離散
改題せず、あらすじだけ変更に留めました。
真っ白な視界が徐々に色を取り戻していく。そこは神殿めいた広い空間だった。自分を中心に、丸いドーム状に広がっている。そして雪のように白く、ぬめっとした体表を持つ異様な魔物が俺の周りに大量にいた。
「ギッ!?」
「ギギャ!?」
一斉に異物である俺を見る。細長い腕に細長い4本の指、そこからさらに伸びる長く鋭い爪。頭だけ見ればヤツメウナギのそれに近い。長い首に、むき出しのギザギザした狂気的な歯。不気味な黒一色の、頭の横に付いた2つの目。グレムリン、だな。前に怨念から聞いた情報に一致する。
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グレムリン
湿気を好み、地中や日の光が届かない場所に巣を作り、クイーンを中心とした社会を形成する。
クイーンは死の間際に特別な卵を産み落とし、残されたグレムリンは、次世代を担うクイーンの卵を全力で守る。
意思疎通可能な種族だが凶暴。1匹見かけたら50匹はいると思え。肉はえぐみがひどく、加熱することで岩のように固くなる。とても不味い。
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大きさは上位進化前のジーク程度だが、いかんせん数が多すぎる。ざっと見て30匹はいるだろうか。
いや、30と試算したが、重なって見えない個体もいるだろう。ぶっちゃけキモい。生理的嫌悪を覚える。純白のG、そう例えるのが妥当か。Gが何を指すのかは、諸兄の想像に任せる。話に聞いていたが正直ここまでキモいとは思っていなかった。二足歩行の人型Gの方がまだ可愛げがある。
「ギシャ!!」
「ギシャアアア!!!」
あかん、何言ってるかわからん。突然の外敵に興奮状態になっているせいか?それにしたって異常な興奮状態──ん?グレムリンの視線の一部が俺の足元に?
足元を見ると、白く薄い半透明のような膜と、緑色の液体がぶちまけられていた。
…………踏んだ(?)と思われる物体、この異常な興奮、いや、怒りか。まさか俺……グレムリンの卵的な物踏んじゃった?しかもこの怒り様……まさか、俺が潰してしまったのは、次世代を担うクイーンの卵!?
「ギギャアアアアア!!」
「ギャギ!!ギャギァァア!!」
あかん、ビンゴっぽい。……平和的に切り抜けるのは不可能だな、これ。
「ギシャアア!!!」
そう結論づけた瞬間、眼前の2体が噛み付こうと飛びかかってきた。
「このっ」
俺はそれを回し蹴りで払う。それを皮切りに、周囲のグレムリンが一斉に飛び掛ってきた。
「この糞がぁぁ!!」
[ウィンドカッター]を正面にぶち込み、さらに正面に駆け回避。[ウィンドカッター]はグレムリンの頭部から首根元にかけてバックりと斜めに切断、緑色の血が周囲に飛び散る。死体が床に落ちる前に、裂かれた首を鷲掴みにし、振り回して周囲をなぎ払った。
「重てぇ!それにキモい!いや、ゲロい!!」
相当な重さを覚悟したが、10キロに若干足りない程度の重さだ。こいつら中身空っぽだな。しかし半端に生暖かいのと流れる血が緑色のせいでキモい通り越してゲロい。
「ギギャ!?」
「ギャギ!!ギギイイイ!!!」
この外道とか言っているように感じるのは気のせいか?……ま、いいわ。生き残るためなら、鬼にも悪魔にも外道にもなろうじゃないの。
「シャオラァァ!!汚物は消毒だァァァァーーー!!!」
掴んでいたグレムリンの死体を力いっぱい振り下ろし、正面のグレムリンを爆散させる。それを皮切りに、再びグレムリンは全方位から飛びかかってきた。
さらに死体をぶん回し、飛びかかってきたグレムリンを弾きとばしながら、空いた左手から[ウィンドカッター]を出鱈目に放つ。なにせ周囲すべてが的なのだから、ノーコンであろうがなかろうが大した差ではない。
「ギギャギ!」
「グギィ!!」
出鱈目撃ちの[ウィンドカッター]によって首が、腕が、胴が切断されれるグレムリン達。単純な威力なら[圧縮空気砲]だが、[ウィンドカッター]の攻撃範囲は『点』ではなく『線』だ。つまり、より広範囲に被害を出す事が出来る。この状況下では最上の攻撃手段だ。
「くっ……ってぇな……」
グレムリンをなぎ払うも、左肩に引っかきを受けどろりと血が腕を伝って床に落ちる。
しかし気にしていられる時間はない。休む時間はないと言わんばかりに、グレムリン共は次々に飛びかかってくる。[ウィンドカッター]の流れ弾によって腕を欠損した奴すらも、鈍い動きながら飛びかかってくる。少しは逃げ出すなり下がるなりすると思ったが……最早完全に決死隊だ。
「うぉらぁぁあああ!!!」
俺はグレムリンの死体をひたすらに振り回し、畑に種を蒔くが如く[ウィンドカッタ-]を放ち続けた。
武器として使っていた死体が粉々になって使い物にならなくなったならば、投げて敵を粉砕し、次の死体をつかみ、ぶん回す。
[ウィンドカッター]で切断した腕を、頭を、足を飛びかかるグレムリンの凶悪な口に突っ込み、蹴り飛ばす。
ああ、それにしても殲滅系の術が欲しい!!
*
そうして繰り返し、繰り返し……。グレムリンの巣は緑色の血で溢れ、次々と無残な死体が積み上がっていく。いきなり現れて卵を割った、それも次の女王として生まれる、替えの効かない卵を割った、たった1匹の得体の知れないやつ。今、群れそのものがその1匹によって壊滅しようとしていた。
「ギ、ギギャア……」
グレムリンの1匹は思った。
これは悪い夢だ、目が覚めたら卵も無事で、いつもと同じ日常がやってくるんだ、と。
次の瞬間、そのグレムリンは同族だったモノを振り回す化け物の一撃によって、緑の血飛沫を散らして爆散した。
*
その頃、ジークは──
「こまったナ」
ナナクサが飛ばされた場所のような、開けた神殿めいた場にいた。
ただ、ナナクサと違った点が2点。魔物がこの場にいないこと、そして、出口であろう場所が巨大な岩で一切の隙間なく塞がれていた。ジークは閉じ込められたのだ。
「壊すカ」
ジークはゴーレムから奪った石剣を両手で握り、突きの構えを取った。ゴーレムに放った一撃と同じく、両足の脚力を生かした飛ぶような突きを放つ。だが、ほんの少しのヒビができた程度だ。岩はゴーレムの体よりも硬かった。だが、その硬度は石剣に及ばない。ジークはそれを確認すると、再び突きの姿勢を取る。
「壊せるなら、大丈夫だナ」
ジークは知らない。生物が活動するためには酸素が不可欠であることを。この場が密閉された空間である為、酸素が尽きる前に脱出できなければ死ぬことを。状況は、ジークが思っている以上に深刻だった。
*
同時刻、グレン──
石造りの通路、その行き止まりに、グレンはいた。壁を背に[撲殺剣]を構え、通路の先にいるモノと対峙している。
「カカカカカ」
(骨の、いや、水晶の骨の元同族か……)
水晶でできた、リザーディアの全身骨格、スカルリザーディア・クリスタルとでも言うべきか。
眼球がかつて填っていたであろう穴から、赤い炎のようなものが灯り、頭蓋を赤く輝かせている。両手に握られているのは、水晶でできた2本のナイフ。刀身は両刃で幅広く、突きよりも斬りに向いた作りだ。それらを逆手に持ち、構えている。明らかに速度を重視した手合いだ。
(さて、どうする……?一撃で粉砕できるだろうが、その一撃を当てられるか?)
ジークと組手をし、始めた3日目までは当てることはできた。だが、4日目には当てることができなくなった。
負けたわけではない。だが、グレンにとっては『敗北』と同じだった。当たれば一撃で勝負がつく、その一撃が当たらなくなったのだから。
グレンがかつて狩った相手には、毒を持つ相手も多くいた。中には致死性の凶毒を持つ相手もいた。かつての同族も、いくらかその毒によって死んだ。それを知るが故の、敗北意識である。
そういった毒を用いるのは総じて、力押しで攻めることが種族的に不可能な敵だ。実戦で相手が毒を武器に仕込んでいた場合、こちらの必殺の一撃が当たらない時点で撤退するべきなのだ。
グレンは当てられずに『敗北』したその日の夜から考えた。どうすれば当てられるか。
狩りならば相手にしなければいい。逃げ場があるならば逃げればいい。だが、逃げ場がなく、打ち倒さなければならない状況ならば?
(当たらぬならば、使う道理はない)
グレンは[撲殺剣]を壁に立て、拳を握り、構える。
([撲殺剣]程の破壊力は、砕くに不要)
破壊力を捨て速度を選択したのだ。
事実、相手の骨はそれほど太くはないし、何より毒を警戒し、回避に撤しなければならない。解毒薬はウエストバックに入っている。だが、未対応の毒を仕込んでいた場合、掠った時点で敗北だ。徹底的な回避と、敵の速度についていくだけの鋭い攻撃速度。それには鈍重な[撲殺剣]は完全な足枷だ。
「参るっ!!」
「カッ!!」
互いに地を蹴り、戦いは始まった。
*
同時刻、マイルズは──
「どうすっかな……」
石作りの通路の階段前にいた。
前は一本道、誰もいない、何もいない。後ろは階段。誰もいない、何もいない。
マイルズは冷静に、慌てずに、状況を確認する。
(冷静に考えろよ……。要はバラバラになったってことだ。で、上り階段があるっつーことは、下層に飛ばされたってこった。探しに行くか?いや、俺の戦闘力はリレーラはともかく、あいつらよりも劣る。それに、リレーラでさえ足の速さだけは定評が有る。俺が加わっても、足でまといにしかならないんじゃねーのか?けど、襲われちまったら俺だけでどうにかできると思えねぇんだよな。そもそも、背中にこいつがある)
そう、マイルズの背にはまだまだ薬品、食料が残っていた。下層へ飛ばされたならば、脱出には相応の時間を要する。即ち、食料の問題だ。
もし、ここで魔物に襲撃され食料を損失した場合……。仮に合流できたとしても、各自に分配してある食料が残っているか否か、薬品類についても同じだ。使い切った状態で、かつリレーラ合流前の場合、命に関わる。マイルズの役目、それは、背中の補給品を死守することである。
これらの判断を、普段頭をろくに使わないマイルズはここぞとばかりに脳をフル回転させた。その結果の判定は、
「待つしかねぇな。……どんだけ待てばいいんだか」
ゴソゴソと、リュックの中から煙幕玉やトリモチ玉等のサブウェポンを取り出し、即使えるようにポケットに入れる。戦う気は毛頭ない。逃げに徹するのみである。短気ではないが、辛抱強い方ではない彼が、限界に達するのは遠い未来ではない。
*
そしてリレーラは──。
「ぴゃああああーーー!!」
「「「グルゥォオオオオオオオオオ!!!」」」
全速力で逃げていた。その手に握るのは、切り落とされた己の右耳上半分。頭の耳切断面からは血が未だ滴り、そこから毛を赤く染めている。
そんなリレーラを追うのは体長2mはあろう三つ首の巨大黒狼。リレーラはおろか、ウィルゲート大陸においては未知の存在であるケルベロスである。
「いーーーーやぁぁああああーーーー!!」
「「「グルァアアアアアアアアア!!!」」」
リレーラは駆ける。眼前にグレムリンがいようとも、巨大な蜘蛛がいようとも関係ない。生命の危機に瀕したリレーラは、壁を足場に跳躍し、眼前の障害物を横へスルリと避ける。
生命の危機に瀕した極限状態で回避を繰り返した結果、短距離ではあるが壁を走ることに成功したのだ。最早行き止まり以外にリレーラを止める方法は無い。
無い……が、後方から迫るケルベロスは、リレーラが回避した魔物をすべて意に介さず蹴散らしながら追う。
付かず離れずの距離を維持したまま、自身が回避した全ての障害を蹴散らしながら追いかけてくる巨大な未知の存在が齎す恐怖はどれ程か。恐怖に支配されたリレーラの頭の中には、とにかく逃げることしか頭になかった。
お読み頂き有難うございました。
GWなんて大嫌いだ……。




