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準備

ちょっと長いです。ナナクサの弱点が暴かれます。

 自室の机に向かい、紙の上にボールペンを走らせる。

 さて、まずは威力偵察の編成を決めよう。それを決めないことには最低限必要なものがわからん。準備のしようがない。


 まずシルヴィさん、俺、ジーク、グレンが候補だ。シルヴィさんは自前の剣……いや、刀があるし、素手でもやれるそうだから問題なし。さらに多少の風術が扱えるとのことだ。状況次第で後衛にも回れるだろう。

 こっからが問題だ。俺が今使えるのは火術、風術、土術、雷術、陰術、時術だ。行き止まりの迷宮に空気の流れがないことを考慮して一酸化炭素中毒回避のために火術は使用不可。

 土術も使えないだろう。異様な硬度だという迷宮の壁から成分を引き剥がすのは、容易ではないと予想できる。

 陰術、時術で直接攻撃できるものは習得していない。準備込みでの猶予一週間となれば、既に習得したものを研鑽する方が効率的だ。


「消去法で風一択か……。決行日まで鍛錬するとして、装備が問題だな」


 さらなる俺の問題、第一に体力があんまりない。毎日の鍛錬は続けているが、たかだか1週間で最盛期まで戻るはずもなく……。今の俺では、3日間のコミケにすら耐えられないだろう。


「軽装、で行くか。最低限、金属製のプロテクターを……いや待て」


 ワグナーの野郎の話じゃあ金属は術行使を阻害するんだったか?その辺キシュサールの書には記されていないんだよなぁ。ま、術にばかり傾倒してもな。身体の鍛錬を疎かにするのは論外だ。

 金属は重い。己の肉体を鍛えないという事は、重い装備なんぞ最初から選択肢になかったのだろう。


 「武器は……どうする……?」


 俺個人で自由に扱えるものはこの[ボーンスティレット]だけだ。

 グリップを摘み、ぷらぷらと振り子のように揺らす。軽いくせに意外と強度があるんだよなぁ、これ。……命を預けられるかと問われればNOだけどな。


「いっそ素手でやるか。案外そのほうがよさそうだ」


 よく考えりゃあ、徒手の鍛錬は生前毎日やっていた。咄嗟の動作なら徒手、あるいはナイフの方が反応は早い。……早いが、今の体で使うには心もとない。


「とりあえず保留、か」


 はぁ、と、ため息をついてしまう。ままならないなぁ……。



*



 さて、ジークはどこに……お?なんだありゃ……。廊下を歩いているのはユーディと……その後ろを取り込んだばかりであろう洗濯物の山に足が生えてついて行って……って、ジークだ、あの足。よく歩けるな、あれ、洗濯物で視界が完全に塞がているぞ?


「あ、ナナにぃ」

「ナナクサカ?」


 ジークはユーディの声で俺が居ることを判別したようだ。


「ジーク、お前どうやって前見えないのについていけるんだ?」

「ケハイ、アシオト、ワカル」


 そういやぁそういう奴だったな、ジークは。あの時食ったウサギなんかはまさにそれの恩恵だ。それにしても……。


「随分と……いつの間に仲良くなったんだ?」


 ついぞ数日前まで、一緒にいるところなど見たことがなかった。

 ジークの行動パターンは定まっていない。やりたいことを探してみろと言ったわけで、時に俺に料理の作り方を聞きに来たり(理解不能で断念)、ハヤブサの世話をしてみたり、シルヴィさんの素振りを真似たり、グレンと守備兵の修練場へ行ったり。それ以上にいろいろやっているはずだ。四六時中見ているわけではないし。


「昨日から。洗濯物、たたむの教えてる」

「ムズカシイ」


 昨日……ああ、あの雨の時か。うむ、仲良きことは美しきことかな。っと、ちょうどいいな。


「ジーク、少し時間をもらえるか?」

「ドシタ?」

「……いや、洗濯物の始末が終わってからでいい」

「ワカッタ」

「ならナナにぃも手伝って。手伝いながら聞けばいいの」


 ながら作業は効率が落ちると思うんだが……。まあ、洗濯物の枚数は多くはないし、急ぎじゃないなら作業はできるだけ楽しくやるもんだ、うむ、いいか。


「そうさせてもらおうか」

「ん、こっち」


 ユーディの先導に従ってついて行く。……ユーディ、なんかすごい尻尾振ってるんだが。…………唯の俺の自惚れだろう、うん。そう思っておこう。




 で、食堂で洗濯物をたたみながらジークに話をしてみた。


「というわけだ。嫌なら別に───」

「イクゾ」


 即答かよ。……表情が硬いな。なんだ?何か、思いつめたような……。気のせいか?


「問題はサイズが合う防具が存在しないってとこだ。自作すっからちょくちょく時間空けといてくれ」

「ワカッタ」


 ユーディが俺のシャツを畳み終えて、こっちを見てくる。


「危険なところ?」


 うん?まあ、そうだな。


「油断は禁物だな。まあ、長ければ数日かかるだろうよ」

「そう……」


 しゅん……と、耳が垂れる。あーもぅ……。


「まあ、あくまで偵察。何事もなければ日帰りだ。そういうわけだから、もし戻ってこなかったら、その間は自分でブラシをかけてくれ。厨房は……さすがにモントさんに話を通すか……」


 ユーディはここ数日、ちょこちょこ厨房を手伝うようになった。作る量が増加傾向にあるため、正直言ってありがたい、頼もしいっ。ちなみに料理がかなりできるモントさんは、シルヴィさんと宰相殿の補佐に回っているので、ほぼこちらに手を回せない。俺が厨房に入った理由のひとつでもある。


「むー」


 ご不満らしい、△みたいなクチしよって。

 とりあえずジークの防具は革製で行こう。腕力はあるが、体がそもそも金属鎧をつけたまま維持できないし。ただ、脛当てと手甲には薄くだが金属を入れるか。

 武器は……[ゴブリンバット2]か、他の金属武器、いい鈍器があればいいんだが、背丈の都合上あまり長くても扱いにくいだろうしなぁ。一応保留だが、多分[ゴブリンバット2]で行く事になるだろう……。




 俺は庭先に出て、軽く体をほぐした。緑の芝生が生え揃い、花壇には名も知らぬ花が色とりどりに咲いている。このへんはアレリアさんとユーディが手入れしてたんだっけか。

 一通りほぐし終わり、一息。あとはグレンの同意が得られれば最低限はクリアだな。その先はグレンの眼鏡にかなう人材がいれば採用したい。

 …………いや、いるのか?いない気がしてきたぞ?

 そうだ、昨日の夕食時に兵鍛錬の進捗聞いた結果、どう返ってきた?たしか……




「あの程度の戦闘力では、連携以前の問題です。徹底的に体力を付けるところから始めなければ、自陣より少数のゴブリンの群れにすら勝てぬでしょう。現状をはっきり申しますと、雑魚の群れです」




 そう言ってため息をついたんだっけ。……お荷物でしかないな。荷物持ち(サポーター)であっても、有事の際に戦闘ができなければ俺達全員の命に関わる。荷物持ちが荷物になるなんてあっちゃならない。偵察の今回は特にそうだ。でなければ最悪捨てていく事にすらなってしまうのだから。


「何やってんだ?」


 ふと、横から声が聞こえてくる。この声は……。


「うん、マイルズか。……くっさ」


 思わず鼻を摘む。なんという畜舎特融の悪臭っ。いや、普段より数倍うんこくさい。


「うるへぇ。一頭腹を下しやがったんだよ。おかげで大忙しだ」


 なるほど、大変だ。そりゃ大変だ。しかしよく平気だな。獣寄りの獣人は聴覚や嗅覚が軒並み高いはず……慣れだろうな、多分。


「ああ、そうら。ひょっろはなひがあるんひゃが」

「……話があるってのか?」


 よかった、通じた。だがさすがにこの先は鼻つまみながらでは理解不能だろう。意を決して鼻から手を離した。


「実はな……」





「というわけで、仲間募集中」

「乗った」


 ちょ!?決断はぇぇ!!


「待て待て、命掛かってんだぞ?それにまだ報酬の話もしてないぞ?」

「なぁに、旦那の依頼なんだろ?ってこたぁ取りっぱぐれる心配はねぇし、心象も上がるってもんだ。……ま、お前らほど強かねぇが、いざとなったら戦えるさ」


 ギュッと握った拳を前に突き出す。となると、サポーター兼前衛としていけそうだな。良し。


「ちなみに報酬はこんなもんだな。一人頭金1枚」

「十分だぜ。……なぁ、リレーラに話さなくていいのか?」


 うん?……ああ、この仕事を受ければユーディへの支払い完済できるわけか。しかし……。


「能力的にどうなんだ?贔屓なしで率直な感想を頼む」


 そのへん俺は全くわからん。俺の中では斜め上の発想をするダメ美人っていうイメージで固定されてしまってるからなぁ……。危険な場所へ行く以上、足でまといを連れて行くわけにはいかない。仲間の命に関わる。


「あいつは馬鹿だが、補ってあまりあるくらいの能力はあるぜ。足ははええし、目も耳も利く。おまけに、陽術の資質持ちだ。ワグナーみてぇに攻撃魔法は出来ねぇが、傷を癒す[ヒールライト]だけはできるぜ」

「本当か!?」


 絶望視していたヒーラーが確保できる!!そうか、これで謎が解けた。だから糞豚は手元に置いておいたんだな。いさという時に自分の死を回避するために。……まあ、死んだけど。いくら治療手段をもつ配下がいても、近くに置いておかなければなんの意味もないだろうに。あいつ、エリクサー症候群っぽいもんにでもかかっていたのか?


「そんだけ能力がありゃあ十分だろ?あとは勝手な行動をさせなけりゃいい。不安なら、首輪でも嵌めとけばいいだろ」


 ふむ……ケモ耳美女に首輪か、胸熱……リレーラじゃなけりゃな。アレは美人だが興奮できん。

 ……リレーラじゃなければ?例えば、ユーディに首輪……俺は何を考えているんだ。ああくそ、溜まってんのか……?断じて俺はロリコンじゃぬぇ。


「オーケー、当たってみるわ。後で武具の詳細を詰めたい、夕食後に俺の部屋に来てくれ」

「おう」




*




 とりあえず、リレーラが滞在中の安宿へ向かう事にする。


「うん?あれは……」


 見るからに怪しい派手なピンク色の看板、そして呼び込みをしている悪魔めいた、しなった褐色の太い2本の角と細く黒い尻尾を持つ黒っぽい肌の……たしか、ディーヴ族だったか。


「1回ポッキリ銀10枚だよ!そこのお兄さんどうだい?」


 瞬間、俺のトラウマが呼び起こされ、俺の精神は賢者となった。


「いえ、私は結構です。呼び込みご苦労様です、頑張ってください」

「え!?あ、は、はい?が、がんばるます、どうも……」


 似非営業スマイルで労い、混乱に乗じて退散した。


 ん?普通誘惑にかられて迷うもんだって? ……初めての大人のお風呂屋さん、出てきたのは……。




・・


・・・



「ドーモ、バイオスモトリです」

「アイエエエエ!!スモトリ、スモトリナンデ!?」

「アラヤダ、イイ男じゃないの。一杯サービスするわよん、デュフフ……」

「へ、へるぷみー……」



・・・


・・




 後は分かるな?大人のお風呂屋さんバージョンの、『大魔王からは逃げられない』だ。トラウマなんだよ。

 発端は彼女の浮気だった。すったもんだの末に破局し、気分一新のキッカケにでもなればと思ったらへるぷみーだよ。フォトショとかそういうレベルじゃねぇ。おぞましい、悪意を感じた。おかげさんでそういう店の前に行くと、フラッシュバックが起こって大賢者タイムが自動発動するように……。あの時ほど金が勿体無いと思ったことは無い。前世一番の無駄遣いだったと言えるだろう。


「あ、しまった」


 よく考えれば、まだ日が高いこの時間帯に寝床に向かってもいるはずがない。絶賛狩猟中のはずだ。……となると、確実に最短で接触するには、ハンター組合で待ったほうがよさそうだな。




 ということで、ハンター組合へ向かった。


「ここ、か」


 中央広場に面する立地。木造二階建ての建物だ。正面の両開きの扉は大きく開け放たれており、仄かに血の匂いが流れてくる。なるほど、獲物の処理もしている訳か。ふむ、なにか特別な販売物とかあるんだろうか?……いつまでも正面で棒立ちしているわけにもいかないな。


 不審者と思われる前に、中へ入ることにした。


「おや、ようこそ、ハンター組合へ」


 正面のカウンターに佇んでいるのは、白髪のナイスミドルなおじさんだ。額に目がある……三眼のヤムリィ族か。シルヴィさんとは別のシブ味を感じる。


「新規の加入ですかな?」

「いや、人を探して……というよりは、人待ちですね」

「そうですか、この時間は私共も退屈でしてね。あと数時間もすれば活気にあふれるのですが……」


 やはり時間的に早かったか。

 しかし数時間か。時間をつぶせる喫茶店があるわけでもなし、色々と聞いてみることにしようか。


「俺を見て新規って言ってましたけど、もしかして全員の顔と名前を思えているのですか?」

「当然ですとも。新規のハンターはそう来るものではありませんから、自然と覚えてしまうのですよ」


 そんなもんなのか?もちっと、子供のあこがれ的なものを感じたんだが……。モンハン的な意味で。あこがれだけで食っていけるわけはないのかねぇ。世知辛い……。


「まあ、仕方がないことです。ハンター自体副業のようなものですからね……。冬になれば、ほとんど休業ですよ」

「あー……冬眠、ですか……」

「ええ。ただ、冬に取れる獲物はそれなりの値が付きます。冬眠に失敗したワイルドベアの1頭でも取れれば、そりゃあ相当なものですよ。……それを目当てで、もう何人死んだのか、両手では足らないほどですね……」


 冬眠に失敗した熊を狩る、もしくは寝座を襲う。どちらも危険だ。特に冬眠に失敗した熊は、絶えず獲物を求める空腹状態にある。見敵必喰、実際ヤバイ相手だ。


「それに、弓を上手く扱うだけの技量を持つハンターがそうそういないのですよ。狩りの基本は、遠距離から、ですからな。私も昔は弓を手に多くの獲物を捕ってきましたが、ワイルドベア目当てで山に入って、足を滑らせ崖に落ちてしまいましてね。その時の古傷が原因で、杖なしでは立てなくなってしまったのですよ」


 不慮の事故が原因の引退か。きついなぁ……。


「心中、お察しします……」

「いやいや、おかげで私は生き延びた。……あの冬にワイルドベア相手に命を落としたのは5人。皆名うてのハンターでした。私はある意味では、幸運だったのですよ」


 負傷が幸運、か。……俺も、ボロボロにはなって生還したクチだ。九死に一生、不幸中の幸いという点では同じだな。


「しかし、弓を引けない、か。クロスボウとか弩とかないんですか?」


 あれならば巻き上げ後は寝そべるなり座るなりで構えればいけると思うが……。いや、杖なしでってことは踏ん張りがきかないってことだ。巻き上げには力が要る。つまり直立できなければ弦を巻けない。


「クロスボウ……?失礼ですが、それはどういったものなのでしょう?」


 ありゃ、そういうのは存在しないのか。


「ちっと説明に時間がかかりますが……」

「構いませんよ、あと数時間はこの状態が続きますからな」


 さいですか、なら遠慮はいらないな。


「クロスボウというのはですね、基本は弓と同じですが、引きを機械化させることで人力で運用不可能な硬い弦を引けるようにし──」




1時間後──




「──と、いう仕組みです。図に記した部品を金属製にして耐久力を上げるわけです」


 俺は自分の知る限りのクロスボウと構造を伝えた。


「これなら……組み上げをうちで、部品を発注して……」


 真剣な顔つきでなにかブツブツ言ってるんだが……。


「失礼、このクロスボウ、うちで作ってみても良いでしょうか?」

「んー、オススメできないですよ。部品点数も多いですし、原価だけでも弓の数倍になります」


 ハンター御用達の品として売りたいのだろうが、難しいだろう。

 確かに、矢の射出速度は疾い。イコール威力も高い。軌道も銃のそれに近い。しかし構造が複雑化、部品点数が増加することで、価格は跳ね上がる。

 初期投資と言えども値が張るのは駆け出しには手を出しにくいし、それなりの経験を積んでから手を出すのは今更感がある。さらにメンテナンスにかかる時間も弓と比べれば長く、必要経費も多い。


 あのSE○Aだって、セガ○ター○の反省点に部品点数の多さが上がったのだ。その反省点はトリー○キャス○で生かされたが、商機を逃した結果……出荷台数は目を覆う惨状となってしまった。しまいにゃギャルゲーハードになっちまったしなぁ……。

 ……と、これに似たようなことになりそうな懸念がある。


 この一週間で分かったが、基本的に獣人達は総じて力がそこそこにある。大通りでまれにすれ違う傭兵と思われる獣人が持つのは総じて大きい無骨な武器だ。女性でもロングソードに分類されるような剣、曲刀、弓と、構造が単純なものばかりである。なまじ身体能力が優れている分、非力でも扱える強力な武器の開発が進んでいなかったのだ。


 まあともかく、受け入れられるかどうか、売り出すとすれば冒険になるだろう。


「うーむ……しかし、これだけを知って何もしないのは、もったいないと思っているんですよ。ですから、一丁だけ、試作で作りたいのです。そこからコストの削減をして、価格を可能な限り抑えるとして、どの程度の値になるのか。購入したいという声が上がるのか」


 出来ても最初のうちはオーダーメイドになるだろうなぁ……。


「──おっと、申し遅れました、(わたくし)、ハンター組合本部長のウィンストンと申します」


 ……本部長、とな?え、ええとつまりだよ、まさかこの目の前のナイスミドルなオヤジさんは……。


「ハンター組合の……ボス?」

「はい。私がボスでございます」


 アイエエエエエエエ!!!な、なんで組織の一番偉い人がカウンターで受付業務やってんの!?ほかにやるべきこととかないの!?


「忙しいのは獲物が持ち込まれる時間帯ですよ。その時間帯に勤務時間を割り当てているわけです。こんな閑古鳥の時間帯に何人も置いておくのは無駄ですからね」


 まるっとお見通しだったようだ。……たしかになぁ。この有様で何人も置いておけば、まさしく給料泥棒だろう。ああ、なるほど。ハンターも副業なら、職員も副業か。とてもここの職員一本で食っていけるはずもない。


「……失礼しました、ナナクサと申します。シルヴィ……いや、シルベイクァンさんの屋敷で、料理番をしています」


 ほう、と、ウィンストンさんは感嘆の声を上げる。


「その年であの方に料理を任されたのですが……。シルベイクァン様は美食家ですから、認められるほどということは、さぞ素晴らしい料理人なのでしょう」


 そんな有名なのか……ああ、確かに何百年も生きているわけだから、安定した取引先になる。組合としては知らないわけにはいかない人物になるわけだ。


「いや、そこまで誇れるほどでは……。……話を戻しますが、それはつまり、ハンター組合として動くということで?」

「ええ、もちろん。傭兵、ハンターにウケが悪いとしても、行商人の自衛手段として、あるいは狩猟手段として、娯楽としての用途に希望があります。先行投資ですね。試さず埋もれさせるのは、余りにも惜しいのですよ」


 行商人、か。確かに、その通りだ。それに娯楽か。そこは考えつかなかったな……。要するに、祭りの出店にある射的か。……そうか、そこから初めて知名度を上げれば、売れ筋も……!


「……取り分はいかほどで?」

「共同開発で利益から2割でどうでしょうか?」


 2割……ねぇ。まあ、基本的に口を出すだけになりそうだし、あとは試作品の試験か。悪くはないな。


「ええ、ではそれで行きましょう。まずは最低限の機構を搭載したものから。次いで巻き上げ機搭載型を。需要が見込めるなら、威力を抑え連射可能な連弩まで開発したいところですね」

「ええ、ええ。いやはや久しぶりに、心が躍りました。夢を見るのはとても良い事だという事を、思い出させていただきましたよ」


 こうしてクロスボウの利権がここに誕生した。話が大体まとまり、証書にサインと血判を押したところでリレーラが獲物が入った革袋を担いでやってきた。


「こ、こんなところまで来て……まだ支払いの期日まで時間があるじゃないーーー!!」


 涙目でテーブルの影に隠れるなよ、お前は子供か。耳とか尻とか全然隠れてない。


「借金取りに来たんじゃあない、儲け話だ、儲け話」

「え」

「ただし、命懸けの、だな」




*




 場所をリレーラの宿へ変え、俺は一通り説明した。


「さて、どうする?この1回だけでお前さんの支払い義務は完了できるが……」

「う、ううん……」


 ま、命懸けは悩むよなぁ、そりゃあ。

 だが、それはこっちだって同じ。癒し手の有無は生存率に直結する、無視できない重要事項だ。


「一つ問おう。命懸けで得た金と、安全に稼いだ金、どちらも同じ金額だがどっちが重い?」

「ふぇ?そんなの、命懸けの方に決まってるじゃない?」


 何を当たり前なという顔で。それがわからないほどアホじゃないなら、割と楽だ。


「その通りだ。……気づいてるんだろう?このままやって支払いを完遂させても、それはあくまで一般的な視点で罪を精算しただけに過ぎない。ユーディはお前を許しはしないだろう。首の皮一枚で姉妹の縁を繋ぐだけだ」

「う……」

「だから命を賭けろ。それが幼くして一人孤独に、生死の橋渡りをしたユーディへできる贖罪だ。改めて言わせてもらう。己の命をかけて得た金は、重い」


 本当にユーディに対して申し訳ない気持ちがあるならば、乗る。まあ、許すか許さないか、それはユーディが決めることだ。だが、この機会を逃せば、ユーディがリレーラを許す機会は永遠にないような気がするのだ。


「……わかった、乗るわ。駆けるわよぅ、あたしのこの命」

「オーケー、商談成立だ」


 見方によればダシにしているようなものだ。最低だと言われるかもしれないが、こっちだって仲間の命がかかってる。威力偵察とはいえノーリスクではない。生還率を上げるためならば、喜んで泥を啜ろう。




*



 リレーラの宿を後にし、帰路に就く。


 ……そうだ、許す、許さないは被害者が決めることだ。周囲が決めることでもなく、まして加害者が決めることではない。


 ふと、昔を思い出した。あの男、親父の顔面をゴルフグラブで粉砕した日のことだ。


「……あの時、オヤジがどういう行動をしたら、俺は許す気になれたんだろうか」


 俺は親父に、誠意を持って謝って欲しかったのだろうか?どうなんだろうか……?

 親子の情よりカレーのシミの如く残り続ける憎悪のせいで、答えが出そうにない。いや、死ぬまでに答えが出るかどうかも怪しいだろう。仮に答えが出たところで、あの男とは二度と会うことはないのだが……。


「お、グレン」

「ナナクサ殿!」


 偶然にもグレンと遭遇した。

 件の話をしたところ──


「委細承知。誓いに従い、身命を賭しましょうぞ」


 オーケーをもらった。


「すまないな、毎度危険なことばかり。今回も、頼りにさせてもらうよ」

「ナナクサ殿が謝罪なされる理由はありませぬ。私はそれだけが取り柄故。……そうだ。ナナクサ殿、少々知恵をお借りしたく……」


 ん?珍しいな、グレンが悩み事とは……。


「どうしたよ?言ってみ?」

「やる気のない者を奮い立たせるにはどうすればよいのか……」


 あー……守備兵の……。どうやら、思った以上に深刻らしいな。


「そう、だなぁ……パターンはいくつかあるな。最初にプライドを徹底的に破壊する海兵式。……弱ければ有事の際にどうなるか、危機感を煽る。ただ、なぁ……聞く限りじゃあそれでも動かんかもしれん」


 奴らどうもプライドばかりで税金泥棒してきた口だけ感があるんだよなぁ。顔とかプルンプルンのムダ肉が付いているし。どこの国のお笑い軍かよって印象だ。


「場合によっては全員クビも視野に入れるべきだな。其の辺は、夕飯後にシルヴィさんと話し合うべ」

「御意に……」


 魔都ウルラントの未来は、どうにも見通しが悪い。




*




 その晩……。

 夕食の後始末を終え、風呂へ入り、現状を纏め記してベッドに横になった。


「これで6人か。前情報の通路幅を考えるなら、これ以上の増員はやめたほうが良さそうだな」


 それ以前にツテが無い。グロムビルが生きていりゃあ露払いに特攻させて使い捨てるっていう手が使えたが、仕方なし……。あとは早いとこ必要なブツを揃えて、体を慣れさせないとな。自分の時間も確保して、風術を鍛えにゃあかん。


「納期前の忙しさに通じるな……はぁ……」


 明日も忙しくなる、さっさと寝よう。


 ベッド脇に置かれたランプの火を消す。窓から差し込む月明かりが心地いい。心が安らぐ明るさだ。うん、今夜はいい夢が見れそうだな……。




*




 …………。

 …………んむ?

 何だ……?毛布の中が……妙に暖かい……きもちいからいいか……。うむ、このモフモフが……。

 モフモフが……。

 モフ……?


「モフいだと……?」


 上半身だけ起き上がり、毛布を剥ぎ取ると……


「んぅ……」


 窓から差し込む月明かりが、毛布に潜んでいた侵入者を曝け出す。

 目に映ったのは、俺の左足にしがみつき眠るユーディだった。


「どうりで暖かいわけだー……ってちゃうわ!!おい、起きれ」


 かるーく頬をペチペチと叩く。


「ん……朝……?」

「残念、草木も眠る丑三つ時だ、うらめしや」

「……んみゅ」


 寝ぼけ眼のユーディはまた眠りについてしまった。しかもより強く足を締め付けて。


「寝るな。ちょい、起きれ。起きなさい」

「うー……?」


 半目で渋々起き上がるユーディ。


「お前何してるの?」

「ん……ねてる」

「なんで俺の部屋でって聞いてるんよ」


 当然ユーディにもひと部屋あてがわれている。部屋そのものに大差はない。


「ここでねたいから……」


 おま……仮にも俺男ですよ?ストライクゾーンから外れているにしてもだよ?男女同衾せずって言うじゃないか。


「ためるから」


 ……貯める?何を?ポイントカードでもあるのか?


「ななにうむ……」

「ナニソレ?」

「ななにぃのえねるぎーっぽいなにか?」

「疑問形かよ。っていうかそんなもんない」


 新手の原子かなにかか?聞いたこともないぞ?


「でも、ある」


 半開きだった目は、いつの間にかぱっちりと開いて、俺の目を見ていた。……なんとなく、俺は意図を察した。


「……ユーディ、俺は男だ。貯まるもんは貯まるし、場合によっちゃ制御しきれず襲うかもしれん。……ロリコンじゃないが、暴発寸前で密着されれば純潔の保証はできない」

「つまりななにぃが私を意識してる、だよね」


 う……そう、なるのか?どうなんだ?マジでどうなんだ!?確かに、昼間……むむむむむ……。


「私も意識する。けど、よくわからない。わからないけど……会えなくなるなら、少しでも一緒がいい」


 …………はぁ、つまり、自覚はあれども正体不明、と。


「あー……もう勝手にしてくれ」

「わぷ」


 ユーディもろとも毛布をかけて、寝ることにした。……大丈夫だ、眠気が勝る。


「……おぼえて、ないの?」


 うん?覚えて……なんの話だ?


「私は……覚えてる……忘れない……」


 すぐに毛布から寝息が聞こえてきた。ちらりと毛布をめくる。ユーディが幸せそうな顔で抱きついて眠ている。


「間違っても誰かに見せられる状況じゃあないな……」


 しかし……憶えている?忘れない?何のことだ?

 ユーディとはあの地下牢で会ったのが始まりだ。俺はこの最果ての世界に再誕したばかりなのだから、それ以前に会うはずがないのだ。

 ……ユーディは、俺を誰かと間違えているのか?


「なんか複雑だ……いや、なんで?」


 なんで複雑なんだ?……やめだ、寝よう。考えるほど泥沼にはまりそうだ。

お読み頂き感謝です。

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