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巨獣

 階段を降りた先は、異様に広い何もない場所だった。

 中央まで進み、周囲を見渡す。広さは東京ドーム程度だろうか、円形に広く、天井が……見えない。俺が飛ばされたグレムリンの巣よりも、天井が遥か高くにあるようだ。


「広いね~」

「……」


 これあかん奴や。 嫌な予感しかしない。頭の中で久しぶりに警告音がガンガン響いている。


「よもやあのグレムリンを全滅させ、ここまで来てしまうとは」


 広間に声が響く。これは……男の、いや、男児(ショタ)の声だ。この声の主が俺たちを離散させたのか?


「しかもよりによって……!!……いいだろう、こうなれば最早余に選択肢はない。キサマらを葬り、今一度征服の為の戦力を整える!!」


 征服?……まさか、この声の主は。

 その時、床に大きな影が差した。


「上か!?」


 見上げると巨大な何かが落下して──潰される!?


「なにあれ~?」

「知るか!!そんなことより避けるぞ!!」


 リラを脇に抱えて、階段まで全力で走る。

 しかし階段に到達する直前、シャッターのように下りてきた石の壁によって阻まれてしまった。

 退路を塞がれた直後、巨大な揺れと轟音が広間を襲う。その揺れはかつて自分が体験した大震災のそれの比ではなく、リラを脇に抱えたまま前のめりに転倒。


「っつー……」


 背後へ向き直り、落下してきたものを見上げる。

 ……やべぇ。正直に言う。ちびりかけた。


「……おっきぃ」


 眼前には、獅子と山羊の頭と蛇頭の尻尾もつ、巨大なキマイラ。体高はおよそ10mくらいか。獅子の顔だけで俺の背丈以上の大きさはある。目視できる太い、いや、太すぎる前足には、黒光りする鋭い爪が4本、まるで死神の鎌のように生え揃っていた。


「洒落にならんな、これは……」


 勝てるビジョンが見えねぇよ!!誰かガン○ム持って来い!!


「「「ゴギェァオオオオーー!!」」」


 三つ頭の咆哮が混ざり合い、不快な音を響かせた。

 咄嗟に手をかざし、[ウィンドカッター]をたて続けに放つ。が──


「斬り裂けない!?」


 全てキマイラの体に命中するも、斬れるどころか全く痛がる様子もない。体毛すら全く斬れない。剛毛で片づけられるレベルを超えている。


 直後、右前足を横薙ぎに払ってきた。推定質量からして直撃すれば即死は免れない。回避しようにも範囲が広すぎて間に合わん!万事休す……か。


「やらせないよ~~!」


 リラが腕から離れると、瞳が赤く染まり、右腕がぐにゃりと歪んで形を変えた。右腕は黒い鱗に覆われ、短いが固く鋭いと思われる爪が生えそろっている。それはまるで竜の腕だった。


「せぇのっ!!」




ドンッッ!!




「「グルゥオオ!?」」


 払われる右前足を、変化した腕のグーパンチで迎え撃ち、相殺。至近距離で鼓膜が破れるかと思うほどの轟音とともに、キマイラは数歩後退した。

 対してリラは全く動いていない。いつの間にか、リラの左腕、両足も右手同様に黒い鱗に覆われ変化していた。

 そうか、両足の爪を床に喰い込ませて踏ん張ったのか。


「ねぇ、パパ~。こいつ、ヤっちゃってい~い~?」


 あどげない顔でさらっととんでもないことを……。だがまあ、現状で選択肢は……うん……ないな。


「ぶちのめすしかない、か……リラ、ヤるぞ!!」

「うん!!」


 俺は腹を括り立ち上がる。同時にリラの背から緑の液体が左右一対に広がり、黒い竜の翼のようなものに変化した。


「まさか飛べるのか?」

「たぶん!」


 腕といい足といい翼といい、この子まさか竜まで食ったの?やだこわい!頼もしい!


 リラは背の翼を羽ばたかせて遥か高くへ飛ぶ。速い……それに……。


「あは、飛ぶのって面白い~!」


 この状況で、楽しんでいる……ッ!飛び回るその様子はまるで、宙を舞う花びらを思わせた。あれだけの機動力なら……!


「できるだけ目と狙え。むき出しの眼球は体毛より柔らかい筈だ!!奴の攻撃には絶対に当たるなよ!!」


 俺の声がちゃんと届いているといいんだが……。

 獅子頭と山羊頭は、自分より高くに飛んだリラに釘付けだ。蛇頭は……あ、欠伸して眠そうにしている。なんてマイペースな……いや、完全にこっちを舐め切っているな。自分がいなくても獅子頭と山羊頭だけで余裕だろうと。

 こっちは必死だというのに、なんて腹立たしい!いいだろう!お前のその認識がガムシロップより甘いことを教えてやる!!


 俺は大回りで駆け、キマイラの側面へ回り込む。その間にリラは急降下して獅子頭を頭頂部を蹴り、床に張っ倒した。そのまま踏み台にして跳躍し、再度飛行。キマイラはさらに床へ押し付けられた格好だ。


「これならどうだ![射出]!!」


 両手首を合わせ、[圧縮空気砲]をキマイラの横っ腹に撃つ。圧縮時間から計算して、そのサイズは以前盗賊をえぐった約3倍!的も弾もどっちもデカければ、ノーコンでも当たる!


「グォゥ!!」


 命中と同時にキマイラの獅子頭が鳴いた。ダメージは通っている……が、貫通には至らない。そこまで期待してはいないが、ありゃほとんど効いていないな。リアクションが横っ腹をつつかれた犬のようだ。


 キマイラは起き上がり、背の翼を羽ばたかせて飛行を試みる。敵と同じ土俵に立とうとするも、も、リラに尽く踏み潰されて、浮く事すら出来ずにいる。

 機動力はリラの方が圧倒的に上だな。現状、リラの速度にキマイラが対応しきれていない。重い巨体がアダになった形だ。この状況ならリラから制空権を奪うのは不可能だろう。


「ギガァァァ!!」


 ヤギ頭が大きく口を開ける。口が赤く輝いて……あれは……まずい気がする!


「リラ!ヤギ頭の口を閉じさせろ!」

「およ、は~い!」


 リラがヤギ頭の顎下へ急降下し、翼を大きく羽ばたかせて急上昇。小さな拳で顎にアッパーを決め、無理やり口が閉じられる。




ボンンッッッ!!!




 直後、ヤギ頭の口が爆ぜた!


「ゴ、ゴゲェェェエ……」


 山羊頭の口回りが黒く焦げ、白目をむいてビクンビクン痙攣している。


「びっくりした~……」


 リラは再びキマイラの上を舞い続ける。

 危なかった……。焦げたという事はやはり炎を吐こうとしていたか。あのサイズでそんなもんを吐かれれば、その規模からして酸素は一気になくなるだろう。キマイラが炎を吐くというのは、ファンタジーでは割と常識だからな……。神話でも鉛を口にぶち込んで窒息させたというし。


「感覚で使う術……か、半端ないな……」


 キシュサールの書に記された、特定の種族や一部の魔物が感覚で扱う術。一覧には確かにキマイラも記されていた。……まあ、書いた本人もこのサイズのキマイラがいるとは思わなかっただろう。


 山羊頭は気絶しているようだが、目覚めればまた炎を吐こうとするだろう。いや、炎に限らず、毒霧や煙幕等の搦め手もあり得る。伏せ札を開示されても拮抗を保てる保証はないし、拮抗を続けても勝てはしない。リラの体力だってどれだけ持つのか分かったものではないし、俺だっていつまでも動き続けられるほどの持久力は無い。


 考えろ、余力があるうちに、拮抗を崩せる必殺の手を。ここまで目に見えてダメージを与えられたのは、山羊頭の暴発くらい──暴発?


 ……そうか、内側か!!!一寸法師に倣えばあるいは……だめだ!!獅子頭が山羊頭と同じように何かを吐けることまで考えると、リスクが高すぎる。伏せ札を考えるなら悪手だ。


 キマイラの体をよく観察する。どこかに……どこかに口よりリスクが少ない侵入口は……あ、あああーーー!!あったぞ!!!ご都合主義の侵入口が!!!

 目測からして、リラの背丈なら余裕で入れる。だがそこから入らせるには、振り払えない程度に動きを鈍らせなければならないだろう。


 …………効くか効かぬか、賭けだな。いいだろう!!


「[抽出]──水分!!頼む、集まってくれ!!」


 俺は祈るように両手を天に掲げた。

 頑丈な壁とはいえ、分子レベルで隙間は存在する……はずだ。もし、もしも、集まらなければ、策は破たんする。


「集まれっ!!頼むから集まれ!!」


 壁から、天井から、床から水分が集まり、徐々に巨大な水球に変質していく。

 よし、第1関門は突破ぁ!!


「リラ!徹底的に攻め立ててひきつけろ!!」

「はいは~い!!」


 キマイラの尾である蛇頭が、口を開けて紫色の液体を乱射し始めた。おそらく毒液だ。リラは難なく躱すが、先と比べて接近しづらくなったようだ。吐き出す毒液の弾幕を警戒しているのだろう。

 成程、居眠りをしていた蛇頭は山羊頭の気絶を切欠に、本体の危機を認識したって所か。考えを改めるのは遅いんだよ、おバカ!!

 しっかし……流石に両腕あげっぱなしは……きつい……!!真上の水球を見上げ……お、おおお!これは素晴らしい!!


 仕上がった水球の大きさは、およそ直径10m程度。……巨大すぎる。近くに水脈でもなければ短時間で成型できないサイズだ。重畳重畳!


「リラ!上昇しろ!!」


 リラが羽ばたき、急上昇する。


「避けられるもんなら、避けてみやがれぇぇ!!![射出]!!!」


 巨大水球がゆっくりとキマイラの頭上を飛んでいく。

 やがて失速すると、重力に従ってキマイラへ落下して背に当たり、爆ぜた。


「グォァ!?」


 キマイラの全身が満遍なく濡れ、床もキマイラを中心に水浸しになる。毒か何かを警戒していたのか、ただ水で濡れただけの結果に混乱しているようだ。ここまで直接攻撃ばかりだったし無理もない。無論これで終わらない。これは仕込みだ。


 水浸しの床に手を付け、仕上げにかかる。


「[凍結]!!!」


 手を付けた部分から、水濡れの床が一気に凍っていく。氷が走り、キマイラの足を伝って、水濡れの全身を容赦なく凍らせる。硬い体毛は彫像のように凍り付き、鋭利な針のように輝く。


「ゴ、ガェ……ァアア……!?」


 キマイラの動きが、反応が、目に見えて鈍っている。尾の蛇頭は根本は変温動物なのか、意識を失っているようだ。そこだけ濡れが比較的甘かったせいか、カチコチに凍らずでろんと、まるで暑さにやられて緩み切った男の竿のように垂れている。最早まともに動けないだろう。これで毒液も封じた。


「今だ!!獅子頭の耳の中からぶち壊せ!!」


 リラが獅子頭の耳へ急降下する。

 ほぼ全身を凍らされ体温を奪われ続けるキマイラに、リラの鋭い急降下を回避・迎撃するすべはない。事ここに至ってはウドの大木だ。


「いっくよ~~!!」




ブジュッッッッ!!!




 急降下によって獅子頭の右耳を突き抜け、一拍子置いて左耳から飛び出す。獅子頭の両耳から、目から、口から鮮血が流れ落ち、血の滴が凍てついた床にぶちまけられ、凍っていく。


「よし、次は山羊頭───

「もうよい、降参だ」


 ──は?


「余の負けだ。これ以上続ける必要はない」


 敗北を認める、消沈した声が響いた。


 どうやら……ああ、俺たちの勝ちか。はは……勝ったのか。


 凍り付いたキマイラがゆっくりと、スロー再生をするように、床に伏せる。動かしたのは気絶から回復した山羊頭のようだ。


 リラが着地した瞬間に両手足が液化を経て元に戻り、翼も同様に体へ戻っていく。もうどこからどう見てもただの幼女だ。ついぞ先ほどまで空中を舞い、巨大キマイラを圧倒していたなど誰も信じやしないだろう。


「お疲れさま、だな」

「うん、パパもお疲れ様~!」

「いや、お前のほうがめちゃくちゃ頑張ってただろ……。俺指示してばっかりだったし……」


 帰ったら夕飯を少しばかり豪華にしよう。俺がこの子にできる労いはそれくらい……待て、今何時だ?


 腕時計を見ると、時刻は18時を回っていた。

 もうモントさんが飯の仕込みをしている頃だな……いや、その前に、今日中に全員で帰れるのか?……難しそうだな。


「先に進むがよい。余はそこにいる」


 壁の一角が崩れ、降り階段が現れる。

 ……罠、か?勘ぐりすぎか?ああ、もう面倒だ!

 ここまで来たんだ。男は度胸、最後までイってやろうじゃないの。

お読みいただきありがとうございました。ようやっと、迷宮探索編の終わりが見えてきた……。

週に何回も更新できる作者の皆様がすごい。最近余計にそう思う次第です、はい。

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