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太くて硬くて長い木の杭

 武器を誂えるに当たって、何かいい材料はないものかと見回す。

 が、森の中なのだから、草と木と葉っぱと蔓と、たまに石ころくらいしかない。石と蔓で相手を絡め取るボーラを作れそうだが、こんな木々が生い茂る見通しの悪い場所で使う機会など来ないだろう。敵に絡まる前に木々の枝に絡まる未来しか見えない。何より俺は、ノーコンだ。


「あの枝でいいか」


 軽くジャンプすれば掴めそうな位置にある、そこそこ太めの枝を見つける。この太さならば、勢いと体重でなんとか折れるだろう、多分。


 「よし」


 膝を曲げ、地面を蹴り、飛んで太い枝に両手で捕まる。


「んおっ、こいつっ……折れんっ!!」


 折れないっ。折れずにしなってそのまま……両足がつきそうでつかないっ!こいつ、なかなか骨のある枝のようだ。どうしたものか。切断できれば早いんだが、鉈とか刃物は存在しない。


「まてよ、切断も加工のうち……うん、物は試し、やってみるか」


 ダメもとで[錬金術]を使ってみることにする。枝を掴む両手に意識を集中して、切れろ切れろ切れろと、念じた。根元からサクッと切断されるイメージを───


「うおっ!?」


 瞬間、枝が根元から折れた。否、斬れた。枝の重さで着地時のバランスを崩し──


「いってぇ!?」


──足を滑らせて仰向けに倒れてしまった。


「っっつー……。後頭部に石がなくてよかった……とりあえず、なんとかうまくいったな」


 枝が生えていた箇所には鋭利な切断面が残されていた。成功したが、もし落下した頭の下に石があったならば、頭蓋骨骨折は……いや、死は免れなかっただろう。



 [太くて硬くて?長い枝]を手に入れた。



 しかし長い。長さだけで見れば先端まで2m程度か。枝分かれのせいでやたら大きく見える。まあいい、作業開始だ。

 まず、水分を飛ばそう。多量に水分を含んだ状態で加工するのは良くない。完成後に水分が飛んで、形が歪になってしまうからだ。

 水分を[抽出]すると、心なしか枝が細くなった気がする。指で突いた時の衝撃反射も、大分固くなった。

 下ごしらえはとりあえず良しとして、これを一本の棒にしよう。

 枝を掴んで切る場所を強く念じると、プツプツと細い枝部分が切れ落ちる。これだけでそれなりに軽くなっただろう。

 次に長さを短くする。この枝の用途は「突き」だ。槍というより、長い杭をイメージして欲しい。先端が細すぎると木材故に容易く折れてしまうのだ。それに先にも言ったとおり、この森は見通しが非常に悪い。パイクやギザルムのようにあまりに長いと、動きづらさで却って自分の身を危険にさらす事になる。

 枝の真ん中あたりで[切断]し、先端部分を鉛筆削りの要領で、鋭角に[切削]していくイメージで加工していく。

 イメージするだけだから肉体的には疲れないが、詳細なイメージを維持しなければらない為、精神的に大分疲れる。これ、道具揃えて加工するのとどっちが楽なんだろうか?


「できたっ!」


 [太くて硬くて長い木の杭]を手に入れた!



--------------------

太くて硬くて長い木の杭

分類:槍

威力:E-

強度:E-

ナナクサがこの世界で初めて誂えた刺突武器。

心臓を突ければ大体の生物を殺せる。

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 これでひとまず最低限の装備……と言っていいのだろうか?いやいや、ひのきのぼうだって立派な武器なんだ。木の杭が武器だと豪語しても何の問題もないはずだ。こいつを心臓にぶっ刺せば人間は元より吸血鬼でも死ぬ。何の問題もない。……ごめんなさいやっぱり不安です。




 最低限の武器は用意できたし、とりあえず、方角を決めて進もうと思う。

人は何の道しるべもなく歩いていると、左右どちらかにわずかに偏って、円を描くように歩いてしまうらしい。


 とは言え、ここは太陽もろくに見えない森の中。ここで確かめられる方角は北しかない。

 原理は単純だ。樹木の幹に生えている苔をい見ればわかる。苔は涼しい方角に生え揃うらしい。サバイバルの本に書いてあったから、間違いない……はず。大雑把に北だということしかわからないが、当てもなくさまようよりは何倍もマシだ。


 もしかしたら、北が寒いという認識自体が間違っているのかもしれない。この世界では北が暖かく、西が寒いとしたら……。前提がどうであれ、今の俺はお苔様のお導きに従うしかない苔教徒の信者。まあ、苔の生態が地球と全く違った場合、他の手段を模索する他ないだろう。面倒極まるが、年輪から方角を読むとかな。


 切り株の年輪からも方角を知ることができるが、切り株がないし、切断できても倒す時に大きな音が出る。どんな危険が潜んでいるかわからない場所で、下手に刺激を与えるような音を出すのは愚策だ。だからこそ面倒極まる。


 ちなみに逆方向の南に進もうとしたところ……猛烈に嫌な感じがした。欧州旅行に行く前に感じたレベルの嫌な予感が。この世界で初めて[危機察知]が働いた。薮をつついて(コブラ)が出ては適わないので、大人しく北へ向かうことにした。


「しっかし、改めてとんでもない森だな」


 最初の広い草地以外、一言で言えばヤバイ。言ってしまえば、原生林。東北にある人の手が入っていない秘境、白神山地のようだ。正直コダ○とかその辺にいてカタカタしていてもなんの違和感もない。

 だから最初のポジティブな予測はスライムからの逃走時に完全に投げ捨てた。人が入っている形跡が一向に見つからなかったのだ。人里近くだという線はありえない、絶望的である。


 そんな森の中でりんごの木を見つけたときは流石に驚いた。赤く熟れた美味しそうなやつだったので、齧り付いてみるとこれまた美味かった。たっぷり蜜が詰まった甘いやつだった。俺、果物はミカンよりリンゴ派で、蜜派なんだ。だからとてもありがたい。


「ありがてぇ。ありがてぇ……。感謝ッ……森の恵みに、圧倒的感謝ッ!」


 とりあえずリュックに詰められるだけ詰め込んだ。おかげで背中がクソ重い。いつもの感覚でこれくらいはいけると思ったのがよろしくなかった。引き換えに、食料の心配はなくなったし、このりんごを囮に使って逃げることもできる。

 うん、いい感じだ。背中が重くて森を抜ける気配が全くない上に、うっすら周囲が暗くなり始めていること以外はな!!


「あーいかん、いかんですよ」


 夜の森はさらにヤバイ。足場も悪いし目視も効かない。地べたで寝ている間にスライムに食われたりクマに食われたりされかねない。クマいるかどうかは知らんが、スライムが居る以上、クマ以上のヤバイ生き物が居ることは容易に想像できる。いや、クマよりスライムのほうがやばいか?


 どこか比較的安全な場所……こんな場所じゃあ木の上しかないか?

 いやだめだ。背中のりんごと杭の重さを考えると、木の上で一夜を明かすことはできそうにない。みっともない話だが、今の筋肉量では重くて木登りできません。

 仮に放棄して登ったとしても、杭はともかくりんごの入ったリュックがなくなっている、あるいは食い破られて使い物にならない有様になっているかもしれない。生きるつもりなら最低でもリンゴ入りリュックは引き上げなければいけない。明日食料が手に入る保証はどこにもないのだ。


「地べたもダメ、上もダメ……。いやまてよ?」


 登りやすければいいんじゃね?たとえばそう、木の側面に階段のように足がかりを作れば……できるか?生木の枝の[切断]ができたんだ。ならば生木の[掘削]くらいできると思っていい……よな?……出来る前提で進める他に道はないか。


 慎重に周囲の木を一本一本調べていく。太くて、登り切った上で一息つけるような構造が望ましい。上で広がるように枝が分かれている構造とか、Y字に分かれていたりとかな。体勢を崩して落下すれば、最悪死ぬだろうから、そこは妥協できない。

 そんな好都合な物件は早々現れず、どっぷり日が落ちて真っ暗になってしまった。


「いかん、本格的にどげんかせんといかんですよぉ……」


 流石に焦る。さっきから嫌な気配がガンガンする。暗闇に目が慣れたお陰で割と見えるが、それでも焦るもんは焦…………あ。


 「あった。あったぞ!」


 幹の直径1mはあろうかという木をどうにか発見した。視線を根元から上部に移動させると、地上からおよそ4mくらいのところで二股に分かれていた。いい場所だ。あそこまで階段を作り、そこに跨ればいい。枝に抱きつくより安定するし、これだけの高さなら多分大丈夫のはずだ。ケツが痛くなるだろうが死ななければ安い。


「よし、やるぞっ」


 早速、木の幹に両手を付ける。

 焦りを排除して、集中する。

 窪みの間隔を……30cm間隔で。

 掘削深度は6cm程度、手でつかみやすいように奥に溝を。

 こんなんでどう……


「ぶへっ!!」


 上から粉末状の何かが大量に降ってきた!攻撃か!?


「ん……青臭い木の匂い……ああ、俺が削った木のカスか。」


 ただの自滅、削りカスが上から降ってきただけだった。自分の真上に向かって階段を削っているのだから、上から削りカスが降ってくることくらい少し考えれば分かることだろうに。相当キてるな、精神的に。いや、状況分析出来るだけまだましな状態か。

 杭を木の根元に突き刺して、リュックを背負って登りきる。溝のおかげでだいぶ登りやすかった。登った先のY字の凹みにまたがって、ようやく一息。


「ふー……思ったより高いな」


 4mかと思ったがそれ以上ありそうだ。人間の上を見上げた時の高さの感覚はあてにならないということをこれもまた昔聞いたが、成程確かに……。

 リュックを抱くようにして、幹に背を預ける。重いが今のところ悪い感じはしていない。バランス的にも多分大丈夫だろう。


「安眠とはいかないが、仮眠程度にはなるな……」


 人は仮眠だけで生き続けることはできない。森を抜けるまで体力が持つか、際どい勝負になりそうだ。


「あ……しまった、そういや蛇は木に登れるんだったな」


 木の幹に巻き付いている大蛇の写真を見たことがあったのを思い出す。もういい、今更だ。少なくとも下で寝るよりは間違いなくマシだ。現状ここ以上の安全地帯は今のところない。蛇のリスクくらい飲むしかないだろう。


 それにしても、あのロンゲめ。次に会ったらリングの上でマッスルミレニアムぶち込んでやる。

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