決戦!クイーンとサムライ! その2
「な、ナナにぃ!?きゃっ!?」
ドゴォォォン!!!
バチカルに続けてユーディが操るケテルも、サムライグレムリンの剛打にぶっ飛ばされグルングルンと宙を舞う!
だがまだ終わらない。弾かれたバチカルは、着地地点に控えていたサムライグレムリンによって殴り返された!
「うぉおおうっ!?」
回転する視界の中、ユーディが操るケテルも同様に殴り返されていた。
直後、さらに別のサムライグレムリンが飛んで軌道上へ動き、ぶん殴りのおかわりによってぶっ飛ばされた!
「ちょ、眼が回るっ!!何てパワーだ!!」
さらに、サムライグレムリンの打撃が続く。続く!続くッ!!これではまるで卓球台の上のピンポン玉だ!!
「……やばい」
何がヤバイって、あいつらの身体強度が洒落にならん!!
確かに、ケテルもバチカルもボディに凹みどころか傷一つない。オリハルコンの硬度は伊達じゃない。
2体の重量は決して軽いものではなく、全力で殴った奴の手の骨はファイナルストライク的に砕け散る。……まともな手ならばそうなる筈だ。
だが、今まさに殴ろうと振りかぶるサムライグレムリンを、そして殴った直後のサムライグレムリンの腕を見る限り、骨が砕けた様子も痛がる様子もはない。生まれて間もない癖に、とんでもない骨密度と筋肉を有していることが判る。
さらに着目すべきは爪で引き裂かず、打撃を繰り出してきた点だ。
「こいつら、賢いぞ!!」
つまり、オリハルコンの──いや、鉱物であるケテルとバチカルを見て、即座に有効な攻撃手段を割り出した。本能なのか理詰めなのかどっちなのか知らんが、爪で破壊できないと悟り、打撃を繰り出してきたのだ!生まれたばかりの赤ん坊が算数の問題集を解いているような次元の話だが……いや、流石に不自然だな。何かカラクリがありそうだが……。
だがそれを抜きに、単純な戦闘力を測っても、間違いなくモレオを軽く超えている。
結論。まかり間違って1体でも外に漏れれば、成長したそいつが原因で国一つが滅びかねない厄災だ。
「オーッホッホッホ!!ソノママ クダケテ シマエ!!」
イラっと来る高笑いだが、それ以上に……回り過ぎて気持ち悪い……うっ。
「ユーディ、一旦オートに切り替え……作戦タイム……」
「ん!」
制御を直接操作からオートに切り替え、リンクを維持したまま目を開けた。
「あーやばかった……」
「目が回る……」
危なかった……あのまま続けていたら、ユーディの頭に胃袋で溶けた昼飯をリバースするところだった……。最悪の事態に至る前に、どうにか回避することはできたが……。
「なんで俺らこんな興味津々にのぞき込まれているわけ?」
待機休憩中の兵が俺達を取り囲んでいた。いや、敵意あっての行為じゃあない。何せ、彼らの目は、昭和の紙芝居屋を水飴片手に今か今かと始まりを待って取り囲む子供達の目に等しかったのだから。
「いや、その、やっぱり気になると言いますか」
おずおずと、囲む兵の一人が理由を口にした。
……ぁー、つまり、動画サイトのライブ放送、いや、ラジオの生放送みたいなものか。
「ところでナナにぃ、オートでよかったの?」
「あれだけの連携で殴り続けるんだ。オートにしたところで反撃の隙はない。……今はな」
回転に弱い俺に、視界がグルングルン回る絶叫マシン状態でまともな制御が出来ようか?無理ザマス。
「じゃあ、どうするの?このままバテるまで放っておく?」
「まあ、そうなるな。連携は確かに強力だが、奴らはゴーレムじゃない、生物だ。であるなら、疲労は蓄積するし、腹も減る。問題は、その後どう動くかだ」
そう、その後が問題だ。隙ができるようになっても、数が数だ。その数が厄介だ。
渋い顔の俺に、よくわかっていない顔をしたジークが口を開いた。
「なんだ?クイーンを殺して終わりじゃないのか?」
「事はそう簡単じゃない。……なあ、ジーク。生まれたばかりのゴブリンは、その状態で意思疎通を完全にこなして緻密な……お前んとこの第2部隊にいる3馬鹿チャラ男を超える次元の連携ができるか?」
「無理だ。大人になっても連携できないゴブリンは多い。完全なイシソツーができてれば、オレはあの日ナナクサに会わなかった」
「そうだ。根本的に不可能なんだ。状況を理解し、互いの能力を数分の狂いもなく理解し、その上で、その場その場で各個体が衝突・阻害することなく最適な行動を取る。それ自体が不可能だ」
「んぅ?……あ、そっか。殴ってから、次のが殴るまでの数秒で、30体全部が常に一番いい行動の答えを出し続けて、その通りに動き続けるなんてできない。考えて息を合わせる時間が足りない」
「そうだ。30体で完璧に息を合わせるなんて、何か月もかけて血の滲む訓練をしなければできっこないんだ。それを、遂次状況が変わる環境下でも変わらず完璧になんて出来やしない。ある例外を除けばな」
昔、どこぞのテレビ番組の正月企画であった30人31脚を、ただ真っすぐ走るだけじゃなく、ルート上にランダム落とし穴や頭上からのタライ落とし、果てはビー玉ばら撒きといったトラップを仕込んでなお転ばず完走するという無茶ぶりに近い。デキッコナイス。
「あの、ナナクサさん。その、例外っていうのは?」
「クァ?」
「……クイーンがサムライグレムリンを直接操っている場合だ。俺達がケテルとバチアkルを操っているようにな」
もしそれが可能なら、奴らの異常な連携と打撃のみに統一された攻撃に説明がつく。というか、他に説明がつかない。
「ナナクサ殿、仮にクイーンが操っているとして、それは可能なの事なのですか?」
「可能だ、ボーマン。分かりやすく言えば、クイーンという存在が人で言うところの脳みそで、サムライグレムリンは口だな。……唇、歯、舌。これが何だか、分からないやつはいないな?」
「そ、そりゃあ……なぁ?」
俺の問いに、周囲の兵が、ジークとスピネもざわついた。
「ものを食べるときに、口の中に放り込み、『唇』を閉じて得物を口内に閉じ込め、『歯』で潰し、『舌』でかき回し唾液を混ぜ味わい上顎で押し潰し、また『歯』で潰す。特に日常で意識しない一連の食事動作だ。……が、タイミングを一歩間違えれば、舌や内頬を噛んでボロボロの血塗れだ。それを俺達は日常、殆ど舌や内頬を噛むことなく、調和のとれた連携を以て食っている。空腹時はさらに一連の動作は加速するが、にもかかわらず、口の中を噛むことは年に1度有るか無いかだろう?」
「た、確かに」
「言われてみると、意識したことなんてなかったな」
……まぁ、グラップラー刃〇の受け売りなんだが。実際俺も読むまで意識したことはなかった。完璧すぎて意識しなかったのだ。日常の咀嚼回数と誤って噛んでしまった回数から算出される失敗率は、0.001%も満たない。膨大な試行数を参照してこれだ。
「俺達の『歩く』動作もそうだ。歩くときに、まず右足を前に出して、足の裏を地面に水平になる様にして、体重を移動させて、左足を地面から放して……なんて一歩一歩踏み出すたびに考えてはいないだろう?」
「あ、そういえばそうだ」
『歩く』『走る』と言った動きを取る際で、脳がその為に要求される各関節部の細やかな動作を遂次処理しているわけではない。
バカであろうと天才であろうと変態であろうと、人であろうと獣であろうと魔物であろうと、分け隔てなく日常で無意識に、完璧な連携をやっているのだ。一連の体の動きを『歩く』という行為の枠に纏めて収め、走る、跳ぶといった動作にも管理応用しているからこそできるのである。
「俺の主観になるが、奴らの連携はその領域に達している。それができるのは、咀嚼・歩行と同様に、一つの脳で命令しているからだと考えられる」
「ちょっと待ってください、ナナクサ殿。それがクイーンを殺して終わりじゃないのと、どう関係あるんですか?」
「ん、サムライグレムリンはそれぞれが頭を持ってる。だからクイーンを先に殺したら、サムライグレムリンがクイーンの制御支配から解放されて、それぞれ思い思いにデタラメに動くかもしれない」
ユーディが俺が言いたいことを代弁してくれた。ああ、と声を漏らすボーマンを見、ユーディは説明を続けた。
「出入口は一つだけで、奥にはケテルとバチカル、頑丈なサムライグレムリンが30体。もし、1体でも出入り口に入られたら……最悪、私たちが追い付く前に、最奥までのルート上にいる兵士さんが犠牲になる。その最初に犠牲者になるのが、1人で休憩しないで奥に進んでたくたくたのモレオ」
『ああああっ……!!?』
「ゆ、ユーディリア殿は、確実にモレオが殺されるとおっしゃるのですか?」
「ん。あいつらはこの前のグレムリンが束になっても勝てないくらい強い。モレオが勝てても、五体満足は難しいと思う。だからクイーンに有利な状況にあるって思わせて、外への意識を逸らせないといけない。これが、今巣にいる兵士たちを命の危険から遠ざける一番いい手段。
もしクイーンを殺せば、死に際の悪あがきで全部のサムライグレムリンを外に向かわせようとしちゃう事もあり得ちゃう。そうすると、出入り口が詰まってケテルもバチカルも通れなくなって、手遅れ。ナナにぃ、合ってる?」
「うん、パーフェクトだ、ユーディ」
結果として巣を潰して滅ぼせても、自前の最強戦力を失っては勝利と胸を張ることはできない。国の中枢からの援助が期待できない辺境にとって致命傷、勝てても終末医療だ。
「そんなわけで、クイーンを無防備だからって無計画につぶすと、被害が拡大しかねないわけだ。奴さんもそれが分かっているから、ノーガード戦法を取れるわけよ」
馬鹿だったら先制して仕掛けず、サムライグレムリンを周りに配置して守りをガチガチンに固める。こちらの嫌がることを理解しているからこその先制だ。身動きできないグレートジャンボゴリラなのに、大した度胸だよ。それくらいの胆力がなければ、クイーンなんぞやっていられんのかもしれん。
「で、どうするの?」
「ちょい待ってくれ」
再度バチカルの視界を確認すると、未だにグルングルン回り続けの大絶叫マシン状態だった。打撃と打撃の時間間隔は測ってみた所全く変化はない。
いかん、これ以上はまた酔いそう……慌てて視界をオフにした。
「ふー……とりあえず、隙が生まれたら反撃開始だな」
「隙、出来るの?」
「出来るだろ、操っているとはいえ、個々は生身、それも生まれたてで腹の中には何も入っていない。そんな状態で飛んで跳ねて殴ってオッホッホのピンポンフィーバータイムが長々と続くわけがない。ヘロった瞬間がチャンス。それまではサンドバックに徹する。
反撃時はサムライグレムリンを先に、腕や足じゃあなく、首、頭を狙って一撃必殺で」
「出入口はどうするの?」
「常に警戒。クイーンの視線にも注意を向ける必要がある。……んだが、俺は回転にめっぽう弱い」
「じゃあ、私が警戒する。ぐるぐる回っても気にならないし」
「ありがとう。……チラ見しているようなら、兆候有りだと思うべきだろう。もし向かわせようとしたなら、その時は全力で出入り口を固めて迎撃だ。全部葬って、それから即クイーンの腹を掻っ捌く。あのたるんでない張った腹、多分卵抱えてやがるよ、産卵前だ」
クイーンにとっちゃ、目の前で自分の子供を惨殺されるどころか、腹の子供まで生む前に殺される事になる。クイーンにも子供にも同情するが、侵略を始めたのは向こうだ。なら、皆殺しにされる覚悟は出来ていませんって話は通らない。
何も失うことなくイイトコ総取りのワガママが許されるのは、圧倒的な強者のみに許された特権だ。俺達がいる以上、クイーンにその特権はない。
「……ああ、くそ。思い出した」
「んぅ?どしたの?」
あのクイーン、10年くらい前に元カノに浮気された後、心機一転の切欠にと自由恋愛する風呂に逝った時にエンカウントしたバイオセキトリとクリソツだ。
オーケーオーケー。あの頃の理不尽に対する怒りが蘇って来たぜ。フォトショで修正不能なレベルでボッコボコにしちゃるけぇのぉ!!!……後でな!!!
「なんでもない。……よし、そろそろ再開しようか。合図まで視界はオフに。イザってチャンスに目が回っていちゃ話にならん」
バイオセキトリ云々の話は黙っておこう。出来ればこれを最後に、二度と思い出したくない。
お読みいただき有難うございました。次回は10日に