掛かってならないのだ。
「あれか……。もう370年も前のことだ。今でも昨日の事のように覚えている。……あの日儂ら3人、儂とケルヴァと、イーゼスは己の内の思いを、ぶつけ合っていた」
およそ370年前──
「だから至高のおっぱいは巨乳だ!あの柔らかな、手からあふれそうなあの重量感!それに勝るものなどない!!」
頭脳を冠する巨乳派のケルヴァは巨乳こそが思考であると語り。
「否、貧乳こそ、最も高尚な、尊き存在だ。確かに巨乳のような柔らかさ、重さはない。だがそこには希望が詰まっている!将来性という希望!無限の可能性が!!」
盾を冠する貧乳派でロリコンのイーゼス。
「根本的に間違っている。大きかろうが小さかろうが、引き込まれるだけの美しさ、芸術性が重要なのだ!!」
そして、右腕を冠する美乳派の儂。
あー……なんだ、言いたいことはわかる。そんな顔をするな。若気の至りというやつだ。……実際、儂らはまだまだ青二才だったからな、加わらんかったズィローマを除いて。
「全くお前ら、毎度毎度飽きないな……。週1で同じ議論を繰り返してないか?」
「「「そういうお前はどうなんだ!?」」」
儂らはズィローマに迫った。
あ奴はこの論争には、一貫して関わらんかった。儂らが問うたのは同志ほしさと、純粋な興味からだな。
「おっぱいに貴賎なし、だ」
「「「な、なにぃぃぃ!!?」」」
「大きかろうが小さかろうが、美しかろうが醜かろうが、そんなものは些細なこと。俺もお前らも、俺らの祖先も、おっぱい吸って成長したんだ。それに優劣つけること自体間違ってるだろ?」
衝撃を受けたぞ……あ奴の思考は、儂らよりも遥かな高みにあった。その日、儂らの論争は終わった。
それからも変わらずよく4人で酒を飲み交わしたものだが、その時に何か芸はないかという流れで……。
「それでおっぱいぷる~~んぷるんっ!ですか……」
「ケルヴァが甚く気にってな……」
そういうジャンルに世界だの人種だの関係ないんだなぁ……。
「なんだかなぁ…………何やってんの次郎丸よ……」
ガバッとシルヴィさんが毛布をはねのけて起き上がった。その顔は驚きと困惑が入り混じっている。
「……どこでその名を聞いた?」
「俺の弟の名ですよ。……昔、おっぺえについて同じセリフを、弟に言ったことがあるんですよ。貴方の言う若気の至りというやつです」
フルネーム田中次郎丸。ジロウマル→ズィロウマル→ズィローマル→ズィローマ……あいつらしいセンスだ。
正直、薄々感づいていた。この世界に重量計を作ったのも、メートル法を導入したのも、時を刻み続ける時計塔を作ったのも……いや、地球由来のものすべてが次郎丸の手によるものだと思っていいだろう。
俺とは比べ物にならないほど、あいつは優秀だった。解りやすく例えるならば、あいつがケンシ○ウで、俺が○ャギ。兄より遥かに優れた弟である。
別な例えをするならば、あいつがト○で、俺がア○バ。実際天才的だった。あんまり出来過ぎだったもんだから、ひがみや妬みを通り越してむしろ影ながら尊敬するほどだ。
そんなあいつも、まあやはり若いころは俺同様に煩悩まみれだったわけだ。あいつ、空耳ヒ○ラーのでたらめ字幕シリーズ動画が大好物だったからなぁ……。
「そうか……そういうつながりだったのか……」
「顔は似てませんがね」
俺はクソ親父の血が濃く、あいつはクソおかんの血が濃かった。言われるまで兄弟とわからないレベルで違う。顔の骨格がまるで違うし、兄弟だと言って驚かれた事も多々あった。
気になるのは一体いつ、何を切欠にこの世界へ来ることになったのか。
次郎丸ことジローは独り身の俺と違い妻子持ちだ。最後に会った時も夫婦そろってラブラブで、親馬鹿っぷりを遺憾なく発揮していた。子供も親に似て相当に頭がキレる子だった。だからこそ気になるのだ。何者かがその幸せを引き裂いて放り込んだのか、あるいは俺と同じように何らかの理由で死んでしまった末の事なのか。
「あ奴のことでいろいろ話したいが、本題は違うだろう?」
む……そうだった。
この世界でジローは何百年も前の過ぎ去った人物。焦る気はあるが、かといってアイツの一生の記録が変わるわけではない。一旦横に置いておこう。最重要案件は……
「……リラ、あの子をどう思います?」
リラをシルヴィさんの元へ連れていき、挨拶をさせた。その挨拶は相変わらずだったが……。
「ドーモ、おじいちゃん、リラです!」
「お、おじいちゃん……とな!?そうか……儂がおじいちゃんか……!くっはっはっはっは!!」
なんだか妙に嬉しそうだったシルヴィさん。おじいちゃんがツボにはまったようだ。
そのリラは今、ユーディがお風呂に入れている。対面で、まあひと悶着あったが……。
「ナナにぃ!!お帰りなさ……その子、誰?」
「パパ、この子だれ?」
ユーディが雷にでも打たれたような表情をする。およそ30秒間、その硬直は続いた。
「な、ナナにぃ……もしかして……既婚…………?」
「まだ未婚だ。……所謂名付け親だな。ジークやグレンとそう変わらん」
「そ、そう……なんだ……」
はー……と、深く息を吐き、安堵したユーディ。
「えっと、ユーディ、だよ。よろしくね?」
「リラだよ~!よろしくね、お姉ちゃん!」
「お、お姉ちゃん……!」
再度、ユーディが雷にでも打たれたような表情になる。いや、先と違いその表情は少々赤みがかっていたが。
まあ、問題なく馴染めるだろう、多分と言わず、ほぼ確定で。
「彼女はスライムではないな。擬態できるスライム自体数は少ないが……話を聞く分には、もはや擬態の域を逸脱しておる。完全な変質だ」
確かに……初見でスライムには全く見えなかった。
擬態とはそもそも、自然界に溶け込み、枯れ木、枯れ葉、茎に扮し、捕食者を欺く能力だ。蛾や蟷螂、カメレオンなど、擬態能力を持つ生物は多い。同化ではなく、あくまで擬態であるため、よーーーーーーーく見ればわからなくはない。強度なんかも元のそれと変わらないのだ。
だが、リラの服や肌は違う。完全に性質が変化していた。外見も、肌触りも、体温も、何もかもが原型である液体から乖離していたのだ。
「では、どう見ます?」
「おそらくは、シェイプシフターだろう……」
シェイプシフター……何にでも変身すると言われる妖怪だ。その正体は幽霊であるともいわれているが……。
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シェイプシフター
正体不明の魔物。生物、非生物問わず何にでも姿を変えて欺き襲う。本来の姿を知る者はいない。
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「スライムは本来、全うに進化しつづければディアモンドバウムという、水のように透き通った、硬度と柔軟性を併せ持つ非常にめんどくさい魔物となる。これがスライムの一つの完成形だ」
うん、聞くだけで厄介な手合いだと解る。
「しかし、環境や別の要因によって、その進化の道から外れるのだ。
鉱山では金属を腐食させて喰らうアシッドスライムに。
沼地では土に交じりプチワームなどを喰らうマッドスライムに。
毒草が生える場所では毒性を持つポイズンスライムに。
そうして正道から外れたスライムは、ディアモンドバウムとは異なる完成形へと至る」
「シェイプシフター、あるいはリラの種がそう言ったものであると?」
「あくまで可能性の一つだ。実際、どういった過程、環境でシェイプシフターへと至るのかは全く分かっておらんし、シェイプシフターがスライムの一種であるという仮説が間違っているという事もあり得る。儂の知る限り、過去に確認できた個体が一体だけでな……。その一体も、言語を話せるには至らなんだ。あるいはシェイプシフターの上位進化種か、全くの別種である可能性も捨てきれん」
つまり謎だらけ。リラが聞けば、「淑女は謎の一つ二つ持ってるものだよ~!」とか言いそうだ。
「油断するでないぞ。……下手を打てば、ウルラントが消し飛びかねんからな」
「そんな大げさな……と……言い切れないですよねぇ……」
この直轄魔王領を廃墟にするのに、恐らく一晩要らずだろう。それだけの潜在能力を秘めているわけで……責任重大である。
「でもまあ、基本いい子だから、少しは楽観視してもいいかと思います」
「うむ、違いないわい。初孫をおもいだすのぅ……」
あかん、顔が思いっきり孫バカのおじいちゃんになってる。
とりあえず、リラについては問題なさそうでよかった……。
「今回はどうにかなりましたが、もう二度と、こんな探索は御免ですからね。命がいくらあっても足りやしない」
「うむ。本当にご苦労だった。そしてすまなかった」
その後色々と話し込み、結局だいぶ時間が遅くなってしまった為、戦利品の分配および報酬は明日になった。早々に風呂に入って寝るとしよう。
俺はさっさと眠りたいが、体は汗だくの後で、非常にべたついている。こういうコンディションで寝るのは愚の骨頂だ。疲弊しきったジークらはやむを得ないが、余力があるならば最上のコンディションに整えてから眠るべきなのだ。
*
時間を若干遡る。
ユーディとリラは風呂へ向かっていた。リラがきょろきょろと周りを観察しながら進んでいるため、非常にゆっくりとした移動だ。
リラにとってこれだけの人工物に囲まれたのは初めての事であり、シェイプシフターとしての本能か定かではないが、対象を観察し、理解しようとしているのだ。
(日付をちゃんと数えたらあと2か月もなかった……。それまでに……それまでに何とかしないと……)
「おねーちゃんどうしたの~?」
「ふぇ?」
ユーディの足は止まっていた。その表情は、追い詰められた鼠のようであった。
「……ちょっと、考え事」
「抱え込んだままはよくないって、誰かが言っていた気がするの~」
リラの言う誰かとは、無論、本棚の漫画の登場人物のことである。
ユーディは意を決し、リラに悩みを打ち明けた。
「…………胸って、どうすれば大きくなる?」
「ほえ?胸……おっぱい?」
こくりと、ユーディは頷く。
「あと、背も……」
つまるところ、ユーディの悩みとは自身の体形のことであった。
「うーーーーん……」
リラは考えなかった。考えるのではなく、自身の中にある情報を整理した。非常に偏った情報の中から、有用な情報を選りすぐる。
「好きな人に揉んでもらうとおっきくなるって!!」
「もっ!?え!?」
ユーディは赤面し、硬直した。
それもそうである。
(好きな人に……ナナにぃに揉んでもらう!?揉む→大きくなる→ナナにぃの好みになっていくつまりナナにぃに調教されて……)
「さすがに毎日揉んでいれば大きくなるな」
「ん、今日も……お願い、します」
「本当は胸を大きくしたいんじゃなくて、揉まれたいだけじゃないのか?」
「あふっ……そ、そんなこと……ない……」
「そ、その展開は……おいしいけど……。そうなるために背と胸を……大きくしたいから……っ、何を言って……」
ハッと気づいた時には遅かった。
リラがユーディを見てにやりと笑っていた。
「やっぱりパパのこと好きなんだ~」
「やっぱりって……わかっちゃう……?」
「だって、おねーちゃんがパパを見てるとき、すごく幸せそう~?うーん、嬉しそうのほうが近いかも~?」
リラに言われて初めて、ユーディは自分の表情がどうなっていたのかを知った。
「そう……なんだ……」
同時に、それはユーディの気持ちが周知の事実であることを示していた。初対面のリラが看破できる程なのだ。解らないわけがない。
「うーん……あとは説明できないかな~」
リラの中には分厚い医学書の知識が丸ごと入っていた。が、それをわかりやすくかみ砕いて説明できるほどの知能はなかった。宝の持ち腐れである。
「私が知ってるのは、仲良くなってからすることのほうだし~」
「んぅ……」
リラの言う仲良くなってからすること、それが何を指しているかは、ユーディにははっきりとわかった。
そしてユーディの妄想は加速した。自分の気持ちを再確認したその日のうちにこれである。
しかし、妄想から現実に戻るのも早い。それを現実にする場合のハードルは非常に高いと、ユーディ自身はっきりと認識していた。
(どうすれば……例えば……実際に背が高くて胸が大きい誰かの話を聞ければ……何か手掛かりがある?)
そう結論付け、角を曲がると……。
「あっ……ユーディ……」
「……姉?」
ユーディの前に、挙動不審のリレーラが現れた。
その瞬間、ユーディに電流走るッ!全てが繋がった!
(姉=背が高い+胸大きい、つまり理想型。そして同じ種族!!)
「あ、あの、ね、これ……お姉ちゃん頑張って……だからこれで許して……」
半泣きの顔でリレーラが差し出した両手には、金貨が1枚。
(……?この短期間で完済?……どうやって?……!!耳が……)
ユーディは気づいた。リレーラの右耳の一部に、不自然に体毛が生えていない部分があることに。まるで、きれいに線を引いたように、まっすぐにそこだけ生えていなかった。よく見れば、傷跡のように見える。
あれがどういう経緯でついた傷なのか、リレーラの陽術を用いた治癒を知るユーディは悟った。ナナクサが言っていた探索が、本当に命がけだったということに。(重症のグレンとは会っていない。)この金貨は、その命がけの探索の報酬なのだと。
(……ナナにぃは間違ってない。このバカ姉がこれだけの大金を稼ぐには……。他に方法はなかった)
ユーディは知っていた。姉の心が弱いことを。コロッと騙されるし、怒られるのが人一倍嫌なのだ。だから借金を抱えたままでは、いずれは心が潰れてしまう。それはユーディが望むことではなかった。
が、ケジメはつけなければいけない。血のつながりがあるからこそ、お金の扱いは例外なく厳格に。それが兄弟姉妹、友人関係を壊さぬ秘訣だと、かつてナナクサに教えられたのだ。
「確かに、受け取った。……約束して、もう裏切らない。馬鹿な真似はしない。危険なこともしちゃダメ」
「……許して、くれるの?」
「ん。だから相談に乗って。成人まで時間がないの」
カーバンクルは18の誕生日を迎えることで成人し、以降、身体の成長は全く望めなくなる。ユーディが危惧していたのはまさにそれで、成人前に少しでも魅力的な体になりたかったのだ。本気でナナクサと共に生きたいが為に。
ユーディは忘れていた。リレーラが成人するその日まで、ユーディと全く同じ生活リズムを送っていたことを。ついでに言えば、リレーラは異性と付き合ったことは一度たりとも無い。つまりこの件に関しては、リレーラは全く役に立たないのである。それにユーディが気づいたのは、3人で湯船につかって、一通りの話を聞いた後である。
「役立たず」
「ひどっ!!」
そしてまたユーディは悩みの渦にはまる。吹き抜けから夜空を仰ぎ見ると、月がうっすら蒼く輝いていた。
「も~いっそおそっちゃえば~?」
仰向けに浮かびながらリラが提案した。
「きせーじじつ作っちゃえば逃げられないよ~?」
「ダメ。……それならナナにぃと一緒になれるけど……でも、ナナにぃは私を愛してくれないと思うう。それだけはいや……」
「そういう、大きくなる方法とかナナクサのほうが詳しそうだけど」
それをユーディがナナクサに聞くのもまた憚られる。かといって、リレーラが聞くのもまた不自然すぎる。変化自在のリラが聞く必要性は全くないので、やはり不自然になる。
「発想を変えて、そのままを好きになってもらうために、いっそのこと一緒に寝てみたら?」
「もうやってる」
即答したユーディに、リレーラは硬直した。相談を持ってきたユーディが、自分よりもはるか先に進んでいる。その事実にショックを隠し切れないのだ。
「じゃ、じゃあそこからちょっと先に踏み込んだら……?」
「ちょっと……先?例えば?」
「お風呂一緒に入る……とか?」
*
ナナクサ視点
「くぁぁ……」
髪と体を洗い、熱過ぎず、温過ぎない湯船に浸かる。
熱過ぎれば体にかかる負担は大きく、温過ぎれば筋肉はほぐれない。体温より少々高く、40度に至らない温度がちょうどいい。
ここで重要なのは、ただ浸かっているだけではいけないということだ。いや、それが悪い事とは言わない。湯船には思考を放棄させる癒しの力がある。時にはそれに任せ、頭を真っ白にする事も必要だ。
だが、俺にとってのそれは、今じゃない。
広い湯船に両足を伸ばし、右脚の脹脛から太腿へ、丹念に揉み解していく。筋肉マッサージだ。やればやるほど筋肉は解され、明日の筋肉痛が泡と消えていく。対価として手がそれなりに疲れるが、明日を快適に過ごす為の必要経費として割り切る他ない。
「よし……」
マッサージを終えてから、湯船に身を任せ、思考を放棄する……。
明日の朝食やらリラの分どれだけ用意するかとか、考えるべきことはあるが……その場その場で対応しよう。
「あー溶けるんじゃー」
風呂サイコー……ジローの奴、マジでいい仕事するわ……。
……ん?
戸の向こうから何やら音がする。
足音……?アレリアさんのものではないな、あの人は足音どころか気配すらない。
「パパ~」
「ナナにぃ……」
ユーディとリラ?なんでこっちに……待て、なんだか嫌な予感が……。
「背中、流しに来たの……」
「あけて~!!」
やっぱりかよ!!
閂は!?……よし、ちゃんとかかっているな。こいつがある限り、破壊しない限り扉は開かない。
リラには前もって、屋敷のものを壊さないように、力加減を間違えるなと厳命した。素直に言うことを聞くリラならば破壊して押し通るなどという荒事はするまい。
「お断りだ。お前らどうせ生乾きだろ?それなりに遅い時間だからさっさと体拭いて乾かして寝ろ」
「「えー」」
まったく……流石に、風呂まで一緒は憚られる。そもそもここは人の家だぞ?持ち家じゃないんだぞ?そこ解れ。
「……どうしよう」
「まかせておねーちゃん!」
はっ、なんだかまた嫌な予感が……。
な、なんだ!?扉の隙間から、妙に白色が濃い煙が入り込んで……って、うおおおおお!?煙が手の形に!?
手のひらには目が有り、視線を泳がし、閂を発見するとそれを外してしまった。
そうか、リラか!!体の一部を煙に変えて、こっち側で変質させたのか!なるほど……その手があったか、手だけに。って、感心している場合じゃあない!リラ相手にはプライバシーも何もないのかよ!!このままではR18指定になってしまう!!
「これでよし~!」
「す、すごい……」
「いざ~、とつげ──「開けたら今日は一緒に寝ないからな」」
水を打ったように、その場がしんと静まり返った。
「それは……やだ」
「それはそれで~、潜り込めばいいだけだよ~。とーいうわけで御開ちょ──「明日の朝まで帰ってこないからな」」
再びしんと静まり返る。
実際開けられた場合、どっかの家の屋根の上で星を見ながら寝るか、いっそ魔王城に忍び込んでどこかで眠るかすればいい。宿?いい思い出がないので遠慮する。
「お、おとなしくあきらめるよ~……うぅ」
「残念……」
とたとたと足音が遠のいていった。
残念じゃねーよ。俺が豚箱行きになりかねねーよ。
「……っかしいな……取れかけた疲れが……なんか増えとる……」
吹き抜けから夜空を仰ぎ見る。今日も月がうっすら蒼く輝いていた。
それにしても、ずいぶんと短時間で仲良くなったなぁ。少しは仲良くなってくれればと最初は思っていたが、これは予想以上だ。
ただ、まあなんだ。結託して俺を困らせるようなことは……しないでほしいな、うん。下手すりゃ湯船からで出られなくなるかもしれんし……。……守備範囲外のはずなんだがなぁ。
思考を締めくくり、俺は再び湯船に身を委ねた。
お読みいただきありがとうございました。あと1話分で迷宮探索編は終わる……ハズ。




