迷宮の最深部に在るモノ
階段を下りた先は小部屋だった。しかしその部屋はさっきまでの階層のつくりとは違った。
壁も床も天井も、土がむき出しだ。湿気が過ぎるわけでもなく、乾燥しすぎているわけでもなく、かび臭いわけでもない。こんな場所で使う言葉ではないのだろうが、快適な空間、という表現が近いだろう。
その中央に、巨大な水晶の柱があった。いや、柱と表現するには語弊がある。
その柱は床から伸びて天井へと突き刺さっており、そこから根のようなものが伸びて広がって天井全面に傘のように広がっている。まるで水晶のキノコが育ちすぎて部屋を圧迫しているような……。
「これが、余の本体だ」
小部屋に声が響く。……どうやら罠ではない様だ。もし罠ならば、階段の時点で既に何かをしている。
「お前は何者だ?」
おおよそ想像はついているが、答え合わせはしなければならない。
「余は、この迷宮そのもの。600年以上の昔から、この地の底深くに存在していた」
600年……シルヴィさんが生まれる前か。
「名は?」
「余に名はない。誰も余のことを知らなかったのだ。知る者がいないのならば、名など無用であろう?」
600年級のぼっちかよ、スケールでかすぎだろ……。
「……お前は征服と言っていたが、それについて過去の侵略含めて説明してもらおうか」
「いいだろう。……少々長くなる、この場の土は地上のそれと変わりはない。そなたならば腰掛くらいは作れるはずだ」
お優しい気遣いですこと……。
遠慮なく円柱に土を固めて二人分の椅子を作り、俺とリラは腰掛けた。
「余が如何な過程を以って生まれたのか、誰が生み出したのか、一切分からぬ。ちょうどこの真上は、肥沃な土地だ。理由は解らぬが、作物の育ちが異常に早く、季節に関係なく収穫できる。そういった土地故に、自然とヒトは集まり、栄えた。
余が感情を得たのはその頃からだ。集まったヒトを観察し、その感情の正体を余なりに探った。
余は彼らを観察し続け、その感情が欲望であることを知ったのだ。遍く全てを欲する、すべて手中に収めたいという大それた欲望だ。しかしだ……いきなり大陸全土は難しい。そうは思わぬか?」
まあ、確かにいきなり広大であろうウィルゲートを支配するのは容易ではない。必要戦力の見極めやらなにやら、面倒なことが山積みである。
「故に大陸征服の前哨戦として、まずは武力による市街征服を経てからにしようと考えたのだ」
「で、初代魔王エヴェルジーナ達にフルボッコにされたわけか……」
「然り。あのブタゴリラは強かった……。忌々しくも、余の軍勢を悉く潰していった」
その台詞、シルヴィさんには聞かせられないな……あのおっさんブチ切れるだろ……。
「余は恐怖に震えた。このままでは、いずれ余の元へブタゴリラがやってくる。慈悲もなく、唯々麦を刈り取るように、余を消滅させるであろう、と。
余は逃げた。地下深く、誰も近づけぬような、奥深くへ。深く深く深く、ただひたすらに」
「……一寸待て、ここは一体何階なんだ?」
5階とか10階で済むような規模じゃない気がしてきたぞ?マジ震えてきやがった怖いです。
「ふぅむ……何階だったか……?階層を増やし続けて、途中から数えるのも面倒になったのでな。おそらく200は下るまいよ」
「200!?」
ちょっと待てよ。1階層の探索に3時間くらいかかったわけだろ?単純に帰還まで600時間、睡眠時間やら含めて最悪1か月はかかるぞ!?
「結果、余は逃げおおせたが……それは初めて味わった屈辱という感情だった。余は雪辱を誓い、魔物を創造し、増やし続けた。その最高傑作が……」
「あのキマイラか」
「然り。他にもブラックドラゴン、ケルベロス、クリスタルボーンソルジャー、ツインヘッドヴァイパー等、キマイラに及ばずとも、一騎当千の猛者が数千と育った。長い長い歳月をかけてな。
それでも余は満足しなかった。要らん欲をかいた余は召喚術──[サモン]を使い、ぬしがリラと呼ぶモノを、試しに呼び出した」
[サモン]……確か、ランダムで何かを召喚するガチャ──いや、空術だったな。召喚する種族を絞り込めば、コストは増えるものの確定で召喚できた筈だ。制御できんけど。
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サモン
干渉系空術。
世の理が通じる世界に住まう、魔物を含めた生物をランダムで召喚する。
ただし、あらかじめ召喚種族を決定している場合、消費魔力を質量に応じて増加させることで対象を召喚できる。
召喚した対象が勝手に服従することは無く、種族によっては非常に危険。
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「最終的にはあらゆる土地から魔物を召喚し、傑作たるキマイラを以って支配下に置く筈だったのだ。極限まで戦力を高め、電光石火の如き速さで大陸を掌握する為に。その要たる[サモン]の動作確認を目的に、最弱に近く明確な自我も無いスライムを選んだのだが……」
「どこが最弱やねん」
思わず突っ込み。最弱の対極じゃないか……。
「ぬしもスライムの弱点くらいは知っているだろう?如何なスライムと云えど、核を破壊すれば死ぬが……そこの元スライムには、核が無かったのだ」
そういえば、初めてスライム姿のリラを見たとき、核がなかったな。
あれ、下水道であほみたいに燃やしたスライムには……うっすら核っぽいものが見えていた気がする。
しかし、種族レベルで絞り込んだ結果リラが釣れたという事は、やっぱりスライムという事なのか?
「核無きスライムを術が使えぬ魔物がどう殺せようか?1階層の尽くを喰らい、吸収し、さらに2階、3階へと降り……ぬしと出会う頃には、ありとあらゆる魔物の能力を身に着けた、完全な自我を持つ最悪のスライムへ至ってしまったのだ」
成程。つまり迷宮の気配激減はリラが原因だったわけか。結果的に魔都ウルラント、いや、ウィルゲート大陸はリラによって裏で救われていたわけだな。
「リラ、お手柄だな」
「お?リラ何かした?」
まるで話を聞いていない……いや、理解できていないのか?うーん、強くてもやはりお子様だな。
「お子様じゃないよ~」
心を読むな。顔に出てしまったか?
「はぁ……余の軍勢は、こんなのに完全敗北したのか……」
ああ、声でわかる。こいつは精神的にズタボロの再起不能だわ。
あれだよ、例えるならプロの大人と素人の幼児がガチで格ゲーやって、幼児がノーダメでKOしたようなものだ。俺が同じ立場だったら、立ち直れない。プロ引退するわ。
「さぁ、対話の時間は終わりだ。主の目に映るその柱こそ、紛う事無き余の本体。さあ、破壊するがいい!!責務を果たすのだ!!」
「ちょいタイム」
「認める」
俺氏、考える。このままでは確実にまずい。何がまずいって、このままじゃあ全員死ぬっていうことだ。
最低でも200階で、上に上がれば上がるほど食える魔物がいなくなるのが現状だ。何せ根こそぎリラが食いつくしたんだ。期待は全くできない。そしてこの問題は、必要踏破階層数こそ違えどジークやグレン達全員にも言える事なのだ。現状、全員が死神に狙われている。何か全員生還して万々歳の大団円になる手は……。
……あるな。
「お前は殺さない」
「なぬ?」
「代わりに……俺のものになれ!!」
「な、なんだと!?」
これこそが、起死回生の妙手!!
「え、なになに?愛の告白ぅ~?」
「ちゃうわ!……あれだ、そもそも俺達は、お前をブッコロさんしちゃうのが目的じゃないんだわ。あくまで調査と間引きが目的だった。つまり、今ここでお前を見逃しても、ジッサイ何ら問題はないのだよ!!」
「そ、そうだったのか!余はてっきり……」
まあ、滅ぼしに来たって判断しちゃったのはわかる。武装しておいて対話に来たなんて思うはずもないしな。
こいつは俺達を冒頭から観測し続けた結果、厄介集団だと判断したからこそ、地上に戻られる前に分断した上で下層に引き込んだのだ。そしてあわよくばリラとぶつけて始末させる、と。
仮に俺達の誰かにリラが倒されても、厄介な大飯喰らいが居なくなって万々歳。最終的にはキマイラで殺すか、無限ループに閉じ込めて餓死させられる。そういう腹積もりだったんだろう。
俺とリラが顔見知りだったという大誤算がなければ、思惑通りになっていただろうな。
「で、まあ、見逃す交換条件に、少しずつでいいからこれを生み出してくれないか?」
ポケットから紺色の石を取り出す。グレムリンからほじくった代物だ。
「魔都ウルラントの発展にはこいつが必要だ。需要があるうちに、定期的にいくらか融通してほしい。あとは何もしなくでいい」
「それだけでよいのか?もっとこう、何かと戦えとか、馬車馬のように働けとか、性的に奉仕しろとか」
「最後のだけはねぇよ、ありえねぇ。お前男だろ?俺はホモじゃねぇんだよ。大体お前、本体が柱だから無理だろ?」
その固く冷たいイチモツにマイサンをこすりつけろっていうのか?それともあれか、あの巨大キマイラにやらせるのか?スケールがでかすぎて笑い話にしかならん。
「むう、それはそうだが……のぅ……。その石、ぬしならば容易に創造できると思うぞ?」
「ホワイ?」
これ俺が作れる代物なん?素材が何なのかわからないから作りようがないんだが?
「それは魔粒子の結晶であるからな。……魔粒子とは、質量を持たぬ魔力を無制限に吸収し蓄積する粒子であり、ぬしが求めるのはその結晶だ」
無制限に……?つまり、つまりだよ?これは無限に使える乾電池みたいなものか!!
という事は、恐らくは屋敷の風呂だけでなく、厨房のコンロにも応用されているのだろう。
下水道整備をしたズィローマにも頷ける。こんな便利なものが埋もれるはずがない、そう思うのは無理からぬことだ。
こんなん現代日本にあったらエネルギーの革命だ。なにせやりようによっては原発はおろか、発電所、貯水槽、化石燃料、天然ガス……とにかく不要になるものが多すぎる。
「余とて最初からそれだけの大きさのものを作り出せるわけではない。最初は豆のように小さいものを核として魔物を生み、成長に従い徐々に魔粒子を取り込み肥大化。そうしてそれだけの大きさになるのだ」
なるほどなぁ……グレムリンの石が小さくて、ゴーレム、白猪の石が大きいのはそういうことか。
「どれ、一つ作ってみるか」
「わくわく」
右手に意識を集中させ、そこを中心に意識を広げていく。埃とかならともかく、こういう見えないものを抽出するのは……こう、しっくりこないというか。慣れだろうな、恐らく……。
「[抽出]──魔粒子」
手の中に何かが集まる。徐々にそれは球形を作っていき、ビー玉程度の大きさで収まった。しかしその色は紺色ではなく、青と茶色のまだら模様だ。
「正式名称は魔粒子で合っているのか?」
「余が便宜上そう呼んでいるだけだ」
「それじゃできねーよ」
要するに、魔粒子の解釈が不完全なのだろう。俺が水だのカルシウムだの鉄だの血液だの、指定して[抽出]できるのは対象の分子構造や成分を凡そ理解しているからだ。
つまり、理解不足が過ぎた故に不純物が混ざったのだ。[撲殺剣]なんかは大雑把でも問題は無かったが、こういった単一結晶に関しては、純度が重要だ。
傷口を洗い流す水も、不純物がない純水ならば、絶縁体等様々な価値がある。ミネラル程度が解けているならば兎も角、泥やほこり混じりの汚水に商品価値は無い。
この出来損ないのまだら球も価値はないだろう。
「ねーねー、食べていい?」
おいしそうには見えないが……まあ、いいや。
リラにまだら球を手渡すと、直後に口の中に放り込んだ。まるで飴を舐めるように口の中で転がしているが……。
「まずい……」
意外な返答である。まさかリラが不味いというとは……。
「どう不味い?」
「んっとー、なんていうかー、とにかくまずい!」
語呂が豊富でもないのに詳細を聞いた俺が馬鹿だったわけか。
ぺっ、と、リラはまだら球を吐き出すと、銃弾の如く壁にのめり込んだ。その威力がさらっと出るあたり怖い。
あ……そうか、目の前のこいつにとってこの石の精製は、感覚で使う術のようなものなのか。
「俺のほうは当てになりそうにないな。研究はしてみるが……。石の供給の件は、できる範囲で頼む」
「本当にそれだけでよいのか?」
うーむ、条件が安くて半信半疑なのだろう。もう少々要求したほうが、重要視していることが伝わりそうだ。
「……なら、この土地を守ってくれ。俺達は永遠を生きるわけじゃない。俺達が生きている間、そして死んでからも、この地に住まう者たちを護ってくれ」
この世界の平均寿命はどれだけだろうか?何にせよ永遠ではない。それに……人は不慮の事故で簡単に死んでしまう。命が消えるときというのは、本当にあっけないものだ。
というか、何かしらの役割を与えないと、とんでもない余計なマネをしでかしかねないような気がする。
「つまりぬしは、余に守護者になれと言うのだな?」
「その認識で合ってる。……ああ、リラは連れて行くから、安心しろ」
「全力で引き受けようぞ!」
お前どんだけリラが怖いんだよ……。
いや、確かにそうだよな……。目の前で一騎当千の大軍団が次々に捕食されていったんだ。逆の立場だったならば生きた心地がしない。
「しかし……その、なんだ」
なんだ歯切れが悪い。まだ何か抱えているものがあるのか?
「その……余にも名をくれぬか?もう、余を知る者は余だけというわけでもないのだ」
お前もかよ!!
「あーわかった!考える!今考えるから、その間に散らばった仲間たちを全員1階の扉前に送れるか?」
「お安い御用だ、任せるがよいぞ」
よし、退路確保!
それにしたって、なんでこう行く先行く先で名付け親になっちまうん?もうこれで4人目だろ!?いや、ハヤブサ入れると5……件目?
「ねーねー、どんな名前にするの~?」
「そこなんだよなぁ……」
イメージがなぁ……。無意識に、ロダン作の考える人のポーズをとってしまう。
正直言って、ネタ切れ感が半端ない。イメージがそもそも根本的にないのだ。眼前の水晶柱が本体とか言われても全くぴんと来ない。堅そうだし、重そうだし。
……いっそ逆で行くか。丸いロボに立方体と名付けるようなノリで。
「ケセラ、でどうだ。」
「ケセラ……ケセラか。うむ、良いな!!気に入った!!」
そりゃようござんした……。
ちなみに元はケサランパサランから。白い、モフモフして、ふわふわしている軽そうな毛玉妖怪だ。見事なまでに正反対である。
お読みいただき感謝であります。前ほどの更新速度が出せないのが歯がゆい……。




