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ゴーレム

 休息を追え、慎重に奥へと進む。そして……。


「ナナクサ殿、あれを」

「カイダン」


 見通しのいい通路のど真ん中、距離にしておよそ20m程度、行き止まりの前に幅2mほどの下り階段があった。

 そこへ至る道を守護するかのように、兵士の石像が左右に1体ずつ。抜き身の石剣を床に突き立て、柄に両手を添えている。


「全員ストップだ」


 グレンとジークが振り返った。


「ケハイ、ナイゾ」

「不審な動きをする者はありませぬ」

「私も何も感じないし聞こないわよぅ」


 後方からリレーラの声も聞こえる。


 ……はぁ。


「不審物があれば疑え、そう言ったはずだ」

「「「「あ」」」」


 揃いも揃って忘れていたか……片や緊張と恐怖、片や興奮……まあ、注意力ってモンは精神状態に大きく左右される。初陣じゃあこんなものか。


 で、問題の石像だが……。十中九──いや、十中十、動き出すだろう。配置があからさますぎる。気配がないのはそもそも生きていないからだろう。


「おそらくゴーレムだな」

「なんだそりゃ?」


 どうやら、ウィルゲート大陸ではゴーレムという存在は認知されていないらしい。


「大雑把に言うとだ、動く石像。生きてはいない」


 実際そうとしか言いようがない。


「ススムカ?」

「いや」


 音がよく響くこの空間内、この距離でこちらの声に反応しないとなれば……音に対しては無反応か、あるいは圏外か……。


「[抽出]──水。対象を[凍結]」


 俺は空気中から水を[抽出]し[凍結]させてピンポン玉ほどの氷の玉を作り出し、グレンに渡す。


「グレン、これを階段前に投げてくれ。俺じゃああそこまで投げられそうにない」

「っ……なんという冷気……委細承知」


 グレンはおおきく振りかぶって、一直線に氷玉を投げる。

 投げられた玉は階段前で地に落ちたが……2体の石像が動き出し、石剣を振り下ろして粉々に破壊した。完全にオーバーキルである。はぁ……と、深い溜息が自然と出てきた。


「ほんとに動いたぁ……」

「マジかよ……」


 破壊し終えた2体のゴーレムは定位置に戻り、最初と同じ姿勢を取った。こちらへ来る気配はない。範囲内で動く異物を排除するパターンのようだ。


「作戦タイムだ。ちょっとアレはまずい」




 少しばかり道を戻り、角を曲がったところで全員腰を下ろす。


「正直、あれはマズイ。何がまずいって、予測強度がまずい。正直、破壊できるかどうか……。うーむ……」

「殺せば済む話じゃねぇのか?」


 ……そうじゃねぇよマイルズ。根本的に分かってない。


「……リレーラ、アレの心音は聞こえたか?」

「聞こえなかったけど……え、聞こえない!?」


 心音がない事に驚いている。いや、だから警戒しなかったのか。


「俺の知識にあるゴーレムってのは、まず、生きていない。作ったやつの命令通り忠実に動く、そういうモノだ」


 語源はヘブライ語だったかなんだったか、忘れてしまった。


 そういえば確か、陰術に似たようなモンがあったな……。意識のない生物を術者が直接操る[マリオネット]、不死者、所謂ゾンビやスケルトンを下僕として生み出す[メイクアンデッド]、人型の対象に魂を付与し、下僕として使役する[フェイクライフ]。ちなみに全てまだ使えない。使えないが……奴さんの動作からしてこの3つで作られた物ではないだろう。


「生きていないって、ちょっとまてよ!それじゃあ!?」


 やっと気がついたか……。


「俺たちと同じような臓器がない、んで、脳みそもない、血も流れちゃいない。だから傷だらけにして失血させる、持久戦に持ち込んで疲弊させるっていう手段が通じない。脳や心臓に変わる急所はあるだろうが、正直見当もつかん」


 想像と差分はあるだろうが、基本的な構造はほとんど同じだと思いたい。


「大問題なのが、材質が石ってことだ。……ここのアホみたいに頑丈な壁と同じ材質だとすれば、どうだ?」


 沈黙。この懸念が事実だとすれば、想定している調査はおろか、将来的な攻略そのものが不可能になる。どこぞのゲームの首都を守る、全くダメージが通らない攻略不能のガーディアンを破壊するような話だ。


「であれば、物理的に粉砕できるかどうかが、焦点ですな」

「単純な話、そういうことだ。こちらの体力が尽きる前に急所を見つけ、破壊すれば勝ちだが……」


 これが泥人形だったなら、核に木彫り人形とか胎児の死体とか埋め込んで使ってるんだろうが……石だもんなぁ。一見呪符の類もない。特に変わった文様もなし、文字もなし。

 最悪、急所──要はゴーレムの起動式をぶち込んだ核が存在しない、完全に理解の範疇を超えた相手かもしれない。つまり野生のゴーレム、不思議物体。どこから動力を確保しているんだか……。


 どうしたもんかね……。


 俺がこの場で使える実用可能な攻撃手段は、ノーコンでも横向きで撃てば当てられる風術の[ウィンドカッター]、[錬金術もどき]を使う[圧縮空気砲]くらいだ。


--------------------

ウィンドカッター

 射出系下位風術。空気を圧縮した不可視の刃を射出し、対象を斬り裂く。

 刃の幅は消費魔力量に比例し、縦横任意で射出できる。

--------------------



 よりにもよって超硬度の石が相手では、焼け石に水にもならない。まるで初代ポケ○ンでヒト○ゲを選んで最初のジムで行き詰まったような感覚だ。


「刃物じゃ刃がオシャカだな……。ぶん殴れば拳が潰れっちまう」

「これじゃあ壊せないわよぅ」

「であれば、関節部を上手く狙えば……」

「[加熱]と[凍結]を繰り返せば温度差で割れるかもしれないが、触らんとなぁ……」


 意見をぶつけ合うが、解決策がまるで見えない……。


「ナア、ナナクサ、ナナクサ」

「あ?どしたよ、ジーク」

「アレ、ドーヤッテウゴイテル?」


 どうやって……いや、どうやってってそりゃあ……。


「ゴーレムってのは基本的に魔力を消費して動いてるもんだべ。核を中心に全身を巡回するようにな、多分。おそらく魔力を用いて……うん?」


 動力……魔力…………?


「ちょっっっとまてよ……」


 そうだ、ゴーレムってのはそもそも唯の石だ。本来動かないものを無理やり動かしているんだ。繰り人形だって、糸がなければ腕も足も動かせない。


 …………もしかして。もしかしなくても、あの術が通じるのか?


「ジーク、お手柄だ」


 思わずジークにサムズアップする。


「オ?」

「どうにかできるかもしれん」




*




 再びさっきの場所、階段まで20mの場に立つ。俺は再び氷球を作るり、それに[ジ・イソラティオン]をかける。これで解除するまでは破壊不能の、冷気を出さないタマとなる。


「グレン、頼む」


 俺はそれをグレンに手渡す。


「もし俺の策が通じなかったら、全員でタコ殴りだ。策もクソもない。最中、破壊不能と俺が判断した場合、全員で逃げるぞ」

「オウ」

「承知」

「祈るしかねぇな……」

「ん……」


 全員が息を飲む中、グレンが振りかぶって……投げた!


 空気を切る音を出し、間を置いて1体のゴーレムの頭部にガンッという鈍い音を出して当たった。

 頭部がわずかに欠けた?当てられたゴーレムが、ガシャガシャと重い足音を立ててこちらへ走ってくる。石で出来ているとは思えない軽快な走りだ。もう1体はそのまま動かない。


「よし、引けた。このまま待機、予定通りに行く」


 2体が接近してきたならば、全員撤退してこの探索を切り上げただろう。このゴーレムの行動パターンは、一定距離に接近したモノを破壊する。そして、自身に攻撃を加えた相手を破壊する。この二つだと見る。


 俺は腕を前に突き出し、[ウィンドカッター]を連続で放つ。が、ゴーレムはそれを防ぐどころか全く意に介さず突っ込んでくる。命中するも、全く削れていない。

 攻撃されたゴーレムは進路を僅かにずらし、俺の方へと接近してくる。予測通りだ、これでいい。[ウィンドカッター]はあくまで挑発、目標をグレンから俺に変えさせる為だ。


 目前までゴーレムが迫り、石剣が振り上げられ──


「そこだっ」


 ──振り下ろしを紙一重で避け、ゴーレムの体に触れる。

 瞬間、ゴーレムは糸が切れたように、ズシンと轟音とともに前のめりに倒れた。ピクリとも動かない。……どうやら、うまくいったようだ。


 ふぅ……と、俺は一息つく。


「ジークのおかげだ」


 まさかこんな形でアレが役に立つとは思ってもいなかった……。

 アレとは即ち、ゴーレムに触れた瞬間に使った陰術[キャンセライ]というものだ。陰術で唯一習得し、物の試しで得たものの、使いどころがないと踏んだ御蔵入り手前の代物だ。



--------------------

キャンセライ

 解除系上位陰術。

 触れた対象に付与された全ての強化・弱体・干渉効果を強制解除する。

--------------------



 術士が少ない以上、使うことはないんじゃね?と思っていたが、まさかの場面で助けられたわけだ……。そうなんだよな。ゴーレムが術、或いはそれに近いもので動いているならば、通じない道理はないのだ。ジークに言われるまでこんな単純なことに気がつかなかったあたり、俺も精神的に少々キているのかもしれない。


「おっしゃあ、あと一体だな!この調子でもう一体やんのか?」


 マイルズの言葉通り、そうしたいのはやまやまだが……。


「こんな言葉がある。彼を知り己を知れば百戦殆うからず、とな」

「ナンダソレ?」

「うむ、敵味方双方の情勢を把握していれば、何度戦おうとも負けることはないということだ」


 孫子の兵法にある、戦いにおける重要なことだ。理解しているか否か、それだけで見る世界が変わるだろう。


「というわけで、敵を知ろうと思う。この、教材を使ってな」


 俺は倒れたゴーレムを指差す。そう、このゴーレムがここにいる2体で全てと言い切れないからだ。




「触った感じ、やっぱり石……?」


 ぺたぺたリレーラがゴーレムの体を撫でる。


「む、それほど固くはないようですな」


 ゴーレムの右足脛部分を掴み、ピシリと亀裂を入れるグレン、お前怖いよ。


「コノケン、スゴイ、カタイゾ」


 ジークは自分の背丈ほど石剣を握り、何度か壁に刀身を叩きつけるも、砕けるどころかヒビすら入らない。グレンほどではないがジークの膂力も高い。それでヒビすら入らないとなると、キモはこの剣だな。


「ジーク、試しにそれでこの胴体を切ってみてくれ」


 ゴーレムの同部分を指差す。


「ヤッテミル」


 さっとジーク以外距離をとる。石剣が振り下ろされ、ガギンと鈍い音を出して胴を割った。


「最早金属の域だな……いくらなんでも硬すぎる」


 石……もとい、謎剣の強度がヤバイ。下手をすれば[撲殺剣]を凌ぐ代物だ。破壊力なら超重量の[撲殺剣]に分があるが、取り回し等の要素を含めて平均的に見れば謎剣に軍配が上がるだろう。


「……これは売れる。間違いなく売れる」


 この強度と重量ならば、売れないはずがない。


「売れるっつっても、ここらじゃ武器の需要がそれほどねぇぞ?……って、お前、ガメる気か?」


 人聞きの悪い事を言うな。


「調査項目は、分布と、危険度、そして生息する魔物から目的のものが採取できるかどうかだ。それ以外の戦利品に関しては特に言われていない。つまり、何の問題もないのだよ!!」


 これを確保しないのは惜しい。惜しすぎる。長剣は嫌いだが、それはそれだ。

 ……兎も角、破壊出来る事が判明した。結局核にあたる部分は分からなかったが……。


「で、誰が行くんだ?このままナナクサが全部やっちまうのか?」

「そうだな……」


 そのほうが手っ取り早いだろうし、[自己再生]がある分、手負いとなっても何ら問題はないだろう、痛いけど。


 ただ最近、[自己再生]にペナルティ的な何かがあるんじゃないかって思ってる。よくよく冷静に考えると、いくらなんでも、何の対価も無しに神の奇跡級の事象を起こせるとは思えない。術だって、[錬金術もどき]だって、大なり小なり対価として魔力を消費しているのだ。知らないうちにとんでもないものを対価として支払っているんじゃあないだろうかと、不安になるのも仕方がないだろう?


「ナナクサ、ナナクサ」


 うん?誰だ裾を引っ張るのは……って、またジークか。


「オレ、ヤル」


 ……え?


「ジークが?」

「オウ」

「いや……確かに、動きはジークの方が素早い。だが、破壊できるとは言え、アレの強度は高い。……無傷では済まないと思うぞ?」


 ジークは素早いし膂力もある。だが、体格、骨格はゴブリンのものであり、骨密度が高いわけでもなく、分厚い筋肉があるわけでもない。早い話、脆い。当たらなければどうということはないが、当たった場合のダメージは命に関わる。


「ソレデモ、ダ。タタカイタイ」


 本気の目をしている。……止められないな、こうも明確に意思表示をされてしまっては。


「解った。ただ、命の危険があると判断した場合、横槍は入れるからな」

「ダメダ、テ、ダスナ」


 ……はぁ!?


「お前何言ってんだ?手ェ出すなって、死ぬ気か!?」


 もし謎剣の一閃を受ければ、鎧越しだろうと胴と腰が二つにスパーンだぞ!?何トチ狂ったこと言ってんの!?


「ナナクサ。……オレ、ツヨクナリタイ」

「は!?」

「オレ、チカラアル。アシハヤイ。デモ、グレンヨリ、ヨワイ。ジュツ、ツカエナイ。ナナクサヨリ、ヨワイ。……オレ、ナナクサト、グレンノ、ヨコニタチタイ。ナラビタイ。ダカラ……オレガオレヲ、コエルタメニ、タタカイタイ」


 強くありたいために、命を賭けるって……。……まさか。


「その知恵の出処は、シルヴィさんか?」


 こんなこと言う武闘派はあの人くらいしかいないだろう。


「ソウダ。クンレン、ツヨクナレル。デモ、ジッセン、クンレンニ、マサル。コエルニハ、タタカエ、イワレタ。チカラ、ネガウナラ、イノチカケロッテ」


 その理論はわからなくもない。訓練で得られるものは数多いが、実戦、命のやり取りの中でしかえらえないものもまた多い。だが、それはまさに侍の果し合いだ。敗者が全てを──己の命も失う、過酷な世界だ。


「ナナクサ殿、私からもどうか……」

「グレン、お前もか?」

「一週間、ジークとはひたすらに組手をしてきました。恐らくゴブリンでは頂点に居るかと」


 ゴブリンで……か。つまり、種としての限界に達していると、そうグレンは見ているわけか。そして、それでは足りないと……。そこまでして……お前は……。


「……少なくとも、俺は劣っているとかそういう目で見たことはないぞ?」

「ワカッテル。オレノ、ワガママ」


 だめだ、俺にはジークを止められない。コイツの目は覚悟を決めた目だ。誰にもとめることはできないだろう。不服だが……了承するしかないか。


「…………解った。ただし、約束しろ」

「ナンダ?」

「死ぬな。破ったら墓は作ってやらんし、二度と名前は呼ばない。約束できるか?」


 沈黙ば周囲を支配する。答えなんか、聞くまでもない。わかりきっている。


「モチロン」


 ジークは[ゴブリンバット2]を片手に、階段側を向く。


「俺たちは下がるぞ」

「本当にいいの!?」


 リレーラ、お前なぁ……。


「そんなに強くなるって大事なことなの?並び立つって、そこまで大事なの?」


 言いたいことはわかる、というか俺の折れる前の心を代弁するな。


「あいつにもプライドがあるんだよ。ちっぽけな、だが、それでいて、男が失ってはいけないモノが」


 そう言いつつも、いつでも突っ込めるように構えておくつもりだ。手を出すなと言われても、それで友を失えば後悔するであろうことは明白だ。怒られるだろう、恨まれるだろう、軽蔑されるだろう、罵倒されるだろう。こんな場所に誘っておきながら、死なせたくはないのだ。この世界で俺のはじめての友を、仲間を、家族を。


 ジークがゴーレムの破片を握り、振りかぶって投げた。破片はコツンとゴーレムに命中し、ゴーレムはジークへと駆け出す。


「オオオオオオ!!」


 ほぼ同時、迎え撃つように、ジークはゴーレムへと駆けた。

お読み頂き有難うございます。次回はジーク回であります。

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