価値無き最強を騙る者 その2
同刻、ウルラントの東詰所地下では……ベルガブが暇を持て余していた。
(退屈だな。格子の本数を数えるのも、壁の石を数えるのも飽きた。両腕がないからなぁ、ただでさえやれることがないのにさらに輪をかけてなんにもない。食事以外の楽しみがない)
給される食事は最低限の質の悪い物であったが、人が食べるものとして加工されたものを口にできる事に幸せを感じていた。両腕が無い為、食事は芋虫の如く這いつくばり犬のように食うしかないのだが、それ以下のゴミのような過去を抱えて居る身には苦にも恥にもならなかった。
(脱走方法でも考えるか?いや、出た後の事を考える方が────)
───眷属共よ!狂い喰らえ!!!
「うっ……あ、あが、あがががががががががががががががががが!!!あがばばばばばばがばがばがばがばがあががが!!!」
突如、ベルガブは白目をむき、口から泡を噴き出し、全身がガクガク痙攣し始めた。
地下牢に止まる事無く響き渡る奇声。異常を察知した看守が、奇声を発するベルガブの折に近づいた。
「なんだなんだ?一体……うわっ!!な、なんだ!?どうした!?」
痙攣するベルガブと、看守の目が合った。そして
「が、がが……ががが……ガガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「う、うわぁぁあああ!!!」
ベルガブは格子の向こう側の看守目がけて飛び掛かった!!
当然、鉄格子によってその襲撃は阻まれる!だが、狂ったベルガブは意に介さず鉄格子へ体当たりを繰り返し、挙句鉄格子を齧り出した!!!
「ガァァァァ!!!ガルァァアアアアアア!!!アゲガアァァァアアアアア!!!」
齧り、頭を打ち付け、何が何でも看守へ食いつこうと足掻くその様は、最早獣であった。
齧り続けた事で歯は割れて流血する。だが、痛むを感じる素振りもなく、不自由な体で頭を鉄格子に打ち付ける!!
そのうち、今度は頭蓋骨が凹んだ。耳から脳漿が、鼻から血が流れ、それでもなお鉄格子への攻撃を止めない。
「ひいいい!!怖い!!怖いよおおお!!!おかーちゃあああーーーんん!!」
魔物とは質が異なる恐怖が看守を襲った。彼は一夜戦争時にスケルトンの軍勢と戦った1人であったが、その時に抱いた恐怖とは質が全く違った。
ヒトが狂い、理性無き獣のように、身を痛め崩れながらも止めない狂気。
あまりの恐怖に看守は腰を抜かし失禁した。無理もない。もし鉄格子が無ければ、正気を失った化け物によって食い殺されていたのだから。
自らの身が砕けようとも、食らいつくその姿勢を崩さない。そこに恐怖を感じるのは、精神がまともである証拠でもあった。
やがて頭部が原形を留めない肉塊となると、ベルガブだったものはついに動きを停止し、鉄格子に寄り掛かる様にして動かなくなった。
「ひぃ、ひぃ……い、一体、なにが起きたんだ……?そ、そうだ、報告、報告しなくちゃ!!!」
看守は失禁の跡をその場と股間に残したまま、精鋭兵団へと報告に向かった。
過酷な幼少期を送り、裏の家業に手を染めたベルガブは、ヒトとして死ぬことを許されなかった───。
*
同刻、ナナクサとフィエルザは、全員の関節という関節を脱臼させ終えた所だった。フィエルザはナナクサの手際を見、自ら実践して一応脱臼を覚えた。
「これでチカン相手でも手加減できるわ~」
「そんな命知らずが居るのか?」
「まだ居ない!」
(現れるのが前提なのか。……まあ、何も知らない奴が一目見れば、ただの美少女だものな)
遠回しに過去の自分を自画自賛するナナクサであった。
「ところで、もうマスク外していい?すごく邪魔ー……」
(邪魔って……まあ、気持ちは分かるけどな。口周りが蒸れるし、普段つけない分違和感が半端ない……)
提案したナナクサ自身も、ストレスを感じていた為、結局揃って外したのであった。
「さて、俺達も急───」
───眷属共よ!狂い喰らえ!!!
「……?おとーさん、今何か聞こえなかった?」
「いや、特には……!?」
扉に手をかけたナナクサが、異様な気配を感じて振り返ると、ついぞ先ほど、四肢を脱臼させ無力化させた暗殺者が、一様に白目を剥いていた。
「オオオオオオオオオ……アァァアアアアアア!!!」
「アアアアア!!!ガアアアアア!!!」
「ガッ!!ァァアッ!!!」
猿轡を涎で湿らせ異様なうめき声をあげながら、胴の筋肉を蛇のようにうねらせて近づいていく。ヒトであるはずなのに、これがヒトとは到底思えなかった。
「何だ?これは一体……!?」
「アァァアアアアア!!!」
這いずる暗殺者の1人が、トビウオの如く器用に跳ねてナナクサに飛び掛かった!!
「残念だけど、おとーさんの一般おさわり権は有料よ!」
が、暗殺者の頭部を、フィエルザのか細い手が鷲掴みにして阻んだ。指が頭部にのめり込み、頭蓋を割る。
「ァァアアアアアア!!!」
「ちなみに噛みつき権は、非売品です!!!」
フィエルザは掴んだ手を大きく振って壁に向かって投げ飛ばした。[人化]状態とは言え、竜帝が放つ一撃は、容易く壁をぶち抜きフェードアウトさせた。
「あたし的にはむしろ噛みつかれたい!はむはむ甘噛みされたい!!耳とか!耳とか!!ちく───」
「どさくさに紛れて何言ってんだ……」
「はっ、いけない、口に出てた……」
うっかり、と言わんばかりに両手で口を塞ぐフィエルザ。仕草は可愛らしいが、口から淫欲駄々洩れの上、片手がスプラッター。最早ホラーだった。
「……異常事態だな。外に出るぞ!」
ナナクサとフィエルザは今度こそ表に出て……絶句した。
それはまるでゾンビの行進だった。
骨と皮ばかりの死にかけた住民が、うめき声を上げながらおぼつかない足取りでゆっくりと接近していた。
中には歩いている最中に足の骨が折れ、倒れる者もいる。しかし、痛みを感じる素振りなく、這いずりながらも進むのを止めない。
その大部分が、ナナクサらを目にしたその瞬間、次々に駆け足で襲いかかってきた!!
side ナナクサ
「ちっ!!」
飛び掛かってくるゾンビ紛いの住民を次々に吹っ飛ばしていく。
掌底で周囲諸共吹っ飛ばし、ハイキックで宙へ蹴り上げ、脳天に踵落としを食らわせて首の骨を潰し、回し蹴りを頭部に当てて粉砕していく。どれだけ優れた武器を持っていても、人相手のとっさの場合はやはり格闘戦を選んでしまうらしい。
俺の背を護る様に、フィエルザも格闘戦を行っているようだ。俺の視界の隅に尻尾と羽が映っている事から、[半人化]に切り替えたようだ。
有象無象の素人集団相手に、負ける気はしないが……面倒が過ぎる。
「飛ぶぞ!埒が明かん!」
「おまかせっ!」
俺が[アンチグラビティ]で引っ張り上げるより先に、フィエルザが俺の手を引いて翼を羽ばたかせて空へと舞った。
俺達がいたその周囲だけが、満員電車並の人口密度になっていた。
「うーわ……これってあれだよね?ゴミが人のようだ?」
「人がゴミのようだ、だな。逆だ逆」
眼下では、ゾンビの如き痩せ細った住民がこちらを見上げ、まるで降りて来いと言うかのようにうめき声の大合唱をしている。
「一体なんなんだ?バイ〇ハザードか?」
「これ多分……[眷属狂化]かな」
「何?」
「眷属の理性を奪って、使い捨ての駒にする力よ。待て、とか、行け、とか、凄く簡単な命令しかできなくなるけど、その代わり体が更に強化されて、その上痛みを感じなくなるって、昔クィランが言ってた」
クィラン……?ああ、思い出した。竜帝の一柱、翠刃帝クィランか。会ったことはないが、知っているという事は、自身も使えるか、あるいは使う奴と敵対したことがあると捉えるべきか。
少しばかり熱が引いたところで、[アンチグラビティ]を発動させて自前で浮き、目線をフィエルザに並べた。
「ちょっと待て。これは、元に戻るのか?」
「戻らない。頭の中を、脳を壊されているから……止めるには殺すしかないって。だからもしあたしが[眷属化]を覚えても、眷属にするだけに留めたほうがいいって言ってた。発動させるなら、ヒトに並ぶ価値観を捨てろって」
フィエルザが憐みの目で住民を見下ろす。まるで、交通事故で諸共潰されてしまった野良の子猫を見る様に。嘘ではないと、その行動がナナクサに事実であることを告げた。
「つまり……セルギリオレスは『眷属以外を殺せ』と命令したわけか」
「共食いとかしてないし、そうだと思う。それで、一番近いあたし達に反応したのかも」
「クソが……!」
狂化した住民達が、ある者は虚ろな目で、ある者は白目を向いて、こちらを見上げて届きもしない手を伸ばす。まるで、救いを求める様に。
だがその手は、自らの意思に関係なく敵を屠る手だ。差し伸べられた手を引きちぎり肉塊に変える、呪われた手だ。
「……こんな姿にされなければ」
まだひとかけらの希望があっただろうに。
結局俺は、また(・・)碌に世界の広さを知らない子供を殺すわけか。
殺さなければ、追いつめたであろうグレン達の障害になるかもしれない。例えグレンが[ドラグバースト]を使っていたとしても、骨と皮だけで生きていられた住民達なら、殺人的な熱波にも再生しながら耐えられる。
何にせよ、セルギリオレスが突破口になると考えた上での[眷属狂化]だとするなら、たとえ1人であっても行かせるわけにはいかない。
「……やるしかないか」
冗談半分のつもりだった街の武力制圧を。
殲滅という形で、血塗れの制圧を。
「はいストップ!あたしがやるよ」
「フィー?」
「こういう状況でこそ、あたしの力が輝くしね。それに……誰を敵に回したのか、誰を怒らせたのか、はっきりと見せつけてガクガク震えさせないとあたしの気が済まない。その為には、おとーさんが万全の状態じゃなくちゃいけない。必要以上に怖がらせるのは、あたしよりおとーさんが得意でしょ?」
「ま、否定はしない」
珍しくドスを効かせた声で怒りを露わにするフィエルザ。気のせいか、周りの温度が数度下がった気がした。
「ごめんね。あたし達じゃ、貴方たちを生かせない。だからせめて、安らかに───」
その横顔はまるで悲しみに満ちた聖女だった。
ふわりふわりと、火山灰を取り込んだ、灰色の雪が廃墟同然の街全体に降り注いでいく。
「全部凍らせる。あたしの本気の、[フローズヴィトニル]」
「ちょ、おい馬鹿!お前本気でやるのはさすがにヤバイぞ!?」
降雪はやがて吹雪へと変わり、荒廃する町を灰色の吹雪で塗りつぶし、凍えさせていく。
その吹雪に乗って空を埋め尽くさんばかりのいくつもの巨大な氷柱が、狂化された住民目がけて降り注ぐ。
「オボァァア!!!」
「グビュッ───」
「アバォ───」
灰色の雪面に突き刺さった巨大氷柱から、真っ赤な花弁が花開く。街全体が、氷と血濡れの花畑と化していた。
巨大氷柱は屋根が無事な家も、崩れた家も、何もかもを破壊せんと止めなく降り注いでいく。
フィエルザが本気で放つ[フローズヴィトニル]が、乾ききった絶望の街を飲み込み、まるで雑草を踏み潰すかのように住民を物理的に潰していった。
*
「ぐふっ、フハハハハ!!!オブボッ!!!」
グレンの[スカルハルバート]で斬り刻まれ、熱波・銀・ニンニク粉末に苛まれながらも絶え間なく再生を繰り返すセルギリオレスは高々に笑う。
(もうすぐだ。じき此処へワガハイの眷属共が押し寄せる。何百もの狂った眷属が!圧倒的物量でベルティーナを襲えば、このもどきも無視は出来ぬ。攻撃が止んだその隙に今度こそ黒霧化し、どさくさにまぎれで内側から破壊してくれるわ!!全ての眷属を失うのは手痛いが、ベルティーナの肉が手に入るならば惜しくはない!!)
だが、待てども待てども狂った眷属はやってこない。[無呼吸連撃]は[眷属狂化]を行使してから2回目に突入した。
「げぶっ、何故……ギッ……!!おかしい、何故だガッ!!」
熱と痛みに耐えながら、セルギリオレスはとろける頭をフル回転させた。時折斬撃によって頭半分を吹っ飛ばされたり削がれたりして思考を中断されながらも、その原因を考えた。
(もうすでに来てもおかしくはない筈だ。ワガハイの眷属以外に対し、襲…………い掛かれと命じた。ならばここへやってきて、ベルティーナともどきを襲うのが最短の筈だ。
な…………ぜだ?何故来ない!?……まさか、他に仲間がいたというのか!?街に仲間を残してきたために、眷属どもは向こうを優先したというのか!?だがそうなら、待てばよいだけの事!!狂化した数百もの眷属に襲われれば、ひとたまりもないのだからな!!)
あくまでポジティブに、眷属全てが無力化されるなど、微塵も思っていない。それだけ、セルギリオレスは[眷属化]に自信を持っていた。だが……
「……!空気が、歪んだ……」
ぽつりと、パティッサが呟く。熱波によって灼熱地獄と化した謁見の間に、凍れる冷たい風が入り込み、空気を歪ませた。
同時に、外から無数の轟音が聞こえてくる。まるで岩石を破壊するような轟音が、廃墟に等しい街の方角から絶え間なく。
(何だ?何の音だ?外で一体何が起こって……!!)
ピシリと、天井がひび割れる音がセルギリオレスとグレンの耳に届き───砕けた!
熱された古城の石材が急激に冷やされて脆くなり、自重に耐えきれず崩壊したのだった。
落下する瓦礫群が冷気と共にこの場で動くものすべてを押しつぶそうと落下してくる!
「ぬぅっ!いかん!」
グレンは戦闘を中断し、[ドラグバースト]を解除しながらパティッサへ接近して抱きかかえ、一目散に城の外へと離脱した。
「う、うおおおおお!!!なんだこれはぁぁぁ!!!」
残されたセルギリオレスは、そのまま瓦礫に飲まれ、崩壊する自身の城に生き埋めとなった。
*
「ぶはぁ!!!」
積み重ねられた瓦礫の山から、セルギリオレスは這う這うの体で這い出した。
色白の肌は鮮血と砂土で汚れ、指も何本か潰れて失っていた。平静を保てない程の重症だが、無数の傷がぐじゅぐじゅと自身の意に反して強制的に再生している。
(まさか、黒霧化ができぬとは……危なかった、あのままの作戦で動いていたならば、ワガハイは間違いなく……)
セルギリオレスが切り札である[黒霧化]が出来ない程に衰弱するのは初めての事だった。故に、どれだけ窮地に追い込まれようと、問題なく使えると思い込んでいた。それが大間違いであると、瓦礫に押しつぶされニンニクと銀に蝕まれた体を再生させつつ非力な腕で瓦礫を退けて思った。
(もどきだと?なんと馬鹿な見積もりをしたものだ。あれは正しく龍だ。巨大な肉体が持つ力を、ワガハイと同程度の大きさの肉体に詰め込んだ規格外だ!)
数千年もの間に一度とて起らなかったことが、この僅かな時間の間に起こったのだ。ニンニクと銀による弱体効果を引いたとしても、その力は本物だと認めるしかなかった。
(ともあれ、これは好機!このまま逃げて生き延びる!死ななければ最きょ………………は?)
瓦礫の山の上で逃げを決めたセルギリオレスの目に映ったのは、雲の無い黄昏時の空を舞う灰色の雪と、雪に覆われた廃墟の街、無数の氷柱が突き刺さった光景だった。
氷柱の1本1本が目に見えるだけでセルギリオレスの古城並みの高さを持ち、それが深々と突き刺さっている。それが何百と突き刺さっているのだ。
おまけに、矢鱈と寒い。今なお、頭上からは灰色の雪がふわふわと降り注いでいるのだ。
「なんだ?一体何が起きたのだ!?」
ついぞ先ほどまで灼熱地獄の真っただ中だったというのに、一転して氷雪地獄に身を置いていたのだ。まともな精神を有しているならば混乱は必至だ。
「あたしが雪と氷の地獄に変えたのよ。もうここに一切の命は芽吹かない、永劫の氷獄」
「成程、確かにあいつの言う通り、レフ板だな」
声に気づき、はっと雪降る空を見上げるセルギリオレス。そこではナナクサとフィエルザが呆然とするセルギリオレスを見下ろしていた。
(なんだ、あの者達は!?女の方は竜……?それに、隣の者は、ズィローマ?否、面影はあれど、抱える力の桁が違う!……まさか、この惨状はあの者達が!?)
ここでようやく、セルギリオレスはパティッサの協力者がグレン以外に存在した事に気づいた。だが、納得できるはずがなかった。
(馬鹿な!!あのもどき以上の実力者が、後ろに控えていただと!?最初から全力で当たらず、高みの見物をしていたというのか!?あまりに非効率ではないか!!)
効率を考えるなら、確かにそうだ。
だが、セルギリオレスは人の心を理解できなかった。『覚悟』を、『慕う心』を、そして『親心』を。
それ故に、不可解極まりない、理解できない行為であり、[眷属狂化]の判断は決して間違っていなかったと結論付けた。半ば現実逃避の思考に変わりつつあった。
その混乱した頭が、パティッサを小脇に抱えたグレンの出現により徐々に正常に切り替わっていく。
古城の瓦礫の上から、頭上で飛ぶ二人に声を張り上げた。
「フィエルザ嬢!些かやり過ぎではないか!!」
「ごめん!!久しぶりの全力だったから、ここまでなるって思ってなかった!!」
「あれ曲がり為しにもフィーの奥の手だろ?グレンとパティッサちゃんも巻き込んでどうするよ?」
「前は全力でも半径半分くらいだったのよー。規模がもうすごい予想外……」
「前ってどれくらい前だ?」
「えーと、24年位前?」
「ここに来たばっかりの頃じゃねーか……24年あれば幼稚園児がアラサーだぞ?」
「そんなこと言われても、ホイホイ打てる場所なんで無いでしょー!ホイホイジャンジャン撃ってたら、大陸全部氷漬けよ、氷漬け!
お茶漬けみたいにおいしくないし!」
「いやいや、凍る程に冷やしたごはんで作った茶漬けは美味いぞ?」
「え、ほんと?」
「ほう。しかしナナクサ殿、私はやはり熱い方が……」
「(こくこく)」
グダグダだった。
戦いの最中とは思えない程グダグダだった。
(しめた。この隙に逃げるぞ!まだ黒霧化は出来ぬが、この回復速度ならばあと5分もすれば……愚か者共め)
セルギリオレスは気配を悟られぬよう、ゆっくりと足を動かし───たかった。
「おう、どこ行くんだレフ版野郎」
ナナクサに感づかれ、一斉に注目を浴びた。オマケに足はピクリとも動かない。
それどころか、全身が倦怠感に襲われ、満足に手を握る事すら出来なくなっていた。
(な、何故気づかれたのだ?それに、この気怠さは一体なんだ?……!何だ!?ワガハイの人さし指の先から、糸が伸びてい……まさか、まさかまさかまさかまさか!!!この糸は!!!)
「やっと気づいたか。さっきまでのグダはお前の体の骨格に[ヴェズルフェルニル]の糸を通して自由を奪う為の布石だ。セントシルヴァ製だからな、銀以上にキくだろう?」
「き、きさま……!!!」
タッ、と、瓦礫の上に降り立ったナナクサとフィエルザを、セルギリオレスは憎々しく睨んだ。2人はそれを、焼却炉にぶち込まれるゴミを見る目で見返した。
[ヴェズルフェルニル]には、本体で直接攻撃をした際に[アンデッド特攻]効果が表れる。その効果の源がベースとなっている希少金属セントシルヴァにあることを、ナナクサは早々に突き止めていた。
ここで、セントシルヴァとは何かという疑問点にたどり着き、サダルの[神眼]によって、神力を含む変質した銀であることが暴かれた。
聖銀、つまり元が銀なら、吸血鬼にも効くんじゃね?
こうして、[ヴェズルフェルニル]の運用幅がちょっとだけ広がったのだった。
「で、2人とも、体感的に殺れそうか?」
「多少時間がかかりましょうが、殺れます」
「(グッ)」
グレンは殺れると断言し、パティッサちゃんは親指を立てて答えた。
「で、そこのガリガリレフ板野郎はここまで言われて逃げるのか?最強が、逃げるのか?死ななければ確かに最強だ。だが、それは敗北し骸を晒していないというただの証明に過ぎん。……お前が真に最強であると、誰が認めた?誰に認められた?1000年以上を存在したであろうお前が、これまでどれだけの者に、最強と称えられた?呼ばれることも称えられることもない最強の呼び名に何の意味がある?」
「五月蠅い!どうあっても死ななければ良い、ただそれだけが最強の条件だ!!ワガハイが、ワガハイこそが、ワガハイだけが最強だ!!不死の王たる真祖のワガハイこそが!!!体を酷使しようと筋肉がつかないのは、既に最強であるからだ!!!そうだ、ワガハイは既に完成しているのだ!!!故にワガハイは最強だ!!!」
全く答えになっていない支離滅裂な啖呵を切ったセルギリオレスを、ナナクサは哀れみの目で見、そして興味を失った。
そもそもの話、今のセルギリオレスが完成された存在であるならば、真祖を超えた存在であるパティッサを求める事に意味がない。セルギリオレスは自身のこれまでの行動を自ら否定したのだ。
(……とんだクソ餓鬼だな。物事を自分の都合よく解釈し、破たんあるいは指摘されれば癇癪を起こす。
クソガキそのものだ。4ケタ年生きている間に前頭葉が腐ったか)
「っていうか、多分だけど、強制的に半ば元通りに再生するから筋肉がつかないんじゃない?ほら、筋肉って細胞の過剰再生でしょ?」
「筋肉に限らず骨折の自己治癒もそうだが、単純に言っちまえばそうだ。10壊して時間をかけて10.1再生する。筋トレって要はそういう事だからな」
[強制再生]の負の側面故の痩せ細った体形であった。
(哀れと言えば哀れだ。酷使しただけ筋肉がつくんが筋トレだというのに、その対価を受け取れない。セルギリオレスも、この街の住民も、皆哀れだ。だが……だからと言って、許される所業ではない)
己の不幸は凶行の免罪符にはならない。なってはならない。それは自身に降りかかった不幸を引き金にして無関係な他者に対して無差別に新たな不幸を呼ぶだけの、奈落へ続く地獄の道であることをナナクサは理解していた。
ナナクサはセルギリオレスの体内に潜らせた極細の聖銀糸を全て引き抜き、代わりに瓦礫の山一帯をドーム状の蚊帳のように覆って、退路を断った。
「2人とも、第2ラウンドだ。滅ぼしちまえ」
「無論。こやつはパティッサとの確執がなくとも、生かす価値は皆無。では……」
「……うん」
グレンの[スカルハルバート]が、パティッサの[影槍]が、拘束から解き放たれたセルギリオレスに向けられた。
「今度こそ滅する!!」
「終わらせる!!」
時間無制限の、絶望の第2ラウンドが始まった。
お読みいただき感謝。




