ダンジョン探索開始
昼間から投下できるっ、ああ休日って素晴らしいっ!
メンツが決まり、決行日まで各々仕事をしつつ、ある者はひたすらに鍛錬を、ある者は新たに与えら得た武器を扱えるように組手を、またあるものはいつもどおりの日常を……。
そして俺も慌ただしく仕事をし、準備をし、あっという間に一週間が過ぎた。
俺、ジーク、グレン、マイルズ、リレーラの5人は、魔王城地下最奥にあるダンジョンを封じた巨大な岩扉の前にいる。
全員腰に革製のウエストバッグを付け、その中には応急処置用の薬品、包帯、そして非常用の食料が詰まっている。万が一、分断された場合を考慮して必要なものを詰め込んだのだ。これは傭兵組合まで出向いて買い付けた代物で、縫いが甘い部分をアレリアさんに強化してもらった物だ。素材自体も上等な革を使っているため、耐久性は高い。
マイルズにはそれに加えて、俺の愛用リュックを背負ってもらっている。中には同じく食料、薬品もあるが、ペットボトル入りの水や、手製の煙幕玉やらトリモチ玉等、使い捨てのサブウェポンが詰まっている。一部不満はあるが、それでも可能な限りの準備はしてきた。
俺は眼前の扉を睨みつける。その扉は一言で言うと、でかい。高さはおよそ4メートル、幅は5メートルにもなる、大岩を削った両開きの扉だ。余計な装飾なんてない、本当に、扉として機能すればいいというだけの、引くための握り部分がなければおよそ扉だとは思えない代物だ。
使われているのが普通の岩ではないことくらいは察している。俺が思う以上に、いや、そのさらに3つくらい輪をかけて頑丈なのだろう。その上、扉にかかっている封印は時術、そして、魔王以外の開錠時には音声によるパスワード照合が必要ときた。そりゃあ簡単に解けないわ……。
「っ……」
マイルズの全身の毛が逆立っている。ただでさえ見た目普段ゴワゴワしている毛が、触れれば刺さりそうな剣山のよう。
「どどどどうしたんですかマイルズさん、び、びびびびびっちゃってるんですかかか?」
「リ、リレーラ……お前ほどじゃねぇよ」
見ればリレーラの真っ白な耳と尻尾の毛も逆立っている。尻尾に至っては元の毛の量からして、ボッ!という擬音が合うほどだ。体積がおかしい。
……クロスボウの試作が間に合えば、マイルズかリレーラに持たせて援護を期待できたんだが、残念ながら間に合わなかった。まあ、是非も無しと割り切るほかない。
……うん?俺が作ればよかったんじゃあないかって?やってみたさ。原料調達して、図面書いて、な。んで、失敗した。今の俺の力量では、コンマミリ単位で揃えなければならない精密部品を[成形]するのがほぼ無理だってわかった。
いや、厳密には無理じゃない。可能だが、とにかく集中力を要する。少しでも気を抜くと歪む、凹む、脆くなる等の不具合が……。しかもできたモノによっては一見して善し悪しの判別がつかない。つまるところ、俺が[錬金術もどき]に振り回されている未熟者なのだ。精進が足らない。
そもそもこの一週間、そこまで手を回せるほどの余力がなかった。以前誂えた[撲殺剣]はそもそも、大雑把に作った代物だし、復讐心ありきの異様な集中力と、怨念という特別な存在があって出来た奇跡的産物だ。ぶっちゃけると、現状では再現不能。
そんな[撲殺剣]は今──
「久方ぶりの実戦、腕が鳴りまする」
[撲殺剣]を肩に担ぐグレンが、口元をニヤリと歪める。
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撲殺剣
分類:大剣
威力:B+
強度:A+
付与効果
怨念の残滓
身に着けている間、全ての身体能力と耐性が僅かに向上する。
復讐に燃えるナナクサが、同じく復讐を遂げんとする怨念の依り代として誂えた大剣。
刀剣の形状をしているが切れ味は殆ど無く、その重さで潰し斬るか、振り回して殴り殺すか……凡そ常識的な運用は出来ない設計だ。
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その巨大さ、その重量から、およそまともに扱えないであろう撲殺剣を、この一週間でグレンは完全にモノにした。明らかに異常である[撲殺剣]を守備兵らと共に素振りをしてみせた事で、言うことを聞かないだらけきった彼らに計り知れない恐怖を与えたことは言うまでもない。
「ジュンビ、デキテル。ハヤクイク」
そんなグレンと組手をしていたのがこのジークだという。あのグレンと一週間やりあっていたとなると……相当な水準になっているんじゃないだろうか?接近戦なら、今の俺ではジークに勝てないかもしれない。頼もしいが、少しばかり悔しい。
「……っし、封印、解くぞ」
俺はシルヴィさんから託された封印解除の札とメモをポケットから取り出す。
*
時間は少し遡る。
全員の武具を馬車へ積み込み、あとは現地で装着し、封印を解いて突入という流れだ。何もわざわざ金属鎧を身につけたまま馬車に乗る必要はない。
……んだが。若干一名、はしゃぎすぎたお人がここに。
「シルヴィさん、気が早いですよ……」
「はっはっは、どうにも落ち着かなくてな。ま、このくらいよいではないか」
刀に似た剣を持ち、胴には洗練された、普通の鉄ではないうことが伺える鎧、同じ素材であろうすね当てと手甲を身につけている。まるで南蛮鎧を着込んだ信長だ。
「まあ……支障がないなら」
彼にとって、ようやっと手にれた息抜きの時、ああだこうだ言うのは無粋というものだ。水を差すべきではない。
「では、ゆくぞ!!」
シルヴィさんが拳を天に突き上げたその時!
グギッ!!
「オボゥ!?」
無慈悲な激痛が、シルヴィさんの腰を襲った。
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ぎっくり腰
別名、急性腰痛、椎間捻挫とも言われ、グギッという衝撃とともに腰が強烈な激痛に襲われる。原因は一つではなく、様々な原因が存在する。
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*
回想終了。
シルヴィさんから封印を解く札と、解除のパスが記されたメモを受け取って今に至る。
柄にもなくリーダー俺で探索することとなった。俺サブリーダーとかの方が向いてるんだがなぁ。やれやれである……。
恐らくだがシルヴィさんは今、ベッドの上で判子押すマシーンになっているだろう……。合掌。
俺は札を扉に貼り付けた。
「な、な……何も起きないわよぅ?」
「いや、これで扉に流れる魔力が変わった。ここから第二段階だな」
先ほどまでは周囲の魔力を呼吸するように取り込み、吐き出しを繰り返していたが、貼った瞬間、死んだふりでもしているようにおとなしくなった。
……ああ、なんか魔力の流れがわかるようになったんだわ。見えているわけじゃない、ただ、肌で流れを、例えるなら風の流れを感じるのに近い。そういうのができるようになった。使えるんだか使えないのか、よくわからん。
俺は折りたたまれたメモを広げ、そのパスを口にしようと……と……。
「…………冗談きついぞ、ケルヴァさんよぉ」
メモを見て俺は唖然とした。
なんつー言葉を封印に使うんだよ……。お前にゃ恥とかそういう概念がないのかよ!!ねぇよこんなん!!ボケが!!!
「おおおおいナナクサ、どうした?」
「何か深刻な問題が?」
「ンン??」
誰もいないならまだしも、なぁ……。仲間内でも憚られるぞ?俺はそういうキャラじゃないって。こういうのはムードメーカーなおちゃらけ野郎が言うもんだろう?
「ほれ、見りゃわかる……」
俺はメモを広げて、指でつまんで全員に見えるように吊るした。
「こ、これはなんとも……」
「ナンダコリャ」
「え、えええ……」
「まじかよ……」
メモにはこう書かれていた、ただの一言だけ。
『おっぱいぷる~んぷるんっ!!!』
「空耳ヒ○ラーネタとか何考えてんだよ!!誰だよ大陸史上最高の術士にこんなしょうもないこと仕込んだのは!?」
あああああ……シルヴィさんはこれを知っていたのか?多分知らなかったんだろうな……。でなきゃこんなもん人に頼めるはずもない。あの人、こういうのを人前でやるような性格じゃないからなぁ……。
「ちっ……どっちにしろ、これを言わなきゃ進めねぇんだろ」
マ、マイルズ、お前まさか……!!
「おっぱいぷるーんぷるん!!」
おおう……。シブイ顔してマジでいったよこの狼さん。そこにシビれる憧れる!!
しかし……無情にも扉は開かない。
「……どういうことだ、おい」
ジト目でこっちを見てくる。暗に間違っているんじゃないのかと。
「……恐らくだが、発声にコツがいるんだろう」
マイルズのおかげで腹は括った。やってやろうじゃんかよ!!俺はひとりじゃない!!仲間が居る!!恥ずかしくなんか……恥ずかしいわボケ!!!
「すぅ……」
息を吸い込み……顔を脱力し、左右に激しく振りながら!!
「おっぱいぷる~んぷるんっ!!!」
ギギィィィィ────…………
重く、錆び付いた金属音とともに、ゆっくりと岩扉が開かれた。
「開いた……ね」
「間違ってなかったのか……」
ふぅ……。もう予想がついた。出処はどう考えてもズィローマだろ……。でなければ空耳ヒ○ラーネタなんぞに至る筈もない。
ここからは完全に推測だが、この言葉はズィローマ、ケルヴァ、シルヴィさんの間で特別な意味を持つようになってしまった。だからメモに発声のコツを記載せず、言葉を書き記しただけだったのだ。
……あるいはケルヴァの嫌がらせという線もあるか?あああああ、くそがぁぁぁぁああああ!!!
「封印なんか大っ嫌いだ!ケルヴァも大っ嫌いだ!!迷宮も大っ嫌いだバーーーカ!!!チキショーーメーーー!!!」
俺はメモを床に叩きつけて、自駄々を踏むように、狂ったように何度も踏みつけた。
柄にもないしょうもないことさせやがって!!!あああああああああああーーーーーー!!!
「ナナクサ殿……心中、お察し致します」
「ゲンキダセ」
う……グレン、ジーク、その優しさが今は痛い……。
「はぁ……はぁ……。……全員、俺とマイルズがやったことは忘れろ。こんなん人生の黒歴史だわ……」
泥酔したとしてもこんなアホはしない。疲労が極限まで溜まってもしない。やれば最後、とても大事なものを失うからだ。俺は今さっき失ったがな。
「「「「了解……」」」」
はぁぁぁ……と、深い溜息で肺の中の空気をすべて吐き出し。
「……っし、行こうかね」
無理やり気持ちを切り替えて、迷宮探索の第一歩を踏み出した。……なんで突入前からこんなに疲れてるんだろうな。
俺達は開かれた扉を潜った。岩扉は一定距離を離れると自動でゆっくり閉まり、近づくとゆっくり開いた。ダイナミック自動ドアらしい。
扉の先はあからさまな洞窟で、最初は緩やかな下り坂だ。そして前情報通りに、天井に謎の光源がある。コケかなにかだろうか?びっしり天井に張り付いて、蛍光灯のように明るく発光している。
前衛にジーク、グレン、後衛に俺、さらに後ろにマイルズ、最後尾にリレーラの陣で進む。
道幅は広い、6メートル以上はあるだろうか。高さも扉の倍程度はありそうだ。おかげであまり閉塞感を感じない。これならば機動力を重視した戦い方ができるだろう。
ただ……裏を返せば、それだけの巨大な相手が出てもおかしくないという事だ。
「……ナニモイナイミタイダ」
「よし、このままゆっくり左の壁沿いに進もう」
まだトラップの危険性は残っている。魔物が少なく、トラップだけが存在することも想定しなければない。
「ジーク、妙なものがあったら迂闊に触るなよ、一旦停止して調べてからだ」
「ワカッタ」
ポロっとデストラップってこともある。ギロチンが落ちたり、火炎放射機が仕込んであったり、床が抜けて剣山とか。……10フィート棒を用意するべきだったな。TRPG的に。
「俺も自分の仕事を始めますかね」
紙束とボールペンを取り出し、マッピングに専念することにした。
2時間後──
左手の法則で進み、それなりに紙を消費したところで、グレンがポツリとつぶやいた。
「異常だ」
自然と、全員の足が止まった。ここまでで出会った魔物は0。モンスターハウスならぬゴーストタウンという有様。
「ウンコアッタ。サイショ、イタトオモウ」
道中、ジークが何かのウンコを発見したから、確かにいたのだろう。所々、形状様々に落ちていたから、全てが同一種・同一個体のものではない。しかし、あったのはあくまでウンコだけだ。肉片だの骨だのそういったものはない。
「このまま進むか、引き返すか。ナナクサ殿、ご決断を」
「難しいところだな……」
今わかっていることは、すぐにでも危機が訪れるわけではない事。予想通り食物連鎖が発生している事。最低限の情報は得ることができた。十分な情報量だ。……一週間前の状況なら撤退を決断できただろう。状況が違うのだ、あのボンクラ守備兵どものせいで。
「情報が足りない。……すぐにでも危機的状況になるわけではないことはわかった。だが、猶予がどれだけあるのかが問題だ」
猶予、要するに守備兵の鍛え上げが間に合うかどうかという話だ。
たまにグレンとジークが彼らの相手をするわけで、もちろんグレンの得物は[撲殺剣]。本気で鍛えないと殺されるという恐怖が、彼らを突き動かしたのだろう。そういう動機で鍛えられても、指揮とかうまくいくとは……いや、よそう。別にどこかと戦争をするわけじゃないんだ。大規模戦闘の指揮とか考える必要なんてない。
「術で壁でも作りゃあいいんじゃねぇのか?」
「残念ながら未習得だ。出来ても内包させた魔力が尽きれば崩壊してしまう、期間限定品……。最低限、何階から魔物がいるのか、そして上位個体の存在を確認しなければ、成功とは言い難いだろう」
ボンクラどもにもうちょっと体力があればなぁ……。まだまだ必要水準には満たない。
「あの税金泥棒のボンクラどもをふるいにかけるにしろ、徹底して鍛え上げるにしろ、求める強さの目安が分からなければ話にならんのよ」
「確かにおっしゃるとおりです。では、このまま……」
「ああ、進むぞ。……その前に、一旦休憩」
この先も安全かどうかまでは保証できない。この場で一度軽く食事と、用足しをしておくべきだろう。
お読みいただきありがとうございました。……タグにケモ耳つけようかしら。




